四季の貸し出し承り〼

青春ドラマ

第3回「しなコン!」レギュラー部門受賞作品

その図書館には「四季の貸し出し承り〼」という奇妙な張り紙がある。なんでも、後悔をかかえる人の元へ「四季」という本が貸し出されているらしい。その本を持つものは、過去を書き直せるという噂があり……

はじめにお読みください

  • 本作品は第3回「しなコン!」レギュラー部門受賞作品です。
  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
  • 本作品は「こえコン!」関連イベントや公式配信での上演だけでなく、一般の声劇配信などでもご利用いただけます。なお、その際の台本の利用規約については、作者である「七枝」様のサイトに掲載されている「利用規約」に準じます。ご利用の際は、必ず下記リンク先をご確認ください。
    注意事項|七枝の。
作品概要

タイトル

四季の貸し出し承り〼


作者

七枝


作者サイト

七枝の。
声劇台本おいてます。台本をご利用の際は、注意事項の確認をお願いします。

ジャンル

青春ファンタジー


上演時間

約30分


男女比

不問4

登場人物

司書

性別不問。年齢不詳。


バイト

性別不問。七條。若い。


性別不問。五十嵐。若い。


先輩

性別不問。「客」の学生時代の先輩。

シナリオ

 

(Mはモノローグ。本文ここから。)


 

客の回想。


(M)ずっと、後悔していることがある。


先輩

はい。もしもし?


(M)あの時言いたかった言葉。言えずに口にした、どうしようもない言葉。


先輩

……それが言いたくて、電話してきたの?


(M)なんでだろう。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


先輩

もう、電話してこないで。


まってください、先輩!まって……!


先輩

君の絵は、空っぽで退屈だ。


(M)手を伸ばす。つかめない。空を切った手が力を失って、ぱたりと絵筆が落ちる音がする。目を覚ます。その繰り返し。


なにが描きたいの、か……わからないよ、先輩。


先輩

君の絵は、空っぽで退屈だ。


(M)幻聴が響く。絵筆は止まったまま。


 

タイトルコール「四季の貸し出し承ります」


 

初冬の図書館にて。


バイト

もー!どうして二日、目を離した隙にここまでぐちゃぐちゃにできるんですか!


司書

いやぁ、手が回らなくて。


バイト

この図書館にそんなにお客が来ますか?来ませんよね?


司書

えっと来たぞ?日暮のおじいちゃんと、読み聞かせ教室の立花先生と……


バイト

と?


司書

七條くん?


バイト

僕をカウントにいれても3人じゃないですか!それでよく運営なりたってますね。


司書

この図書館は、うちの爺さんの道楽みたいなものだからね……あ、まってそれ片付けないで。まだ読みかけなんだ。


バイト

読みかけがいくつあるんですか?そこの山で我慢してください!


司書

ひとつ読んだら、もうひとつ読みたくなるんだよ~!そういうことってあるだろう?


バイト

わかりませんね!


司書

やだ~片付けないで~


バイト

ひとつ読み終えたら、ひとつ片付ける。あるべきものはあるべきところへ。散らかすな!


司書

色んな物語を同時に楽しみたいんだよ~


バイト

(溜息)


……すみません。


バイト

あ、はい!


夏を、お借りしたいのですが。


バイト

夏……?作者の名前はわかりますか?


……えっと。


司書

はいはい。夏ね。ちょっとまっててくださいね。


……はい。


バイト

取り置きのお客様でしたか?よかったら、おかけになってお待ちください。


……このままで。


バイト

……そう、ですか?でも、顔色が……


司書

お待たせしました。


これ。


司書

貸出カードのご記入ありがとうございます。返却期限は2週間。延長の場合は図書館窓口でお手続きをお願いします。あ、そうそう。



司書

「春」は延長しますか?


……お願いします。


司書

楽しんでいただいてるようでなによりです。どうぞ、引き続き物語をお楽しみください。


……失礼、します。


バイト

お客様!


司書

んふふ。


バイト

館長、何したんですか?


司書

なにもしてないよ


バイト

本当ですか?館長性悪だからな……あれ?


司書

どうしたんだい?


バイト

受付に花びらが……桜?この季節に?


司書

おお!それは重畳。七條くんは触らなくていいよ。これは私が片付けるから。


バイト

なんですかそれ?


司書

「春」の残り香。


バイト

はあ?


