国内随一の名門魔法学校、東極一系魔法学校。そこに通う落ちこぼれの少女・アレインは、突然現れた謎の存在スナークと出会い主従の関係となる。そしてスナークと協力することにより、校内で行われた模擬戦闘訓練にて、学校随一の実力者である一葉峰緑子に勝利した。
だが、それから数日後。アレインや緑子たちの前に、新たな危機が迫るのだった――
タイトル
零点の魔法使い ep2
作者
赤羽
ジャンル
ファンタジー/魔法学園もの
上演時間
約30分
男女比
男3:女2
アレイン・レドリフ
女性 16歳
小柄で気弱な女の子。東極一系魔法学校の劣等生で、周りから馬鹿にされている。
魔法は暴発してばかりだが、めげない努力家。幼少の頃に生き別れた両親と再会するのが夢。
スナークと出会い、主従の関係となる。スナークと協力することで、模擬戦闘訓練にて一葉峰緑子に勝利する。
スナーク
性別無 年齢無
アレインが呼び出した(?)謎の存在。アレインの力を食べる代わりに、彼女の力をコントロールする。逆さまにした鏡餅のような姿で、体色は薄紫。いつもふよふよ浮かんでいる。アレインの望みでラフな話し方をしているが、人間とは異なった価値観が垣間見えることもある。
一葉峰 緑子(かずはみね みどりこ)
女性 16歳
金持ちの令嬢であり、東極一系魔法学校一の実力者。
そこそこ美人。令嬢らしい上品な振る舞いや口調だが、その性格は傲慢。模擬戦闘訓練でアレインに敗北。試合中の危険行動が咎められ、反省房に入れられている。
田乃石 仁一(たのいし ひとかず)
男性 16歳
一葉峰緑子の取り巻き。ストーカー気質あり。魔法の成績は中の下。一葉峰にあまり構ってもらえないのが、最近の悩み。高身長で容姿は良いが、普段の素行のせいでモテない。
灰田 燐晶(はいだ りんしょう)
男性 20~40代
長身でスタイルが良く、気品漂う男。一見若いが、どうにも実年齢が読めない風貌。
柔らかい話し方とは裏腹に、感情の浮き沈みが激しい。そして、すぐ落ち着く。
自分の能力と仕事に誇りを持っており、「ボス」への忠誠も高い。
アレインN
声が聞こえる。私を呼ぶ、優しい声。遠い記憶の中にある、懐かしい名前。
アレインN
《レイ》。それは私の名前で、私の力。そう教えてくれたのは、いったい誰だっただろう?
†
スナーク
アレイン! いつまで寝てる気だ! いい加減起きやがれ、アレイン・レドリフ!
アレイン
ふにゃ、もう朝?・・・って、うわあ! お化けだああ!
スナーク
誰がお化けだ! 俺をそんな低俗な存在と一緒にするな。
アレイン
あ、なんだ、スナークか。いきなり目の前にいるんだもん、びっくりしちゃった。
スナーク
ふん。寝起き早々、主であるこの俺に向かって失礼な口を叩くとは、不出来な従僕だよ、お前は。まあ、無事に目覚めてくれてなによりだ。
アレイン
あれ? ここ医務室じゃない。なんで私こんなところで寝てたの?
スナーク
なんでって・・・お前まさか、あの小娘との戦いを忘れたわけじゃねえだろうな?
アレイン
小娘? 戦い? ああ、思い出した! 私、一葉峰さんと模擬戦をして・・・負けちゃったんだよね?
スナーク
ばーか。俺たちは勝ったんだよ! 俺とお前の絶妙なコンビネーションによってな!
アレイン
私たちが勝った? あの一葉峰さんに? そんな、信じられない。
スナーク
お前、本当に覚えてないのか? やっぱりお前、あのとき・・・なあ、アレイン。
アレイン
なに?
スナーク
お前は・・・。
田乃石
ア・レ・イ・ン~! ようやく起きたか、この寝坊助! 心配させやがって!
