シナリオご利用上の注意
①本シナリオは営利・非営利問わず、どなた様の上演も歓迎いたします。 上演の際に、作者に連絡や許諾の申請は不要です。 上演の際には、作者Twitterアカウント(@ TariMIZUTA)を記載いただけますと幸いです。
②本シナリオでは世界観を重要視しております。
そのため、シナリオで指定しているセリフ、演者・キャラクター性別についてはシナリオに準拠していただきますようお願いいたします。
登場人物
聖女 二十五歳
一人称:わたくし
女性?
役者:女性必須
堅物だが激情家 三十代後半
一人称:私、我
男性?
役者:男性必須
強がり 一番若い
一人称:わたくし
女性?
役者:どちらでも良い
ニヒリスト 二十代後半くらい
一人称:俺
男性?
役者:どちらでも良い
シナリオ
サザナミ様を、かの場所に送り届ける旅路。それは予想通り生半可(なまはん
か)な道ではありませんでした。王国が誇る騎士団を従えて出発した我々ですが、その場所を目前に残ったのは、古くから仕えている私たち、つまり私ユウヤケとシラクモ。それから、サザナミ様の近衛であるタイダル様だけ。タイダル様は今、珍しくお休みになっています。サザナミ様の、お膝の上で
いいえ、シラクモ。この千里眼の下(もと)に、害をなすものは一つもありません。シラクモ、そちらは? 魔獣や亡者の類なら私の目に映りましょうが、悪霊や姿隠しをするような輩は少し苦手です
心配するな。この煙が一帯を覆っているのがその証だ。俺がこのパイプをふか
していられる限り、よくないものは燻し出されて形を保ってはいられない。
・・・・・・騎士団の連中は最後の一人まで、俺たちの力を認めてはくれなかったな
シラクモ、亡くなった方々のことを悪くいうのはよしましょう。サザナミ様の
お体に障ります。あの方はそのような悪意の気配に、とても敏感でいらっしゃりますから
タイダル様がおそばにいらっしゃるなら平気だろう。何も見えてはいないし、
聞こえてはいないだろうから
そうだといいのですが。この近辺、とても危うい気配に満ちています。まるで、
待ち構えられているかのよう
同じことを考えていた、と思えるのは、きっと同じだけの時間を過ごしてきた
からなのだろうな
気色悪い、とはつらい言葉が出たね。まぁいいや、それはそれでユウヤケらし
い
まぁ、お前との付き合いももうすぐ終わりになってしまうから。ちょっとした
感傷に浸ることくらいは
・・・・・・すまない、ぼんやりしていた。囲まれたか
あなただけのせいではありません。少なからず、あなたとの会話に没頭していた私にも責任があります
我々とサザナミ様の間にもいくらかいるな。分断された、か
ええ。ですが・・・・・・、とりあえず安心そうですね
それと同時に、響き渡ったのはまさしく「咆哮」と呼ぶに相応しいものだった。周りのものを何もかも慄かせるその声は、頼もしかった。それは同じく、殴殺(おうさつ)される敵の断末魔でもあったし、すなわち鏖殺(みなごろし)の合図だった
身を交わしたその直後だった。巨大な鐘をかたどった光の塊が、大きな音を立てて大地に叩きつけられた。高らかに鳴ったそれは断罪の晩鐘であり、巻き込んだ邪(よこしま)なるものを閃光とともに消し去った
お美しい音色。『鐘の従者』タイダル様の聖鐘(せいしょう)
わかっています。彼のお方には本当に、サザナミ様しか見えていらっしゃらないのですから
(何かを察する)ほら、こっちだ(ユウヤケの手を取る)
わっ。そんなに強く引っ張らなくても、自分で走れます
そうしてもらわなければ困る。お前が案内してくれないと、タイダル様の鐘は避けられんからな
重く鳴り響く鐘の音。まるで教会にある大鐘楼のように荘厳な音色を響かせながら、タイダル様は敵を叩き潰していく
同じ叩き潰すなら、ユウヤケの不安も叩き潰してもらいたいものだったが
隠しても仕方のないことなのですが。すんでのところで飲み込んだのは、鳴り響く鐘の音(ね)に対する感嘆ではありませんでした。それは旅に出たその時に、あの方々と交わした言葉
