第3回「しなコン!」ショート部門受賞作品
大人の厨二病患者サトウは、今日も暗黒ポエムが止まらない。医師のスズキと看護師タナカが、楽しい診察と処方を行う、病院での短いお話。
- ストーリーの大幅改変は禁止です
- 自作発言、転載は禁止です
- ストーリーや進行をまるごと流用して別作品を公表することは禁止です
- 作者名を誤字なく記載していただければ、営利、非営利に拘わらず上演の許可取りや報告は不要です
- サトウ役の方は恥ずかしがらずに、しっかりと闇のオーラをまとい厨二病になりきってください
タイトル
偽薬の雫─サプレス・リリックス─
作者
鳳月 眠人
作者サイト

ジャンル
コメディ
上演時間
約10分
男女比
🚹1:不問2
サトウ
男性。患者。超イケボ。重度の「暗黒比喩症候群(大人の厨二病)」。ポエムを吐かないと精神が崩壊すると思っており、定期的にかかりつけ医の元へ足を運んでいる。風邪をひいた。
スズキ
男女不問。サトウのかかりつけ医師。診察時のポエムを毎回楽しみにしている。
タナカ
男女不問。看護師。有能。注射や点滴の準備をテキパキとこなしながら、サトウのポエムを翻訳する。
──診察室
サトウ
……フッ。また、この硝子の檻(おり)に戻ってきてしまったようだ。白衣を纏(まと)った死神たちが、俺の魂を計量するために待っている……
タナカ
先生、サトウさん入られました。今日も「絶望の雨が肺を濡らす」だの「コンクリートの墓標に花束を」だの、待合室で絶好調で喋ってました。周りの患者さん、ちょっと引いてました。
スズキ
ああご苦労。さて、サトウ君。今日は一段と闇が深いな。不穏な嵐の前の海のような顔色だ。
サトウ
察しがいいな、ドクター。我がカルマに侵食されし喉が、今にもスティグマを発現しそうでな。内側の深淵を呼び覚ますかのように、己の熱を喰らい尽くそうとしてくる。今にも覚醒してしまいそうだ……震えが止められない。早く俺を沈黙という名の煉獄へ連れて行ってくれ。
タナカ
先生。要約すると「ポエムが止まらない上に喉が腫れて痛み、寒気がして熱が高い」そうです。
スズキ
うむ。今日も語彙力の血中濃度が危険域だな。では私に見せてくれ。そのスティグマ発現前の喉奥を──あー、これはなかなか赤いな。扁桃腺も腫れてる。
サトウ
おっとドクター。ヴァンパイアも逃げ出すようなブルーブラッドは、もう勘弁願いたいものだ……
タナカ
以前処方したアズレンうがい薬は味が苦手なので、別のものをご希望のようですね。
スズキ
そうか。サトウ君、君の喉はもはや、普通のトローチやうがい薬では太刀打ちできない。今日は究極の対抗手段を使おう。……タナカ君、例の「特製アンプル」を。
タナカ
はい。……用意できました。
──金属トレーがカチャンと音を立てる
──アンプルをパキッと割る鮮やかな音
サトウ
ほう。その小さなガラス瓶に、神の刻印をも掻き消す禁断の力が封じ込められているのか?
スズキ
そうだ。新薬、叙情(じょじょう)鎮静剤。通称「サプレス・リリックス」。脳内の言語中枢、メタファー・エリアに直接作用し、喉の炎症ごと、過剰な比喩の分泌を抑える。副作用として、一時的に語彙力が著しく低下し、語尾が「ピヨ」になる症例が、僅かに報告されているが。
サトウ
フッ、副作用という名の代償か。悪くない。この魂が安息の静寂に抱かれるなら、雛鳥のように鳴くのも一興。飛べない小鳥のワルツと洒落こもうじゃないか。
スズキ
覚悟は固いようだね。タナカ君、ルート確保。
タナカ
はい。腕失礼しますねー……血管、出にくいですね。ポエムの言い過ぎで血管まで迷子になってますよ。あ、出ました。刺しますよー。チクッとします。
サトウ
……くっ! 俺の左腕に、冷たい銀の蛇が這い込んでくるッ! 鼓動に合わせてッ真の力が、目覚めてしまうッ!!
タナカ
はい。もう拳、弛めてもらって大丈夫ですよー。
スズキ
いいぞ、サトウ君。その『銀の蛇』が、君の脳内の過剰な修飾語を一つずつ食い潰していくんだ。さあ、点滴に切り替えるぞ。
タナカ
パルス同期。言語中枢へのアクセスを確認。先生、お願いします。
スズキ
よし──禁忌の処方が前頭葉と脳幹へ告ぐ。思考の鱗粉(りんぷん)を毟(むし)り、修辞(レトリック)の臓腑を焼き払え。この男の喉に巣食う「表現の魔」を封印せん。サプレス・リリックス点滴開始──インジェクション。
タナカ
インジェクション了解。正常に接続完了。システム・オールクリア。
サトウ
な……! 俺の脳内聖域(サンクチュアリ)へのアクセス認証システムを軽々と突破した、だとッ!?
