16世紀~17世紀頃のヨーロッパ風の世界を舞台にした、愛する者のために国を裏切った「騎士団長」と彼を追う「若き騎士」のお話です。
タイトル
星屑の記憶
作者
島嶋徹虎
ジャンル
ファンタジー
上演時間
約20~30分
男女比
男性2
ゲルト
【♂】ゲルトハルト・フォン・アンベルシュタイン。クライツ王国《星屑騎士団》の騎士団長。
エルヴィン
【♂】エルヴィン・フォン・キュステンバウム。ゲルトハルトの部下。《星屑騎士団》の期待の星。
(※「」で括っていないセリフはナレーション、もしくはモノローグとして演じてください)
――兵士たちが入り乱れる戦場の中、誰かを探すかのように敵陣を突き進むエルヴィン
エルヴィン
「どこだッ! どこにいるッ!」
エルヴィン
「この反乱を扇動したのは、本当にあんたなのか⁉」
エルヴィン
「くそッ、邪魔だ! 道を開けろッ!」
エルヴィン
「こんな素人の雑兵どもじゃ、俺の相手にはならねえ! いるんだろ! 出てこいよ、叛乱軍の親玉ぁッ!」
――そこへ、剣を構えた体格の良い騎士が姿を現す
ゲルト
「――来たか。エルヴィン・フォン・キュステンバウム」
エルヴィン
「なッ……」
ゲルト
「ひさしぶりだな」
エルヴィン
「まさか……本当に、本当にあんただったのかよ、団長……いや、ゲルトハルト・フォン・アンベルシュタイン……ッ!」
ゲルト
「さあ、来い、エルヴィン。貴様がどこまで腕を上げたか、私に見せてみろ」
エルヴィン
「なんで、なんでだよ……どうして……どうしてッ!」
――暗転
エルヴィン
――どうして、こうなっちまったんだろう。
* * * * *
――回想。とある戦場にて
ゲルト
「いしにえの昔、この地には星が降り注いだという」
エルヴィン
「……星?」
ゲルト
「そうだ。蒼い炎を纏った星は、空で砕け、いくつかの星屑となった。そして、その星屑の一つはこの地へと墜ち、数多の木々を薙ぎ倒し、大地を焼き払ったという」
エルヴィン
「ああ、その話なら知ってますよ。《落星地》の伝説でしょう? 星がもたらした災厄によって、それまで荒れ果てていた大地は生まれ変わった。やがて、肥沃な土地へと成長し、豊かな水と緑が育まれ、星の衝突によって抉れた大地の中には、街が築かれた。その街は、多くの人々の手によって栄え、やがてこう呼ばれるようになった。《星の城》――シュテルンブルクと」
ゲルト
「その通りだ。幾千万もの星々の光。それらの加護が、我々にはついている。この空に煌めく星々が、我々を見守ってくれている」
エルヴィン
「ははっ、団長はロマンティストだ」
ゲルト
「フッ……時には感傷に浸りたくなるときもあるさ」
エルヴィン
「〝鬼〟と言われた団長にも、そういう人間らしいところもあるんですね」
ゲルト
「私も所詮は、ただの人の子だよ」
エルヴィン
「はあ、王国最強の騎士にそんなこと言われちゃ、俺には立つ瀬がないですよ。――っと。やつら、お出でなすったようですね」
ゲルト
「ああ。おしゃべりはおしまいだ。ついて来い、エルヴィン!」
エルヴィン
「はい! 一気呵成に蹴散らしてやりましょう!」
ゲルト
「よし、征くぞ! 全騎、抜剣!」
――騎士たちは鞘から剣を抜き放ちながら、高らかに名乗りを上げる
エルヴィン
「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我ら、クライツ王国が王都、《星の城》の守り手――《星屑騎士団》!」
ゲルト
「此れなるは、輝ける星の剣――《シュテルン・シュトラール》! 我が星剣の錆となりたくば、どこからでも掛かってくるがよい!」
* * * * *
エルヴィン
――あの頃は楽しかった。
エルヴィン
