ビター×スイート【Ver.Sora】

ラブストーリー
ラブストーリー

 悪いお兄さんに誑かされる純情な女の子のお話です(言い方)。

はじめにお読みください

  • キャラクターの性別は定めていますが、演者の性別は不問です。
  • YouTubeやツイキャス、Twitterのスペースなど、非営利での配信であれば自由にお使いいただけます。
  • 使用時の許可やクレジットなどは特に必要ありませんが、配信の際には作者のTwitter(X)にメンションくださるなど、何らかの形でお知らせいただけると嬉しいです(強制ではありません)。
  • 会員制の配信アプリで使用する場合は、外部のシナリオを用いて良いかどうか、そのアプリの規約をご確認ください。
  • 営利を目的とした配信や商業作品、舞台やリアルのイベントなどで使用したいという場合は作者のTwitter(X)にご連絡ください。
  • 物語の雰囲気を大きく変えない限りは、アドリブやセリフ改変などもOKです。
作品概要

タイトル

ビター×スイート


作者

島嶋徹虎


ジャンル

ラブストーリー


上演時間

約20分


男女比

男1:女1

登場人物

ソラ

【♀】高校生。年上のカイに恋心を抱いている。


カイ

【♂】社会人。ソラの近所に住む青年。婚約者がいる。

シナリオ

(※各節の副題は読んでも読まなくても大丈夫です。また、もしお読みになる場合はどちらが読んでも構いません。相談して決めてください。ちなみに、「×」の読み方も特に決めてませんので、ご自由にお読みください)


ソラ

あの頃、私は、恋をしていた。


ソラ

十歳も年の離れた、あの人に。


 


第一節『時間×速度』


ソラ

その日の夜遅く、最寄り駅の改札で偶然、私はあの人に再会した。


カイ

「あれ? ソラちゃん……?」


ソラ

「あ、カイさん……!」


カイ

「ひさしぶりだね! 今、帰りなの?」


ソラ

「はい、部活帰りで」


カイ

「そっかぁ、遅くまで大変だね。お疲れ様」


ソラ

「カイさんこそ、こんなに遅くまで、お仕事ですか?」


カイ

「そうだよ、社会人だからね」


ソラ

「大変、なんですね……社会人……」


カイ

「別にこれくらい普通だって。これでもウチの会社、割りとホワイトなんだよ? あ、そうだ。それよりも、家近くなんだし、せっかくだし送ってこうか?」


ソラ

「……は、はい!」


カイ

「はは。それにしても、ソラちゃんももう高校生かぁ。前に会ったのって、まだ中学生だったよね。早いなぁ、ほんとちょっと前までこんなちっちゃかったのに。……そうだ、覚えてるかな? ソラちゃんが小学校上がりたてくらいの時、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるーって抱き着いてきてさ」


ソラ

「なッ……そ、そそ、そんなこと覚えてない、ですッ!」


カイ

「あはは。その反応、絶対覚えてるでしょ」


ソラ

「し、知らないですって……!」


カイ

「あはは。まあ、でも、あれがちょうど十年くらい前か。俺もまだ高校生だったし、若かったなー」


ソラ

「……カイさんは、昔からずっと変わらないですよね」


カイ

「ん、そう?」


ソラ

「だって、昔から……その、優しいし、イケメンだし……」


 

――そんなソラの言葉に、カイは笑いをこらえながら返す。


カイ

「ありがと、お世辞もうまくなったんだね」


ソラ

「そんな、お世辞なんかじゃ!」


カイ

「はいはい、嬉しいよ」


ソラ

「むぅ……」


カイ

「よしよし。そんな拗ねない拗ねない」


ソラ

「こ、子ども扱いしないでください!」


カイ

「……そっか。ソラちゃんもいつまでも子どもじゃない、か……」


ソラ

「カイさん……?」


カイ

「そうだ、あのさ……今度の週末、時間ある?」


ソラ

「え? えっと、土曜日は部活があるんで、日曜日なら……」


カイ

「ほんと? じゃあ、もしよかったら……ご飯でもどうかな? もちろん、俺の奢りだから」


ソラ

「え……え?」


カイ

「あー、やっぱり、だめだったかな……?」


ソラ

「いえ、行きます!」


カイ

「……ははっ、ありがと」


ソラ

カイさんは、ウチの近所に住んでいるお兄さんで、親同士も昔から仲が良いらしく、私も小学生の頃は彼によく遊んでもらった。でも、彼が大学を卒業して、社会人になってからは、あまり会う機会もなくなっていた。


