偽薬の雫─サプレス・リリックス─

コメディ

第3回「しなコン!」ショート部門受賞作品

大人の厨二病患者サトウは、今日も暗黒ポエムが止まらない。医師のスズキと看護師タナカが、楽しい診察と処方を行う、病院での短いお話。

はじめにお読みください

  • 本作品は第3回「しなコン!」ショート部門受賞作品です。
  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
  • 本作品は「こえコン!」関連イベントや公式配信での上演だけでなく、一般の声劇配信などでもご利用いただけます。なお、その際は下記利用規約を必ずご覧ください。
利用規約
  • ストーリーの大幅改変は禁止です
  • 自作発言、転載は禁止です
  • ストーリーや進行をまるごと流用して別作品を公表することは禁止です
  • 作者名を誤字なく記載していただければ、営利、非営利に拘わらず上演の許可取りや報告は不要です
  • サトウ役の方は恥ずかしがらずに、しっかりと闇のオーラをまとい厨二病になりきってください
登場人物

サトウ

男性。患者。超イケボ。重度の「暗黒比喩症候群(大人の厨二病)」。ポエムを吐かないと精神が崩壊すると思っており、定期的にかかりつけ医の元へ足を運んでいる。風邪をひいた。


スズキ

男女不問。サトウのかかりつけ医師。診察時のポエムを毎回楽しみにしている。


タナカ

男女不問。看護師。有能。注射や点滴の準備をテキパキとこなしながら、サトウのポエムを翻訳する。

シナリオ

 

──診察室


サトウ

……フッ。また、この硝子の檻(おり)に戻ってきてしまったようだ。白衣を纏(まと)った死神たちが、俺の魂を計量するために待っている……


タナカ

先生、サトウさん入られました。今日も「絶望の雨が肺を濡らす」だの「コンクリートの墓標に花束を」だの、待合室で絶好調で喋ってました。周りの患者さん、ちょっと引いてました。


スズキ

ああご苦労。さて、サトウ君。今日は一段と闇が深いな。不穏な嵐の前の海のような顔色だ。


サトウ

察しがいいな、ドクター。我がカルマに侵食されし喉が、今にもスティグマを発現しそうでな。内側の深淵を呼び覚ますかのように、己の熱を喰らい尽くそうとしてくる。今にも覚醒してしまいそうだ……震えが止められない。早く俺を沈黙という名の煉獄へ連れて行ってくれ。


タナカ

先生。要約すると「ポエムが止まらない上に喉が腫れて痛み、寒気がして熱が高い」そうです。


スズキ

うむ。今日も語彙力の血中濃度が危険域だな。では私に見せてくれ。そのスティグマ発現前の喉奥を──あー、これはなかなか赤いな。扁桃腺も腫れてる。


サトウ

おっとドクター。ヴァンパイアも逃げ出すようなブルーブラッドは、もう勘弁願いたいものだ……


タナカ

以前処方したアズレンうがい薬は味が苦手なので、別のものをご希望のようですね。


スズキ

そうか。サトウ君、君の喉はもはや、普通のトローチやうがい薬では太刀打ちできない。今日は究極の対抗手段を使おう。……タナカ君、例の「特製アンプル」を。


タナカ

はい。……用意できました。


 

──金属トレーがカチャンと音を立てる


 

──アンプルをパキッと割る鮮やかな音


サトウ

ほう。その小さなガラス瓶に、神の刻印をも掻き消す禁断の力が封じ込められているのか?


スズキ

そうだ。新薬、叙情(じょじょう)鎮静剤。通称「サプレス・リリックス」。脳内の言語中枢、メタファー・エリアに直接作用し、喉の炎症ごと、過剰な比喩の分泌を抑える。副作用として、一時的に語彙力が著しく低下し、語尾が「ピヨ」になる症例が、僅かに報告されているが。


サトウ

フッ、副作用という名の代償か。悪くない。この魂が安息の静寂に抱かれるなら、雛鳥のように鳴くのも一興。飛べない小鳥のワルツと洒落こもうじゃないか。


スズキ

覚悟は固いようだね。タナカ君、ルート確保。


タナカ

はい。腕失礼しますねー……血管、出にくいですね。ポエムの言い過ぎで血管まで迷子になってますよ。あ、出ました。刺しますよー。チクッとします。


サトウ

……くっ! 俺の左腕に、冷たい銀の蛇が這い込んでくるッ! 鼓動に合わせてッ真の力が、目覚めてしまうッ!!


タナカ

はい。もう拳、弛めてもらって大丈夫ですよー。


スズキ

いいぞ、サトウ君。その『銀の蛇』が、君の脳内の過剰な修飾語を一つずつ食い潰していくんだ。さあ、点滴に切り替えるぞ。


タナカ

パルス同期。言語中枢へのアクセスを確認。先生、お願いします。


スズキ

よし──禁忌の処方が前頭葉と脳幹へ告ぐ。思考の鱗粉(りんぷん)を毟(むし)り、修辞(レトリック)の臓腑を焼き払え。この男の喉に巣食う「表現の魔」を封印せん。サプレス・リリックス点滴開始──インジェクション。


タナカ

インジェクション了解。正常に接続完了。システム・オールクリア。


サトウ

な……! 俺の脳内聖域(サンクチュアリ)へのアクセス認証システムを軽々と突破した、だとッ!?


