転がる石のように

ファンタジー

それは竜と、一人の少女が添い遂げるだけの物語。

シナリオご利用上の注意

①世界観を重視したシナリオのため、演出指示・セリフには可能な限り従ってください。

②作品の無断転載・引用を禁止します。事前にこえコン運営までご連絡下さい。

作品概要

タイトル

転がる石のように

作者

瑞田多理

ジャンル

ハイファンタジー

上演時間

約30~40分

男女数

1:2:1

登場人物

登場人物

 ストーンフィールド

 老齢の竜。目が見えず、かつての力の殆どを失っている。竜よろしく、その血には一定の薬効があると嘯かれている。その為目立たぬように生活していた。一人称:わし 二人称:そなた

 ローリング

 14歳、女性。人生のあらゆる受難が一度に降りかかり絶望のさなかにいる(主にそれは望まぬ婚姻である)思い込みの激しい、利己的な女性。ストーンフィールドと偶然出会うことで彼女の人生は動き出すが、幸せになるかどうかはわからない。一人称:あたし 二人称:あんた(ら)

 バスタード

 28才、男性。魔物狩のスペシャリスト。界隈では「竜を狩れたら一目置かれる」という風潮があり、そのために竜を探している軽薄な男……という事になっている人を思うと決めたら思い続ける、その実一途な人間。1人称:俺 心を許した相手への一人称:僕 二人称:君

 オーザ

 竜の付き人。”恐らく”竜よりは若く、人よりは遥かに長く生きている。性別女性。中性的な喋り方をする。竜の眼であり、爪であり、牙である。竜の秘密は彼女が”始末”することで守られている。一人称:わたくし 二人称:あなた

シナリオ

ストーンフィールド

「ああ……、オーザ」


オーザ

「ストーンフィールド。もう人の言葉を話さない方がいい。その大きな頭が、割れそうに痛むのでしょう」


ストーンフィールド

「ああ。痛む。それでも話したいのだ。オーザ。この巨体が砕けてしまう前に、そなたと話したいのだ」


オーザ

「縁起でもないことを」


ストーンフィールド

深く息を吐く。



ストーンフィールド

「そなたの名を、聞かせてくれ」



オーザ

息をのむ



オーザ

「なにを突然っ。わたくしはオーザです。竜の目、竜の腕。そして竜の牙。もう数えるのをやめるほど長く、あなたにお仕えしてきたではないですか」


ストーンフィールド

「もう、よいのだ。時が残されていないのは、お互いにわかっておるじゃろう」



ストーンフィールド

「さぁ、教えておくれ」



オーザ

「……あの頃のことは、とても鮮明に覚えています。灰色をしていた日々が、まるで絵の具でもぶちまけたかのように鮮やかに、そして目まぐるしく動いていきました。それでも、わたくしにとっては。灰色をしたあなたの隣に、石のように座っているときが。何物にも代えがたい宝石のようでした」


ストーンフィールド

「聞かせておくれ、名を知らぬお方。においも、声も知っているのにその名だけを知らぬお方。そなたの定めはどのように転がったのか。そしてわしのもとに転がりついたか。このストーンフィールド、生涯の終わりにせめてそなたくらいは、拾い上げて差し上げよう」


