第2回「しなコン!」レギュラー部門受賞作品
都会に住んでいた夏芽はまとまった休みを貰い、出身地の離島に帰って来る。のんびりとした田舎のゆったりした数日を過ごすはずが、島の女の子だけが選ばれる「神様の代替わり」の為に母親と祖母に捕まってしまう。
タイトル
囲繞忌譚(いじょうきたん)
作者
橘りょう
作者サイト

ジャンル
ホラー
上演時間
約30分
男女比
🚹1:🚺3
夏芽
…なつめ。長年島から離れていた。長期休暇で実家へ戻る
悟
…さとる。夏芽の幼馴染。地元で畑をしている
時恵
…ときえ。夏芽の母親
ヨシエ
…夏芽の祖母
※時恵とヨシエは方言っぽく書いていますがアクセント等気にしなくていいです(オリジナル発音でもOK)
――穏やかな波の音
――船のエンジン音が遠ざかっていく
夏芽
はぁ…やっと着いた。んー…(伸び)
夏芽
…なーんにも、変わってないなぁ
時恵
(遠くから)夏芽ー!
夏芽
…お母さん
時恵
よぅ帰ってきたねぇ!
夏芽
ただいま
時恵
何年振りよ、この親不孝モンが
夏芽
ごめんって。仕事忙しかったし
時恵
まーったく…元気そうな顔しとって安心したわ
夏芽
…ごめん。私がこの時間に乗るの、良く分かったね
時恵
そりゃあね。本数少ないから。帰って来るんならこの時間やろうと思うてね
夏芽
のんびり運動がてら歩こうと思ってたから、迎えに来てくれるなんて思わなかった
時恵
あんなぁ。何年振りかに戻ってくる娘、ほっとく訳ないやろに
夏芽
ありがと
時恵
車乗り。ついでにお父さんのお墓参り、済ませとこ
夏芽
うん
――車のエンジン音
――窓を開けて走り出す
夏芽
…風、気持ちいいなぁ…
時恵
あんた、最近どうやの
夏芽
別に。相変わらず仕事ばっかりの生活してるけど
時恵
いーっつも仕事忙しい忙しい言うて中々顔も見せんかったんに、ようやく帰る―言うからお母さんほっとしたわぁ
夏芽
そう?
時恵
そうよぉ。あんた、えらい痩せたやないの。ちゃんとご飯食べてるの?
夏芽
あのね、一人暮らししてたらご飯も適当になるの。分かるでしょ
時恵
そう?
夏芽
むしろ、こっちにいた時が太ってたの。今は適正体型だよ
時恵
それならええけど、あんまり心配かけんのよ?
夏芽
心配されるようなことないから平気。世間的にちょっと動き辛かったタイミングとかぶっちゃったからさ
時恵
そうねぇ。あんときは、ここもなーんかそわそわしとったんよねぇ
夏芽
でしょ?そんなタイミングで猶更、ちょっと帰りましたーって無理じゃんね
時恵
あんたも苦労してるわ
夏芽
まぁね。…それにお父さんのお墓参りもなんだかんだ行けてなかったから、まとまったお休み貰えたし帰ろーって
時恵
ふふっ、お父さん。あんたの事、大好きやったからねぇ
夏芽
いい加減顔見せろって、夢に文句言いに出てきそう
時恵
あん人ならやりそうやわぁ
夏芽
でしょ?
時恵
あんた、友達には声かけてるん?
夏芽
ううん、全然
時恵
なんで?
夏芽
別に。忘れてただけ
時恵
悟ちゃん、覚えとるやろ?
夏芽
うん
時恵
今、家業継いでよぉ頑張ってるんよ
夏芽
そっか…おじさんはどうしてるの?
時恵
ほら、あの人自分で動かんと気が済まんでしょう?やいのやいの口出しはしとるみたいよ
夏芽
ははっ、じゃあ悟も大変だわ
時恵
まぁそうは言うても、親子やから遠慮はないわな
夏芽
…そっか…
時恵
あら、噂をすれば…
――車を減速させる
時恵
こんにちはぁ
悟
あ、おばさん。こんにちはー
時恵
ちょうど悟ちゃんの話しとったんよぉ、ねぇ、夏芽
悟
え?…あ、れ?えっ!?
