赤腕の亡霊

ファンタジー

第1回「しなコン!」レギュラー部門受賞作品

主人公クリムは、旅の最中、無煙炭を探しに訪れた街で、酒場のマスターから『赤腕の亡霊』という名の殺人鬼の話を聞く。先の大戦の英雄『赤腕』の名を冠する殺人鬼の話を聞く中、クリムは店に入ってきた少女リズから『赤腕の亡霊』と勘違いされ……

はじめにお読みください

  • 本作品は第1回「しなコン!」レギュラー部門受賞作品です。
  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
  • 本作品は「こえコン!」関連イベントや公式配信での上演だけでなく、一般の声劇配信などでもご利用いただけます。なお、その際の台本の利用規約については、作者である「月駆」様のSONARSに掲載されている「利用規約」に準じます。ご利用の際は、必ず下記リンク先をご確認ください。
  • 声劇台本 上演時の利用規約|月駆の小説(SONARS)
作品概要

タイトル

赤腕の亡霊


作者

月駆(げつく)


作者サイト

月駆の小説 - ソナーズ
のび男(twitter:@nobio0205)の一次(ときどき二次)創作の世界があふれ出すアカウントです。

ジャンル

ファンタジー


上演時間

約30分


男女比

男2:女2

登場人物

クリム(♀)

旅人。左腕に身の丈に合わない大きさの義手を身に着けており、普段は布で隠している。訪れた街の酒場にて、『赤腕の亡霊』の話を聞くことになる。想定年齢は20台後半~30台前半。


リズ(♀)

『アンジー・メカニック』で働く機工技師見習い。『赤腕の亡霊』に強い執着を持つ。想定年齢は13~15歳。


ビル(♂)

リズの祖父であり、熟練の機工技師。『アンジー・メカニック』のオーナーであり、酒場の常連。想定年齢は60歳以上。


マスター(♂)

酒場のマスター。情報通。訪れた旅人のクリムに『赤腕の亡霊』の話をする。想定年齢は30台後半~60歳。

シナリオ

(※『赤腕』の読みは「せきわん」「あかうで」どちらでも問題ありません。)


 

(クリム、酒場に入る)


マスター

いらっしゃいませ……おや、旅の方でしょうか?


クリム

一見(いちげん)さんはお断りかい?


マスター

いえいえ。こちらの席へどうぞ


 

(クリム、案内された席へ移動し、座る)


マスター

お飲み物は何に致しましょうか?


クリム

エールで


マスター

かしこまりました


 

(マスター、エールを提供しながら)


マスター

……お客様。旅の方でしたら、老婆心ながらひとつ。今の時期、この街には長居しない方が良いかと


クリム

と、言うと?


マスター

すこし、治安の悪いニュースが広がっておりまして。ええと……あった、こちらの新聞をご覧ください


 

(クリム、マスターから渡された新聞を読む)


クリム

……『赤腕の亡霊』?


 

(間)


マスター

お客様は、『赤腕』についてご存知でしょうか?


クリム

……ああ。先の大戦で大きな戦果をあげた、我が国の英雄の事だろう?


マスター

ええ。鬼神のごとき強さをもって、その手で絶え間なく大量の敵兵を殺してまわったとか。
その腕は殺した敵兵の返り血に染まり、その姿をもって『赤腕』と呼ばれるようになった、と。
終戦間際に名誉の戦死を遂げた、と言われております


クリム

……。それで、その『赤腕』がどうしたんだ


マスター

ここ最近、このあたりで民間人がズタズタに刻まれて殺される事件が連続して発生しています。
その凄惨(せいさん)な殺され方から、死した『赤腕』の怨念が人を殺してまわっているのではないか、との噂が立ち。
いつからか、犯人は『赤腕の亡霊』と呼ばれるようになりました


クリム

……なるほどな


マスター

『赤腕の亡霊』は未だ見つかっておらず……そのため、街の人々は不安に包まれております


クリム

だから長居しない方が良い、ということか。……ご忠告感謝する。用事を済ませたら早々に発つことにしよう


マスター

失礼ながら、用事とは?


