禁足地倶楽部_ホテル「ニューカワサキ」の噂

コメディ
コメディシナリオホラー

大学生4人で結成された「禁足地倶楽部」。その主たる活動は、心霊スポットの実地調査である。
「川崎市のとある廃ホテルに、霊が出る客室がある」という噂を聞いた4人は、真相を確かめるために噂の廃ホテル「ニューカワサキ」での調査を敢行する。果たして、噂は本当なのだろうか…?

シナリオご利用上の注意

①本シナリオは営利・非営利問わず、どなた様の上演も歓迎いたします。 上演の際に、作者に連絡や許諾の申請は不要です。 また、上演するプラットフォーム上でのクレジット表記等も不要です。

②本シナリオは皆様のアドリブや効果演出を歓迎いたします。 ただし、以下の点にはくれぐれもご注意をお願いいたします。
・大きくシナリオの内容を改変するアドリブはお控えください。
・本シナリオはシリーズ展開のため、他エピソードの内容を多分に含んだアドリブはお控えください。(ネタバレになるため)
・上記を逸脱しない限り、アドリブやキャストの選択は自由におまかせいたします。

作品概要

タイトル

禁足地倶楽部_ホテル「ニューカワサキ」の噂

作者

赤羽

ジャンル

ホラー/現代

上演時間

約30分

男女比

男2:女2

登場人物

瀬那 李月(せな いつき)

男性

心理学を専攻している大学三年生。行動的で饒舌だが、怖がりな側面も。母親の不審死の謎を解き明かすため、禁足地倶楽部の活動を始めた。


寺井 映紀(てらい あきのり)
男性

李月と同じ大学に通う三年生。オカルトオタクで、いつもどこからかオカルト情報を仕入れてくる。根明な性格だが、ちょっとだけノリがうざい。


安土 ミカ(あづち みか)
女性

大学三年生。李月たちとは別の大学に通っている。李月とは中学からの友人。陸上競技の経験者で、フィジカルが強い。かなりの怖がりだが、なんとか堪えて調査に同行している。精神的に追い込まれると、口が悪くなる癖がある。


笠原 琴乃(かさはら ことの)
女性

ミカと同じ大学に通う二年生。天然少女。『危険が迫ると笑ってしまう能力』を持っている。礼儀正しく優しい性格だが、結構な世間知らずでズレた言動を取ることがある。

シナリオ

ーー 9月某日。李月の通う大学にて


映紀

いやー、おまたせしてスマソ。みなさんお早いですな。ひょっとして、僕に会えるのがそんなに待ち遠しかったのかな? なんちって。


琴乃

寺井先輩、お疲れ様です。


ミカ

相変わらず、うっとうしいノリしてるわね、あんた。


李月

よし、これで全員揃ったな。それじゃあ、禁足地倶楽部の定例会議を始めるとしよう。まずは禁足地倶楽部の活動内容の確認だが、我々は超常現象の発生が報告されている場所を調査し、特異的なロケーションにおける人間の意識変容(いしきへんよう)の要因やメカニズムを解明することが目的であり、そのための手段として…


ミカ

李月さあ、それ、会議のたびに言ってるけど、要するに心霊スポット巡りでしょ。もう聞き飽きたから、さっさと本題に入ってよ。


李月

(不満そうに咳払い)。えーでは、安土からの提案で諸々(もろもろ)すっ飛ばして本題に入るとして・・・今回の会議では、次に調査するフィールドを決めたいと思う。


映紀

はいはい! それなら僕に良い案がありまする!


琴乃

さすがですね、寺井先輩。


映紀

へへへ。もっと褒めてもいいんだよ、ことっち。


李月

よし、寺井。詳しく聞かせてくれ。


映紀

僕は次の調査対象に、川崎市にあるホテル「ニューカワサキ」を提案します! 一年前に廃業した古いホテルなんだけど、そこには霊が出る客室があるってウワサでね。実際にホテルに忍び込んだ人の話では、自分以外には誰もいないはずなのに、何度も誰かの視線を感じたんだって。しかもこのホテル、昔から人が寄り付かないことで有名だったらしいよ。


ミカ

気味の悪い話ね。でも、寺井の提案にしてはちょっと地味なんじゃない?


