第2回「しなコン!」ショート部門受賞作品
昔、豊かな水と緑に恵まれた小さな村では、雨を司る神様が長きにわたり村人たちを見守り続けていました。しかし、ある日を境に雨がぱったりと降らなくなり、村の生活は危機に陥ります。困り果てた村人たちは、神様に願いを届けるため、1人の代表を祠に送り込むのですが……
神
雨を司る神様。
人
村の代表者。ナレーションも兼ねる。
人
N:昔々あるところに小さな村がありました。
人
N:水は豊かで植物も生き生きとした、それは豊かな村でした。
人
N:そんな村で祀られているのは雨を司る神様です。
人
N:神様は村人たちを愛し、長い間加護を与え村を豊かにしてきました。
人
N:ところが数週間前に降ったわずかな雨を最後に、ぱったりと降らなくなってしまいました。村人たちは困り果て村から代表を一人選び、神様を祀っている祠へと向かわせました。
――洞窟の中 奥に祠が一つ
人
神様、神様、いらっしゃいますか。
神
どうした人の子。わざわざこのようなところへなぜきたのか。
人
はい、恐れ多くも申し上げます。数週間前を最後に、雨が降っておりません。
人
その雨もわずかだったため、川の水嵩も減りこのまま降らないようであれば干上がってしまいます。神様、どうかお願いです。雨を降らせてください。
神
…。
人
神様どうぞよろしくお願いします。
神
…。
人
神様。
神
…。
人
供物をお望みですか。そうですよね、対価もなしにこのような願いをするのは失礼ですよね。何を捧げればいいのでしょうか。
神
…。
人
米ですか…?酒ですか?それとも魚ですか?
神
いらん。
人
もしかして生贄ですか。何人用意しましょうか。
神
いらん!!!連れてこられても困る!!!
人
え…。
神
お前らは何かあるとすぐに生贄を連れてくる。困るんだよ、ほんとに。
人
あ、生きたまま連れてくるからですか?
神
は?
人
処理してから捧げればいいですか。そのまま持ってきます?それとも切られてたほうがお召し上がりになりやすいですか?
人
モツは得意ですか?焼いて持ってきます?あ、好きな部位あれば多めに持ってきますけど。
神
まてまてまて!!!!いらない、ほんとにいらない。え、なに、発想が物騒。もっとこう同族に対しての情とか…
人
神様、お言葉ですがそうも言ってられない状況なのです。このまま雨が降らないようであれば川が干上がってしまいます。
人
そうすれば、生贄として差し出した数よりも多くの村人が亡くなります。私はそれが耐えられない。
神
言っていることはまともなのにさっきめちゃくちゃ楽しそうに生贄の調理方法を提案してきたじゃないか。情緒はどうなっているんだ。
人
神様!!!
神
はい…
人
お願いです、雨を降らせてください!!!
神
あー…
人
お願いします!
神
…。
人
どうか…!!!
神
無理なんだ。
人
へ?
神
無理なんだよ。
人
どうしてですか?
神
お前、我がどうやって雨を降らせていたか知っているか?
人
いえ…。
神
我が泣くことで村に雨を降らせていたんだ。
人
うわー、大の大人が泣くことで…?
神
おい、恩恵をうけていた分際で引くな。さすがの我も傷つくだろう。
人
あ、すみません。その泣くことと今の状況となんの関係が?
神
…泣けなくなってしまったんだ。
人
え?
神
だから!泣けなくなってしまったんだ!
人
泣けなく…?
神
いろんな方法を試してみた。だが、だめだったんだ。
人
…。
神
だから、村人たちには本当に申し訳ないが…
人
わかりました、一緒に泣ける方法を探しましょう。それで、解決して雨を降らせましょう。
神
…恩に着る。
人
うーん…とはいえ、泣くことの王道といえば悲しい物語を読んだり聞いたりすることですかね。
神
それも試した。だがだめだった。
人
でしたら、私が読みます。私が神様を泣かせてみせましょう。
神
ほう、お前が。それでは聞かせてみるがいい。
人
それでは失礼して。…桃太郎。昔々あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました。
(間)
――人、号泣しながら読み進める
人
そうして…桃太郎は鬼ヶ島の宝を村に持ち帰り…毎日楽しく暮らしましたとさ。めでたしめでた…し…グスッ。あれ、泣いてない、どうしてですか?
神
いや、こう理解してもらえるかはわからないんだが、他の者が泣いてると逆に泣けないことってあるだろう。それに桃太郎は泣ける話ではないと思う。
人
嘘でしょう!?今まで平和に暮らしていた鬼たちの島に、桃太郎という外敵が侵略してきたことにより壊滅させられた悲劇の物語ですよ!?