クリム

無煙炭を探しているんだが、どこか買える場所を知っているだろうか?


マスター

無煙炭、ですか?


クリム

少し要り様でな。酒場なら何かしら情報があるかと思ったんだが


マスター

なるほど。そうですね……何せ希少なものですから、扱っている所と言われると──


 

(リズ、酒場に入ってくる)


マスター

いらっしゃい──ああ、あなたですか


クリム

……マスター、あの子は未成年じゃないか?子供が酒場に入ってきていいのか?


マスター

ええ、あの子は──


リズ

ちょっと待って!


 

(リズ、クリムに近づく)


リズ

ねえ、あなた


クリム

私か?


リズ

あなた、『赤腕の亡霊』でしょう?


クリム

……はあ?


リズ

隠しても無駄よ! あなたが布に包んで隠しているこの左腕の、布の隙間から赤色が見えたんだから!
腕が赤い、つまり『赤腕の亡霊』であるということを、その布で隠しているんでしょう!?


クリム

いや、これは──


リズ

言い訳無用! 見せなさい!!


クリム

ちょっ──


 

(リズ、クリムの腕の布を剥がす)


リズ

……義手?それも、すごいサビ……


クリム

はあ……。あまり見せるものではないんだが……お嬢さんが見た赤色は、この義手の赤錆の事だろう。
勘違いさせたのは悪いが、人違いだ。私は『赤腕の亡霊』などでは──


リズ

そんなことより!


クリム

そんなことって……


リズ

この義手、サビだらけで状態が酷すぎる! どれだけ放置すればこんな風になるの!? 意味が分からない!
すぐにでも整備しないと、いつ壊れるか分かったもんじゃないわ!!


クリム

ああ……それは──


リズ

でも良かったわ、私があなたを見つけたもの!
私のおじいちゃんは凄腕の機工技師で、義手の整備も完璧にこなしてくれるんだから!
……あ、そうだ! おじいちゃん! ねえマスター、ビルおじいちゃん来ませんでしたか!?


マスター

いえ、今日はまだ


リズ

そうですか、ありがとうございます!
あなた、後で良いから絶対ウチの店に来てね! 本当に整備しないとどうなるか知らないんだから!
それじゃ、おじゃましました!


クリム

ちょっ──


 

(リズ、店を出る)


クリム

……何だったんだ……。濡れ衣かけられて、店の宣伝をされて、肝心の店はどこかも言わずに去って行って……


マスター

彼女は、この店から出て左手の交差点にある『アンジー・メカニック』の娘さんです。
あの店のオーナー……彼女のお爺さんが、この店の常連でして


クリム

そういうことか……


マスター

そういえば、先ほど無煙炭をお探しと言っておりましたが、
『アンジー・メカニック』であれば所持しているか、あるいは仕入先をご存知かもしれません。
訪ねてみてはいかがでしょうか


クリム

なるほど、可能性はあるか……後で訪れてみよう。情報ありがとう、マスター


マスター

いえいえ。今後ともごひいきに


 

(場面転換。アンジー・メカニックにて。土下座するビル)


ビル

本ッ当~~~~に、申し訳ない!! この通り!!


クリム

まあまあ


ビル

こらリズ!! お前も、こっちに、来い!!


リズ

いたっ、いたたた!引っ張らないでよビルおじいちゃん!!


ビル

お前も!! 頭を下げて!! 謝れ!! フンッ!!


リズ

あ痛ッ!! ……ご、ごめんなさい……


クリム

まあまあ、それぐらいで


リズ

……も、もういいでしょ


ビル

こちらの方が優しくて感謝するんだな。お前は裏で道具の整備と在庫確認をしておれ!!


リズ

はーい……


 

(リズ、裏へ移動)


ビル

……しかし、本当に申し訳ない。殺人鬼の濡れ衣をかけた上で謝りもせず……


クリム

過ぎた事だから大丈夫だ。こちらも、ある意味では紛らわしい腕をしていた。
しかし、彼女……リズは、勘違いとはいえ、どうして『赤腕の亡霊』に絡むような真似をしたんだ?