映紀

出来立てホヤホヤの心霊スポットだから、まだ体験談が少ないんだよね。でも、だからこそ、新鮮な心霊スポットの雰囲気を味わうことができるってわけ! いつまで建物が放置されるか分からないし、潜入できるうちに行ってみたいです!


李月

まあ、川崎市なら移動も楽だしな。よし、次の調査対象はホテル「ニューカワサキ」に決定としよう。詳しい場所を教えてくれ。


映紀

川崎駅から少し北東に歩いて、堀之内町(ほりのうちちょう)にあるホテルだよ。


ミカ

ちょっと待って。川崎市の堀之内町って、確か・・・


映紀

風俗街で有名だよね。


ミカ

ということは、そのホテルって・・・


映紀

イエス! ラブホだよ!


ミカ

却下! 断じて却下よ、そんなとこ!


李月

あのな。ラブホと言っても、俺たちは調査に行くのであって、別にやましい理由で行くわけじゃ・・・


ミカ

今、やましい理由って言った⁉ あんた、何考えてんのよ!


映紀

ラブホに行くくらいで動揺するとは、ミカリンもまだまだ青いな。


琴乃

あのう、「らぶほ」って何ですか?


李月

え? あー、それは、あれだな。あの、な?


ミカ

えっと、恋する男女が、その、ね?


映紀

そうそう。愛とともに一夜を過ごす、的な。


琴乃

うーん。よく分かりませんが、男女の逢瀬(おうせ)に使う場所ということでしょうか。


李月

その認識で間違いないよ、笠原さん。必要十分な理解だ。


映紀

それじゃ、今週末はホテル「ニューカワサキ」で肝試しってことで。


ミカ

心霊スポットのラブホか・・・。二重の要素で行きたくないなあ。


ーー 週末の夜。ホテルに向かって堀之内町を歩く一同


李月

夜の歓楽街(かんらくがい)と聞いていたが、さすがに終電が過ぎると静かになるものだな。


琴乃

目的地の「らぶほ」まで、あとどれくらい歩くのでしょうか?


映紀

2、3分くらいじゃないかな。


ミカ

こんな街中に心霊スポットがあるって、珍しいわよね?


映紀

そうでもないよ。むしろ、大勢の人間が生活を送り、日常的に様々な事件が起こる都市部にこそ、霊の出現は多くなるのが自然じゃないかな。こういう色恋沙汰(いろこいざた)の震源地みたいな場所は、特にね。愛憎(あいぞう)、悲喜(ひき)こもごも。アンビバレンスで強い思念は、その場に長く残り続けるものだから。


李月

霊や残留思念(ざんりゅうしねん)の実在性はともかくとして、人には本能的に忌避感(きひかん)を覚える物事がいくつもある。穢(けが)れというやつだな。過去に起きた凄惨(せいさん)な事件や事故、背徳的(はいとくてき)な行為、そういったものに対する心理的負荷から、狐狸妖怪(こりようかい)や心霊を連想するのは、無理からぬ話だと思う。


琴乃

うう、分からない言葉が十個くらい出てきて、頭がごちゃごちゃします。


ミカ

よくそれだけ口が回るわね。感心するわ。


映紀

へへーん。それほどでも。お、話をしているうちに、到着でございます!


李月

これが、ホテル「ニューカワサキ」か。


映紀

ねえねえ、ことっち! なんか、霊的なもの感じる?


琴乃

いえ、今のところは、何も感じません。


李月

笠原さんの能力は、霊能力と呼ばれるものとは異なるからな。危険が迫ると無意識に笑いが引き起こされ、その反応によって本人が危険を認識するというプロセスらしい。驚くべきは、その反応の精度が極めて正確であることだ。このメカニズムを解明するために、笠原さんが能力を発揮する瞬間を、もっと観測してみたいと思うのだが。


琴乃

ええっと、頑張ります!


ミカ

頑張らなくていいわよ。琴乃が笑うってことは、ヤバいってことなんだから。それで、どうやって中に入るの? 入口、閉まってるわよ。


映紀

あれ? ネットの情報では、施錠されてないって書いてあったんだけど・・・。あ、このホテル駐車場あるじゃん。てことは、そっちにもホテルへ通じる入口があるパターンだな。早速行ってみよう!


