茶沢通りの薬膳カフェ

コメディ

第3回「しなコン!」ショート部門受賞作品

茶沢通りの 片隅
薬膳カフェ やくぜん日和
客足さっぱり 閑古鳥ガーガー
売上ピンチで 店は瀬戸際
カウンターはさみ 経営会議
メシア巻き込み 再生日和!
柔らかな木漏れ日が差し込むこの場所で
あなたもひといき、つきませんか?

はじめにお読みください

  • 本作品は第3回「しなコン!」ショート部門受賞作品です。
  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
  • 本作品は「こえコン!」関連イベントや公式配信での上演だけでなく、一般の声劇配信などでもご利用いただけます。その際の台本の利用規約については、非営利での配信であれば使用時の許可は必要ありませんが、作者である「雪のキシイ」様のクレジットは必須となります。
  • また、営利を目的とした配信や商業作品、舞台やリアルのイベントなどで使用したいという場合は「雪のキシイ」様までご連絡ください。
  • 物語の雰囲気を大きく変えない限りは、アドリブやセリフ改変などもOKです。
作品概要

タイトル

茶沢通りの薬膳カフェ


作者

雪のキシイ


作者サイト

https://yk.is-best.net

ジャンル

コメディ


上演時間

約20分


男女比

🚹1:🚺2

登場人物

リリカ

薬膳カフェ『やくぜん日和』のオーナー。千葉県出身。女性。


ミヤ

『やくぜん日和』のバイト店員。ホール兼ドリンク担当。女性。


そっさん

『やくぜん日和』の常連客。男性。

シナリオ

 

薬膳カフェ『やくぜん日和』

 

カウンターを挟んで立つリリカとミヤ。

 

キッチン側にリリカ。カウンター席の前にミヤ。


リリカ

「何か質問はあるかね?」


ミヤ

「休みの日に呼び出しておいて、第一声がそれですか?」


リリカ

「溢れ出る大物感にたじろいじゃった?」


ミヤ

「ははは、おもしろーい。――それで、電話ではできない相談って何ですか?」


リリカ

「うん。今まで秘密にしてたんだけどさ……うちのお店、お客さんがとても少ないのです」


ミヤ

「……はあ」


リリカ

「大きな声では言えないんだけど……このままだと、あと半年もたないかもしれないのです」


ミヤ

「でしょうね」


リリカ

「驚いた?」


ミヤ

「ええ。驚きました。オープンして三日後には店の人間全員が感じていたことを今更言われるとは思ってなかったんで」


リリカ

「というわけで、今から経営会議を開きます!」


ミヤ

「……他の人は?」


リリカ

「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。――お願いします!」


 

カウンターの影で屈みこみ、隠れていたそっさん。呼び声に応え、勢いよく起立。ミヤの前、リリカの隣に現れる。


そっさん

「呼ばれて飛び出てオジャジャジャーン!」


リリカ

「いつもそこら辺を歩いているおっさん。略してそっさんです!」


ミヤ

「数少ない常連のお客様に向かってこのバカ!」


 

ミヤ。カウンタに身を乗り出し、リリカの頭をはたく。


リリカ

「あいた! 何も叩くこと――」


ミヤ

「すみません。うちのオーナーが粗相を……」


そっさん

「別に気にして……あ、でも、反省しているなら、次からおじさんが来たときは『お帰りなさいませ、ご主人様』と言っても――」


ミヤ

「調子ノんなジジイ」


そっさん

「ごめんなさい」


ミヤ

「それで、結局リリカさんとそっさんだけってことですか?」


そっさん

「順応が早い」


リリカ

「かの織田信長は言いました。一本では折れる矢でも――」


そっさん

「三本の矢は織田信長じゃなくて、毛利元就の逸話じゃなかったか?」


リリカ

「え、嘘。名言を残した昔の人って信長一択じゃないんですか?」


そっさん

「……ここでクイズ。次の名言は一体誰のものでしょうか」


リリカ

「バッチこーい!」


そっさん

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」


リリカ

「織田信長!」


そっさん

「吾輩の辞書に 不可能という文字はない」


リリカ

「織田信長!」


そっさん

「板垣死すとも 自由は死せず」


リリカ

「織田信長!」


そっさん

「松島や ああ松島や 松島や」


リリカ

「松尾芭蕉!」


そっさん

「それは判るんだ……」


リリカ

「松尾――芭蕉!!」


そっさん

「正解正解すごいすごい」


ミヤ

「そんなことより、数の重要性を理解しているならもっと人数増やしてくださいよ。たった三人って。しかもこの三人って……私はバイトだし、そっさん部外者だし、リリカさんはリリカさんだし。せめて、調理担当のちょこらさん――」