オーザ

「それはあの日、わたくしが嫁いでいこうかという日でした。遠い、遠い昔のこと……」





ローリング

「この頃の街はなんだか、浮かれていて騒がしいわね。身なりの悪い男たちがいっぱいいて」


バスタード

「そう言うなよ、ローリング。傭兵の連中だって色めき立つさ。なんたって、竜のうわさが流れてるんだ」


ローリング

「あんたもその一人でしょ、バスタード。近寄らないで。うっすら血あぶらのにおいがする」


バスタード

「よく利く鼻をお持ちだな。だてに香水商の一人娘じゃあないってことか」


ローリング

「こんどその呼び方をしたら、その立派なものを思いっきり蹴っ飛ばすわよ」


バスタード

「おお、怖い。怖い」



音響指示

雑踏のがやがやが入る。



バスタード

「今回も無駄足かと思っていたが、案外そうでもなさそうだ」


ローリング

「竜紋章のこと」


バスタード

「ああ。その全員が竜の祝福を受けているというあの竜紋騎士団。竜を狩ることで勇名をはせたあいつらがいるとなれば」


ローリング

「あんたも無事死にに行けるってわけね」


バスタード

「せっかく会えた君を置いていくのは心外だがね」


ローリング

「どうでもいいわ。あたしにはどうせ、関係ないもの」


バスタード

「この領地から竜の血が出れば、きっと一生遊んで暮らせるぞ」


ローリング

「金貨がどれだけあったって、それを持っていく先がどこにもないんだもの。関係ないわ」


バスタード

「……名家のご令嬢も楽しいばかりじゃないってことか。……って、どこにいく、ローリング! 待ってくれ」



音響指示

早足の足音。



バスタード

「ううん、一言多すぎるのが僕の悪い癖だねぇ……」



バスタード

「まぁ、誠実でないのはお互い様ということで……。豪商の娘なら顔も広いかと思ったら、あまり役には立たなかったか。探し物が探し物だからなぁ」



バスタード

「必ず探し出す。オーザ、僕の大切な、竜に囚われた人」





オーザ

「ふふ、山のふもと、というのは……ヒトにとっては天然の城塞。窪地に領土を構えるというのは、理に適ってはいますが」


オーザ

「竜の目で眺めれば、営みのすべてが筒抜けになってしまいますね。行軍の備え……。ヒトは懲りないですね。おおむね、兵としては騎士団の五百とその他大勢……といったところでしょうか」



オーザ

「……ふふっ、少し、物足りないかもしれませんね」





ローリングN

その日は、あたしがあたしでなくなってしまう日だった。教会に引きずっていかれて、とってつけたようなドレスを着せられて。神父様がなにか言ってるのを神妙な顔を作って聴いて、どこの誰とも知れない男の顔が近づいてくる。誓いの口付けがどうたらこうたら……それが起こったのはその時だった。


ローリングN

でも、結果は何も変わらない。あたしはあたしでは無くなった。それが結果。



音響指示

早鐘の音



ローリング

「はぁ、はぁ……。火が迫ってる。……家の人たち、みんなひどい人だったけど。せめて最後くらいは祝福あれ」



音響指示

走る足音



ローリングN

街は、どこも似たような惨状だった。何が起こったのかはわからなかった。ただ、竜紋章の盾が、剣が、槍が、そこらじゅうに散らばっているのがみえた。つまり、どこに逃げても無駄なのでは。諦めが頭をよぎった。その時、咆哮が私の耳を叩いた。



バスタード

「オーザぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



オーザ

「明らかに生身、ですよね。竜紋騎士団より食い下がれるのは、なぜ」


バスタード

「祝福など生ぬるい! 僕は呪われているんだ、そう、君と同じように! オーザ!」


オーザ

「ああ、そういうことですね。で、あれば。どうやらあんな騎士団よりも、この若造の方が危険なようですから」


バスタード

「今の主人はストーンフィールドというのか。そんなことは、どうでもいい!」


オーザ

「そうでしょうね。わたくしもです。だって、こんなにも血湧き肉躍るのですもの!」



ローリングN

二人の剣と、爪? が交錯したその時、あたしは一も二もなく一目散に逃げ出した。バスタードの手を引いて逃げる? 無理だ。街中が燃え盛っているこの時ですら、あの場所が一番危険だという確信がある。



バスタード

「ようやく見つけたのに、僕の顔も名前も覚えていないのか、オーザ」


オーザ

「あいにくと主人でないものの名前なんて、何の価値もないものですから」


バスタード

「それなら何度でも名乗ろう。僕は竜殺しのバスタード。君に見出され、君に救われ、君を愛し……しかし君を決定的に殺し、呪ってしまった。その罪を今、贖(あがない)いにきた」