アレイン
わ、わあ! 田乃石くん。いきなり、どうしたの?
田乃石
どうしたもこうしたもあるか! 模擬戦でお前が倒れてから二日、呼んでもゆすっても鼻つまんでも目を覚まさないから、このまま死んじゃうんじゃねえかって心配したんだぞ! でも、とにかく無事で良かったぜ!
アレイン
え、私、二日も寝てたの⁉ うわ、どうしよう。私、授業に追いつけるかなあ。
田乃石
そんなことよりアレイン、いま緑子様が大変なんだよ!
アレイン
一葉峰さんが? 一体何があったの?
田乃石
あの方は今、模擬戦で危険行動をした罰として反省房に入れられてしまっているのだ! ああ、なんと残酷な仕打ち! 天はなにゆえ田乃石から緑子様を遠ざけるのか! こんなことになったのも、お前が緑子様に勝ったりするからだ! お前のせいだぞ、アレイン!
スナーク
どう考えても小娘の自業自得じゃねえか! こいつの言うことはメチャクチャすぎてついて行けねえぜ。
アレイン
ごめんね、田乃石くん。私、一葉峰さんに勝ったときのこと、実はよく覚えてなくて。だから、私のせいって言われても、なにをしてあげればいいのか・・・。
田乃石
か~! お前は本当にドン臭いな! いいか? 俺は今から囚われの緑子様を救出しに行く。お前もその寝ぼけた頭が治り次第、加勢しに来るんだぞ! ああ、緑子様! いま田乃石がお側に参りますからねえええ!
アレイン
あ、待ってよ、田乃石くん・・・って、行っちゃった。速いなあ。
スナーク
あの変人、小娘のこととなるとすぐ見境がなくなるな。ま、従僕の心意気としては間違っちゃねえが。
アレイン
あ、そういえば、スナーク。さっき私になにか言いかけてなかった?
スナーク
そうだった! とんだ邪魔が入って忘れてたぜ。いいか、アレイン。これから俺が聞くことに、正直に答えろよ。
アレイン
う、うん。
スナーク
じゃ、聞くぞ。《レイ》って、誰だ?
アレイン
え?
スナーク
お前は、《レイ》なのか?
アレイン
ちょ、ちょっと待って、スナーク! 言ってる意味が全然分かんないよ。
スナーク
分からない? お前、自分で言ってたじゃねえか。《私は、レイよ》って。小娘との戦いで、お前が逆転の一撃を放つ直前にな。
アレイン
ごめん、全然覚えてないや。多分、必死過ぎてうわごと言っただけだと思うよ。だって、私、《レイ》なんて風に呼ばれたことないもん。
スナーク
・・・嘘は、ついてないようだな。だったら、あのときの異様な力は一体・・・まあ、いいや。ともかくお前が俺に隠し事してるわけじゃねえってことは分かった。で、どうすんだ? お前、これから小娘のところに行くのか?
アレイン
うん。そのつもりだけど。
スナーク
散々馬鹿にしてきた小娘を助けるなんて、お前もお人よしだな。ま、お前がそうしたいっていうなら付き合ってやるよ。ほら、さっさと行こうぜ。
アレイン
うん! ありがとう、スナーク!
(――廊下にて)
田乃石
しまったあああ! 考えてみれば、俺、反省房の場所知らないじゃん! 田乃石、一生の不覚! こうなったら、緑子様のお名前を叫びながら学校中を探し回るしかない! 緑子様、緑子様、緑子様あああああ!
灰田
うるさいですねえ。あなた、仕事の邪魔です。少し静かにしてもらえませんか?
田乃石
んあ? あんた、誰? 見たことねえ顔だけど。
灰田
僕は灰田燐晶。ボスの命令で、この学校に仕事をしに参りました。
田乃石
なんか、怪しい奴だな。仕事だって? それって一体なんなんだよ?
灰田
選別、ですよ。僕にしかできない、尊くて美しい仕事です。
田乃石
はんっ。選別ね。よくわからないけど、尊さも美しさも緑子様の右に出るものなど存在しない!