リリカ

「できればね!」


ミヤ

「は?」


リリカ

「できればやってましたよ! みんな集めて経営会議してましたよ!」


ミヤ

「なら――」


リリカ

「断られました!」


ミヤ

「は?」


リリカ

「ごれいさんは原稿の追い込み。ちょこらはライブのリハーサル。ジンたんはYouTubeの撮影。そんなわけで全員に断られました!」


ミヤ

「全員?」


リリカ

「全員!」


ミヤ

「私以外の?」


リリカ

「全員!」


 

間。


ミヤ

「お先に失礼しまーす」


リリカ

「待って待って待って! ひとりにしないで!」


ミヤ

「ひとりじゃないでしょ。そっさんがいるでしょ」


リリカ

「やーだー! そっさん部外者だもん! オーナーと部外者だけで行われる経営会議なんて、そんなの経営会議じゃないじゃん! 経営会議という名の……経営会議という名の……えー……なんかいい例えありませんか?」


そっさん

「……同伴?」


リリカ

「そう! 同伴!」


ミヤ

「いや、絶対違う」


リリカ

「ほら、こんなトンチンカンなふたりなんだよ!? こんなふたりだけで、この店の未来を考える会議なんてしてみなさいよ。明日からミヤちゃんの大好きなこの店はきっと、ダンボールキャタピラの専門店とかになっていることでしょう。それでも君は――ここを愛せる?」


ミヤ

「いや、別にそこまで愛してませんし、本気で嫌になったら、辞めますし」


リリカ

「(舌打ち)出たよ。若い子はすぐに辞めるだとかなんだとか」


そっさん

「嘆かわしいですな。おじさんが若い頃は――」


ミヤ

「今辞めたっていいんですよ?」


リリカ

「うそうそ冗談! ジョーダン、ジョーダン、マイケル・ダグラス!」


そっさん

「おじさんが若い頃も嫌になったらすぐに辞めてたから! 今まで30回以上転職してるから!」


リリカ

「お願い! 最悪辞めてもいいから、この会議だけは付き合って~」


ミヤ

「……(ため息)この時間のバイト代、ちゃんと出してくださいよ」


 


そっさん

「何かを改善するためには、未来よりもまず、過去を振り返ることが大切だ。なので、まずは初心を思い出すことから始めよう」


ミヤ

「ちょっと待ってください。え、そっさんが仕切るんですか? こういうの普通オーナーであるリリカさんがやりません?」


リリカ

「あたしが仕切れるとでも?」


ミヤ

「何偉そうに胸張ってんだ。やれよ、アンタの店だろ。部外者に任せんな」


リリカ

「確かにそっさんは部外者だけど――」


そっさん

「その部外者っていうの地味に傷つくんだけど……」


リリカ

「実は、カフェを専門に扱う凄腕の経営コンサルタントらしいのです!」


そっさん

「復活させた店舗は数知れず。カフェ業界の救世主とはおじさんのことだぜ!」


ミヤ

「……カフェ業界の救世主?」


リリカ

「だから、あたしが仕切るよりもそっさんに任せた方がいいってわけ。アンダースターン?」


ミヤ

「……リリカさん」


リリカ

「ん?」


ミヤ

「バカかあんた!」


リリカ

「え?」


そっさん

「は?」


ミヤ

「よく見てください! こんなおっさんがカフェ業界を救えると思いますか? コンサルタントが務まると思いますか? 無理でしょ! どう考えても無理でしょう! こんなのに救えるものなんて何ひとつないわ!」


そっさん

「ひどくない?」


リリカ

「いや、でも人は見た目によらないっていうか……」


ミヤ

「では、見た目抜きで言いますね。偏見なしで事実だけを言いますね。――茶沢通りにコンサルタントはいません! 特に有能なコンサルタントは寄り付きません! 何故なら茶沢通りだから!」