夏芽
…久しぶり
悟
うっそ、夏芽?!
夏芽
ん
悟
帰って、きたんだ…
夏芽
?
時恵
今迎えに行ってねぇ。これからお父さんのお墓参り行こうかーって
悟
あ、あぁ。ははっ、そうだったんですね!なんだよお前、帰って来るなら連絡の一つや二つ寄こせよなぁ
夏芽
忙しくて忘れてたの
悟
ほんとかぁ?面倒臭かっただけじゃねぇの?
夏芽
…そうかもね
時恵
良かったら、また夜にでもうちおいで。こん子も数日はおるらしいから
悟
ありがとうございます。またあとで伺います
時恵
じゃあ後でねぇ
悟
はい。夏芽、向こうの話聞かせろよ
夏芽
…(小さくため息をつく)
――車は速度を上げる
――二人はしばらく黙っている
時恵
…なーんか、あったん?
夏芽
別に。相変わらず田舎臭いなって思っただけ
時恵
……
夏芽
声ばっかり大きくてうるさくて…
時恵
あんたはそういうんが嫌で、外出たもんねぇ
夏芽
……
時恵
まぁ、お母さんも若い時は島ん外で働いとったし、アンタの気持ちも分かるんよ。天気が悪ぅなれば島の外にすら出られんなるし
夏芽
…なんで、お母さんは島に戻ってきたの?
時恵
なんでやろねぇ…もう忘れたわ
夏芽
そんなもん?
時恵
そんなもんよ
夏芽
ふーん…
時恵
はよ、お墓参り済ませて帰ろか。おばあちゃんもあんたが帰ってくるん、楽しみに待ってたんよ
夏芽
おばあちゃんも元気してる?
時恵
元気よォ。相変わらず
夏芽
そっか
間
――自宅に帰りつく車
時恵
(玄関を開けて)ただいまぁ、おばあちゃん〜!夏芽が帰ってきたわよぉ
夏芽
…うちも、なんにも変わってないな…
ヨシエ
夏芽か
夏芽
あ、おばあちゃん。外いたんだ、ただいま
ヨシエ
よぉ帰って来たねぇ
夏芽
久しぶり、元気してた?
ヨシエ
あぁ。すっかり都会の娘さんになって
夏芽
やめてよ、そんなに変わってないんだから恥ずかしい
ヨシエ
そんなこたぁないよ、別嬪さんなって…見違えたわ
夏芽
…ありがと
ヨシエ
しばらくおるんじゃろうて、ゆっくりしんさい
夏芽
うん
ヨシエ
ほっほほ、ええ時期に帰ってきよったわ
夏芽
時期?
ヨシエ
コウジン様の祭りがあるからねぇ
夏芽
コウジンサマ?
ヨシエ
良い事、良い事
――それ以上は説明せず家の中に入ってしまう
夏芽
そんなお祭りなんて…あったっけ?
間
悟
こんばんはー
時恵
あぁら、いらっしゃい
悟
すみません、夜遅くに
時恵
ええよ、おいでーいうたのおばさんやし
夏芽
あ、マジで来たんだ
悟
おいおい、ご挨拶だなぁ
ヨシエ
おんや、ヒデ坊の倅かいな。あんた、お父さんの具合は
悟
ありがとうございます。相変わらず口煩いっすよ
時恵
悟ちゃん、ビール飲む?出そうか?
悟
すんません、車で来てるんで今日は遠慮しときます。長居もしませんし。…よっこらせっと
――夏芽の隣に座る
悟
おかえり
夏芽
た、だいま…
悟
元気そうでよかったよ
夏芽
まーね
悟
結構痩せた?ちゃんと飯食ってんの?
夏芽
あのさぁ…あんたもお母さんみたいなこと言わないでよね。全然普通だし
悟
ならいいけど。向こうでの生活はどうなんだ?