ミカ

あんた、よく心霊スポットではしゃげるわね・・・


ーー 一同、ホテル「ニューカワサキ」に入る


映紀

ホテル「ニューカワサキ」、潜入成功でござる!


ミカ

こういうとこって始めて入るけど、結構、部屋数もあるのね。


李月

三階建て十六部屋の造りらしい。まずは、一階から見て回ろうか。


映紀

霊が出るとウワサの客室は、一体どの部屋なんでしょうな・・・


ミカ

ちょ、ちょっと。あんまり怖い雰囲気出さないでよ。


李月

一〇一号室。鍵は掛かっていないようだな。


琴乃

うわー! 大きいベッドですね!


映紀

内装も営業時のまま残ってるんだね。まあ、建物が少し古いことを除けば、特に変わったところはないかな。


琴乃

見てください! お風呂も広いですよ! こんなお部屋が、いくつもあるなんて、「らぶほ」というのはすごいところですね! きっとここに来る人たちは、みんなお金持ちだったんでしょうね。


映紀

なあ、李月よ。ことっちに現実を教えてあげた方がいいかな・・・


李月

『人はみな無垢(むく)に生まれ、助言によって汚染される』・・・笠原さんの無垢を汚さぬように、余計な助言は控えるとしよう・・・


ーー 一同、一階の探索を完了する


ミカ

これで、一階は全部見たかな。この階には、ウワサの客室はなかったようね。


李月

誰かの視線を感じるという話があったが、それらしいことも起きていないな。


映紀

うーむ。何かイベントが起きてくれないと、ホラー感が弱くて退屈ですな。


ミカ

何言ってんのよ、寺井。このまま何事もなく終わるのが、一番平和に決まってるじゃな・・・ってわあああああ! (壁を思いっきり蹴る)


李月

うわあ! い、いきなり壁を蹴るなよ、ミカ! びっくりするじゃないか!


ミカ

いいい、今、そこで何か動いた・・・


李月

なんだと⁉ ・・・落ち着け。ただの蛾(が)だ。少しデカめの。


琴乃

ミカ先輩が蹴ったところ、大きなヒビが出来ていますね・・・


映紀

不法侵入の挙句(あげく)に建造物損壊(けんぞうぶつそんかい)・・・ミカリン、やってしまいましたな。


ミカ

しょうがないでしょ⁉ 怖かったんだもん!


李月

安土、落ち着け。今はとにかく、調査を進めるとしよう。階段を上がって、二階を調べに行くぞ。


ミカ

う、分かったわよ・・・


琴乃

よいしょと。こちらが、二階ですか。一階よりも部屋が多いんですね。


映紀

一階は四室で、あとは六室ずつだね。あれ? 二〇一号室は鍵がかかってる。これじゃ、部屋に入れないな。


李月

致し方あるまい。普通は施錠されているのが当たり前なんだ。開いている部屋だけ調べていこう。


ミカ

二〇二号室も、開かない。二〇三号室も、ダメね。


映紀

二〇五号室も。もしかして、二階は全滅?


李月

いや、二〇六号室は開いてるぞ。


琴乃

わあ! こちらの部屋は一段と広いですね!


映紀

ワングレード上の部屋なんだろうね。部屋の設備も充実してるし。


李月

なにか調べるべきものが見つかると良いが・・・


映紀

なあ、李月よ。一つ聞いていいかい?


李月

なんだ?


映紀

さっきミカリンが壁を蹴ったとき、李月、ミカリンのこと「安土」じゃなくて「ミカ」って呼んだよね? これって、どういうことなのかなあ?


ミカ

ちょ、寺井! 何変なこと聞いてんのよ!


李月

どういうことも何も。俺と安土は中学時代からの付き合いで、最初は名前で呼んでいた時期もあったから、そのときの癖が出ただけだ。


映紀

二人は実は恋人同士、なんてことは?


琴乃

え! ミカ先輩と李月先輩、恋仲(こいなか)なんですか⁉


ミカ

なんで急にそうなるのよ! 私たちは、まだ、そんな・・・


李月

あり得ないだろう。俺と安土はただの友人、というより、今はともに活動する仲間だ。恋愛関係にあるなどというのは、寺井の酔狂(すいきょう)な邪推(じゃすい)に過ぎない。


ミカ

・・・そう、よ。あたしたち、別にそういうのじゃないから。


琴乃

ミカ先輩、なんだか、悲しそう。


李月

くだらない話をする前に、寺井、この部屋で何か目ぼしいものは見つけたか?