そっさん

「偏見なしの約束は?」


リリカ

「確かに!」


そっさん

「あ、納得しちゃうのね」


ミヤ

「おい、サギ師。何のために嘘をついた。ていうかそもそも本当の職業はなんだ。転売ヤーか? 転売ヤーだろ。それともあれか? 車上荒らしか?」


そっさん

「車上荒らしって……そんなに疑うなら、ネットで『午王聖心眼(ごおうせい・しんがん) コンサルタント』で検索してみなよ」


ミヤ

「何だその、スれたガキのハンドルネームみたいな――」


そっさん

「おじさんの本名。ほら、免許証」


リリカ

「うわ、画数多い! あれ、でも、そっさんの名前って『そっ』じゃありませんでしたっけ?」


そっさん

「うん。そんなわけないよね。ていうか、そっさんと呼ばれたのは今日が初めてだし、つけたのリリカちゃんだよね」


 

ミヤ。スマホを操作し、表示された情報を見て驚く。


ミヤ

「……あった。しかも本当にカフェ業界の救世主って……」


リリカ

「へー、あたしも検索してみよ。――おお、wikiにもページがあんじゃん! あ、テレビにも出たことあるんだ!」


そっさん

「信じていただけたかな?」


ミヤ

「……申し訳ございませんでした」


そっさん

「判ってくれればいいんだ。さ、気を取り直して、経営会議を続けようか」


リリカ

「……あれ? おかしいな」


ミヤ

「どうしたんですか?」


リリカ

「いや、ネットに写真が載ってたんだけどさ。顔、違くない? ……この人、そっさんじゃないよね?」


 

リリカ。スマホの画面をふたりに見えるように向ける。


そっさん

「……」


ミヤ

「……明らかに別人ですね」


リリカ

「だよね。――なぁぜなぁぜ?」


そっさん

「……バレたか」


ミヤ

「このペテン野郎!」


そっさん

「まぁまぁ、落ち着けって。確かにおじさんはコンサルタントじゃないし、そっちの心眼くんとも別人だけどさ」


ミヤ

「別人じゃねえか」


そっさん

「名前は本当に彼と同じ。午王聖心眼(ごうせい・しんがん)なんだよ。てことはだよ? そっちの心眼くんが凄腕のコンサルなんだから、同姓同名のおじさんも凄腕のコンサルの可能性があると思わない?」


ミヤ

「思わねぇよ」


そっさん

「しかもおじさんは、今まで経営を立て直す系の動画を山ほど見ているからね。そういう意味で言えば、むしろ救世主の方の心眼くんよりも優秀なコンサルタントと言っても過言じゃないよね?」


ミヤ

「過言だろ。気が触れてんのかジジイ」


リリカ

「確かに!」


ミヤ

「おめぇもかババア!」


リリカ

「ミヤちゃん?」


ミヤ

「すみませんでした!」


リリカ

「ちょっと暴論ぽい感じもしたけど、自信はあるみたいだし、ものは試し。今回はそっさんに仕切ってもらいましょうよ。ね、メスガキ」


ミヤ

「マジすみませんでした!」


 


そっさん

「気を取り直して……リリカちゃんはどうして薬膳カフェを開いたんだ? いや、そもそもどうして開こうと思ったんだ?」


リリカ

「えーっと……最近流行ってるじゃないですか、薬膳。海外のセレブとかもVログに載せたりしてるし。だから、これは稼げるぞうと思って」


ミヤ

「打算しかない」


そっさん

「ここを出店場所にしたのは?」


リリカ

「最初は三茶の駅前に店を出そうと思ったんですけど……ほら、三茶の人たちって、こういうオーガニック系のお洒落カフェ好きでしょう? だけど、予定の場所は意外と賃料が高くて……でも、三茶で開くのは諦めたくない。なので、少しズラして」


ミヤ

「うわー……」


リリカ

「下北民や、下北への観光客も取り込めて逆にお得かな、と。ここ――茶沢通りに出店したのです。どう? この戦略。天才だと思わない? 中国の偉い軍師の人みたいじゃない?」


ミヤ

「ビックリするくらい浅はかですね」


リリカ

「え?」


そっさん

「残念なお知らせなんだが……まず、茶沢通りを目的地にする人はいない。ここはその名の通り、三軒茶屋と下北沢を繋ぐ通路だ」


ミヤ

「だから新しい店ができても、ほとんど気付かれることはありません。運良く気付かれたとしても『こんなのできたんだ。へぇ』くらいで素通りされてしまいます」


リリカ

「そんな淡白なの?」


そっさん

「それに、リリカちゃんがメインターゲットにしている三軒茶屋の連中は、茶沢通りのカフェなんかには足を運ばない。金がかかっても駅前のカフェに行く。なぜならそっちの方が圧倒的にお洒落だと思い込んでいるからだ」