オーザ

「そういうのを、押し付けがましいというのです。もっと単純に楽しみましょうよ! この果し合いを! たったの街一つで終わらせていいんですか!?」


バスタード

「いくらでも滅べばいい、周りの何もかも。君の心臓を貫くためなら、神の命ですら捧げてみせる」


オーザ

「そう来なくては!」



ローリング

「……ここまで来れば、安心かしらね。城門はひどい有様なのがわかりきってるから、いつもの抜け道を使わせてもらった、けど」


ローリング

「領地を抜けたからって安全な訳ではないわ。急いで安全なところまで、逃げない、と……」



音響指示

巨大な足音



ローリング

「何よ、あれ。まるで山が動いてるみたい。あれが、竜? あんなやつををバスタードは殺したの?」


オーザ

「ええ、彼はそのように嘯(うそぶ)きました」


ローリング

「ひっ」


オーザ

「竜の姿を見ましたね。ならばあなたの運命は二つに一つです」



オーザ

「仕えるか、死か」



ローリングN

バスタードがどうなったのか? 街のみんなは? そんなこと、今考えられるわけもなかった。首筋に血の線が、オーザと呼ばれた女の爪に引かれる。わずかに痛む。その痛みだけで、私の全てを折るには十分だとわかりきっていたかのようだ。



オーザ

「さぁ、どうします?」


ローリング

「殺さないで」


オーザ

「二つに一つだと言いました」


ローリング

「仕えます、仕えます! なんでもしますから殺さないで!」


オーザ

「よくできました。ではこれを飲んでください」


ローリングN

それは煌めく虹色をして、どろりと粘性を持った液体。とても飲みたいとは思えなかったけれど、それが何か聞いたところで答えてくれるとは思えなかったし、「二つにひとつ」だっていうから。しょうがなかった。



ローリング

「う、ぷ。飲んだわ」


オーザ

「よくできました」(満足げに頷く間をおく)



オーザN

ちょろいものです。卑怯な手です。その自覚はわたくしにもありました。もっとも良心の痛みとか哀れみとか、そう言ったものは全くありません。わたくしは、わたくしのために誰かが必要でした。それはたまたまこのローリングという娘でした。あとは討ち漏らしたバスタードという若者……。



バスタード

「……それなりに多くの竜を殺して、その血の力を得てきたつもりだったが。それがあの人の姿をしているだけでこんなに切っ先が鈍るものか。両腕を落とされた。元に戻るにはしばらくかかりそうだな」


バスタード

「オーザ……。何かに囁かれたかのようにどこかへ飛んで行ったが……おかげで助かった」



バスタード・オーザ(同時に)

「次に会った時には、必ず」


バスタード

「救ってみせる」


オーザ

「ちりも残さず消し去ってあげますよ」


ローリング

「殺さないって言ったじゃない!」


オーザ

「あなたのことじゃありません。さぁ、では話(はな)しましょうか。わたくしの思いを。あなたには、そのお手伝いをしてもらいますので」





演技指示

(以降、「オーザ?」の役名がついているセリフはローリング役がオーザ風に演じる。)



ストーンフィールド

「……オーザか?」


オーザ?

「ただいま戻りました。街に集まっていた竜紋騎士、総勢五百名。打ち果たしてきました」


ストーンフィールド

「なぜだ……?」


オーザ?

「なぜ、と言いますと」


ストーンフィールド

「オーザ。そなたほどの使い手なら見下ろした瞬間にわかったはずだ。竜紋騎士の祝福など、全くの嘘だと。つまりわしの鱗に傷一つ付けられないことが、わかったはずだ。それなのにそなたは、街を襲ったな」


オーザ?

「……」


ストーンフィールド

「なぜだ、オーザ」



オーザ?

「それでも、もし本物だったら、と思うと気が気でなくて」



ストーンフィールド

「……ほう」


オーザ?

「いえ、柄にもないことをしました。また哨戒(しょうかい)にでます。追手が出ているかもしれませんので」


ストーンフィールド

「気をつけよ、などというまでもないか。頼んだぞ、竜の巫女」



オーザ

「どうでした、間近で見る竜というのは。存外、シワだらけで醜かったでしょう」


ローリング

「そんなこと気にしてられなかったですよ! これっぽっちも!」


オーザ

「でも、いい演技でしたよ。目が見えないことはわかったでしょう」


ローリング

「こちらには一瞥(いちべつ)もくれませんでした」


オーザ

「人の言葉も、ほとんど聞き分けられていないはず。あの竜から見れば、あなたはどこからどう見てもオーザ。そういうことになりますね」


ローリング

「それって。私はあなたの代わりに「オーザ」になれってことですか」


オーザ

「そうです」


ローリング

「いつまで?」


オーザ

「さぁ。それは、あなたの覚悟次第」



ローリングN

それから、私と竜との生活が始まった。竜はストーンフィールドという名で、竜の中でもひときわ年老いている者らしかった。その血が持っている力も、それに伴ってとても強いらしい。オーザがそう言っていた。