灰田
いま、僕の仕事を愚弄しましたね? 許せません! 選別の素晴らしさがわからないと言うなら、あなたにも味わわせてあげましょう!
田乃石
(掴まれて)ぐあ! いきなり、なにを・・・。
灰田
あなたごとき、良い色になるとは思いませんが、ものは試しですからね。あなたの色、確かめさせてもらいますよ。
田乃石
お、おい。変な真似は止せ! やめろ、やめろおおお!
アレイン
田乃石くん! これは一体、何が起きてるの?
田乃石
ア、アレイン! お前、なんていいタイミングで・・・!
スナーク
アレイン、気をつけろ。あの変人を掴みあげている妙な男、かなり出来るぜ。
アレイン
うん。戦わないで済めばいいけど・・・。
田乃石
アレイン! この男、ヤバいぞ! まともに相手するのは危険だ! だから、俺を助けてさっさと逃げろ!
スナーク
そこは、俺を置いて、とかじゃないのか?
アレイン
待ってて田乃石くん! いま助けるから!
灰田
させませんよ。《熱よ、被覆を溶かし、魂の色を暴け》!
田乃石
ぎゃあああああ! み、緑子様あああ・・・。
灰田
ふん。思ったとおり、ひどく濁った醜い色ですねえ。
アレイン
た、田乃石くんが、ガラス玉になっちゃった!
スナーク
へえ。面白いな。命をガラスに変えるなんて洒落(しゃれ)てやがるぜ。
アレイン
感心してる場合じゃないよ! どうすればもとに戻せるの?
スナーク
知らねえよ。あの男を倒せば元に戻るんじゃね?
アレイン
じゃあ、やっぱり戦うしかないってこと?
灰田
さっきから、なにを一人でぶつぶつと。僕と戦うって? 野蛮なことは嫌いですよ。僕はただ、世界をより美しく彩りたいだけなんです。そういうわけで、あなたの色も見させてもらいますよ! 《熱よ、被覆を溶かし、魂の色を暴け》!
スナーク
アレイン、よけろ! あれは防げるような代物じゃねえ!
アレイン
わ、わかった! きゃあ!
灰田
ちっ。避けましたか。防御魔法を使ってくれれば、まんまとガラスに変えられたのに。勘のいい方ですねえ。なら、まずは動けなくなってもらいましょうか! 《炎よ、木偶(でく)を焼き尽くせ》!
アレイン
炎熱魔法! だったら、《水よ、火熱(ひねつ)を消し止めろ》!
灰田
ほう、これはなかなか。
アレイン
やった! 上手く防げたみたい。
スナーク
当たり前だ! 俺が力を制御してやってるんだ。よっぽどやばい攻撃ならともかく、これくらいなんともないぜ!
灰田
どうやら、あなたを甘く見ていたようですねえ。少し、火力を上げるとしましょう。《業火よ、咎人(とがにん)を焼き、罪科を滅せよ》!
スナーク
あ、ちょ、やべえわ、あれ。
アレイン
ええ⁉ スナーク! 急に弱気になって、どうするのよ、あれ!
スナーク
落ち着け! こうなったら、ありったけだ。お前が使える魔法で、一番いいやつをぶっ放せ!
アレイン
そんなの急に言われても・・・。
スナーク
いいから、早く!
アレイン
わ、わかった! 《光陣よ、連環満たして、霊境を守れ》!
灰田
なんと! これほどの火力も防ぐとは。
アレイン
や、やった! 二段詠唱成功したの、初めて! スナークのおかげだよ、ありがとう!
スナーク
な? 言っただろ? 俺に任せておけば、どんな攻撃だってなんとも・・・
灰田
《縄よ、対象を縛れ》!
アレイン
え? きゃああああ!
スナーク
やべ、油断した! 大丈夫か、アレイン!