神
その解釈をする人間に出会うのは長い間生きてきたが初めてだな。
人
では、そうですね。この話はいかがでしょう。かぐや姫。
神
そうそう、そういう感動系の話を待っていた。
人
昔々、あるところに竹取の翁という老人がいました。
(間)
――人、しんみり泣く
人
そうしてかぐや姫は月へと帰っていきましたとさ、めでたしめでたし。…あれ?まだ泣いてないんですか?
神
お前の感情がこもりすぎて泣けなかったな。それにそんなに号泣する話か?確かにかぐや姫が育ての親と二度と会えなくなるのは悲しいとは思うが…。
人
いえ、違いますよ。この話の問題点は、竹の中から拾い上げた実子ではない子どもを利用して翁たちが利益を得ていることです!
人
また一般の自分たちの身分にあった者達との婚姻を許さず、かぐや姫の美しさを利用しあわよくば身分の高い者からの求婚のみを受け入れ、
人
そこにあやかろうとする人の浅ましさとその搾取される環境から逃れたかぐや姫の感動の物語ですよ。
神
いつもそんな穿った物語の見方をしているのか!?それになんだあそこ!!
人
どこですか?
神
「大事な子ですから、家の奥に囲って外へは少しも出さずに」ってくだり。感情がこもりすぎて怖かったぞ、昔なにかあったのか!?
人
だってひどいじゃないですか。こんなの軟禁ですよ!軟禁!そこにかぐや姫の意思はあったんですか!?そうこう理由をつけて外には出さなかったんですよ。自由なんてなかったんですよ、彼女!
神
お、おう。さっきから思っていたが、ほんと変なところで引っかかるなお前。
人
うーん、あとはなにがあるかなぁ。
神
いや、いい。もういい。物語は結構だ。聞いているだけで疲れてくる。
人
うーん、どうすれば神様を泣かせられるのか…。
神
我はもう涙が枯れてしまったんだ。村人たちには悪いが…。
人
神様、怖い話って得意ですか?
神
いや、我…神ぞ?そんなもの怖いはず…
人
いやぁ、これはね、ある村で本当に起こった話なんですけどねぇ…。
神
おい続けるな。
人
山深い場所にある、ひっそりとした村の話なんですよ。
人
その村にはね、“水神池”って呼ばれる池があったんです。これがねぇ、ただの池じゃなくて、村の命を支えてたんですよ。
人
年がら年中、水が枯れることがないんです。清らかな水がたっぷりあってね、それが村の畑や田んぼを潤してくれる。村の人にとってはねぇ、本当に大事な池だったんです。
人
村人たちはその池を“水神様が住んでる場所”としてね、大切にしてたんです。毎年“水神祭”ってお祭りをして、水神様に感謝を捧げるんですわ。
人
池のそばには小さい祠があってねぇ、そこに掟が書いてあるんです。“池の水を勝手に汲むな”、“池を汚すな”、“池のそばで争うな”、その三つだけ。
人
でもね、簡単な掟だからこそ、村人たちは守ってきたんですよ。
神
あぁ…
人
でもねぇ、あるとき都から来た男がその掟を破っちゃったんです。
人
この男がねぇ、“迷信だ”とか言って、村の決まり事をバカにするような人でねぇ。
人
ある日、男は釣り竿を持って池に来たんですよ。村の人たちが必死に止めるんだけどね、『ただの池だろ!』なんて言って、竿を垂らしちゃったんです。
人
最初は何も釣れないんですけどねぇ、池の水面が変に揺れだしてね…。それでね、男が腹を立てて池に石を投げ込んでこう言ったんですわ。
人
『水神様なんて作り話だろ!俺に何もできやしない!』…って。その瞬間ですよ。池からねぇ、ビューッと突風が吹き上がって、男が池に引きずり込まれそうになったんですわ。
神
…。
人
村の人たちが男を何とか引っ張り上げたんですけどね、そっからが大変でした。
人
池の水が急に濁り出すわ、畑は干からびるわ、夜になると池のそばから不気味な声が聞こえるようになるんですよ。
人
“約束を破る者に罰を与える…”ってねぇ…。その声が特に男の家の方から聞こえてくるんですわ。
人
そしてねぇ、その男の家族まで体調を崩して、とうとう男自身が高熱で苦しみながら亡くなっちゃったんですよ。
人
それ以来ねぇ、村の人たちはもう掟を破ることは絶対にしなくなったんです。
人
それからしばらくして、池はまた元の清らかな姿に戻りました。そして今でも村の人たちはあの掟を固く守り、池を大事にしているって話なんですよ…。いやぁ、なんとも言えない怖い話でしょ?
神
一ついいか。
人
はい?
神
よくその話を我の前でしようと思ったな!?
人
怖くないですか!?
神
そうだな、めちゃくちゃ怖い。その話を、同じ水を司る我の前でしたお前の精神力が怖い。
神
あとちょいちょい気になってたけどなんかその語り口聞き覚えがあるんだわ。
人
え、神様も好きですか?いな(がわじゅんじ)
(稲川淳二と言わせないように止めてください)
神
やめろやめろやめろ!!!