スズキ
すまないね、これも治療のためだ。タナカ君、ベッドへ案内を頼む。
タナカ
はい先生。サトウさん、点滴スタンド……サプレス・リリックスを押しながらゆっくりこちらへどうぞー。
──水滴が落ちる音。数分後
サトウ
俺の……俺の中の「漆黒」が……薄まっていく……。頭の中が、白く、塗りつぶされていく……
タナカ
点滴中って眠くなりますよねー。無理せず横になってくださいね。
スズキ
どうだいサトウ君。タナカ君。
タナカ
今のところアレルギー反応などは見受けられません。
サトウ
ああ、蝕まれた詠唱回路が、正常な共鳴を取り戻しつつある……
タナカ
つまり、効いてきた、そうです。
スズキ
ふむ。それにしてはまだ、表情が優れないな? 気になることでも?
サトウ
……ドクター。この新薬は本当に、俺のメタファー・エリアに巣食う「表現の魔」に、終焉の鐘をもたらすだろうか?
スズキ
もちろんだとも。耳をすませてご覧、サトウ君。点滴の音を聞くんだ。それこそが終末の鐘の音なのだよ。一滴、また一滴と落ちる度にサプレス・リリックスが君の体内を巡り、君の語彙力からは、比喩が剥がれ落ちていく。そう、暗黒の中学二年生から──「夜な夜な防音室で一人マイクに向かう、三十代宅録声優」に、戻っていくんだ!
サトウ
ぐっ、ああああ! 記憶が焼ける……ッ! 忌まわしき確定申告の悪夢が、脳裏にっ! ダメだ、左腕がっ暴走してしまう!
タナカ
あっ、管(くだ)引っ張らないでくださいねー。逆流しますからねー。
スズキ
目を背けるな、それが君の現実だ! (勢いを抑えて低めの声で)住民税、保険料、そして防音室の分割払い! 幻想(ゆめ)から目覚め、社会に還ってこい……!
サトウ
うッ……!? ああっ……
スズキ
やったか……?
サトウ
フハハハ、さすがというべきか。禁断の新薬は確かに効果があるらしい。内なる我を呼び覚ますとはな──来たれ、千の形容、万の比喩! 我が言霊の城塞(じょうさい)を、無粋なる薬理の鉄槌から死守せよ! 叙情の海を枯らすべからず、意味の灯火(ともしび)を消すべからず! ……メタファー・シールド、全方位展開!
スズキ
ふん、第二人格が目覚めたか。抵抗を続けるなら、いいだろう! タナカくん、点滴速度を上げてやれ。
タナカ
よーし、ちょっとだけ早めますよー。
サトウ
なにっ! ッく、あああっ! や、やめろッ!
スズキ
はははどうした。早く楽になりたいのだろう? 潔く受け入れるんだ。恐れずになぁ……。
タナカ
先生、治療者の笑い方じゃないですそれ。もはやラスボス側になってますよ。
サトウ
……う……っ漢字の多い熟語が、ルビに振られたカタカナたちが……俺の脳から、逃げていく……ッ!?
スズキ
そうだ! 効いているぞ、サプレス・リリックスが。ほらサトウ君、言いたいことを口にするんだ。今の気分を言葉にしてみろ。
サトウ
クッ……アガァァッ!
スズキ
どうした! さあ!!
タナカ
ちがうなこれ、どっちかって言うと悪魔祓いだな。
スズキ
さあ──君は今、何を思う。
──サトウ、顔を伏せる
──点滴の音だけが数秒響く
──顔をパッと上げ、間の抜けた素の声で
サトウ
わー、ノド痛くなぁい!
タナカ
……はい。点滴終了です。副作用もありませんね。お疲れ様でしたー。
サトウ
(正気に戻り、自分の声に驚く)え? 今、何て……? のどいたくない? 恥ずかしい、何だそのIQが3しかないみたいな感想! もっとこう、魂の深淵を抉るような表現ができたはずッ!
スズキ
いや。今の君の「痛くない」は、どのシェイクスピアの戯曲よりも、切実で、美しい言葉だったよ、サトウ君。
サトウ
そう、ですか? 本当に?
スズキ
ああ。言葉というのはね、心を率直に表す時に、一番の重みを持つんだ。今日、久しぶりに君は「事実」だけを口にしたんだろう。それは君にとって、とても勇気が必要なことだったと、私は知っている。見事だったよ。
サトウ
先生……!
タナカ
ええ、お見事でした。あ、止血のテープ貼りますね。針抜く時もちょっと痛いですけど、それも「銀の牙が肉を割く」とか言わないでくださいね。普通に「痛い」でお願いします。
サトウ
(照れくさそうに)……はい。あ、普通に、痛いです。いやー、ありがとうございました、失礼します、ピヨ。
タナカ
お大事にー。(ボソッと)本当に語尾、ピヨになっちゃったな。
──サトウ、足音に合わせて小さくピヨピヨ言いながらフェードアウト。扉が閉まる音
タナカ
ふふ、佐藤さんは影響を受けやすいですねぇ。しかし今日は、風邪の診察もできて良かったですね。
スズキ
そうだな。タナカ君、次回の定期診察の処方、何がいいと思う?
タナカ
(片付けをしながら)そうですね。座薬とかも面白そうですけどー。
スズキ
鬼かい、君は?
タナカ
冗談です。そうですね……ビタミンタブレット、まだ試してませんでしたよね? サトウさんならきっと、キラキラした目で「甘酸っぱぁーい」って言ってくれますよ。
スズキ
ふ、それは最高の偽薬(プラシーボ)になりそうだな。
──幕。