俺たちは、向かうところ敵なしだった。
エルヴィン
難しいことなど、何一つとして考えず。
エルヴィン
ただひたむきに、鍛錬し、己が腕を磨く。
エルヴィン
ただひたすらに、剣を振るい、敵を倒す。
エルヴィン
ただ、それだけで良かったはずだった――
――回想。騎士団の修練場にて
エルヴィン
「――でええやああ!」
ゲルト
「フンッ!」
エルヴィン
「たあああッ!」
ゲルト
「――せいッ!」
エルヴィン
「くぁッ⁉」
ゲルト
「……勝負あり、だな」
エルヴィン
「はーっ、やっぱ強いや、ゲルト団長は……」
ゲルト
「フッ。腕を上げたな、エルヴィン」
エルヴィン
「そんな、俺なんてまだまだです!」
ゲルト
「いいや。お前の成長は、まさに目を見張る程だ。そう遠くないうちに、必ずや私をも超えるほどの騎士となるだろう」
エルヴィン
「俺はこれまで一度だって団長に勝てたことないんですよ⁉ 冗談はやめてくださいって!」
ゲルト
「冗談なものか。お前には大いに期待しているんだからな」
エルヴィン
「だったら、もう一本お願いします!」
ゲルト
「今日はもう仕舞いだ」
エルヴィン
「またそうやって勝ち逃げする!」
ゲルト
「ははは。それはそうと、お前はこのあと暇か? 良かったら少し付き合え」
エルヴィン
「え?」
ゲルト
「私の奢りだ」
エルヴィン
「良いんですか⁉ やった!」
* * * * *
――王都の繁華街にある酒場にて
エルヴィン
「――くう~ッ、団長の奢りで飲むビールは美味いや!」
ゲルト
「……別に金に糸目はつけんが、明日の職務に支障がないくらいには、ほどほどにしとけよ?」
エルヴィン
「わかってますって! あ、おねーさん、ビールおかわり! ジャンジャン持ってきて!」
ゲルト
「……まったく、お前と言うやつは」
エルヴィン
「へへっ、それにしても、今日はどういう風の吹き回しです? 団長が急に飲みに誘ってくれるなんて珍しい」
ゲルト
「うまい酒が飲めるなら、理由は何だっていいじゃないか。……それより、お前もそろそろ良い年だろう。浮いた話はないのか?」
エルヴィン
「なんですか、団長ってば藪から棒に。もしかしてもう酔ってます?」
ゲルト
「これでも私は、お前という大事な後輩の行く末を心配してるんだ。アンネリーゼとはどうなんだ?」
エルヴィン
「なっ、なんであいつの名前が出てくるんですか⁉ やめてくださいよ、あいつとはただの同僚です!」
ゲルト
「そうか? 戦闘でも互いに息が合っているし、お似合いだとは思うがな」
エルヴィン
「そういう団長こそどうなんですか? いくら不愛想でド真面目な堅物とはいえ、団長ほどの地位も人望もある騎士なら、ご婦人方も放っておかないでしょうよ」
ゲルト
「私のことなんかどうでもいい。それよりもほら、次が来たぞ。飲め飲め!」
エルヴィン
「またそうやって自分だけはぐらかして! つーか、ほどほどにしとけって言ったの団長でしょうが!」
ゲルト
「ふっ、ハハハ……っ!」
エルヴィン
――そう、あの頃は楽しかったんだ。
エルヴィン
《星屑騎士団》がいる限り、この国の平和はいつまでも続くと、
エルヴィン
俺は、本気でそう信じていた。
* * * * *
――後日。騎士団の修練場にて
エルヴィン
「団長?」
ゲルト
「…………」
エルヴィン
「団長ってば!」
ゲルト
「…………」
エルヴィン
「団長ーッ!」
ゲルト
「ん、ああ、すまん。考え事をしていた」
エルヴィン
「どうしたんですか、ゲルト団長。最近なんだか覇気がないっていうか」
ゲルト
「大丈夫だ、何でもない。よし、そろそろ少し休憩にしよう」
エルヴィン
「…………」
エルヴィン
俺は知っていた。団長が何に思い悩んでいるのかを。