ソラ

そんな時、こうして偶然再会してから、私の毎日は少しずつ変わっていった。


ソラ

度々、時間をつくっては、ご飯を食べにいったりした。


ソラ

そして私は、次第に、彼に惹かれていったのだ。


ソラ

あの人にとって、きっと私は、年の離れた妹くらいにしか思われてなかっただろう。


ソラ

それでも私は、あきらめなかった。あの人と同じ場所に立てば、対等に私を見てくれるはずだと信じていた。


 

――街中のとあるレストランの店内で。


カイ

「ね、おいしいでしょ、ここのパスタ」


ソラ

「うん、おいしいです! こんなとこ、普段来ないから」


カイ

「あはは。ここって、基本は夜にバルとして営業してるし、確かに高校生には、敷居高いかもね。……さてっと、ごめん、俺ちょっと、喫煙所でタバコ吸ってくるよ。そのまま食べてて。スイーツとかも選んでていいよ」


ソラ

「え、カイさんタバコ吸うんだ?」


カイ

「あー……そうか、最近の子はタバコとか嫌いだよな……幻滅した?」


ソラ

「ううん、そんなことないです! ちょっと意外だっただけで……。カイさんはどんなの吸ってるの?」


カイ

「俺のは、こういうやつだよ」


ソラ

「カカオのフレーバー……? こんなのもあるんだ」


カイ

「そ。ほかにもいろいろあるんだよ。ココナツとか、バニラとか」


ソラ

「あ。だからカイさん、たまに甘い香りしたんだ。いいなぁ、オトナのお兄さんって感じで」


カイ

「そりゃまあ、大人だからね」


ソラ

「それはそうだけど! こういうおしゃれなやつ吸ってるの、かっこいいと思うし。私も吸ってみたい!」


カイ

「こーら、まだ未成年だろ?」


ソラ

「だったら、待っててくれる? 私が吸えるようになるまで」


カイ

「はは、どうかなぁ……っていうか、ソラちゃん、彼氏とかいないの?」


ソラ

「い、いたら、こんな風にカイさんと出かけたりしてませんてば」


カイ

「ほんとかなー? 今時のJKは男の一人や二人いそうだしなぁ。怖ぇなぁ(けらけら笑いながら)」


ソラ

「そんなことないですっ! それよりも、カイさんは、いないの……? その、付き合ってる人……」


カイ

「ん? 俺? いるよ?」


ソラ

「えっ……」


カイ

「うん。まあ、年が年だし、結婚前提のお付き合いみたいな?」


ソラ

「そ、それって、婚約者ってこと……?」


カイ

「一応ね。て言っても、この先どうなるかはわからないけど」


ソラ

「い、一応って……じゃあ、なんで付き合ってるの……?」


カイ

「何でだろうなー。フィーリングってやつ? 二人三脚みたいなものでさ。歩幅があってないと、同じ速度で走っていけないじゃない? だからまあ、そいつとはたまたま、歩幅が嚙み合ってたんだと思う」


ソラ

「…………」


カイ

「そうやって、同じ速度で歩んできた時間も、なんだかんだ長いし、思えば随分と長い距離を走ってきたような気がするよ」


ソラ

「時間と……速度……」


カイ

「そいつは俺と同い年なんだけど、カフェを開きたいっていう夢を持っててさ。すごい頑張ってるんだ。だから、俺も負けてられないなっていうか。あいつを追い越してやるくらいの気持ちじゃないと、置いてかれちゃうからね」


ソラ

そこで私は、初めて気が付いた。


ソラ

ああ。この人は、私なんかよりもずっと、ずっと先を走ってるんだ。


ソラ

そうだよね。私みたいな、後を付いてくるだけの子供なんて、振り返って見てくれるはずもない。立ち止まって待っててくれるはずもない。


ソラ

だけど、それなら――


ソラ

「それなら……もしも、私がもっと早く……」


カイ

「え……?」


ソラ

「ううん、なんでも、ないです……」


ソラ

もしも、私がもっと早く生まれていて、もっと早く貴方と出会っていたら。


ソラ

カイさん――私は、貴方の隣で一緒に歩いていけたんですか?