オーザ

「わたくしはね、あの竜の力も欲しいのです」


ローリング

「強そうだから、ですか」


オーザ

「ええ。あの芳(かぐわ)しい香りのする体から、一体どんな力を得られるのか! 想像するだに興奮が止まらないわ。でも、そのためにはあなたが必要なのです。面倒なことですが」



ローリングN

つまり、オーザの見立てではこういうことだ。オーザが今まで取り込んできた、全ての竜の力を束ねても、ストーンフィールドには傷一つ付けられないらしい。竜というのは多かれ少なかれそういうものだけれど、ストーンフィ―ルドの血はことさら強く、よその血に対して反発する、らしい。



オーザ

「そこで、『純血』のあなたの出番というわけです」


ローリング

「あたしには、ストーンフィールドの血しか入ってないから」


オーザ

「はい。あなたに渡したのは本当に奇跡の一滴です。一度、地崩(じくず)れからわたくしを庇った時に偶然こぼれ落ちたもの。その血の力をもって、ストーンフィールドを殺してください」


ローリング

「守ってくれたのに、殺すのね」


オーザ

「守られなくてもわたくしは無事でした。そういうのは隙を見せた、というのです」


ローリング

「知ってたと思うけど、ストーンフィールドは」



オーザN

あの古い竜がどういうつもりだったか、なんてわかって、いいえ、すぐにどうでも良くなったのです。わたくしの体に宿したたくさんの竜が泣くのですから。もっと新しい血を、新しい仲間を、と。わたくしはその声に応えたかった。バスタード、とやらも同じ気持ちのはずですが。



バスタード

「う、ガァぁぁぁあ! うるさい、僕の頭の中で喚くな、竜ども! お前たちは死んだんだ、僕のために、オーザのために死んだんだ!」


オーザN

それとも、愚かにも。何の理由があるのかわかりませんが。


バスタード

「まだ、だ。もう少しだけ耐えろ、僕の心。竜に呑まれてしまう前に、オーザを。あの人を」


オーザN

わたくしのために、か細く鳴いているのでしょうか?


バスタード

「解き放ってやるんだ。この力で、必ず」



オーザN

ふふっ、とても滑稽(こっけい)で……涙すら出てくる。ドス黒い、何もかもが混ざった色の涙が。



ストーンフィ―ルド

「オーザよ。先に滅ぼした街の様子はどうだ」


オーザ?

「隣の領(りょう)から続々と人が集まってきています」


ストーンフィールド

「そう、だろうな」


オーザ?

「ストーンフィ―ルド、泣いているのですか」



ストーンフィールド

「もう、たくさんなのだ……」


オーザ?

「ストーンフィールド」


ストーンフィールド

「竜として生まれ、誰も害さず生きようとしてきた。だが誰もが、わしの周りでわしの知らぬ間に死んでいく。オーザ、そなたの行いを責めようというわけではない。だがわしが生きているだけで、そなたのように張り切るものがいて、その結果滅ぼされるものがいる。わしはそれが悲しくてならぬ……」



ローリングN

ストーンフィールドの涙は止まらない。そうやって涙を流す竜の顔が、少しだけ、本当に少しだけ愛らしく見えた。あたしは彼の涙を小瓶に掬って固く栓をした。とても透明なそれを、いつまでも持っておきたいと思ったからだ。



ストーンフィールド

「オーザ、今日はわしのことを、泣き虫だとあざけらないのだな」


オーザ?

「……ええ。そのしわくちゃな顔を見るのも、もう飽きてしまいましたから」


ストーンフィールド

「そうか。……そなたとも長くなったものだ。わしを殺したいのだろう?」


オーザ?

「……っ! それを知りながら、なぜそばにおいてくださるのですか」


ストーンフィールド

「それでもそばにいてくれるからじゃよ。ともに叶わぬ願いを抱きながら、とこしえに近い時間を共にする。それだけでわしは幸せなのじゃ」


オーザ?

「叶わぬかどうかは、やってみなければわかりませんよ」


ストーンフィールド

「無理じゃろうな。わしの血は、かつて生きた古い竜すべての礎(いしずえ)。ゆえにすべての竜といがみ合う……。竜の力では、わしは殺せぬよ」


オーザ?