ビル

……殺されたんだよ、父親が


クリム

……それは……ご愁傷様で


ビル

ありがとよ。もう半年ほど前の話だがな。
母親はリズが物心つく前に病気で亡くなっていて、男手ひとつで育てていたんだ。とても懐いていたよ。
仕事場にはその頃から来ていて、よく父親の真似事をしていた。
父親が殺された後は、機工技師見習いとして、俺が面倒を見ているってわけだ


クリム

大切な父を殺されたから、その恨みで犯人を捜しまわっているということか……


ビル

俺は何度も止めてるんだがな。そんな危険なことはやめろって。
……まあ、『赤腕の亡霊』は普段から腕が赤い、なんて勘違いをしている程度の考えだから、致命的なことにはならないだろうが


クリム

ははは。それもそうだ


ビル

しかし、こうやってアンタに迷惑をかけてしまったからな……
これに懲りて少しは大人しくなってくれるといいが……


クリム

相手が殺人鬼でなかったとしても、絡まれた相手が激高しないとも限らないしな


ビル

まったくその通りだ。
……しかし、俺の目から見ても、その左腕の義手は酷い有様だ。
手入れが行き届いていないのもそうだが、何よりお前さんの体格に対してサイズが大きい。交換さえ視野に入る話だ。
……迷惑をかけたお詫びも兼ねて、無料で整備するが、どうだ?


クリム

ありがたい申し出だが……遠慮しておく


ビル

こちらとしては、無理やりでも整備にかけたいもんだが……。今更だが、お前さん、名前は?


クリム

クリムだ


ビル

クリムか。良い名だ。
……クリム、そこまで整備を拒否するのには理由があるのか?
何か、その腕に思い入れでも?


クリム

……形見なんだ、大事な親友の。先の大戦で亡くなり、この腕だけが帰ってきた


ビル

……そうか


クリム

彼は、国を守るためにその命を賭して戦った。
平和になった今、帰ってきたこの腕と共に、彼が守った国を見て回りたいと思って、旅をしている。
……この腕は、この錆びた腕は、いわば彼が国のために戦った証で、彼の積み重ねた国への思いの結晶なんだ。
錆を落としたり、部品を交換したりすると、彼のそういった思いも削り落としてしまいそうで、な


ビル

なるほど、事情は分かった。そこまでの意思があるなら、こちらは無理強いはせんよ


クリム

ご理解感謝する


ビル

ただし、いつ壊れてもおかしくない腕だ、ということは忠告しておくぞ。
……しかし、ではどのような形でお詫びをしたものか……
そうだ、旅をしているのだろう? うちで滞在するか? 部屋なら余ってるが


クリム

それもありがたい申し出だが、もう酒場の前の宿を数日分確保しているんだ


ビル

そうか……では……


クリム

では、こちらから。一つ聞きたいことがあるんだが


ビル

何だ?


クリム

無煙炭が欲しい。ここに在庫はあるだろうか?


ビル

無煙炭か……あいにくうちには在庫が無いが、知り合いの伝手(つて)で手に入れることは出来るかもしれん。聞いてみておこう


クリム

ありがとう。助かる


ビル

しかし、無煙炭とはまた希少なものを……何に使うんだ? 同業……いや、その錆びた腕でそんなことは無いか


クリム

ははは。少し要り様でね


ビル

そうか。まあ深くは聞かんよ。
じゃあ、無煙炭の仕入れについては任せてくれ。
おそらく2~3日後には進展があるだろう。またその時に来てくれないか


クリム

わかった。じゃあ、そのあたりにまたお邪魔するよ


ビル

ああ。良い知らせを準備しておこう


 

(場面転換。夜中、宿にて。眠れないクリム)


クリム

……眼が冴えてしまったな……。久々に『赤腕』の話をしてしまったからだろうか……。少し、夜風に当たるか


 

(クリム、宿の出窓を開け、外を眺める)


クリム

……連続殺人鬼『赤腕の亡霊』か……。
……ん? あれは……


 

(場面転換。次の日の昼、酒場にて)


クリム

なあ、マスター


マスター

何でしょうか? 