司書

押し花にして栞を作ろう


バイト

ゴミが増える。


司書

そんなこというなよ、これは大事な思い出なんだ。


バイト

なんの?


司書

もちろん、あのお客様のさ。素敵な物語が詰まってる。


 

場面転換。


 

客の回想。晩夏の図書館にて。


司書

四季の貸し出し、承りますよ。


(M)そう声をかけられたのは、まだ夏が残る秋のはじめのことだった。ふらりと訪れた、町はずれの私立図書館。何の気なしに手に取った本は、作者名もなく、ただ表紙に「春」と書かれていた。


司書

それ、お客様にぴったりだと思います。感想きかせてくださいね。


(M)にこやかに微笑む司書に、押し切られて半ば無理やり持たされた。家で本を楽しむ趣味なんて、自分にはなかったはずなのに。


司書

春は、出会いと別れの季節ですから。


(M)閉館日に返却ボックスにいれたらいいかと思いつつ、表紙を開いたのは、ほんのきまぐれ。でも。


先輩

君、


(M)その気まぐれがすべてのはじまりだった。


先輩

油絵がすきなの?


せん、ぱい……?どうして……?


先輩

どうしてって。部長だからね。放課後は美術室にくるよ。


……美術、室?


(M)ぐるりとあたりを見回す。茜色の教室。机に所せましと並ぶ色とりどりの絵具と、ツンとニスの匂いが香るキャンバス。制服の上から汚れたエプロンをまとう、思い出の人。


先輩

とはいっても美術部は実質私ひとりなんだけどね。あとは皆幽霊部員。


これは、いったい……?


先輩

うん?この絵のこと?


……あ、


(M)違う、とは言えなかった。その顔がなつかしくて、慕わしくて。


先輩

私が描いたんだ。好きなんだよ、この教室からみるグラウンドの風景。


光が、綺麗だから?


先輩

お、話がわかる人だ。


先輩が、そう言いました。


先輩

どこの先輩?


……あなたです。


先輩

話したことあったっけ?


……えっと。


先輩

人違いじゃないかな。


そう、かもしれませんね……


先輩

ふぅん?……よかったら君も油絵かいてみる?


え?


先輩

美術部入りなよ。新入部員はいつでも歓迎する!


(M)差し出された手に、手をのばす。掴もうとしたところで、するりと何かが抜け落ちる感覚がした。ぱたんと音がして、視界が切り替わる。足元には「春」の本。あたりを見回せども、いつもの自室。


いま、のは……


司書

(回想)それ、お客様にぴったりだと思います。


まさかこの本が……?


(M)そんな馬鹿なと思いながらも、ページを開く手が止められなかった。


 

再び晩夏の図書館にて。


司書

ようこそ、お客様。昨日ぶりですね。


あの、この本。


司書

もう読まれたのですか。返却なされますか?


読んだというか、体験したというか……


司書

ふむ。


いやあの、この本って……


司書

なにか問題がございましたか?


えっと……


司書

いかがしましたか、お客様。


……続きとか、ありますか?


司書

「夏」もございますよ。あと「秋」と「冬」も。四季ですから。


四季……


司書

しかし一度に借りられるのは2冊迄とさせていただいています。人気シリーズですので。


ほかにも借りられる方が?


司書

ええ。皆様「四季」を愛しておいでです。


それって他の人も……


(M)自分のように、過去を垣間見るのだろうか。


司書

それぞれ違った結末を感じとられるようです。


(M)内心を透かし見たように、司書はそう付け加えた。


司書

いかがします、お客様?夏を貸し出されますか?それとも……


夏を、貸してください。


(M)気づけば、考えるより先に声をだしていた。


司書

かしこまりました。


(M)受け取った本は、ずしりと重かった。


 

茜色の美術室にて。


先輩

五十嵐君は、何が描きたいの?


何がって……次のコンクールの内容ですか?


先輩

それはそうだけど、課題とか関係なく何か表現したいものはないの?描いていて特別楽しいものってあるでしょう?


うーん、まだ修行中の身ですから……


先輩

関係ないと思うな。表現者ならさ。


そうですか?


先輩

うん。あ、そこもう少し影重くしたほうが良いよ。


(M)塗り重ねていく。無地から透明へ。透明から影へ。先輩のいうとおりに。


先輩

……そうそう。筋がいいね。


教え方がいいんです。


先輩

ありがと。


……描きたい、という題材は思いつかないですけど。


先輩

ん?