神
あとな、どうしてその話をしようと思った?あれか?男の浅ましさが怖いとか信仰心の低さによる天罰が怖いとかそういうことか?
神
わかるぞ、だからなお前たちも信仰心をもっと高くだな…
人
あ、いえ、高熱で亡くなるとか怖すぎません?あと水が濁るのはほんとに生活に直結するので普通に怖いですね。
神
お前…ほんと…
人
あとは何でしょうね…。歌?
神
なんだお前歌えるのか。では歌ってみせよ。
人
いいですけど私、村有数の音痴ですよ。
神
…ならいいか。
人
ちょっと!そこは嘘でもそんなことないよ歌ってみせて、とかいうところじゃないですか!?
神
村有数の音痴で心あたりがあるのだがお前山の中腹の池でよく歌っていないか?
人
え、そうです!よくわかりましたね!ここまで届いてました!?
神
あぁ、時折風に乗ってな。よく小鳥たちがひどい顔をして我に文句を言いに来るのだ。
人
失礼な。(ぶつぶつとなにか言っている)
神
とにかく歌はなしだ。
人
そんなぁ。
神
やはり我はもう泣くことができぬのか…。
人
神様…。
神
人の子も。わざわざかようなところまで来てくれたこと深く礼を言う。そして本当に申し訳がない。我はもう泣くことができぬ。
神
じきに川も干上がってしまうだろう。その前に難しいとは思うが村から離れて暮らせ。達者でな。
人
…。
神
無力感でいっぱいで今すぐにでも泣き出したいのに、見てみろ。一滴も涙がでてこないのだ。
神
これからもお前たちを見守りたかったが我はここまでだ。今まで本当にご苦労であった。
人
神様…。
神
ほら、早く里に下りろ。じきに暗くなる。人の身では危なかろう。
人
まだ、諦めないでください。
神
もう我は駄目だ、放っておいてくれ。
人
神様…。あ、そういえば。
神
なんだ、まだなにかあるのか?
人
村を出るときにこれを渡してほしいと長老様に言われたんです。
神
文か。内容は早く雨を降らせてほしいとかそういった類だろう。
人
いいから読んでみてください!
神
これは…
人
(子ども)かみさま、いつもあめをふらせてくれてありがとう。
神
(大人)神様のおかげで食べるものに困りません。本当にありがとうございます。
人
(青年)私は雨が降っている時の空や穏やかな音がとてもすきです。いつもありがとうございます。
神
(こども)あめがふったあと、水たまりにとびこむのがたのしいです。かみさま、いつもありがとうございます。
人
(大人)神様が雨を降らせてくれるおかげで畑の野菜たちはいつも青々と元気です。
神
(手紙を読みながら)この村の雨が穏やかなのは神様がそういう風に降らせてくれているからですよね、いつもありがとうございます。
人
(老人)昔から泣き虫な私の神様、あなたのことですからきっと今の状況を思い悩んでいるのでしょう。
人
(老人)雨を降らせることができなくたっていいのです。私はあなたが素直に笑っていることが嬉しいのです。
人
(老人)どうぞあの時のように虹のようにたくさんの表情を私たちに見せてください。
――神の目に涙が浮かぶ
神
長老トキより。…これは。…ふっ。我はお前たちに忘れられたと思って…。こんなに慕われていたのだな…。人の子。
人
はい。…ぁ。
――神、泣いている
神
此度の働き誠に大義であった。そして礼をいう。迷惑をかけたな。
人
もう大丈夫そうですね。
神
あぁ。今頃、外は雨が降っているだろう。傘はあるか?
人
持ってきてないですね。それに、雨に濡れて帰るのって結構好きなんですよね。…それにしても。
神
なんだ?
人
大人の本気の大号泣ってあれですね。
神
うるさい!!雨を降らせろと言ったのはお前たちだろう。
人
冗談ですよ。本当にありがとうございます。
神
風邪に気を付けるのだぞ。人の子はすぐに弱ってしまうからな。
人
高熱は怖いですからね。
神
そうだな。さぁ、早く里に戻れ。道がぬかるんで危ないのだから気を付けて帰るのだぞ。
人
はい、ありがとうございます。…あ、神様。
神
なんだ。
人
また、ここに来ていいですか。
神
…もちろんだ。
人
次来るときはここで一曲歌わせていただきますね。
神
結構だ!
人
あはは、それでは神様、また。
人
N:それからというものまた村に恵みの雨が降るようになりました。川は豊かで美しく草木は生き生きと茂っています。
人
N:雨が降ると村人たちは神様に今日もありがとうございますとお祈りをします。
人
N:神様はそれが嬉しくてまたきらきらと穏やかな雨を降らせるのでした。