「……わたくしの見立ては正しかったということですか」


ストーンフィールド

「わしを殺せるものがいるとしたら、わしの血を受けたものだけ……それはとこしえに叶わぬ。わしに血を流させるものが、いないのだから」


オーザ?

「やはり、独りでいるのはさみしいですか」


ストーンフィールド

「死を望むほどには、つらいものじゃった。今はそなたがいるが、オーザ」


オーザ?

「……お互いにかごの中、とは。互いに報われない話ですね」



ローリングN

この竜が抱くとてつもないさみしさを、あたしはこの時知ることになった。それを、ひいては、かの竜を取り巻くすべての因縁を断ち切れるのは、あたししかいないということも……。


オーザN

そのことをわからせるためにすこしだけ泳がしておきましたが。わたくしにも我慢の限界というものがありますので。そろそろ動いてもらいましょうか。



ローリングN

あの日からひと月が経った頃には、あたしの体はすっかり硬くなって。肌にはうろこのような突起ができ始めていた。あたしに、覚悟を決めろと迫っているかのようだった。


ローリングN

そんなもの、もうとっくに決まってるんだけどな。



オーザ

「そろそろ竜の血が、体になじんできた頃でしょう。あの竜の喉(のど)を掻っ切ってやれるのも、もうすぐでしょうか? いつやりますか? 楽しみでなりません」


ローリング

(かぶせて)「オーザ、あのさ」


オーザ

「竜の力を得たとたんに大きな口を利く。踏み潰(つぶ)されそうなネズミのようだったひと月前とは大違いですね」


ローリング

「まだ、本当に、ストーンフィールドの力が欲しいの?」


オーザ

「はい。欲しいですよ」


ローリング

「ストーンフィールドがあなたのことを、……愛していたとしても?」


オーザ

「はっ。知ったことではありません。わたくしはわたくしの力が欲しい。それだけです」


ローリング

「……それを聞いて安心した。じゃあ、これをあげる」


オーザ

「この小瓶……、まさか、ローリング」


ローリング

「ストーンフィールドのそれに相違(そうい)ないわ。飲めばいい」


オーザ

「どうやって」


ローリング

「……彼があなたのことを愛しているから。欲しいと言ったらくれたわ」


オーザ

「よこしなさい」


ローリングN

あたしは止めなかった。オーザがそれを飲み干すのを。すべての竜の力と反発して、それを打ち消す涙が、オーザの体にしみわたっていくのを。


オーザ

「ふふ、ふふふ。これが古き竜の力! これがあればわたくしは、わたくしは……、あれ、声が。竜の声が聞こえなく……」


ローリング

「オーザ、具合はどう?」



オーザ

「(被せて)あ、あ……あ、……ああああぁぁぁぁぁぁ!」



ローリング

「オーザ!」


オーザ

「これは、これは! すべてわたくしがやったんですか? 人の腹を割き、腕をちぎり、首を刎ね……、命を奪った。これをすべてわたくしが……ああ! ああ! バスタード! そのたびに彼がわたくしを止めようと!」