クリム

昨日の深夜、何やら大きな箱を荷台に乗せて運んでいたようだが……何をしていたんだ? 


マスター

おや、そんな姿をどこから見られていたのでしょうか


クリム

目の前の宿に部屋を取っているんだ。昨日は眼が冴えてしまって、外を眺めていたらマスターの姿が見えたもので


マスター

なるほど。ここから少し離れた場所に倉庫街があって、食材や酒をそこで仕入れているのです。
仕入れから仕込み、準備などを行うには、あの時間から働くことに……


クリム

それは大変なことで……。すると、その苦労の成果がこの料理ということか。道理で、美味しいと思ったよ


マスター

それはそれは、お褒めにあずかり光栄です。
主にご提供するのはお酒ですが、多少なりとも料理の心得はありまして。
……そういえば、また新たな『赤腕の亡霊』の犠牲者が現れたようで


クリム

……やめてくれないか、料理がまずくなる


マスター

これは、食事中に失礼しました。……しかし、こう何度も人を殺すとは……『赤腕の亡霊』は、一体どのような気持ちでこのようなことを


クリム

やめてくれ。料理がまずくなる


マスター

これは、食事中に失礼しました。……やはり、今の時期、この街は治安が悪い。離れたほうが良いのでは?


クリム

そのようで。用事を済ませたら、早々に離れることにしよう


マスター

用事といえば、無煙炭について『アンジー・メカニック』での進展はあったのでしょうか?


クリム

ああ、それなら──


マスター

いらっしゃ──ああ、リゼットさん


クリム

リゼット? ……ああ、リズか。またビル殿を探しているのだろうか


リズ

……あ、いたいた。クリム!


クリム

ん? 今日は私か。どうしたんだ、リズ


リズ

昨日クリムがビルおじいちゃんと話していたことで、おじいちゃんから伝言を貰ってきたよ!
『都合よく在庫が余っている伝手(つて)があったから、明日には仕入れられるだろう』だって!


クリム

本当か、それは助かる。わざわざ伝えに来てくれてありがとう、リズ


リズ

えへへ


クリム

さて、無煙炭の目処もついたことだし、日が暮れる前に散策でもするか


マスター

くれぐれも気を付けてください。事件があったばかりですから


クリム

日中の人通りが多い時間から動くような奴なら、これほどの騒ぎになる前に正体がバレているだろう


マスター

……それもそうですね。しかし、万が一という事もありますので


クリム

ありがとう。心に留めておくよ。では、ごちそうさま


マスター

お気をつけて。……そうだ、リゼットさん。丁度良かった、少しお話がありまして


リズ

え、私に? 何なに?


マスター

あのですね──


 

(クリム、マスターとリズがひそひそ話をしているのを少し眺めてから去る)


 

(場面転換。夜遅く、倉庫街にて。リズ、歩きながら)


リズ

この倉庫街のあたりで、マスターが『赤腕の亡霊』を見た、って言ってた……!
もしかしたら、まだこのあたりに居るかもしれないって……!
お父さんの仇……絶対に見つけてやる……絶対に見つけて、そして──


マスター

リゼットさん?


リズ

うわああ!! ま、マスター!? なんで!?


マスター

はあ……私、言いましたよね? 『赤腕の亡霊』が居るかもしれないから、近づかないように、と


リズ

それは……


マスター

……『赤腕の亡霊』に見つかって、襲われでもしたら、あなたが殺されるかもしれないんですよ?


リズ

で、でも……


マスター

逃げ惑うところをじわじわと追い詰められ、表情が恐怖に包まれ、少しずつ体を切り裂かれ、その痛みと死への実感が悲鳴となって溢れ出し、四肢が、胴体が、顔が、内蔵が、爪が指が目が耳が鼻が、ありとあらゆる体の部位が、切られて、突かれて、刻まれて、段々冷たくなる体に温かい血が流れ、何も動かなく、何もわからなくなり、ある時にプツリと事切れて、事切れてなお刻まれて、生きている体と死んでいる体の違いを堪能され


リズ

……マスター……その手のナイフは、何?