エルヴィン
それは最近、団長が懇意にしているマド族の娘のことだ。
エルヴィン
以前、彼女が獣に襲われそうになっていたところを、団長が助けたことがあった。
エルヴィン
それ以来、団長は、彼女やその家族から頻繁に食事に招待されるようになり、深い交流が始まった。
エルヴィン
それ自体は問題ない。むしろ良いことだと思う。俺自身、あの堅物の団長に、ちゃんとした心の拠り所があるってことが知れて、なんだかホッとしたくらいだ。
エルヴィン
……だが、マド族は自分たちの国を持たない放浪の民だ。寛容と言うべきか、愚行と言うべきか。どこの馬の骨ともわからない流れ者や身寄りのない者、罪を犯した逃亡者など、何かしら脛に傷を持つ者たちをも分け隔てなく、自らのコミュニティに迎え入れていた。
エルヴィン
そのため、このクライツ王国はもとより、周辺の国々でも彼らのコミュニティは犯罪の温床となっていると問題視され、マド族そのものが迫害の対象となっていたのだ。
エルヴィン
国の平和と治安維持を司る者、その頂点に立つ者である団長にとって、彼らとの交流は国への裏切りと捉えられ兼ねない。その苦悩は、推して知るべしだろう。
エルヴィン
「……団長。何か悩みでもあるんなら、またパーッと飲みにでも行って……」
ゲルト
「私は……」
エルヴィン
「え?」
ゲルト
「私はこれまでひたすらに、この国のために命を捧げてきた。もう充分に役目も果たしたつもりだ。もうそろそろ、その先の人生を考えても良いのではないかとな」
エルヴィン
「まさか、引退するなんて言わないでくださいよ? 俺はまだ、あなたに一度も勝ててないんですから」
ゲルト
「つまり、お前が私に勝ったときが、私の騎士としての引き際というわけだな。……フッ、お前に引導を渡されるなら、私としても文句はないさ」
エルヴィン
「またそんな縁起でもないことを! あなたはいつまでもずっと俺の目標です! 引退だろうが隠居だろうが、生きてる限り追いかけ続けてやりますよ!」
エルヴィン
……それが、楽しかった日々の最後の思い出になろうとは、その時は知る由もなかった――
* * * * *
――ゲルトの回想。心象風景。暗闇の中で、彼だけにスポットライトが当たっている
ゲルト
「――なッ! お待ちください陛下!」
ゲルト
「我ら《星屑騎士団》の掲げる剣は、このクライツ王国の――この輝ける《星の城》に集う民を守りしもの! 希望に満ちた民らの未来を守りしもの! ――であるならば! その剣を民に向けるなど、我らの矜持に反します!」
ゲルト
「彼らも! 放浪の民なれど、我らと同じ人間に他なりませぬ! 同じ色の血を流し、同じ言葉を話し、共に苦楽を分かち合える者! そのような彼らを、なぜ! どうして根絶やしになぞできましょうや!」
ゲルト
「陛下、今一度! どうか今一度、ご再考を! ……国王陛下ッ!」
* * * * *
エルヴィン
――そんなある日だった。日課である巡回を終えて、騎士たちの詰所に戻ろうとした俺のもとに、騎士見習いの少年が、血相を変えて走り寄って来たのだ。
エルヴィン
泣き叫ぶ少年を宥めながら、どうにか事情を聞き出した俺は、すぐさま詰所に駆けつけた。
エルヴィン
そこで俺が見たものは――
エルヴィン
「おい、嘘だろ……ハンス……フリッツ……ゲオルク……」
エルヴィン
「あ、んね……? あ……アンネリーゼ……ッ!」
エルヴィン
「な、なん、で……なんでだよ……なッ、で……うっ、ぐっ……うおおおおおおおおおおおッッッ‼」
* * * * *
ゲルト
猛者ぞろいの《星屑騎士団》は、たった一人の裏切りによって壊滅した。それはわずか、数分の出来事だった。
ゲルト
詰所に集まっていた騎士、十一名。
ゲルト