アレイン
う、動けない・・・。
灰田
僕の魔法を防ぐとは、あなた、良いですねえ。優秀な魔法使いは残さず捕らえろとボスから言われてましてね。あなたは合格です。ぜひボスのもとへ連れて行きたい。
アレイン
ボスって、誰? あなたの目的はなんなの⁉
灰田
だから、選別ですよ。世界をより美しくするために、良い色を見極め、ゴミは捨てる。さっきの男はゴミでした。でも、あなたはきっと美しい色になる! 今度こそ、あなたの色を確かめさせてもらいますよ!
スナーク
アレイン! その縛り、どうにかできないか⁉
アレイン
ダメ! ものすごい力で締め付けられてて、私の魔法じゃ解けない! だ、誰か! 誰かいませんか? 助けてください!
灰田
くくく。助けなど、来ませんよ。この辺りには結界を張っていますから。さあ、観念しなさい! 《熱よ・・・》
緑子
《光(こう)槌(つい)よ、打ち砕け》!
灰田
な⁉ 僕の結界を外側から・・・何者ですか、あなたは!
緑子
大げさな男ですわね。こんな飴細工より脆い結界が割れたくらいで。
アレイン
か、一葉峰さん! どうして、ここに?
緑子
反省房にこもるのにも飽きたから、抜け出してきましたの。そうしたら、ワタクシのカタキが見知らぬ相手に敗北寸前のご様子でしたから、見ていられなくてね。
スナーク
はんっ! 相変わらず生意気な小娘だ。まあ、今回ばかりは褒めてやってもいいがな。
緑子
それにしても、これは一体どういう状況ですの?
アレイン
一葉峰さん、大変なの! 田乃石くんがこの人にガラスに変えられちゃったの!
緑子
田乃石が? ああ、もしかして、あの男が持ってるひどく濁った醜い色の・・・。
アレイン
そうだけど! その言い方じゃ田乃石くんが可哀そうだよ!
緑子
はあ、仕方ないわね。ちょっと、そこの御仁。あなたの持っているそれ、元はワタクシのものなの。返してくださるかしら。
灰田
お断りします。これはすでに僕の所有物です。といっても、美しさの欠片もないゴミですから、廃棄するところだったんですよ。こんな風にね。(手に持ったガラス玉を落とす)
アレイン
あ、あぶなあああい!
スナーク
ナイスキャッチだ、アレイン!
灰田
ちっ。闖入者に気を取られて《捕縛》が緩んでしまいましたか。僕としたことが、とんだ失態です。
アレイン
一葉峰さん、パス!
緑子
よくやりましたわ、アレイン。さてと、《浄律よ、解き放て》。
田乃石
ん、あれ? 俺、助かったのか?
アレイン
すごい! 田乃石くんがもとに戻った!
スナーク
へえ、あんな複雑な変転を一瞬で解くなんてな。あの小娘もやるもんだ。
緑子
田乃石、どこか具合の悪いところはない?
田乃石
み、緑子様⁉ どうして、ここに? もしや、この田乃石を助けに来てくれたのですか! ああ、田乃石、感激! 一生の思い出! 人生のハイライト!
緑子
・・・まあ、元気みたいで、良かったわ。
灰田
(拍手をしながら)いやあ、素晴らしい、実に素晴らしい! 僕の結界を破ったうえに、《命転硝子》まで解除するとは。あなた、とても優秀な魔法使いですねえ。
緑子
褒めてもらったところ悪いけど、ワタクシ怒っていますの。よくもワタクシの従僕をいじめてくれたわね。少し痛い目にあってもらいますわよ!
灰田
ああ、凛々しくも燃えるようなその激情、良いですねえ。もっとあなたの実力を知りたくなってきましたよ。さあ、始めましょうか! 《業火よ、咎人を焼き、罪科を滅せよ》!
緑子
《水よ、押し流せ》!
灰田
消されましたか。ならば、《焦熱よ、地に現れて、亡者を抱(いだ)け》!
緑子
《波濤よ、浮影を砕け》!
灰田
ぐ、ぐううう・・・ご、《業火よ・・・》
緑子
《大渦よ、沈めて壊せ》!