リリカ

「そうなんですか?」


そっさん

「ああ。間違いなく連中は全員そう思っている。連中は自分の街が一番だと、そこに住んでいる自分たちが正解だと思いこんでいる都会の田舎者達だからな。生活の中心地である駅前こそが奴らにとっての一番のお洒落スポットなのさ」


リリカ

「くっ……どうせ何がお洒落なのかも判っていないくせに……選民思想ジャンキーどもめ……!」


ミヤ

「お前らサウナに連れてかれんぞ」


リリカ

「てことは……ターゲットは下北に絞った方がいいってこと?」


そっさん

「いや、下北沢の住民も、茶沢通りの飲食店を訪れることはない。というか、下北民は飯のために金を使わない」


リリカ

「え?」


そっさん

「連中が金を使うのは衣服。しかも古着だけだ。最悪、餓死しなければ食事は何だって……いや、餓死してリビングデッドになっても尚、食い物よりも古着を求める連中だ。カフェ、ましてや薬膳カフェなんて、訪れるわけがない」


リリカ

「くっ……どうせ色落ちが気になって黒い服ばかり着ることになるくせに……サステナブルゾンビどもめ……!」


ミヤ

「お前らチケット買わされんぞ」


リリカ

「……でも」


そっさん

「好きなんだよなぁ」


ミヤ

「は?」


そっさん

「そんな両町が」


リリカ

「大好きなんだよねー」


そっさん

「(同時に)ねー!」


リリカ

「(同時に)ねー!」


 


リリカ

「よし、フォロー完了!」


ミヤ

「無理無理無理無理無理!」


 


リリカ

翌日。


ミヤ

リリカさんから一通のメッセージ。


リリカ

『ちょこらにウルトラ怒られました。残念ながらサステナバスター計画はご破算です』


ミヤ

「そらそうだ」


ミヤ

昨日の会議で出た結論が白紙になったことに少しだけ安心しながら、店への道を歩く。


ミヤ

茶沢通り。


ミヤ

三軒茶屋の整頓された意識の高さと、下北沢の混沌としたサブカルの空気が混じりあって悪魔合体したみたいな、都会のローカル。


ミヤ

通り沿いに隙間無く並ぶ小さな店たち。遠くの方から聞こえる笑い声。テラス席でこれ見よがしにノートPCを開き、コーヒーを嗜む自称クリエイター。二日酔いみたいな足取りで散歩する犬と飼い主。


ミヤ

いつも通りの、自由と息苦しさが共生する景色。


そっさん

「お、ミヤちゃん」


ミヤ

「あ、常連さん。こんにちは」


そっさん

「こんにちは。そっさんでいいよ。これから出勤?」


ミヤ

「はい。あ、そうだ。昨日の案は却下されたみたいです」


そっさん

「昨日……最終的にどんな結論になったんだっけ?」


ミヤ

「覚えてないんですか? じゃあ、今からお店でリリカさんに直接聞いてください」


そっさん

「営業上手だな。よし、同伴出勤すっか」


ミヤ

「同伴っていうか、パパ活だと思われますよ」


そっさん

「パパパパ、パパ活!?」


ミヤ

茶沢通りは大半の人にとっては、目的地じゃなくて目的地に向かうためのただの道だ。


ミヤ

三軒茶屋と下北沢を繋ぐ3000メートルほどの、ただの通り。


ミヤ

でも、もちろん、そうじゃない人だっている。


ミヤ

茶沢通りをひとつの街として、ひとつの目的地として暮らしている人たちもいる。


ミヤ

その人たちはみんな、他人には伝わりづらいこだわりを持っていたり、一円にもならない見栄を張っていたり、中途半端に文化人気取りだったりの――カッコつけばかりだ。


ミヤ

幼い頃から、この場所に住んでいる私が言うのだから間違いない。


ミヤ

どこぞのグローバルメディアの調査によって『世界で九番目にクールなストリート』などともてはやされたこともあったけど……きっとここは、世界一ダサい通りだ。


ミヤ

でも


ミヤ

それでも


ミヤ

私はこんなどうしようもない通りが


ミヤ

カッコつけたダサい街が


ミヤ

案外――大好きだったりするのだ。


 


ミヤ

「よし、フォロー完了!」


そっさん

「無理無理無理無理無理!」

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