ソラ

言いかけたその言葉を、私は紅茶と一緒に飲み込んだ。


ソラ

走って、走って、どれだけ走っても、私は貴方に追いつけない。


ソラ

私がどれだけ追いかけても、きっと貴方は同じ速さで離れていく。


ソラ

私が貴方の隣に立とうとしても、貴方はもっと先に行く。


ソラ

私は、貴方との距離を、どうしたら縮められるのだろう。


 


第二節『北風×太陽』


ソラ

色づいた木々の葉が、吹き抜ける冷たい北風に舞う季節。


ソラ

とある日曜日の昼下がり、唐突に、彼からの通話が入った。


カイ

「あ……もしもし、ソラちゃん?」


ソラ

「カイさん……どうしたんですか?」


カイ

「今、時間ある? もしよかったら、少し会って話せないかな……ほら、家の近くの公園で……」


ソラ

「カイさん、待ってて! 今すぐいきます!」


カイ

「あは、ありがとう。……待ってるよ」


 

――しばらくして、ソラが息を切らしながら、公園へと走ってくる。


ソラ

「――カイさん!」


カイ

「ああ、ソラちゃん……急に呼び出しちゃってごめんね」


ソラ

「ううん、大丈夫。それよりも……カイさん、疲れてる? もしかして、寝てないの……?」


カイ

「あー、わかる……?」


ソラ

「そりゃ、わかるよ! だって――」


カイ

「――でも、キミの顔を見たら、なんだか安心した」


ソラ

「ぇ……?」


 

――穏やかにほほ笑むカイ。


ソラ

「ぁ……」


カイ

「……ソラちゃん、まだ時間ある? ちょっと、座って話さない?」


ソラ

「う、うん……」


ソラ

まるで辺り一面、黄色の絨毯(じゅうたん)が敷かれたように、


ソラ

数えきれないほどたくさんの、イチョウの葉が地面を覆う。


ソラ

そんな公園のベンチに、私とあの人は、肩を寄せ合いながら腰を下ろした。


カイ

「…………」


ソラ

「…………」


 

――しばしの沈黙ののち、カイがおもむろに口を開く。


カイ

「俺さ、海外に行くことになったんだ」


ソラ

「えッ⁉」


カイ

「って言っても、まだ決まったわけじゃないんだけど。どうしても、仕事の都合でさ。それで、彼女にも伝えたんだ。もし決まったら、一緒に来てほしいって」


カイ

「……だけどさ……こないだも言ったじゃん? あいつも叶えたい夢があるって」


カイ

「それで俺も、あいつに負けないように、今の仕事でもっと上を目指したいって思って、その思いが互いにうまく嚙み合ってたんだ、今までは」


ソラ

「今までは……」


カイ

「うん……でも、どっかでそれがずれてしまったんだろうな。……これまで付き合ってきて初めてだよ、あんなにケンカしたの」


カイ

「「ずっと溜まりに溜まってた鬱憤を、全部吐き出されて。それが死ぬほど刺さって、こっぴどくやられちまった。……情けないよなぁ、ほんと……」


ソラ

「カイさん……」


カイ

「もう、終わりなのかもな……」


ソラ

「う……」


カイ

「ハァ……」


ソラ

「カイさんッ」


 

――そう言って、ソラはカイを抱き寄せる


カイ

「あ……ソラ、ちゃ……」


ソラ

「わ、私がいます! 私が、貴方の傍にいますから……!」


カイ

「ん……っ」


ソラ

そう言って彼を抱きしめる私の声は、私の手は、慣れないことへの緊張と、嫌われてしまうかもしれない、拒絶されてしまうかもしれないという恐怖に、震えていた。


ソラ

すると、彼は私の背中に腕を回し、きつく抱きしめ返してくれた。


カイ

「ソラちゃん……」


ソラ

「……っ!」


カイ

「もう少しだけ、こうしてても良いかな……?」


ソラ

「もちろんです……っ」


カイ

「ん……ありがとう」


ソラ

「…………」


カイ

「こうしてるとさ、温かいよね」


ソラ

「うん……まるで、お日様みたいに」


カイ

「…………」


ソラ

「……あ、あの、カイさん」


カイ

「うん……」


ソラ

「私……カイさんのこと……」


カイ

「ごめんな」


ソラ

「え?」


ソラ

それは、そのごめんは、何に対して?