灰田
ぐああああああ・・・ごぼぼ・・・(沈んで、溺れる)
田乃石
ああ、なんて圧倒的な強さ! さすがです、緑子様!
アレイン
すごい・・・一段詠唱だけで完封するなんて・・・。
スナーク
あの小娘、まだ余力を残してやがるな。少なくとも、お前と戦ったときよりは本気じゃねえぜ。
アレイン
え、嘘。私、あれに勝てる気なんか全然しないんだけど。
スナーク
それが勝ったんだって。ああ、もう、面倒くせえな、このやり取り!
灰田
ぶ、ぶはあ! ぜえ、ぜえ・・・くそ、この僕が、なんてザマだ・・・。
緑子
はあ、全然手ごたえのない相手ね。アレイン、あなた本当にこんな雑魚に追い詰められていたの? ワタクシに勝ったくせに、情けないわね。いいこと? あなたが無暗に負けると、ワタクシの箔まで落ちてしまうのよ。だから、勝てる相手には油断せずにきっちり勝ちなさい。
スナーク
ぐっ・・・小娘の言葉にしては、耳が痛いぞ。
アレイン
一葉峰さん、でも、でもね・・・。
灰田
はあ、はあ・・・今、この僕を雑魚と言いましたか? 聞き捨てなりませんね、その言葉。僕を愚弄した罰は受けてもらいますよ。《炎よ・・・》!
田乃石
喰らえ、《盥(たらい)落とし》!
灰田
がっ! い、痛え・・・。
田乃石
はっはーん、どうだ! 俺に変な魔法をかけた罰を受けてもらったぜ!
緑子
あら。田乃石のやつ、なかなかやるじゃない。
灰田
く、くくく・・・。こんな屈辱は、初めてですよ。もう、選別の仕事はやめだ。あなたたち、殺します。この魔法を使うのは僕の美学に反しますが、あなたたちを消し炭にするためなら、喜んで使いましょう! 《命脈(めいみゃく)束ねて火に注ぎ、沃野の淵に枯死を付す・・・
緑子
乱文詠唱⁉ 禁忌の魔法を使うつもり? ま、まずいわ!
アレイン
みんな、私の後ろに隠れて! 《壁よ、外敵を防げ》!
緑子
アレイン、どういうつもり?
アレイン
防御は、任せて! みんなのこと、きっと守ってみせるから!
田乃石
本当だな、アレイン! 俺はともかく、緑子様に傷を負わせたら、承知しないぞ!
アレイン
わかってる!
スナーク
アレイン、来るぞ! もっと力を込めろ!
灰田
・・・嗤う炎燃、匙の融解、因、律、揃えて踏みしだけ》! 禁忌・命(みょう)炉(ろ)融(ゆう)纏(てん)!
アレイン
熱っ! 《防壁》だけじゃ、熱を防ぎきれない・・・。
緑子
《氷牢よ、四方を囲め》!
アレイン
一葉峰さん!
緑子
はあ。あなたと共闘なんて、悪い夢でも見てるようだわ。こんな恥、長々と晒したくはありませんわ。さっさと終わらせるわよ、アレイン。
アレイン
うん!
灰田
はああああ。良いですねえ。この魔法を使うのは、本当に久しぶりです。おや? あなたたち、いつまでそうしてるつもりですか? もうこちらの準備は整いましたよ。
緑子
準備、ですって?
灰田
もしかして、今のが僕の攻撃だと思ってたんですか? くくく。命炉融纏は強化魔法ですよ? さきほどの熱風はただの余波です。おまけに過ぎません。
田乃石
今のがおまけって、そんな、冗談だろ?
スナーク
アレイン。あの男の言ったことは本当だ。あの魔法を使ってから、あいつの力は格段に強化されている。ありゃあ、本気の小娘の倍は強いぜ。
アレイン
うそ。そんなのを相手に、どうやって戦えばいいのよ?
緑子
悩んでる暇なんかありませんわ! 《法典よ、悪逆を裁け》!
灰田
おっと。今、僕になにかしましたか?