夏芽
別に…毎日普通に会社勤めしてるけど
悟
他にないのかよ。友達と遊びに行ったりとか。あー、彼氏とかさ
夏芽
ちょ…
時恵
あら、夏芽。あんた彼氏おるの?
夏芽
いっ、いないよ!そんな時間ないし!
悟
まーじでぇ?
夏芽
悟!怒るよ!?
悟
(笑っている)
夏芽
も~!
悟
いつこっち帰ること決まったんだ?全然連絡よこさないから、薄情な奴だなーって思ってたんだぜ?唯一の幼馴染なのにさぁ
夏芽
それは…ごめんって。本当にただ向こうでの生活が忙しかったの
時恵
そうなんよ、もっと言ってやって?こん子、家にもろくに連絡入れてこんのやから
悟
まじっすか?ダメじゃねぇか
夏芽
反省してるって…でも便りがないのは元気な証拠って言うでしょ?
悟
それは連絡寄越さない側からの話、だろ?待つ側は心配すんだから
夏芽
…それは、そうだけど…
――悟は夏芽の頭を少し乱暴に撫でる
夏芽
えっ、ちょ、なに…
悟
…いいや。元気そうで、本当に良かったなって思ってさ
夏芽
?
悟
わりぃ、今日はマジでちょっと顔見に来ただけなんだわ。また明日な
時恵
あら、もう帰るん?
悟
はい、明日朝早いんで
時恵
わざわざありがとうねぇ
悟
いえ。お邪魔しました
ヨシエ
悟や
悟
はい?
ヨシエ
神さんが怒るさかい、早まったらいけんよ
悟
…ははっ、大丈夫ですよ
夏芽
かみさん…?おばあちゃん、昼間もナントカ様のお祭りがどうとか言ってたけど、この時期なにかお祭りってあったけ?
ヨシエ
あるんよ、昔の祭りがの
夏芽
へぇ…
悟
じゃあ失礼します。またな、夏芽
夏芽
うん
時恵
気をつけてねぇ
――悟は出ていく
夏芽
ねぇ、お祭りっていう割になにか準備してる感じないけど
時恵
そんな大きなものじゃないのよ、神事みたいなものだから
ヨシエ
コウジン様のお祭りはな、何十年に一回しかやらん。あんたら子供が知らんのも当たり前よ
時恵
そうそう
夏芽
へぇ…
時恵
あんた、そろそろお風呂済ませちゃいなさい
夏芽
え、早くない?
時恵
いっつもはもう、お母さんもお婆ちゃんもお風呂済ませてる時間なの
ヨシエ
ほ、ほ(笑っている)
時恵
片付かないんだから、ほらほら
夏芽
はいはい、分かりましたよーだ
間
――玄関を出ようと靴を履いている夏芽
ヨシエ
夏芽
夏芽
あれ、おばあちゃん。なに?
ヨシエ
どこ行くんや
夏芽
ちょっと散歩。ずっと部屋にこもってるの、性に合わないし
ヨシエ
ほうけ。気ぃ付けてな
夏芽
うん、行ってきます
――玄関を出た先に時恵が居る
時恵
どこ行くん?
夏芽
…散歩だけど
時恵
昼からお天気わるぅなる言うてるから、早めに戻るんよ
夏芽
ん、分かった。行ってきまーす
時恵
いってらっしゃい
間
悟
あれ?
夏芽
よっ
悟
どした?
夏芽
適当にぶらぶら散歩してたら、アンタの姿見えたからさ
悟
そうか。ふー、あっつ…
夏芽
毎日畑?
悟
あぁ
夏芽
大変だね。今日おじさんは?
悟
親父、通院の日でさ。一人でせっせとやってる訳よ
夏芽
…これだけ広い畑、一人でやるんだ
悟
まーな。俺休憩するからさ、ちょっと付き合えよ
――風の音。波の音も聞こえて来る
――畑のそばの木陰に並んで座る二人
悟
あー、疲れた
夏芽
もう手慣れてるって感じするけど
悟
まだまだだよ、手探り
夏芽
へぇ
悟
久しぶりの実家はどうよ?