先輩みたいに絵を描きたいな、とは思います。


先輩

……そっか


(M)色を重ねれば重ねるだけ、先輩に近づけるような気がした。そしていつか花束のような絵を。貴方が描きたいと言ったワクワクするような絵を描けたら。


先輩

嬉しいよ


(M)そしたら、きっと認めてもらえると、そう思っていた。


 

初冬の図書館にて。


すみません、「秋」を……


バイト

館長、貸し出しのお客様ですー!


司書

今度は秋ですね。夏は返却と。「春」は延長なさいますか?


はい。


司書

かしこまりました。貸出カードのご記入をお願いします。


これ。


司書

ありがとうございます。返却期限は……おっと。


 

客、司書とバイトを無視して足早に立ち去る。


バイト

ありがとうございましたー


司書

……急いでたね。


バイト

なんでしょう?無愛想な客ですね。


司書

はやく続きが読みたいのだろ


バイト

あんな顔色で?あれ、ちゃんと寝てないですよ。


司書

「春」は眠れないほど面白いのさ。


 

司書、懐から桜の押し花の栞を取り出す。


バイト

あ、栞完成したんですね。


司書

上手くできたと思わないかい?


バイト

先端が茶色くなってますよ。もっと綺麗な花びらはなかったんですか?


司書

そこがいいんじゃないか、思い出は色褪せていくから美しく、花は枯れるから綺麗なんだ。


バイト

わかんないな。


司書

七條くんに花の風情はまだ早かったか。


バイト

花でも思い出でも、どちらでもいいですけどね。いい加減延長しすぎです。


司書

うん?


バイト

貸し出し記録みましたよ。「春」は一度貸し出してから半年以上ずっと延長のままじゃないですか。


司書

うちの規則に違反してないぞ?


バイト

だとしてもです。もし紛失されていたら、どうするんですか?


司書

それはないと思うけどなあ。


バイト

どうして?


司書

花が散るから。


バイト

答えになってません。


司書

はっはは


バイト

気になるんですよ、一冊分だけぽっかり空間が空いてると。


司書

几帳面だなぁ


バイト

館長は平気なんですか?シリーズものなのに?


司書

ふぅむ……言われてみれば確かに。


バイト

でしょう?


司書

そういえばあの子、「冬」だけ借りないんだ。夏と秋は交互に何度も借りるのに。


バイト

へえ?結末こそ気になるもんじゃないんですかね


司書

あるいは、終わらせたくないのかも


バイト

どういうことです?


司書

ひみつ。


バイト

何でもいいからちゃんと片付けてくださいよ。あるべきものはあるべき場所へ!いつも言っているでしょう


司書

はいはい、わかってるよ


 

客の回想。「秋」


(M)蝉の声がする。もう「夏」ではないはずなのに。


先輩

暑いねぇ


暦の上ではもう秋も中盤なんですけどね


先輩

信じられないよ……そうだ。そういえば、課題はもう仕上げた?


課題?


先輩

石膏デッサン。何枚か予備校に提出しなきゃいけないんだよね?


ああ……


(M)そういえば、この時期はそんなことをしていたんだっけ。


先輩

そんな調子で大丈夫?来年からは君も受験生だよ?


そ、そんなことより先輩。この間下塗りしたやつはどうなったんですか?


先輩

下塗り?


ほら、15号の。


先輩

15?そんな大きなもの描いている暇ないよ


でも、確かにこの前一緒に書いたじゃないですか。


先輩

ええ?


先輩が下絵を描いて、自分が下塗りして……


先輩

五十嵐くんと私が合作?まさか。夢でもみたんじゃない?


(M)おかしい。そんなはずない。だって確かに「夏」は書き替えたはず……


先輩

調子がよくないみたいだね。


……そんなこと、ないです


先輩

そう?……でも、こんなに痩せてる。


何を言って……


 

先輩、客の手を掴む。その手は学生時代の手ではなく現在の客の手である。


先輩

ほら。


そんな……どうして……!


先輩

しわがれて、まるで老人みたいだ。


……ちがう、こんなことは起こらなかった!これは違う。この「秋」は間違ってる。こんな「秋」はなかった。


先輩

そんな調子で大丈夫? 来年からは君も受験生だよ?