映紀

え? いやあ、特にこれというものはありませんなあ。


李月

ここもウワサの客室ではないということか。


ミカ

そのウワサ、デタラメなんじゃないの?


映紀

うーん。今回はハズレだったのかな?


李月

まあ、肩透かしには慣れているさ。俺らの調査はいつもこんな感じだったろう。前回の、長野の遠征が例外だっただけで・・・


ミカ

長野の話はしないで・・・。思い出しちゃうじゃない。


映紀

あれはヤバかったよねー。ことっちの能力も、ビンビンに反応してたし・・・


琴乃

ふふふ。


映紀

そうそう、こんな感じで・・・って、え⁉


李月

まさか・・・


ミカ

嘘でしょ・・・


映紀

ねねねね、ことっち! 今、笑ったよね⁉


琴乃

え、ええ。今、一瞬だけ、何か良くない感じがしたんです。すぐ、消えちゃいましたけど・・・


李月

一瞬だけ? 一体、なにが・・・


ーー 携帯の通知が鳴る


ミカ

うわ! び、びっくりした!


映紀

サイレントにするの忘れてた。スマソ!


ミカ

だからって、このタイミングで鳴らさないでよ!


映紀

そんな、無茶な・・・あれ? 何だろう、この通知。知らないユーザーだ。


李月

俺の携帯にも、変な通知が届いているな・・・


ミカ

ちょっと待って。それ、あたしにも来てるんだけど・・・


琴乃

私にも来てますね。内容は、写真が一枚。


李月

おい。この写真に映ってるのって・・・


映紀

このホテルのフロントじゃん! しかもこの感じ、今撮られた写真じゃないの⁉


ミカ

待って、待って、待って。なんで、そんな写真が全員に送られて来てるわけ⁉


映紀

僕にも全く分からないよ・・・


李月

こ、これは・・・防犯カメラで撮った写真なんじゃないか? ほら、リアルタイムで映像データを送るタイプがあるだろ? そのデータが、何かしらの不具合で、俺たちの携帯に届いたとか・・・


ミカ

フロントにカメラなんかあったっけ・・・?


李月

見落としただけかもしれない。もう一度確認してみよう。


ミカ

ええ⁉ 何か怖いことが起きるかもしれないのよ?


映紀

でも、ことっちが危険を感じたのは、一瞬だったって。


琴乃

はい・・・。確かなことは私にも分かりませんが、今は良くない感じはありませんね。


李月

安土、ここは笠原さんを信じろ。長野のときもそうしただろ?


ミカ

うう、長野の話はしないでって言ったのに・・・


ーー 一同、一階のフロントへ


映紀

カメラなんて、どこにもなくね?


李月

そんなはずはない。どこかにあるはずだ・・・


映紀

大体さ、この写真見てよ。これ、人の目線の高さで撮影されてるじゃん。こんな不自然な画角(がかく)で映る場所に、防犯カメラなんて置かないよ。


李月

なら、この写真はどこから、何が撮影したというんだ?


映紀

霊、とか? でも、霊が出るのは、客室だってウワサのはずなんだけど・・・


琴乃

ふふ、あはははは!


ミカ

きゃあ! 琴乃、どうしたの⁉


琴乃

今、さっきと同じ良くない感じがしました。いえ、さっきよりも、もっと良くない感じが・・・


ーー 携帯の通知が鳴る


映紀

ま、まただ・・


李月

こ、今度は一体なんだ?


ミカ

あたしは見ない! 絶対に見ないから!


映紀

廊下の写真・・・。あ、ここに映ってるの、二〇一号室のドアだ。


李月

ということは、二階の写真か。


映紀

あ、ちょっと待って。これ、変だよ。なんでこの写真、二〇一号室のドアが開いて映ってるん? 二〇一号室って、鍵かかってたはずじゃん!


李月

まさか・・・。ということは、二〇一号室が、ウワサの・・・。いや、この写真が、今撮影されたものだと決まったわけではない! 確かめて来る!


ーー 李月、二階へ走り出す


ミカ

ちょっと待ってよ、李月!