夏芽
…別に。部屋に居てもすることないからスマホ見てる位
悟
まじか
夏芽
はー…ぁ…ほんと、なーんにもない田舎だよね
悟
ん?
夏芽
店もちっさいのが一軒。コンビニもファミレスもない、娯楽施設なんてなくて…ほんとつまらない所
悟
あー…
夏芽
こっちは久しぶりの帰省して散歩してるだけなのに、妙にじろじろ見られるし
悟
…この島じゃ珍しい、お洒落な格好してるからじゃないか?
夏芽
普段着なんですけど?いくらなんでも無遠慮が過ぎるっていうか…
悟
それは…周りを代表してすまん
夏芽
…私、よくこんなド田舎で生活してたなぁ。信じらんない。ここで何して過ごしてたのか、全然思い出せないや
悟
俺は学校終わったらすぐ手伝えーって駆り出されてたからなぁ…
夏芽
そういえばそうだったね。私も家の手伝いで畑か…ほら、海近くの祠あったじゃない?あそこの掃除、お婆ちゃんに連れていかれたり。お父さんの釣り眺めに行ったり…ははっ…
悟
…懐かしいな
夏芽
……まぁね
――流れる沈黙
悟
あのさ…
夏芽
んー?
悟
……
夏芽
なに?
悟
あ…あー…いや…
夏芽
どしたの?
悟
…えっと…
夏芽
悟?
――悟は周囲をうかがう
悟
すまん
夏芽
えっ…
――悟は夏芽を引き寄せる
夏芽
ちょ、なに?!
悟
…っ
夏芽
離しっ…!
悟
逃げろ
夏芽
……は?
――離れる
夏芽
…ど、ういうこと…?
悟
出来たら、今日の昼間の内に
夏芽
逃げろって…なに…?
悟
…詳しくは、話せない
夏芽
それで分かるわけないでしょ!説明しなさいよ!
悟
頼むから!…聞かないでくれ。でも、本当に…頼むから、逃げてくれ
夏芽
……冗談?からかってる…?
悟
違う。…すまん
――悟は足早に去っていく
夏芽
どういう、こと…
間
――バタバタとした足音
時恵
あらぁ、どしたん?そんな慌てて
夏芽
ごめん。ちょっと急用できたから帰んなきゃいけなくて
時恵
…急用、て
夏芽
仕事のことでさ、どうしてもすぐに対応しなきゃいけなくて。午後一の便に乗ろうかと…
時恵
夏芽、あかんよ?
夏芽
…お母さん?
時恵
戻ったら、あかん
夏芽
…なんで?
時恵
どうしても
ヨシエ
夏芽、ここおりんさい
夏芽
おばあちゃんも…なんで?
ヨシエ
コウジン様のお祭りや。あんたがおらんと、この島が困る
夏芽
は…?きゃっ…!!何するの、お母さん!離して!
時恵
おとなしゅうしぃ!
ヨシエ
時恵、にがしなや!
時恵
分かってます!お義母さんは香を持ってきてください!
夏芽
離して!痛いっ!やめてよっ
時恵
堪忍な…!お母さんもな、手荒なことしたいわけやないんよ…!
夏芽
は、なしてっ…!
時恵
こん島の為に、必要な事なんよ…!
ヨシエ
ほれ、香や
時恵
はよ、嗅がせて!