緑子
な⁉ ワタクシの攻撃がかき消された? 防御魔法もなしに・・・。
灰田
くくく。あなたたち程度の魔法では、もう僕に届くことはありませんよ。《炎よ、木偶を焼き尽くせ》!
アレイン
この魔法なら、防げる! 《水よ、火熱を消し止めよ》! え、うそ・・・火の勢いが全然弱まらない・・・さっきは防げたのに! スナーク、スナーク!
スナーク
わかってる! ちょっと無茶するぜ。堪えろよ、アレイン! お前の力を、できるだけこの魔法に・・・ぐおおおお!
アレイン
や、やった・・・なんとか、防いだ。げほ、げほっ!
緑子
よく耐えましたわ、アレイン! 二人とも、巻き込まれないように離れてなさい! 《法典よ、蛮勇を砕き、塵芥を布け》!
田乃石
で、出た! 緑子様が模擬戦で使った反則・・・いや、必殺技! ああ、やっぱりカッコいい!
灰田
ほう、これは素晴らしい魔法ですね。強化前の僕だったら、粉みじんになっていたことでしょう。ですが・・・《壁よ、外敵を防げ》。
緑子
そんな・・・ワタクシの《毀勇廃蛮(きゆうはいばん)》が《防壁》だけで・・・。
灰田
おや? まさか、今のがあなたの最大出力だったんですか? くはははは! それじゃあ、届きませんよ。これが圧倒的な力の差というやつです。わかりましたか、この雑魚が。
緑子
調子に乗るんじゃないわよ!
灰田
そう怒らないで。意趣返しってやつですよ。でも、これくらいでは僕の気は収まりません。もう少しだけ、痛めつけてあげましょう!
田乃石
な、あいつ、消えたぞ⁉
スナーク
アレイン、後ろだ!
アレイン
え⁉ か、《鏡返し》!
灰田
無駄です! (魔法ごとアレインを蹴り飛ばす)
アレイン
が! うええ、ごほっ!
スナーク
アレイン! おい、しっかりしろ! あの野郎、膂力(りょりょく)だけでアレインの防御を蹴破りやがった。どんだけ強化されてやがるんだ。
灰田
完全に不意をついたつもりが、反応されるとは。本当に勘のいい方だ。しかし、その様子ではもう起ちあがれますまい。あなたへのおしおきはこのくらいで良いでしょう。さて、次は・・・。
田乃石
待て! この田乃石がいる限り、緑子様に近づけさせは・・・。
灰田
ふん!
田乃石
ぶへあああ! み、緑子様、ずみまぜん・・・。
緑子
田乃石! あなた、よくも! 《剣(つるぎ)よ・・・》!
灰田
遅い! (緑子の首を掴む)
緑子
ぐっ、この、離しなさい・・・!
灰田
残念です。あなたは間違いなく美しい色になったというのに。このまま黒く焦げてしまいなさい!
アレイン
か、一葉峰さん・・・! げほっ、ごほっ!
スナーク
アレイン。よく聞け。こうなった以上、残された手は一つしかねえ。《レイ》だ。《レイ》になるんだ、アレイン。
アレイン
だから、《レイ》なんて知らないよ、私・・・。
スナーク
いいから、とにかく思い出せ! あの小娘との戦いで、お前はなにかの力に覚醒した。俺ですら制御できねえほどの力に。小娘に追い詰められたあのとき、お前はなにを感じて、なにを考えていた? それを思い出すんだ、アレイン!
アレイン
あのとき・・・あのとき、私は・・・。
灰田
おっと。思うように火が通りませんね。なかなかしぶとく抵抗するものだ。では、もっと火力を上げるとしましょうか!
緑子
ぐ・・・ワタクシは、こんなところで終わるわけには・・・アレインに勝つまでは・・・。
アレイン
一葉峰さん! っ! そうだ、私、あのときも同じ。くたくたになって、頭も真っ白だったけど、ただとにかく、守りたいって思ったんだ。そう。私が、守る。私が、一葉峰さんを、みんなを・・・。
スナーク
来た! このざわつくような、異様な感触・・・! お前、《レイ》か?