李月

(走りながら)あの写真が霊から送られて来たものだなんて、ありえない。そんなことが現実であっては、いけないんだ・・・。だから、この目でその正体を・・・! (二階にあがり、止まる)・・・そんな、嘘だろ・・・?


映紀

(走って追い付く)ぜえぜえ。李月! 急に走らんでよ・・・


李月

映紀・・・二階で開いたのは、二〇六号室だけだよな?


映紀

う、うん。間違いないよ。


李月

だったら・・・どうしてこの階のドアが全部開けられているんだ⁉


映紀

これ、ちょっとヤバいんじゃね・・・?


李月

俺たちの後で、誰かがここに入った可能性は⁉


映紀

あり得ないよ! だって、このホテル一か所しか階段ないし、誰かがこれをやったっていうなら、絶対に僕らとすれ違ってないとおかしいじゃん!


李月

じゃあ、これは心霊現象だと言うのか・・・? いや、違う。この現象を説明する手掛かりが、必ずどこかにあるはずだ。科学的に説明づけられる、何かが・・・


琴乃

あはははは。みなさん、あんまり上に行かないでください。まだ、良くない感じがします。


ミカ

あたし、もうここに居たくない・・・。ねえ、帰ろうよ、李月。


李月

まだだ。まだ、三階の調査が残っている。


琴乃

あはは、上はダメです! ふふ、この上が、一番良くないんですよ!


映紀

李月、ことっちの能力は正確だって言ってたよね。ここは退却した方が・・・


李月

帰りたければ、先に帰っていてくれ。俺は、一人でも行く。


ミカ

ちょっと! 変な意地張ってる場合⁉


李月

俺はここで降りるわけにはいかないんだ! ここで降りたら、オカルトを認めるようなものじゃないか。オカルトが本当だというなら・・・母さんは、俺に殺されたことになる・・・そんなことが、あっていいわけが・・・


映紀

李月、それって、一体どういう・・・?


琴乃

ははは、はは・・・(笑い止んで)あれ? さっきまでの良くない感じが、なくなりました・・・


ミカ

え? なんで・・・?


琴乃

分かりません。でも、今はこの上も大丈夫みたいです。


李月

そうか・・・よし。


ミカ

ちょっと、マジで行くの?


李月

笠原さんが危険を感じない今のうちに、調査を済ませてしまいたい。どのみち、俺は三階を調べずに帰るつもりはない。


ミカ

李月・・・。いいわよ、連いていくわよ。その代わり、また焼肉奢(おご)らせてやるんだから!


ーー 一同、三階へ


映紀

来ちゃったね、三階。


李月

あまり時間はかけられない。急いで調査を進めよう。


ミカ

ドア、開かないよ。


琴乃

こちらも開きません。


李月

ダメだな。鍵のかかっているドアばかりだ。ほかに、調べられるところは・・・


映紀

(小声)ねえ、ミカリン。さっき李月が言ってた、「母さんは俺に殺されたことになる」って、どういうこと?


ミカ

李月のお母さんはね、李月が中学生の頃に亡くなったの。とても優しくて、素敵な人だった。だけど、あるときから急に人が変わって、李月に暴言を吐くようになったの。「お前が私を死に追いやる」って。何かに怯(おび)えるような眼をしながら、亡くなるまで、毎日ずっと・・・


琴乃

そんな・・・悲しい、話です。


映紀

なるほど。オカルトが現実であり得るなら、母上(ははうえ)の言葉も真実である可能性が出てきてしまう。李月が調査にこだわるのは、それを否定したいからってことね。納得しますた。


李月

クソ! 手がかりになるものが、一切見つからない!


ミカ

もうこれ以上、調べられる場所なんてないわよ。今度こそ引き上げましょ?


李月

ダメだ! 俺たちは、まだ何の手掛かりも得られていない。謎の写真の正体も、ウワサの客室がどの部屋なのかも。それを確かめるまでは・・・!


ミカ

だったら、日を改めて調べに来ればいいじゃない。とにかく、今日はもう帰るの!


李月

お、おい! 引っ張るなよ・・・あっ。(懐中電灯を落とす)


映紀

全くもう。二人でいちゃつくのはいいけど、懐中電灯は落とさず持っててよね。今、拾ってあげるか・・・ら・・・


李月

寺井、どうしたんだ?