ローリング

「待って、オーザ! どこへ行くの!」


オーザ

「バスタードのところへ。わたくしを想ってくれて、わたくしが裏切り続けたあの人のところへいって、贖(あがな)いを……!」


ローリングN

あたしは走っていくオーザを、少し後から追った。石を転がしたのはあたしだから、せめて行先(いきさき)くらいは、見届けておきたかった。


ローリングN

仕上げも、必要だし。





バスタードN

腕が生え変わったところで、オーザに勝って彼女を救えるとは思えない。だがこの命を持て余していてもしょうがない。今度出会った時には、本当に全力で。


バスタード

「あの人を、殺して見せる」


オーザ

「バスタード! どこですか、バスタード!」


バスタード

「オーザ……? なぜ僕の名を……。だれに吹き込まれたのか」


オーザ

「バスタード! バスタード!」


バスタード

「いずれにせよ好機……。自分から居場所を明かしてくれるとは」



オーザN

バスタード。ああ、バスタード。私をどうか。罰してください。


バスタードN

オーザ。ああ、オーザ。この時をどれほど待ち望んだか。刃を持ち上げ、声の方へ、走る。



オーザ

「バスタード、どうかわたくしを!」



バスタード

「獲ったぞ、オーザ!」



音響指示

肉を刺し貫くSE



バスタードN

それは僕が思っていたよりも、はるかに硬かった。少なくとも、知っていたオーザの柔らかさではなかった。



オーザ

「……! ローリング!」


バスタード

「なぜ……。なぜかばう、ローリング。お前も僕の邪魔をするのか!」


ローリング

「バス……タード」


ローリング

咳き込む



ローリング

「よくわかった。どうせあたしのことなんて、なんとも思ってないって。思ってた。その通りだったわね」


バスタード

「(被せて)どけ、その手から剣を放せ!」


ローリング

「だから……呪ってあげる」


バスタード

口をふさがれて苦しそうにする。



ローリング

「竜の口づけ、祝いの印。あたしの祝福を胸に刻んで、その痛みとともに生き続けなさい」


バスタード

「何を飲ませた……! ……? なんだ、竜の声が。頭の中にあれだけ響いていた竜の声が聞こえなくなって、いく」


ローリング

「……そして、安らかに眠るといいわ。大事な人に看取られて、とこしえに眠りなさい」



オーザN

わたくしをかばったローリングは、そう言うと翼を大きく広げました。それはわたくしの背中から抜け落ちたものよりもはるかに大きく、羽ばたき一つで……、ただの人に戻ったわたくしと、バスタードを吹き飛ばして余りあるほどでした。



バスタードN

僕はそれで、いろいろなことを同時に知った。力を失ったこと。呪いを解かれたこと。祝福を受けたこと。そして……大きな悲しみを渡されたこと。


オーザ

「バスタード!」


バスタード

「……オーザ? 僕の名を……。僕の名を!」


オーザ

「ごめんなさい、バスタード。わたくしは、本当に……たくさんのことを」


バスタード

「まて、飛びつかないでくれ。もう体が……」


ローリング

「もう剣も持ちあがらないでしょう。それがあんたの本当の体。せいぜい大切に生きることね」


オーザ

「ローリング! あなたは!」


バスタード

「ローリング! 君は……」


オーザ

「ローリング、あなたも」


ローリング

「あたしも。決めたから」


バスタードN

ローリングは羽ばたきのたびに、天に向かって登っていく。僕たちを置いて、遠くに旅立っていく。


ローリング

「だから……それ以上何も言わないで」


オーザN

それっきり、ローリングはわたくしたちの前に姿を現しませんでした。何が起きようとも、一度も。


バスタードN

あの竜がどこへ行ったとしても、僕たちには追いかけるすべはなかったけれど。できるなら、一言、礼くらいは言いたかった。





ローリング

「これがわたくしの、あなたとの生い立ちです」



ストーンフィールド

「それで、どこに行っていたのだ」



ローリング

「オーザの葬儀(そうぎ)に参列してきました。バスタードが先に待っているのですから、


それは安らかな寝顔でしたよ」


ストーンフィールド

「そうか……それは、本当に良かった」



ローリングN

ストーンフィールドの体は、まるで礫岩(れきがん)がはがれるように、徐々に崩れていた。もう、滅びの時が近い。それは等しく、あたしの滅びも意味する。



ストーンフィールド

「……そなたは」


ローリング

「はい」


ストーンフィールド

「本当に良かったのか。オーザ。こんな、わしのようなものと滅びる定め……」


ローリング

「それは……」


ローリング

ため息


ローリング

「残念でなりません。ようやく翼も生え変わって、立派な尻尾も貰えて。あなたに添い遂げるのにふさわしい姿になってきたのに。あなたと別れるのが、口惜(くちお)しくてなりません」


ストーンフィールド

「そなたが……。それほどわしを想っていたのか」



ローリングN

オーザは、決して泣かないだろう。例え唇を咬(か)み切ろうとも。自分の崩れ行く体がこんなにも戦慄(わなな)いていても。


ストーンフィールド

「すまぬ……気付けずにいて」


ローリング

「わたくしは……」



演技指示

一拍



ローリング

「あたしは、幸せでしたよ。ストーンフィールド、あたしをそばにおいてくれた人」


ストーンフィールド

安らかなため息。



演技指示

一拍



ストーンフィールド

「ありがとう、……ローリング」



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