よく、ここに残ってくれましたね。ユウヤケ。シラクモ。私の一番古いしもべ
・・・・・・いいえ、あえて呼ぶなら篤い友人たち
あまりに当たり前のことを答えたので、その時の答えは忘却の彼方。あるいは、私の魂に刻まれた言葉
これから、私たちは帰り道のない旅路に赴きます。『博知(はくち)の海』へと向かう旅路へ。険しい道のりになるでしょう。父上たちは騎士団をあてがってくださったそうです。でも、たとえ幾千の騎兵がいたとしても、それが魔除けの銀色の甲冑に身を固めていたとしても。あなたたちより頼りになる、なんてことはないでしょうね。ねぇ、シラクモ。ユウヤケ。それから、タイダル
うふふ、相変わらず気難しそうに、難しい言葉を使うのね
その時初めて、サザナミ様はタイダル様の鎧兜から目を離して、私たちをご覧になったのでした。そして、春先に差す陽光のような柔らかい笑みを浮かべて、こう言われたのです。私たちの心に刻まれた、言葉を
ええ。なんともありませんよ。タイダルがついてくれていますから
煙を絶やすな、『燻(くすぶり)の従者』。敵が見えん
ユウヤケ。あなたもよく周りを見て。私たちを導いて。たとえ牛の歩みのようでも、前に進まなければ。私たちがいかなければ、この争いは終わりません
いまさら謙遜は良しなさい。『硝子の従者』ユウヤケ。あなたの目が、私の目です。あなたの見出した活路が、私の道です。たとえどんなに弱い光でも。たとえどんなに薄い踏み石でも。私はあなたを信じます
そういうことだ。この煙の中で先を見通せるのはお前だけだ、ユウヤケ。泣いてばかりいるな。目を開け
・・・・・・少し感極まっただけです。みなさん、行きます! こちらへ!
私が振るのはきらめく旗。光を透かす硝子の旗。それでも皆を導くとても大切な旗
シラクモの煙よりも微かに見える、赤い霞が。私たちの周りに集まっているかのようでした。それが一体なんなのか、その瞬間はわかりませんでした
これまでになく激しい戦いですね。鐘の音が何重にも重なって、まるで音色で頬を叩かれているかのよう
そうじゃないだろう、お前が言いたいのは。俺の鼻だって節穴じゃない。その気配にはとっくに気づいていた
赤色に見えるのか。俺の鼻には、昔嗅ぎ慣れた匂いに感じる。つまり血の匂いだ。鉄臭くて、生臭い
今までの敵はただ冷たく、暗いものでした。今度のそれは様子が違いますね
敵と決まったわけではないが。・・・・・・ああ、頭に響くな、この鐘の音は。いかに極上の音色でも、こう続くとくらくらしてくる
目指す海岸はすぐそこです。もう一踏ん張りですよ、シラクモ
ようやく、御身(おんみ)の重しから解放されるのですね。サザナミさま
お前、知っているのか。サザナミ様が何ゆえ海を目指されるのか
本当なら、知りたくはありませんでした。ですがいみじくもこの『硝子』の瞳が、目に見えるものごとならば全てを見通してしまうのです
知りたいですか。サザナミ様がどうして海を目指されるのか
それを知ろうが知るまいが、サザナミ様を守り切るだけだろう。余計なことは考えたくないんだ、俺は
タイダル様の声音はいつもと全く変わらない、無機質で淡々としたものだった。しかしその裏にある強い焦りと自責の念が、近い境遇にある俺たちにははっきりとわかる。俺たちはサザナミ様の側仕えとして育てられ、それ以外の景色を知らない。ユウヤケはそのきらいが強い。タイダル様はそれに輪をかけて、サザナミ様とサザナミ様が見てきたことしか知らない。お二人は二人で一つ・・・・・・、そういうものらしい
・・・・・・なんですこの赤の霧は。私の眼が通りません
あるいは血生臭い匂い。海に近づくにつれて強まっていました
っ! 3時の方角です。海に張り出した岬がある方。旅の目的地です・・・
・・・、タイダル様、まさかこの霧は!
まて、旦那! 置いていかないでくれ! くそっ、全身甲冑で固めてんのに、なんであんな速さで走れんだ・・・・・・! ユウヤケ、行くぞ!(手を取るための間を取る) また泣いてる場合か!
・・・・・・ええ、そうですね。ここで泣いていては、見届けられません
何のことだかわからんが、後で聞く。今は足を動かせ!