ソラ

私に愚痴を吐き続けたこと?


ソラ

私をきつく抱きしめたこと?


ソラ

それとも――


ソラ

「……あの、それって、どういう……」


カイ

「――あーあ、なんかすっかり、日が落ちるのも早くなってきたよなぁ」


ソラ

「カイさ……」


カイ

「ありがとな、ソラちゃん。なんだか、ちょっとすっきりしたよ」


ソラ

「あ、いえ、その……」


カイ

「さて、と。……俺ちょっと、タバコ吸ってくるよ」


ソラ

「へ? あ、いや! ここでも良いですから……!」


カイ

「え、でも……」


ソラ

「大丈夫ですから! ここ別に禁止されてないし、何ならほかに誰もいないし!」


カイ

「…………」


ソラ

「だから、もう少しだけ……隣にいてください」


カイ

「(微笑んで)……わかった。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 

――カイはそう言って、タバコに火を付け一服する


ソラ

そうして彼が吐き出した煙は、甘く香るカカオのフレーバーと、仄かに苦みを感じるタバコ特有の匂いがした。


ソラ

……甘くて苦い。そんな相反するものが混ざり合うことができるなんて、子供の私には理解できるはずもなく。


ソラ

隣にいる彼の、その太陽のような温もりを、確かに感じているはずなのに、何故だか同時に、私の心の中を、冷たい北風が吹き抜けた気がした。


 


第三節『Bitter × Sweet』


ソラ

やがて年が明けてから、少し経った頃。


ソラ

春を待たずして、別れの季節が訪れた。


ソラ

結局、彼は婚約者と別れ、一人で海外に発つのだという。


ソラ

そんなあの人を、私は必死に、空港まで追いかけた。


 

――ソラは空港のロビーでカイの姿を見つけ、駆け寄る


ソラ

「――カイさん……!」


カイ

「え、ソラちゃん……どうして」


ソラ

「ハァ、ハァ……よかった、間に合って……」


カイ

「学校は、どうしたの?」


ソラ

「サボった。……もうテスト終わったし、どうせあとは春休み待つだけだし」


カイ

「はは……悪い子だな」


ソラ

「カイさんのせいだよ……」


カイ

「俺の?」


ソラ

「だって……私、カイさんのこと……」


カイ

「…………」


ソラ

「どうしても、行っちゃうの……?」


カイ

「ソラちゃん……」


ソラ

「迷惑、だよね……」


カイ

「…………」


ソラ

「カイさんの足枷になっちゃうよね……」


カイ

「…………」


ソラ

「だけど、私もう、抑えられないよ……」


カイ

「……ソラ、ちゃ……」


ソラ

「あのさ、カイさん……一つだけ、教えて」


カイ

「うん……?」


ソラ

「もしも、私がもう十年早く生まれていたら、もしも、あなたと十年早く知り合っていたら……私はあなたの横に、立っていられたんですか?」


カイ

「ああ……そっか、俺のせい、か……」


ソラ

「…………」


カイ

「飛行機の時間、まだあるからさ。一緒に、座ろっか」


ソラ

「う、うん……」


 

――少しの間。待合スペースのベンチに腰掛ける二人


カイ

「なんだかさ、前に公園で話したときみたいだよな」


ソラ

「うん……」


カイ

「あの時、急だったのにすぐ来てくれて、嬉しかったよ」


ソラ

「うん……」


カイ

「…………」


ソラ

「ねえ、カイさん……」


カイ

「うん?」


ソラ

「私じゃ、ダメなの?」


カイ

「…………」


ソラ

「私、待ってるし……いつまでも、帰ってくるの待ってるし……!」


カイ

「……それは……」


ソラ

「私……カイさんのことが……!」


カイ

「ソラちゃん」


ソラ

「え?」


カイ

「それ以上は、言っちゃダメだ」


 