(M)先輩が、さっきと同じ言葉を言う。同じトーンで、同じ表情で。まるで台詞でも読むように。


先輩

そういえば、課題はもう仕上げた?


課題?


(M)自分の口から、勝手に声が出た。


……先輩こそ終わってるんですか?他人の心配してる状況じゃないでしょう。


先輩

どういう意味?


聞きましたよ、予備校での講評、散々だったって。


先輩

…………


しっかりしてくださいよ。年明けには本番でしょう?


先輩

誰からきいたの?


……別に。誰からってわけじゃ。


先輩

そういう陰口みたいなの、感心しないな。


……上手く行ってないからって、自分に当たらないでください。


先輩

……っ!


先輩のせいで、自分まで恥かいたじゃないですか。


先輩

……ごめんね。


…………


先輩

……私、絵を諦めた方がいいのかもな。


 

回想おわり。


そんなこと言いたかったわけじゃない。


これは、自分の「秋」じゃない……!


(M)乱暴に手を振り下ろす。ばさりと本が落ちる音がして、瞬きした瞬間に、自室に戻っていた。


(M)いつもの夢のおわり。いつもと同じ何も変わらなかった過去。そのはずなのに。


どうして……


(M)落ちた本から、ぱらりと桜の栞が落ちた。


 

冬の図書館にて。


バイト

館長ですか?本日はやすみをとってます。


そう、ですか……


バイト

急ぎの御用件でしたか?


用っていうか、この本に自分の物じゃない栞が挟まっていて……


バイト

これ館長の……!わざわざありがとうございます。


…………


バイト

ええっと、まだ何か?


……あの。


バイト

はい


その本、なんなんですか?


バイト

何……とは?


ええっと、どうして過去をみせるのかなって……


バイト

過去?


開くたびに内容が変わるっていうか……


バイト

はあ。


……伝わってます?


バイト

僕「四季」読んだことなくって……そもそもあんまり本読まなくて。


…ああ。


バイト

お力になれず、申し訳ないです。


……いえ。


バイト

そんなに面白いんですか?そのシリーズ。


え?


バイト

お客様、何回も同じ本を借りてるじゃないですか。どうしてかなって。内容一緒でしょ?


違いますよ。


バイト

あ~読むたびに感じ方が違うとか、そういう?


まあそんなとこです。


バイト

ふぅん。すごいですね、感受性が豊かなんだ。


いえいえ。


バイト

僕だったら同じ話を何度も繰り返せないです。だって退屈でしょ?


…………退屈だったら、だめなんですか。


バイト

え?


退屈なものは悪ですか。


バイト

あ、いや、そういうわけじゃ……


もういいです。失礼します。


バイト

え、あ、お客様?


 

間をおいて。


バイト

行っちゃった……僕、悪い事いったかな?


司書

あの子にとって「四季」は消費コンテンツじゃないからね。


バイト

うわぁ!なんですか、館長。ぬるっと出てこないでください!


司書

んふふ。


バイト

いたなら声かけてくれたらよかったのに。さっきの人が館長の栞を届けてくれたんですよ。……ってあれ?ない!確かにここに置いたのに!


司書

べつにいいよ。


バイト

そういうわけにはいきませんよ!


司書

私がイイって言ったらいいんだ。


バイト

で、でもぉ……


司書

本当に気にしないでくれよ。あれはそうなることが決まってたんだから。


バイト

……もしかして、わざとお客さんが借りる本に挟み込みました?


司書

さて。どうだろう?


 

場面転換。客の自室。


先輩

じゃあね、五十嵐君。


ちがう。


先輩

もう電話してこないで。


ちがう。


先輩

そんな調子で大丈夫?


ちがうちがうちがう!


先輩

君の絵は、空っぽだ。


どうして!どうして何回繰り返しても同じ結末にしかならないんだ!こんなのはみたかった過去じゃない。どうして上手くいかない!


先輩

……君のせいだよ。


こんなのは……こんなのは先輩じゃない!


先輩

私ってどういう人だった?


せん、ぱい……


先輩

私のなにがわかってたの?


2年間、ずっと一緒にいたじゃないですか!一緒に絵を描いて、たくさん話をして……!


先輩

そう、君は私が教えた絵を描いた。ただ、それだけ。


絵は、先輩のすべてでした。そうでしょう?


先輩

違うよ。


一番の理解者は自分のはずだ。そうでしょう?