そのいずれもが、何が起きているかもわからないまま死んだ。
ゲルト
きっと何かの冗談だ。この人がこんなことをするはずがない、と。
ゲルト
まともに剣を振るうこともなく。戦うことすらも能わず。
ゲルト
一人、また一人と、為す術もなく切り捨てられていった。
ゲルト
だが、その中に〝彼〟はいなかった。
ゲルト
裏切者は、最も厄介な男を逃してしまった悔しさを感じながら、
ゲルト
心の何処かで、〝彼〟をこの場で手に掛けなかったことを喜んでもいた。
ゲルト
必ずやまた、己と相対することを期待して――
* * * * *
エルヴィン
それから数日後。《星屑騎士団》を出奔した第六代騎士団長、ゲルトハルト・フォン・アンベルシュタインは、王国に反旗を翻す叛乱軍の旗頭となった。
エルヴィン
そして、彼の率いる一団に呼応するがごとく、クライツ王国の各地で、大規模な反乱の狼煙が上がったのだ。
エルヴィン
《星屑騎士団》に所属する正規の騎士として唯一生き残った俺は、騎士見習いや配下の兵士たちをまとめあげ、すぐさま叛乱軍の鎮圧に向かった。
エルヴィン
彼らは、いくつかの集団から混成されていた。中には、ゲルトハルトの呼びかけに応じて加わった、王国の兵士や傭兵たちもいたが、その大半は、国に不満を抱いていた数多の民たちだった。
エルヴィン
隣国の内戦によって故郷を追われ、帰る場所すら失った難民。
エルヴィン
働き口を失くし、日々の生活を続けることすらままならない下層民。
エルヴィン
これまで長きにわたって迫害されてきた、流浪の民――マド族。
エルヴィン
当初、クライツ王国は慈しみの心を持って、彼らを受け入れていた。
エルヴィン
しかし、結局それは、国内に軋轢を生み出すだけだった。
エルヴィン
一介の騎士である俺には、何が正しかったのか、どうすればよかったのかなんてわかるわけがない。
エルヴィン
ただ、遅かれ早かれ、いつかはこうなっていたのだろう。相容れることのない人々がいがみ合い続ける以上、内乱は避けられなかったはずだ。
エルヴィン
だが、もしも違ったとすれば――
エルヴィン
「おおおおおおッッッ‼」
――剣と剣がぶつかり合う
ゲルト
「はああああッッッ‼」
――鈍い金属音を響かせ
エルヴィン
「でぇぇぇやぁああああ‼」
――互いに火花を散らす
ゲルト
「ぬううんッ‼」
エルヴィン
――違ったとすれば。こうして俺と剣を交えるこの男が、今でも味方だったかもしれないということだ。
ゲルト
「フッ……ますます腕を上げたな。やはり、私の期待通りだよ、エルヴィン」
エルヴィン
「くっ……なんでだ! なんであんたが裏切った! 国を守る騎士の鑑のような人だったあんたが! なぜッ!」
ゲルト
「…………」
エルヴィン
「答えろッ! ゲルトッ!」
――ゲルトはエルヴィンに向ける切っ先を少し下げながら、一呼吸置いて告げる
ゲルト
「愛だ」
エルヴィン
「愛? ……愛だとッ⁉ あんた、トチ狂ったのか⁉」
ゲルト
「いいや。私は至って大真面目だ」
エルヴィン
「どういうことだよ!」
ゲルト
「あの時、私に――いや、《星屑騎士団》に王命が下された。国内に住み着くマド族を弾圧しろとの命令だった」
エルヴィン
「なッ……」
ゲルト
「国王陛下には何度も直談判したよ。だが、結局、私の進言が聞き入れられることはなかった」
エルヴィン
「だから国を裏切ったってのか! あんたは、本当にそれで!」
ゲルト
「その通りだ。私は国を守るためではなく、民を守る騎士としてあろうと決めた」
エルヴィン
「……叛乱軍は所詮、烏合の衆だ。強固な後ろ盾があるか、世論の大半を味方に付けるか……いずれにせよ、よほどの勝ち目がなけりゃ、すぐに鎮圧されて終わる。あんたは、そんな無謀な戦をするような人じゃなかっただろうが!」