映紀

・・・今、気づいたんだけどさ・・・この床、変なシミが付いている・・・


ミカ

え・・・? ⁉(息をのむ) なんなのよ、このシミ・・・


李月

これは・・・足跡か・・・それも、床中に、びっしりと!


琴乃

あはははははは! また、良くない感じがします! それも、この近くで!


ーー 携帯の通知が鳴る


李月

また、写真か⁉


ミカ

もう、止めてよ!


映紀

う、うわあ! この写真に映ってるの、僕たちだよ!


李月

俺たちの後ろ姿が映って・・・つまり撮影場所は、階段の降り口・・・


映紀

僕、思ったんだけどさ・・・このホテルに、ウワサの客室なんて存在しないんじゃないかな・・・


ーー 携帯の通知が鳴る


映紀

ことっちが危険を感じたり感じなくなったりするのは、霊の場所が移動しているからで・・・つまり、霊はこのホテル中を徘徊(はいかい)しているんだ・・・


ーー 携帯の通知が鳴る


映紀

写真の正体は・・・多分、徘徊している霊の視線そのものなんだよ・・・


ーー 携帯の通知が鳴る


映紀

だって、さ・・・。さっきから送られてくる写真、だんだん僕らに近づいて来てる!


ーー 携帯の通知が鳴る


ーー 携帯の通知が鳴る


ーー 携帯の通知が鳴る


ミカ

来ないで、来ないで、来ないで・・・こっちに来るなあああ!


ーー 携帯の通知が鳴る


李月

・・・すぐ、後ろに・・・


琴乃

あはははは! はは、あははは、ははは・・・・・・(笑い止んで)あれ? また、良くない感じがなくなりました・・・


ーー 携帯の通知が鳴る


李月

新しい、写真・・・。これは、フロントか。


映紀

また、霊が移動したってこと? 僕らからは離れたところに。


ミカ

とりあえず、助かったのk(助かったのかな)


ーー 三階のドアが一斉に開く


ーー 同時に何通もの通知が鳴る


琴乃

はは、あははははははは! みなさん、早くここから、出ましょう! あは、ははは・・・すごく良くない感じがします! 一つじゃない! いくつも、いくつも!


映紀

す、すごい数の写真・・・これ、全部僕らが映ってる! しかも、あちこちの視点から!


ミカ

そ、そんなのもうどうだっていい! さっさと出口まで走れ! 走れ!


李月

何が起きているんだ、これは・・・


ミカ

琴乃、大丈夫か⁉


琴乃

は、はい・・・なんとか・・・!


映紀

よし出口だ! ・・・ちょ、これ、開かない! 開かないよ!


李月

変われ! クソ、何だよこれ! びくともしない!


ーー 同時に何通もの通知が鳴る


琴乃

あはははは! 良くないものが、連いて来ています! 早く、外に出ないと・・・


李月

ほかに出口はないのか⁉


映紀

ないよ! 壁でもぶち破れば話は別だけど!


李月

壁を、ぶち破る・・・? それだ、それしかない!


映紀

え⁉


李月

ミカ! さっきお前がヒビを入れた壁だ! あそこを蹴破れれば・・・! 頼めるか⁉


ミカ

正気⁉ いや、もうやるしかないか・・・(息を吸い込んで)おらああああ!(壁を蹴る) クソ! ダメか!


映紀

でも、ヒビが大きくなってる! イケそうだよ、これ!


ーー 何通も携帯の通知が鳴る


琴乃

あはははははははは! もう、すぐ後ろまで来てます!


李月

ミカ、頼む・・・!


ミカ

もう一度、今度は、全力を込める・・・! はあっ‼(壁を蹴破る) や、やった・・・!


映紀

す、すごいよ! これで、外に出られる!


李月

急げ! とにかく遠くまで離れるぞ!