マスター

そういえば、あなたほどの若い人間の体は、まだ解体(バラ)されていなかったですねえ。──どのような感触なのでしょうか、ね


リズ

……お前が……!


マスター

リゼットさん? あなた、先ほど言っていましたよね?
『赤腕の亡霊』を絶対に見つけて、そして。
……そして、どうするのでしょう。どうしたいのでしょうか? ねえ、リゼットさん


リズ

殺してやる……!!


マスター

……なるほど、立派なスパナだ。さすが機工技師の娘、といったところでしょうか。
それで頭でも殴られてしまえば、ひとたまりもないでしょう。殴る事さえできれば、ですが


リズ

なめるな!! 私が……私が、どんな、どれだけ……!!


マスター

いいですねえ、憤慨と、そこに少しだけ混じった恐怖。子供ながらに制御できておらず、隠すことができない、だからこそ純粋で綺麗な感情のスパイス


リズ

うるさい、うるさいうるさい!! 殺す、殺してやる!!


マスター

その調子ですよ。ほら、私はここにいますから


リズ

うあああああ!!!


 

(リズ、マスターに殴りかかる)


マスター

……しかしながら、ああ、本当に残念なことに。フンッ!!


 

(マスター、リズを蹴り飛ばす。スパナも落としてしまう)


リズ

うぐっ!!


マスター

……女性で、かつ子供というのは、本当に非力だ


リズ

ゲホッ、ゲホッ……く、くそ……


マスター

おや、もっと逃げ回るかとおもいましたが、立てなくなってしまいましたか。ああ、可哀想に


リズ

来るな……っ!


マスター

おや、おやおや。
父親の仇が目の前に居るのに、近づいてきてくれているのに、来るなというのは心外ですねえ。
大丈夫です、あなたも父親と同じところに送りますから、ご安心を。
……いや、安心されてはいけませんね。せっかくの恐怖の味が薄れてしまいますから


リズ

嫌だ、嫌だ……! 誰か……だれか!!


 

(銃声。腹を打たれて、ナイフを落とすマスター)


マスター

ぐうっ……!


リズ

えっ……!?


クリム

……間に合ったか


 

(クリム、近づいてくる)


マスター

お、お前は……!


リズ

クリム!!


クリム

大丈夫か、リズ。今のうちにこちらへ


 

(リズ、何とか起き上がりクリムの後ろへ移動する)


クリム

無事でよかった。……説教は帰ってからたっぷり受けると良い


リズ

うう……


マスター

な、なぜ……銃など、持っていなかったはず……


クリム

『赤腕』は、殺した相手の返り血を、ただの一滴も浴びたことは無い。
……『赤腕』は、狙撃手だ。二つ名の由来は、彼が用いた銃の特徴にある


マスター

……お前……その、左腕は……!


クリム

『赤腕』は、蒸気機工の銃が組み込まれた義手を使っていた。弾を発射する前、熱された腕の機構が、淡く、赤く輝く。それが『赤腕』の、本当の由来だ


マスター

まさか……お前が


クリム

リズ。耳を塞いでいろ


リズ

えっ


クリム

これから汚い音が鳴る。人を殺す音だ


 

(クリム、マスターの顔面に義手の銃口を向ける)


マスター

なっ……! ……フ、フフ……本当にいいのか……? ここで私を殺したとて、表向きは余所から来た流れ者が酒場のマスターを殺したという事実が残るだけだぞ……?


クリム

……平和をもたらした英雄である『赤腕』の名を、ただの殺人鬼に、不名誉に汚(けが)されて、由来すら捻じ曲げられて。
許せると思うか? 許すと思うか?