俺だけが蚊帳の外なんだという感覚は、正直あった。けれど拗ねてる場合ではないのもわかっていた。俺にできることは、より一層激しさを増す鐘の音の中からタイダル様の匂いを逃さないこと。そして、その後をユウヤケの手を引いて走ることだけだった
ここに辿り着くまで、本当にいろんなことが・・・・・・
思えば、そんなにいろんなことはなかったかしらね。教会の奥庭に押し込められて、出会う相手はただ祈りだけ捧げて帰っていく。それが聖女サザナミの務めでしたから、恨み言を言う気は・・・・・・
ない、とは言い切れないのでしょうね。そのために私はここに立っているのですから。私と、タイダルの無知が断罪されたことを、ここで禊ぐために
ですが、海の力と言うのも、どうやら信心からくるもののようですね。こうして海の上に立ってみても、私から溢れる雫はとどまることを知らず。波の上を渡ってみても、私の心は晴れず。きっと嵐と共に踊っても、何も変わりはしないでしょう
ごめんなさい、私のしもべたち。辛いところを押し付けてしまうわね。
・・・・・・ごめんなさい、タイダル。大事なことはいつも貴方任せね
水渡り・・・・・・。なんだと、人の身で・・・・・・?
ええ、そうして。手間をかけるわね、タイダル。私は、せめて・・・・・・こうなったらせめて、貴方の鐘の音と共に、眠りたいの
ああ、まさか、まさか! あれほど魔を忌み嫌っていた、あなた様がまさか、そんな!
ええ。シラクモ、ユウヤケ。そしてタイダル。わたくしのために鐘を鳴らし続けてくれてありがとう。弔い続けてくれて、ありがとう。わたくしのまみえなかった可哀想な子のために、弔いの鐘を鳴らし続けてくれて、ありがとう。わたくしの涙を拭いてくれて、どうもありがとう。でも、もうダメよ。私の涙はもう止まらない。この真紅の苦しみはもう止まらない。地を洗い生を流し、この世の命を全て飲み込んで一つにするまで
身勝手な。あまりに・・・・・・自分勝手な。ともに誓ったではないか。『ともに沈もう』と。『博知の海の奥底へ』と。そのための我が鐘。そのための我が鎧。そのための我が体。──そのための我が命だ。それを今更、貴公は、お前は
やめろ。やめろ! わかっている。お前の口からそれを聞いてしまったら
わかった! わかったから!(叫びのあまり血反吐。演技としては咳き込む)
直後、今までになく巨大な鐘の音が鳴った。今までなんの得物も持っていなかったタイダル様の手には、今や巨大な槌が握られていた。その先端に巨大な鐘を備えた、およそ常人では扱えない重さの槌。それをタイダル様はまるで枝切れでも振るかのように振り回す。その度にあの晩鐘が、これまでになく悲しく響く
なんと悲壮な行軍でしたでしょうか。晩鐘が鳴るたびに、その聖なる力を避けるかのように真っ赤に染まった海が割れます。タイダル様はその光の上を迷いなく、サザナミ様に向かって走っていかれます。サザナミ様はその様子を、血の涙を流しながら、しかし微笑みながら見守っていらっしゃるのでした
(「愛した」に被せて)ああそうだ。それがお前をこうまで苦しめた。海に救いを求めなければならないほどに・・・・・・深い底へ逃げ出したいと思うほどに
二人が何を言い合っているのか、もはや岸にいる俺たちには聞こえない。ただ、直感だけがあった。旅はここで終わりだ。二人はもう、戻ってこない。ユウヤケも同じ気持ちのようだった。もはや涙を隠そうともしない
だから、ここに来たぞ。お前のもう一歩前まで、私の鐘は迫っているぞ。逃げろ、逃げてくれ、サザナミ。そうすればいつまでも、私たちはこうしていられる
・・・・・・とても素敵。だけど、夢からは醒めなければ。その目覚ましは、願わくば貴方の鐘の音で
その様子なんて、誰も見たくなかったに違いないし、二人も見られたくなかったに違いない。だから俺は精一杯、煙をしっかり焚いた
だけど、彼女は見ただろう。その『硝子の瞳』がそうさせるから、はっきりと。あの憧れた人の、最期を。美しいひとの、最期を。唇を噛みきって有り余るほどに
それはこれまでのどれよりも力強く、岬に響き渡った。煙を晴らし、魔を退け、闇を祓った目覚めの鐘。それが起こした大波が、俺たちの頬を叩いた。タイダル様は一度も振り向かなかった。足下の聖鐘が輝きを失うにつれて、沈んでいく。我らの主人と共に、何の迷いもなく。
程なくして、俺たちには何もなくなった。
戦う相手も、理由も。
それは全て、足元にたゆたう漣のためだったのだから。 凪いだ海に寄せては返す、優しい、漣のため