夏芽
ちょ、なにっ…?!けほっ
ヨシエ
夏芽、ゆっくり吸い込みぃ、気持ち静かぁになるよって
夏芽
や、め……な、に…(意識が遠のいていく)
ヨシエ
やれやれ。今の間に、着替えさせて社、連れて行こか
時恵
そうですね…ごめんねぇ、夏芽。だぁれも、恨まんときよ
ヨシエ
だぁれかが、裏切りよったな。…ヒデ坊んとこの、倅かの
時恵
そうでしょうね。こん子とは仲ようしてましたから
ヨシエ
ほな、あん子には最初の捧げもんになって貰うしか…ないなぁ
――鈴と太鼓の音ーすぐ近くで岩にぶつかる波の音がしているー小さな祠の前で祝詞を読み上げているヨシエと、その傍に控えている時恵ー夏芽は崖から落ちそうな場所で手足を縛られた状態で横になっている
ヨシエ
大海原を司る綿津見神(わだつみのかみ)、豊玉彦神(とよたまひこかみ)、豊玉姫神(とよたまひめかみ)をはじめ、海の守護神として我らを見守り給う諸々の神々に、謹みて申し上げ奉る
ヨシエ
大海の恵みにより潮風は清らかに吹き、島の暮らしは安らかに保たれ、船行く道は穏やかに導かれん
ヨシエ
この海原の恩恵に浴し、心より感謝を申す。どうか清浄なる海を保ち給い、自然との調和を願い、我々の子々孫々に至るまでこの大海の恵みが続き給わんことを、かしこみかしこみ申す。
ヨシエ
今ここに、その大いなる御力を讃え、鮫人様(こうじんさま)の新たな御身を捧げ奉りまする…
――鈴と太鼓の音が大きくなる
夏芽
ん…
ヨシエ
あれまぁ…起きてもうたんか
夏芽
っ!?
ヨシエ
まだ、海に落ちたらいけんよ
夏芽
お、ばあちゃん…?
ヨシエ
鮫人様の代替わり、もう少しお待ちよ
夏芽
な、にそれ…
ヨシエ
この海を守る大切な神様や。…あんたはな、その神様になるんや
夏芽
…なに、馬鹿なこと言ってるのおばあちゃん…?私が神様になるって…訳分かんないんだけど
時恵
ほんまのことよ
夏芽
お母さん!?
時恵
島の生まれの、女しか引き継がれん神様の大役なんよ。喜びんさいな
ヨシエ
ほうじゃ。神さんの代替わりは何十年に一回だけ。あんたはな、今この島唯一の女の子なんよ
時恵
帰ってきてくれんかったらどうしようかと思てたんよ
夏芽
ま、って…
ヨシエ
あんたが神さんなって、海からなーごう時間、島守るようになるんよ
夏芽
冗談じゃないよ!怒るよ!
ヨシエ
冗談なもんかね。…捧げもん、連れてきぃ
時恵
はい
夏芽
…なに…本当に、意味が分からないんだけど…
ヨシエ
こん島はな、昔からずーっとこうやって来たんや。鮫人様が弱ってしもうたら、ここの祠が啼きだすんよ。島の人間で変わるばんこに、ここ、守ってきたんや
――複数の足音ー引きずられるように連れてこられる悟
悟
くっ…
夏芽
悟?!
時恵
あんたも良かったなぁ。仲ようしてた子ぉの捧げもんなれて
悟
…別の事の方が、良かったけどな…
夏芽
な、に…?何やってんのよ!
ヨシエ
悟は島、裏切りよったからの。言うたじゃろ、神さんが怒るいうて。隠せる思うても神さんにはぜーんぶお見通しなんや
悟
……
夏芽
もしかして、昼間の…
悟
何も言わず、連れ出しゃ良かった…
時恵
そんなこと、させる訳には行かんわ。それとも何か?あんた、こん島がどうなってもええいうんか?親兄弟、全部だめになってもええいうんか
悟
……
時恵
夏芽
夏芽
…なに
時恵
お母さんのこと…薄情やと、思うか?
夏芽
…思うよ…思うに決まってるじゃない!私はお母さんの娘じゃないの?!お婆ちゃんの孫じゃないの!?
ヨシエ
正真正銘、夏芽は大切な孫よ
夏芽
それなのに…
ヨシエ
その孫が、神さんになる。誰でもできる事やない。代替わりの時期でないといかんが、それもいつ巡って来るかもわからん。ありがたい大役任せて貰えるんや
時恵
名誉な、事なんよ。お母さんも悩んだんよ、本当に
悟
…クソくらえだな…
ヨシエ
…そろそろお神酒飲ませて、海入れよかの
悟
くっそ…!!
――時恵は盃に液体を注ぐと夏芽の傍へ行く
夏芽
な、に…何よそれ!