先輩

まさか。部活以外では私達、何のかかわりもなかったじゃない。


やり直したはずだ!最初から全部!


先輩

やり直し……?そんなことできるわけない。


やり直したんだ……!この本の力で!


先輩

違うよ。ここは君の過去でも、ましてや記憶の中でもない。


ちがう。


先輩

ここは、


(くい気味に)ちがう!ここは現実だ。あれはたしかに自分の過去だ!


先輩

どうして?


だって、そうじゃなきゃ……


(M)何のために繰り返してきたかわからなくなってしまう。


先輩

そろそろ、終わりにしよう。


……え?先輩なにを持ってるんですか?その本はまさか……やめっ


(M)先輩が、いつのまにか持っていた本を開く。すると、あたりは眩い光でつつまれ、再び目を開いた時には、あの忌々しい旧校舎の前で、立ちすくんでいた。


 

「冬」の回想はじまり。


 

SE 電話の呼び出し音。



先輩

はい、もしもし……?


…………


先輩

五十嵐くん、だろう?私が卒業してからだから、一年ぶりかな?どうかしたの……?


………


先輩

もしもし?声、聞こえてる?


……落ちました。


先輩

……美大の合格発表日、今日だったっけ。


先輩の、せいです。


先輩

………


先輩があんなこと言うから。絵を諦めて就職するなんて言うから、自分も絵が描けなくなった。


なにを描いても真っ黒で。この先なにを描いたって、そこに貴方がいないんだと思うと、どこを目指したらいいのかわかんなくって。先輩のせいで落ちたんだ……!責任とってください!


先輩

……それが言いたくて、電話したの?


…………


先輩

(溜息)こんなことは言いたくないけどね、すごく残念だよ。いま、とてもつらいのはわかるけど、それを私にぶつけられても困る。


せん、ぱい……


先輩

君の絵への情熱は、そんなものだったんだね。


ちがっ……!ただ、先輩の絵が好きで……!だから止めてほしくなくて、だから……!


先輩

私の絵は私のものだよ。きみのじゃない。


……!


先輩

……ね、おぼえてる?昔「何が描きたいのか」ってきいたこと。


……はい。


先輩

その時君答えなかったろ。「自分はまだ修行中」とかなんとか言って。


それが、なんですか?


先輩

その時思ったんだよ。ああ、この子は何も持ってないんだなって。自分の色も、影も、痛みさえなくて、ただ私の線をなぞってるだけなんだなって。


そんな、こと……!


先輩

君の絵は空っぽで……退屈だった。私がいなくなっても、君は変われなかったんだね。


……どうして、今更そんなこと言うんですか……!


先輩

(溜息)もっと周りをみたほうがいい。……もう電話してこないで。受験、おつかれさま。


 

SE 電話のツーツー音。


(M)その時から、本当に何も描けなくなった。絵もデッサンも。なにもかも。失ってしまった。先輩だけじゃなくて、描きたいという気持ちさえ。


 

回想おわり。


先輩

こうして、私達の道は違えた。もう交わることはなくなった。


ちがう……!こんなのは間違ってる……!


先輩

………


やり直したい!やり直せるはずなんだ、その本さえあれば!


先輩

無理だよ。


何故ですか、先輩はそこにいるじゃないですか!


先輩

いないよ。


なにをいって……!


先輩

きみ、どこをみてるの?


…………っ!


(M)はっと我にかえって正面をむく。そこには、鏡があった。背景はいつもの味気ない六畳半のワンルーム。先輩はいない。……どこにも、いない。


ちがう。


先輩

(回想)ここは貴方の過去でも、ましてや記憶の中でもない。


ちがう。


バイト

(回想)僕だったら同じ話を何度も繰り返せないです。だって、退屈でしょ?


そんなわけない、だって確かに……!


司書

(回想)どうぞ、引き続き「物語」をお楽しみください。


あ、あ、ああああああ……


 

客、床にくずれおちる。


先輩、先輩、せんぱい……!


(M)返事はない。あるはずがない。……ずっと自分はひとりだった。わかっていた。本当は、最初にページを開いていた時から、わかっていたのだ。


いやだ……やり直したい……!


先輩

なにができるっていうの?


(M)幻聴だ、わかっている。


でも……それでも……空っぽのまま終わりたくない……!


(M)必死に手元をさぐり、ページをめくる。ひらり、栞が零れ落ちた。


 

客の回想。「春」


先輩

なにをみているの?