スズキ

すまないね、これも治療のためだ。タナカ君、ベッドへ案内を頼む。


タナカ

はい先生。サトウさん、点滴スタンド……サプレス・リリックスを押しながらゆっくりこちらへどうぞー。


 

──水滴が落ちる音。数分後


サトウ

俺の……俺の中の「漆黒」が……薄まっていく……。頭の中が、白く、塗りつぶされていく……


タナカ

点滴中って眠くなりますよねー。無理せず横になってくださいね。


スズキ

どうだいサトウ君。タナカ君。


タナカ

今のところアレルギー反応などは見受けられません。


サトウ

ああ、蝕まれた詠唱回路が、正常な共鳴を取り戻しつつある……


タナカ

つまり、効いてきた、そうです。


スズキ

ふむ。それにしてはまだ、表情が優れないな? 気になることでも?


サトウ

……ドクター。この新薬は本当に、俺のメタファー・エリアに巣食う「表現の魔」に、終焉の鐘をもたらすだろうか?


スズキ

もちろんだとも。耳をすませてご覧、サトウ君。点滴の音を聞くんだ。それこそが終末の鐘の音なのだよ。一滴、また一滴と落ちる度にサプレス・リリックスが君の体内を巡り、君の語彙力からは、比喩が剥がれ落ちていく。そう、暗黒の中学二年生から──「夜な夜な防音室で一人マイクに向かう、三十代宅録声優」に、戻っていくんだ!


サトウ

ぐっ、ああああ! 記憶が焼ける……ッ! 忌まわしき確定申告の悪夢が、脳裏にっ! ダメだ、左腕がっ暴走してしまう!


タナカ

あっ、管(くだ)引っ張らないでくださいねー。逆流しますからねー。


スズキ

目を背けるな、それが君の現実だ! (勢いを抑えて低めの声で)住民税、保険料、そして防音室の分割払い! 幻想(ゆめ)から目覚め、社会に還ってこい……!


サトウ

うッ……!? ああっ……


スズキ

やったか……?


サトウ

フハハハ、さすがというべきか。禁断の新薬は確かに効果があるらしい。内なる我を呼び覚ますとはな──来たれ、千の形容、万の比喩! 我が言霊の城塞(じょうさい)を、無粋なる薬理の鉄槌から死守せよ! 叙情の海を枯らすべからず、意味の灯火(ともしび)を消すべからず! ……メタファー・シールド、全方位展開!


スズキ

ふん、第二人格が目覚めたか。抵抗を続けるなら、いいだろう! タナカくん、点滴速度を上げてやれ。


タナカ

よーし、ちょっとだけ早めますよー。


サトウ

なにっ! ッく、あああっ! や、やめろッ!


スズキ

はははどうした。早く楽になりたいのだろう? 潔く受け入れるんだ。恐れずになぁ……。


タナカ

先生、治療者の笑い方じゃないですそれ。もはやラスボス側になってますよ。


サトウ

……う……っ漢字の多い熟語が、ルビに振られたカタカナたちが……俺の脳から、逃げていく……ッ!?  


スズキ

そうだ! 効いているぞ、サプレス・リリックスが。ほらサトウ君、言いたいことを口にするんだ。今の気分を言葉にしてみろ。


サトウ

クッ……アガァァッ!


スズキ

どうした! さあ!!


タナカ

ちがうなこれ、どっちかって言うと悪魔祓いだな。


スズキ

さあ──君は今、何を思う。


 

──サトウ、顔を伏せる


 

──点滴の音だけが数秒響く


 

──顔をパッと上げ、間の抜けた素の声で


サトウ

わー、ノド痛くなぁい!


タナカ

……はい。点滴終了です。副作用もありませんね。お疲れ様でしたー。


サトウ

(正気に戻り、自分の声に驚く)え? 今、何て……? のどいたくない? 恥ずかしい、何だそのIQが3しかないみたいな感想! もっとこう、魂の深淵を抉るような表現ができたはずッ!


スズキ

いや。今の君の「痛くない」は、どのシェイクスピアの戯曲よりも、切実で、美しい言葉だったよ、サトウ君。


サトウ

そう、ですか? 本当に?


スズキ

ああ。言葉というのはね、心を率直に表す時に、一番の重みを持つんだ。今日、久しぶりに君は「事実」だけを口にしたんだろう。それは君にとって、とても勇気が必要なことだったと、私は知っている。見事だったよ。


サトウ

先生……!


タナカ

ええ、お見事でした。あ、止血のテープ貼りますね。針抜く時もちょっと痛いですけど、それも「銀の牙が肉を割く」とか言わないでくださいね。普通に「痛い」でお願いします。


サトウ

(照れくさそうに)……はい。あ、普通に、痛いです。いやー、ありがとうございました、失礼します、ピヨ。


タナカ

お大事にー。(ボソッと)本当に語尾、ピヨになっちゃったな。


 

──サトウ、足音に合わせて小さくピヨピヨ言いながらフェードアウト。扉が閉まる音


タナカ

ふふ、佐藤さんは影響を受けやすいですねぇ。しかし今日は、風邪の診察もできて良かったですね。


スズキ

そうだな。タナカ君、次回の定期診察の処方、何がいいと思う?


タナカ

(片付けをしながら)そうですね。座薬とかも面白そうですけどー。


スズキ

鬼かい、君は?


タナカ

冗談です。そうですね……ビタミンタブレット、まだ試してませんでしたよね? サトウさんならきっと、キラキラした目で「甘酸っぱぁーい」って言ってくれますよ。


スズキ

ふ、それは最高の偽薬(プラシーボ)になりそうだな。


 

──幕。

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