マスター

ま、待て……! 銃口を下ろせ……ゲホッ……、私を殺すなら、お前も殺人鬼だぞ……?
『亡霊』などではない、本物の『赤腕』の名が──


 

(銃声)


マスター

グァッ……!


 

(マスター、倒れる)


クリム

……空砲だよ。この距離で撃ってしまったら、クズの返り血で腕を汚(けが)してしまう。
もっとも、弾を発射するほどの高温高圧の蒸気が、まともに顔にかかっただろうが


リズ

……気絶、してるの?


クリム

そうだな。今のうちに縛り上げて、保安に突き出そう


リズ

どうして、殺さなかったの……?


クリム

さっきコイツも言っただろう。ここで殺してしまっては、私が酒場のマスターを殺しただけになってしまう。
生きて捕まえ、正しく裁かれて、初めて『赤腕の亡霊』は消えた、と街の人が安心できる。
……リズの気持ちは分かるが、街の人のために、これで堪えてくれないか


リズ

……。でも、私とクリムの証言だけで大丈夫……?


クリム

そこは問題ないだろう


リズ

どうして?


クリム

旅をしている身だが、こう見えて私も保安員だ


 

(場面転換。次の日の朝)


ビル

……お前さんのせいで、行きつけの酒場が潰れちまったよ、クリム


クリム

それは悪いことをした


ビル

いいや、あんな酒場が残されるよりマシだ。……リズの父親が殺されたと言っただろう。あいつの父親は、俺の息子なんだよ。
……あの酒場は、行きつけの酒場だったんだ。その酒場のマスターが『赤腕の亡霊』だった。……俺は、息子を殺した殺人鬼の……息子の仇の前で、のうのうと酒を飲んでいたんだ……!
こんな悔しいことがあるか……、こんな情けないことがあるか……!!


クリム

ビル殿……


ビル

……お前さんには、本当に感謝している。どれだけ礼を言葉にしても、足りないくらいだ


クリム

……平和を乱す輩を排除するのが保安員の仕事だからな。まあ、今回は私の私情も大きかったが


ビル

その左腕……『赤腕』が、まさかお前さんの親友だったとはな


クリム

まさかこんな形で『赤腕』の名を聞くとは思わなかったよ。……そういえば、リズはどこへ?


ビル

報告だ


クリム

報告?


ビル

せっかくだ、クリムも一緒に来てくれないか。案内しよう


 

(場面転換。リズの両親の墓の前)


リズ

……少し遅くなったけど、お父さんを殺した犯人は捕まえたよ。だから安心して、あっちでお母さんと一緒に、安らかに過ごしてね、お父さん


 

(クリム、ビルの案内で墓に来る)


クリム

リズ


リズ

クリム! ビルおじいちゃん!


クリム

ここが、リズのご両親の墓か


リズ

うん。さっき『赤腕の亡霊』は捕まった、って話をしたところ


クリム

そうか。……私も祈らせてもらっていいか?


リズ

……もちろん!


 

(クリム、祈る。少しの間)


リズ

……ねえ、クリム


クリム

何だ?


リズ

やっぱり、その腕は整備した方がいいと思う


クリム

……それは


リズ

お墓もね。誰かが眠っている場所で、誰かが生きた証なんだ。
でも、定期的に掃除や手入れをしないと、風化して、ボロボロになって、いつかは誰からも忘れられちゃう。
それと一緒で、その左腕も、思い出の詰まった大事な形見だったとしても、整備して維持しないと、いつか本当に崩れて、その形が失われてしまうから、だから……!


クリム

……そうか……墓と一緒、か……


リズ

だ、大事な形見を墓と一緒にするのは失礼かもしれないけど……


クリム

いいや。……ビル殿、少し伺いたいのだが


ビル

何だ?


クリム

ビル殿は、蒸気機工技師免許は持っているか?


ビル

……はっは! 安心しな。1級だ


 

(全員、戻ってくる。場面転換。整備中。待つクリムとリズ)


リズ

クリム


クリム

ん?