グラウンドを。次のモチーフを決めかねていまして。


先輩

私の真似?


そうかもしれないです。


先輩

関心があるものにした方がいいよ。観察が重要だから


関心、ですか?


先輩

そう。ずっと見ていたいもの。


うーん……あ、先輩。頭に花びらついてます。


先輩

え、うそ。どこ?


ここです。


先輩

ありがとう。


桜だ。風にのってここまで飛んできたんですかね。


先輩

さっきグラウンドで寝転んでたせいかも。


ええ?


先輩

光を感じたくて。


はあ。


先輩

油絵は何層も塗り重ねていく事で、絵に奥行きを作ることができるんだよ。光ってね、そうやって作っていくんだ。奥行きをだして、立体感をつくって平面の中に光と影を生み出していく。


光と影をつくる……


先輩

いわば自分サイズに世界を切り取って再構成するんだ。……なんだかそれって素敵だと思わない?


(M)わからない。でも、この一瞬を残したいと思った。……そう、たぶんそれが本当のはじまりだった。


 

回想おわり。


 

客、自室で絵を描いている。


先輩

クリムソンレーキ。カーマイン、ローズ。


赤。


先輩

オーレオリン、ビスマスイエロー、カドミウムイエロー。


黄。


先輩

セルリアンブルー、インディゴ、ミスティブルー。


青。色を作り、絵筆を動かす。


先輩

五十嵐君は、なにをかきたいの?


先輩が、みていた世界を


先輩

(回想)花束みたいな絵をかきたいんだ。見た人が幸せになれるような、わくわくするような絵。


あの春の光景を。貴方の理想を、体現したい。


先輩

いまさら、馬鹿げてる。


(M)そうだ、そのとおりだ。幻聴に耳をかたむけ、欺瞞を絵に落とし込む。馬鹿げたことだ。でも、そうしなければ、この四季から抜け出せない。


 

間。


先輩

君も、油絵を描いてみる?


春。


先輩

筋がいいね。


夏。


先輩

課題、もう仕上げた?


秋。


先輩

君の絵は、空っぽで退屈だ。


……冬。貴方と過ごした、そのすべての歳月を、過去にするために、絵をかく。


 

間。


できた……


先輩

この絵は、光を感じるね


(M)ああ、先輩ならそう言ってくれたかな


 

晩冬の図書館にて。


司書

ふっふふ~ん(鼻歌)


バイト

ご機嫌ですね。


司書

みて。


バイト

「春」じゃないですか!ようやく返ってきたんですね。


司書

それだけじゃないんだ。


バイト

えっ、表紙絵ついてる!


司書

いいだろ~?


バイト

これ、どうしたんですか?


司書

例のお客さんに描いてもらったんだ。延長料金がわり。


バイト

そんなのアリですか?


司書

この図書館では私が王で私が法だ。


バイト

はあ……


司書

いい絵だろ?


バイト

抽象的でよくわからないです。色がいっぱいだな~とは思いますけど。


司書

感じたままでいいのさ。


バイト

うーん……ピカピカしてますね。春!って感じ。


司書

腕一杯の花束みたいな?


バイト

たしかに!そんな雰囲気です。あー、でもちょっと背景が暗いですね。


司書

おや、そうおもう?


バイト

はい。なんて言うのかな、何かが足りない……?寂しい感じです。


司書

ふぅん……七條くんの感想は面白いね


バイト

へへ。……あれ?


司書

ん、なんだい?


バイト

今、誰か会館の前を通ったような……


司書

ふーん。誰だろ?


バイト

あのお客さんかもしれないですよ?


司書

違うよ。


バイト

なぜです?


司書

もう来られないから。


バイト

はあ……あの顔色でしたしね。入院されてるとか?


司書

さぁ?


バイト

話してくれないんですね。……ま、いいですけど。あーあ。また静かな図書館に戻っちゃったな。


司書

いいじゃないか、仕事が少なくて。


バイト

退屈はひとをころします。


司書

それなら君が物語になるかい?


バイト

なる?読むじゃなくて?


司書

んふふ。


バイト

……いいです。僕に本は似合わないんで。大人しく書架の整理をしてまーす


司書

そうか。気が変わったらいつでも言ってくれよ。四季の貸し出しは、いつでも承ってる。


 

おしまい。

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