――カイはソラに唇を重ね、その口を塞ぐ。


ソラ

「んっ……!」


カイ

「……ちゅ……」


ソラ

「っ……んっ……ぁ……」


ソラ

――そうして私たちは、くちづけを交わした。ふんわりと漂う甘い香りと、絡み合う舌で感じる陶酔感とタバコの苦み。それは、私にとって、あまりに官能的で刺激の強い、ファーストキスだった。


ソラ

「ぁ……カイ、さ……」


カイ

「……さっき吸ったばっかりだから、タバコ臭かったらごめんな」


ソラ

「……なんで……?」


カイ

「…………」


ソラ

「なんで言わせてくれないの? こんなの……こんなのって、ずるいよ……」


カイ

「そうだよ……俺、ずるいんだ」


ソラ

「え……?」


カイ

「……ソラちゃん、俺さ。キミの気持ちに気付いてた。キミの気持ちを知りながら、ご飯とか誘ってたんだ」


ソラ

「…………」


カイ

「俺のこと、好いてくれてるんだなって、嬉しかった。その気持ちが嬉しくて、つい甘えちゃってたんだんだろうな。……自分に無理せず、気楽に寄り添える存在にさ」


ソラ

「カイさん……そんな、今更そんなのって……」


カイ

「ごめんな、ソラちゃん。大人になればなるほど、ずるくなる生き物なんだよ。人間って」


ソラ

彼はそう言って、私の頭を優しく撫でた。


カイ

「ソラちゃん、キミはきっと、もっともっと素敵な人になれるよ。それこそ、俺なんか足元にも及ばないくらいの良い男、見つけられる」


ソラ

「そんなこと……」


カイ

「だからさ、俺なんてもう忘れて? ……それと、もう俺みたいな悪いおにーさんに引っかかっちゃだめだぞ?」


ソラ

「カイさん……」


カイ

「さて、もうすぐ時間だから……俺、行くね?」


ソラ

そうして彼は、バイバイと小さく手を振って、海の向こうへと旅立っていった。


ソラ

その顔は、まるで憑き物が落ちたように、とても晴れやかだった。


ソラ

最初はきっと、私という重りから解放されたからなのだと思った。


ソラ

でも、それは、ただの私の思い上がりに過ぎなかっただろう。


ソラ

彼にとって、私という存在など、重りにすらなっていなかった。


ソラ

私は最後まで、あの人と対等な位置にすら、立てていなかったのだ。


ソラ

「悔しい。……ああ、悔しいな」


ソラ

彼の乗った飛行機を見送りながら、私は日が暮れるまで、ただ泣き続けた。


 

* * * * *


ソラ

――あれから月日が経ち、私は大学を卒業し、社会人になった。


ソラ

カイさんとは、もうあれ以来、会っていない。今頃なにをしているのかも、わからない。


ソラ

だけれど、彼とのささやかな思い出は、その後、いくつかの出会いと別れを経験してもなお、私の心から、消えることはなかった。


ソラ

「カイさん、私もね、タバコ吸えるようになったんだよ……もう、子供じゃないんだよ……」


ソラ

そう。あれから、私は必死で走った。走って、走って、大人になった。 


ソラ

だけど――


ソラ

「だけど、なんで……追いつけないの、かなぁ……」


ソラ

どんよりとした寒空の下を、冷たい北風が吹き抜ける。


ソラ

そんな季節になると、彼の好きだったあのタバコが吸いたくなる。


ソラ

そして、不意に思い出すのだ。


カイ

「さっき吸ったばっかりだから、タバコ臭かったらごめんな」


 

――ソラはポケットから煙草を取り出し、火を付けて一服する。

 

――その声は、涙をこらえるように震えている。


ソラ

「すぅ――ふぅ……ああ、そう、こんな味、だったな……」


ソラ

あのとき交わした接吻(キス)の味。


ソラ

それは、この身がとろけてしまうほどに甘く。


ソラ

そして、胸が張り裂けそうになるほど、苦かった。


 

《了》

タイトルとURLをコピーしました