リズ

あの左腕、大きくて、重かったね


クリム

ああ。リズも手伝ってるんだな


リズ

私は機工技師見習いだもの。……見習いだからまだ少ししか手伝えないけど、クリムの腕はビルおじいちゃんがピカピカにして返してくれるから、大丈夫。少し待っててね


クリム

そうだな。期待しているよ


リズ

……あのね


クリム

どうした?


リズ

私はね、綺麗な音だったと思ってるよ。クリムはあの音を汚い音と言っていたけど、大事な人を、街の平和を守る音。昔はこの国すら守ってくれた音。そんな音が、汚いはずがないよ


クリム

……そうか……。そう、言ってくれるのか……。ありがとう……


ビル

あー、良い話をしている所悪いが、クリムにちょいと確認だ


クリム

確認?


ビル

なるべく元の部品をそのまま使えるようにはしているんだが……1つだけ、どうしても部品交換が必要な箇所がある。小さな部品だが、この機工の要のひとつだ


クリム

部品の、交換……


ビル

……これは俺の持論なんだが。
道具っていうのは『どういう部品で構成されているか』より『それを使って何を為してきたか』の方が大事だと思う。
部品を交換するのは、何かを為すことで消耗し、それを積み重ねてきた結果だ。部品を交換しても、何かを為したというその積み重ねは残るもんだと、俺は思うんだ


クリム

構成される部品より、それで何を為してきたか、か……


ビル

『赤腕』が、この腕で積み重ねた実績、思い出。それはお前さんがこの腕を大事に扱う限り、消えることは無いだろう。
そして……俺は、勝手な話だが、これからは、クリムが旅をして得られる新たな思い出を、この腕に刻み込んで欲しいと思ってる。


クリム

私の……


ビル

お前さんがこの腕で何かを為す。その結果、部品が消耗し、新たな部品交換もあるだろう。しかしそれは、お前さんが何かを為した証だ。
……さらに希望を言わせてもらうんだが、その一番目の証として、この街を守ってくれた証として、俺から贈る新しい部品を組み込んでもらいたい。……どうだ?


クリム

……っ、ははは。そこまでビル殿に熱く語られてしまっては、受けざるを得ないな


ビル

うっ……年甲斐もないことをしちまった……


クリム

いや、ありがとう。彼の形見という事に固執してしまっていたのは私の方だ。……ただ、交換した元の部品は、残しておいてくれないか


ビル

ほう?


クリム

いつか、その腕の部品がすべて入れ替わる事になったときに……改めて『赤腕』を組み上げて、彼のもとへ返してやりたい


ビル

……なるほど、承知した。それじゃあ、残りをちゃっちゃとやらせてもらうから、もう少し待っててくれ


クリム

ああ。よろしく頼む


 

(間。整備終了)


ビル

腕に違和感は無いか?


クリム

ああ。すこぶる調子が良い。さすがの腕前だ


ビル

そいつは良かった。そして、こっちが交換前の部品と、頼まれていた無煙炭だ。
代金は不要だぞ? 何せそれ以上の礼を既に頂いてるからな


クリム

はは、ありがとう。ご厚意に甘えさせてもらうよ。


ビル

結局、その無煙炭は何のために必要なんだ?


クリム

……綺麗な音を出すためさ。かつて『赤腕』が、そうするために使っていたように


リズ

……行くの?


クリム

ああ。無煙炭も手に入れたし、他の街を周ろうと思う


リズ

そっか……。うん、行ってらっしゃい。また来てね!


クリム

……ああ、また来るよ。ありがとう、世話になった。では


 

(クリム、店を出る)


リズ

……行っちゃったなあ


ビル

そうだな


リズ

もっとお礼がしたかったけど……


ビル

なあに、この街であの腕の事を知っているのは俺たちだけだ。あそこまで完璧に仕上げられる機工技師もな。
……いずれまた、クリムがこの街に訪れたときに、整備しに来るだろうよ


リズ

……そうだね


ビル

その時はお前が整備できるように、しっかり腕を磨いておけよ?
あいつのピカピカの腕が錆びるまでに、な


リズ

……うん! よーし、やるぞー!

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