時恵
鮫人様の血が混じったお酒。これを飲んだら、あんたは海に投げられて…新しい神様になるんよ
夏芽
や、だ…
悟
やめろっ!本気で娘にそんな存在になって欲しいと思ってるのかよ!
時恵
っ…
悟
もしかしたら役目から逃がせるかもって思ったから、島の外に出るのを許したんじゃないのかよ!
時恵
黙りやっ!
ヨシエ
……
時恵
(長いため息)…もうな、腹くくったんよ
ヨシエ
時恵、はようおし
悟
腹をくくったんじゃない!それは諦めただけって言うんだ!!
――夏芽に近づく足音
時恵
…ごめんねぇ、夏芽
夏芽
お、か…さん…
時恵
どうにも、出来んのよ
夏芽
うっ…ぐ…っ…!
時恵
飲み込み!
夏芽
ううぅ…!
――嚥下する音
夏芽
けほっ…!ぁ…あ、つ…!あ、あああ…!!
悟
夏芽っ!!クソ…くっそぉおおっ…!!はなしやがれぇっ!(暴れている)
ヨシエ
っ!?はよ!
悟
足が解けた…!なつめぇぇっ!
ヨシエ
はよ海に投げんさい!
悟
夏芽ーーっ!!
夏芽
あ、あぁ…っ…!!
――二つの落下音と水飛沫ー全ての音が止まり、間ー波がひときわ大きく音を立てるーごぼごぼという水泡音
悟
夏芽…どこだ…
夏芽
悟…どこ…
悟
な、つ…
夏芽
さと、る……ア、す、イタ…
夏芽
おいし、ソウ、な、なにか…
悟
…いーよ。何でも力になるって…言ったもんな
夏芽
…イタ、スイタ……タベタイ、オナカ、スイタァア…!
悟
ほんとはさ、お前の事
――なにかが潰れる音
夏芽
ねー、悟
悟
あん?なんだよ
夏芽
悟はさ、将来ってどうすんの?
悟
ん-…どうせ家継いで畑でもすんだろ。継がせるために親父も手伝いさせてるんだろうし
夏芽
そっかぁ…
悟
何、急に
夏芽
ううん、ちょい気になっただけ。島の外出たいとか思わないのかなーって
悟
そりゃ思うよ。バリバリの会社員とかプログラマー?なんかかっこいいじゃん
夏芽
あ、そういうのに憧れあったんだ?
悟
人並みにはね。別にこの島が嫌いな訳じゃないし、どうあっても出ていきたいって思ったわけじゃないけど…限られた世界でさらに限られた選択肢しか与えられないって…つまんないだろ
夏芽
…うん、確かに
悟
お前は?
夏芽
え?
悟
将来
夏芽
…この島出る
悟
…おばさんが許してくれるかな。おじさん亡くなったの去年だし
夏芽
めちゃくちゃ説得する!喧嘩なって家出同然になっても…私は、ここで終わりたくないからさ
悟
やりたい事とか、あるのか?
夏芽
…まだ無いけど、これから探す。でも…一度きりの人生ならさ、こんな狭い所に閉じこもってるのは勿体ないでしょ。さっきあんたも言ったけど、限られた場所の、さらに限られた選択肢の中で自分の将来決めたくないよ
悟
そうだな
夏芽
都会行ってやりたいことやるんだ!目指せキャリアウーマン!
悟
ははは
夏芽
馬鹿にしてるでしょ
悟
いいや、いいんじゃないか?
夏芽
ふーんだ
悟
そうなったら、応援する。頑張れよ
夏芽
…さんきゅ
悟
ま、何かあったら味方になってやるよ。何かできることあったら何でも力になるし
夏芽
うん、ありがと
悟
幼馴染なんでね
夏芽
…悟
悟
おん?
夏芽
…な、んでもないっ!頼りにしてるぞ、この野郎!
悟
はははっ、任せとけ
夏芽
がんばるぞー!
悟
がんばれー!
――何か大きなものがが水の中を泳ぎ過ぎる音ー穏やかな波の音と風、木々の揺れる音
終