ゲルト
「無論、承知しているとも! だが、誰かがやらねばならなかった! 選択は二つに一つ! 彼らを殺すか、彼らを守るかだ! たとえ負け戦になろうとも、我が剣を彼らに向けることなど、できるわけがない!」
エルヴィン
「それが、あんたの騎士道か……それまで築き上げてきた地位や名誉を捨ててまで、貫き通す価値のあるものってわけか……」
ゲルト
「嗚呼、そうだとも! 地位や名誉、そんなくだらないものではなく、私自身が――一人の人間としての私が、心の底から守りたいと、救いたいと願った。これまで、国のために命を捧げると誓いを立て、自らの意思を殺しながら生きてきた私にとって、初めて突き動かされた衝動だった。そして、それこそが――真の愛であると知った!」
エルヴィン
「そんな……そんなことのために……」
ゲルト
「貴様には分かるまい! 私は、地位も名誉も捨てた! だが、騎士としての矜持と仁義、そして愛だけは、この命が潰えるその瞬間まで、守り抜くと誓ったのだ!」
エルヴィン
「俺にも……俺にも! 愛する者くらいいたさ! だが……っ! あんたが……あんたが全部、それを台無しにしたッ! 台無しにしたんだッ、何もかも……っ‼」
ゲルト
「決して、許せとは言わぬ。もはや道は違えた。後戻りなどできないほどにな」
エルヴィン
「ゲルト……てめぇ……ッ」
ゲルト
「己が信じる正義を為すために、お前さえも斬り捨て、私は前に進もう。忌まわしき過去はすべて振り払い、未来へと道を拓こう。我が愛する者たちのために――ッ!」
エルヴィン
「……ふざけたことを……ぬかすなぁああああッ‼」
ゲルト
「はああああッ!」
エルヴィン
「おおおおッ!」
ゲルト
「ふんっ……!」
エルヴィン
「くそッ! さっきから、勝手なことばかり言いやがって! 俺は認めねぇッ! てめぇの正義なんか、俺は絶対に認めねぇぞッ‼」
ゲルト
「ならば、今ここで! 私を超えて見せろ! エルヴィ――……ッ⁉」
――その瞬間、離れた場所から爆発音が響く
エルヴィン
「……⁉」
ゲルト
「……あ、あれは……砦が、燃えている……」
エルヴィン
「叛乱軍の拠点か……どうやら、鎮圧軍の別動隊が制圧したようだな……」
ゲルト
「……ふ、ふふ……ふはははは……」
エルヴィン
「……なにが可笑しい!」
ゲルト
「……実に、あっけないものだな。王国最強の騎士と謳われた私が命をかけて守ろうとしたものも、己が手の届く範囲になければ、こうも簡単に失うか。……フッ、何が最強の騎士だ……笑わせる。愛する者一人すら守れずに……」
エルヴィン
「まさか、あの娘が……あそこにいたのか……」
ゲルト
「……エルヴィン」
エルヴィン
「ッ……なんだ」
ゲルト
「決着を付けよう――」
エルヴィン
「!」
ゲルト
「――おおおおおおッ!」
――不意をつかれたエルヴィンが咄嗟に剣を構える
エルヴィン
「くッ⁉」
――身体を刺し貫く鈍い音。エルヴィンの剣が、ゲルトの腹部を貫通している
ゲルト
「フッ……」
エルヴィン
「……お、おい……あんた……」
ゲルト
「本当に……強くなったな、エルヴィン……」
エルヴィン
「わざとだな……わざと俺の剣を、その身で受けやがったな……ッ⁉」
ゲルト
「……もはや、戦う意味すら失った……守るべきもののない騎士など、何の意味があろうものか……」
エルヴィン
「お、おい、待てよ! あんたはまたそうやって、勝ち逃げすんのか⁉」
ゲルト
「こ……これで、私も引退だ……さらばだ、エルヴィン――……」
エルヴィン
「待てよ、待ってくれよ団長ッ! 俺はまだ! あんたに一度も勝ててねぇんだ! 目を覚ませ、ゲルトハルト! もう一度、俺と戦え! 戦えよ……ッ!」