ーー 一同、ホテルを脱出する


ーー 携帯の通知が、徐々に鳴りやんでいく


ーー 後日、禁足地倶楽部の部室にて


ミカ

あたし、携帯替えることにするわ。あの時の写真は全部消したけど、やっぱりまだ気持ち悪いもん。


映紀

それがいいと思うよ。さすがの僕でも残して置くのをためらうくらいだし。特に、最後の一枚はね・・・


琴乃

外に出た私たちに向かって伸びる無数の腕・・・。とても、良くない写真だと思います。


映紀

霊が徘徊しているとか、そんなレベルじゃなかったね。あそこは、きっと霊のたまり場なんだろうな。


ミカ

どうして、あんなにたくさんの霊がいたの・・・? あそこで昔事件があったとか?


映紀

調べてみた限り、そんな曰(いわ)くはゼロだったよ。多分、あのホテルは「そういう場所」だったってことなんだと思う。あの霊たちは特別なゆかりがあるわけじゃなく、ただあの場所に居た。そして、生きている人間に対して、何か、良くないことをする。だから、あそこには人が寄り付かないんだ。


ミカ

はっきりしないことばかりね。でも、霊にとっては、それが自然なことなのかもしれないわね。


李月

(小声で)霊は実在する? いや、まさか・・・あれは、意識変容での体験で・・・でも、それでは写真の説明が・・・念写(ねんしゃ)? 超心理学では、人間の意思は物理的で生物的だとする考え方もあるが、科学的な根拠は何も・・・


ミカ

李月、大丈夫? すごく顔色悪いわよ。


李月

・・・すまん、ちょっと顔を洗って来る。


ーー 李月が退出する


映紀

李月、相当参ってるみたいだね。まあ、オカルトを否定する根拠どころか、むしろ肯定する証拠ばかり揃っちゃったからなあ。


ミカ

あたし、李月のために何もしてあげられてない・・・。お母さんを亡くしてから、ずっと辛そうにしている李月を見て、私が支えてあげるんだって決めたのに・・・


映紀

・・・ミカリンってさ、やっぱり李月のこと、好きでしょ?


ミカ

は、はああああ⁉ だから、なんでそうなるのよ⁉


映紀

いやあ、今の「支えてあげる」発言といい、普段の雰囲気といい、恋してないって思う方が変でしょー?


琴乃

ミカ先輩、どうなんですか⁉ 李月先輩のこと、好きなんですか⁉


ミカ

好き、だけど・・・友達としてよ! 友達として! こ、この話はもうおしまい!


ーー 李月、部室に戻る


李月

すまん、みんな。少しは気分が良くなって・・・なんだ、ずいぶん騒がしいな。


映紀

あ、李月! 今、ミカリンに李月のこt・・・


ミカ

(遮って)わー! わー!


李月

どうした安土? 俺に何か言いたいことでもあるのか?


ミカ

なんにもない! 本っ当になんにもないから!


李月

否定の反復は嘘をついている挙動(きょどう)だ。遠慮はいい。言いたいことがあるなら、言ってくれ。


ミカ

だから、なんにもないって言ってるだろうが! この馬鹿!


李月

(叩かれて)ぐはあ! こ、こんな理不尽が許されて良いのか・・・


映紀

むむむむ。二人の関係が進展するのには、もう少し時間がかかりそうですなあ。


琴乃

それなら、お二人で「らぶほ」に行くというのはどうでしょう!


映紀

ちょ、ことっち、それはwwwww


ミカ

李月の馬鹿! 馬鹿あ!


李月

(ミカに叩かれながら)痛い、痛いって! 二人とも、見てないで安土を止めてくれよ! ああ、もう! 今だけは神も仏も信じるから、誰か俺を助けてくれえ!


禁足地倶楽部第二話 ホテル「ニューカワサキ」の噂 完

作者プロフィール
akabane

北海道出身 26歳(2024年調べ) 男性

文章を書くこと、ボードゲームを作ることが趣味。
こえコン!にて、声劇シナリオを書く。
・好きな言葉は、おはようございます。
・嫌いな言葉は、おはようございました。
上記二点、嘘であり、かつフィクションでもある。

赤羽:以上を持ちまして、プロフィール情報と代えさせていただきます。
ピアノ:Ⅰ-Ⅴ-Ⅰ。
赤羽N:僕が一礼を済ませて降壇すると、待ち構えていた左ストレートが僕の右耳下部を97km/hで通過した。
左ストレート:油断大敵だよ、坊ちゃん。
赤羽:左ストレートがしゃべった…?
左ストレート:いや、ピアノもしゃべってましたやん。
完:完

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