エルヴィン
「――ゲェェルトォォォッッッ‼」
* * * * *
エルヴィン
あの戦いの後、俺は叛乱軍の首謀者であるゲルトハルト・フォン・アンベルシュタインを討ち取った英雄として、国中の人々から讃えられた。
エルヴィン
当然ながら、そんなものに嬉しさも喜びもあるわけがない。俺はただひたすらに、大きな虚しさを感じながら、日々を無為に過ごしていた。
エルヴィン
そんな中、騎士団を除名されたゲルトハルトの跡を継ぎ、《星屑騎士団》第七代騎士団長を拝命した俺に、叛乱軍の残党を追討せよとの命が下った。
エルヴィン
それはつまり、あの反乱に加担した者たちを、一族郎党残らず、すべて皆殺しにしろということだ。
エルヴィン
命令を拒否するのは簡単だ。これまでに打ち立てた戦功と、〝元最強の騎士であるゲルトハルトを討ち取った〟という功績、それに、今の騎士団長の地位を辞しさえすれば、王すらも認めざるを得なくなるだろう。
エルヴィン
そうすれば俺は、地位や名誉よりも人命を尊重した〝正義の人〟として、民衆に称えられるに違いない。
エルヴィン
……だが、俺がそんなことをしても、その後で別の誰かが代わりになるだけだ。そして、そいつはきっと、大勢の人々から恨まれることになる。
エルヴィン
その誰かの手を汚させながら、その誰かに恨みの矛先を向けさせながら、清廉潔白を気取る偽善者になるくらいなら――俺が、自ら手を汚そう。
エルヴィン
なんてことはない。俺のこの手は、とっくのとうに汚れきっているのだから。
エルヴィン
それに今、誰かがやらなければ、きっと彼らの遺志を継ぐ者が生まれるだろう。淀みに淀んだ彼らの怨嗟は、憎悪は、復讐心は、やがてこの国を滅ぼすことになるだろう。
エルヴィン
だったら、今ここで、憎しみの連鎖をこの手で断ち切る。すべてを根絶やしにする。俺自身が、何もかも、ここで終わらせるのだ。
エルヴィン
そして、俺は――
* * * * *
ゲルト
クライツ王国《星屑騎士団》第七代騎士団長、エルヴィン・フォン・キュステンバウムは、騎士団長としての最初で最後の任務を全うした。
ゲルト
全身に夥しい量の返り血を浴び、その鎧を真っ赤に染めながら、反乱者たちを無慈悲にも切り捨てていく。それはまさしく、伝説に謳われる《暴虐の狂戦士》そのものであった。
ゲルト
そして彼は、数多の人々の血によって汚れた剣を、己の名誉とともに王の許へと返上し、そのままいずこかへと姿を消した。
ゲルト
その後、彼の消息は、杳として知れない。
――――暗転。充分な間を置いて
エルヴィン
「……はあ、やれやれ。じいさんの墓参りも何年ぶりだろうな。ほらよ、じいさんが好きだったアルトリンゲンのワインだ。俺がここに来るのも、きっと最後になるだろうからな。奮発してやったぜ」
エルヴィン
「最近じゃあ火縄銃も増えてきてるし、魔術なんてのも発達してきてる。古臭ぇ騎士の時代は、そろそろ終わるだろう。それでも、俺はこの剣の腕一本で、どこまで食っていけるか試してみてぇんだ」
エルヴィン
「だったら、実際にどうするかって? そうだなぁ……手始めに、海峡を渡ってセイファート島に向かうとするか。向こうに行くなら、名前も変えないとな。あー……ええと、エルヴィンをセイファート語読みすりゃ〝アーヴィン〟か。フッ、悪かねぇだろう。そうすっと家名は……ま、あっちで適当に考えるかな」
エルヴィン
「すまねえな、じいさん。由緒正しいキュステンバウム家は、俺の代で終わりだ」
エルヴィン
「地位も名誉も、矜持も仁義も全部捨てた。……それに、愛ってやつもな」
エルヴィン
「俺はこれから、ただの〝野良犬〟として生きるよ」
エルヴィン
「――じゃあな」
《了》