アレイン
ああ、懐かしいね、その名前。そう、私は、《レイ》よ。
灰田
な、なんですか、あなた。さっきまで這いつくばるのがやっとだったはず。それに、その異様な気配・・・。あなたはいったい、何者なんです⁉
アレイン
お前が知る必要はない。私はただ、守りに来ただけ。
緑子
アレイン、ようやく本気を出したのね・・・トロいのよ、あなた。
灰田
くはははは! 良いですねえ、良いですねえ! これはさすがに、焼いてしまうのはもったいない! あなたの色、是非とも見たい! なにがなんでも見たい! 僕の全力をもって、ガラスに変えてさしあげましょう! 《熱よ、被覆を溶かし、魂の色を暴け》!
スナーク
これがあいつの全力か! アレイン! こいつを防げるか?
アレイン
私は、《レイ》よ。守るためにここにいる。だから・・・防ぐだけじゃ、許さない。さあ、《ゼロに還れ》!
灰田
そんな、ありえない! 強化された僕の全力だぞ? それが、どうして跳ね返される? あ、ああ、いやだ、いやだあああああああ!
スナーク
よっしゃあ! あの男、自分の魔法でガラス玉になりやがった! ざまあみろ!
アレイン
ふう。これで、おしまい。私は、もう眠るわ。あとはよろしく・・・。
スナーク
あ、おい! アレイン! しっかりしろ!
アレイン
ん・・・? スナーク、どうしたの? 私、今なにを・・・?
スナーク
おお! 今度はすぐに気が付いたな。だが、やっぱり《レイ》の記憶はないか。《レイ》・・・あいつの正体は、一体なんなんだ?
灰田
く、くそ! よくも僕をこんな姿にしてくれたな! 絶対に許しませんよ、あなたたち!
スナーク
なんだあ? こいつ、ガラス玉のくせに喋れんのか。
灰田
当たり前だ! これは僕の魔法ですよ! 最低限の耐性くらいは・・・。
緑子
へえ、それがあなたの色ってわけね。他人を選別する割には、ひどく濁って醜い色ですわ。そういう色は、あなたの選別ではどうするのが正解だったかしら?
灰田
げっ! や、やめてください! 落とさないでください、割らないでください!
緑子
割らないわよ。あなたには色々と聞きたいことがありますから。時間をかけて、たーっぷりとね。
灰田
く、くくく。これは、良くないですねえ。
田乃石
緑子様、アレイン! 俺たち、勝ったんですね!
アレイン
田乃石くん! 身体はもう大丈夫なの?
田乃石
ああ、平気だ。打たれ強いのは俺のチャームポイントだからな!
緑子
ええ、本当にその通りだわ。
アレイン
一葉峰さん! 顔に傷が!
緑子
軽いやけどよ。こんなものすぐに治りますわ。それより、よくこの男を倒しましたわね、アレイン。これでまた、ワタクシは先に行かれたというわけね。
アレイン
一葉峰さん、違うよ! 私、さっきも肝心なときに気を失って、目が覚めたら全部が終わってて・・・。
緑子
ワタクシは全て見てましたわ。あなたはこの男の魔法をはね返した。ワタクシに勝ったときのように。
アレイン
多分それは、私の実力じゃないの。私にもよくわからないんだけどね。模擬戦のときだって、一葉峰さんと戦えてたのは、スナーク、えっと、協力者がいたからなの。それってズルでしょ? だから、本当は私が一葉峰さんに勝っているところなんて、ひとつも・・・。
緑子
アレイン! ワタクシは、ワタクシの弱さに言い訳なんてしない。なのに、あなたはあなたの強さに言い訳するの? だったら、ずっとそうしていればいい。ワタクシは、前に進むわ。ふがいないライバルなんて、すぐに追い抜いてやるんだから。
スナーク
おい、この小娘、いまアレインのことをライバルって言ったか?
アレイン
一葉峰さん・・・ありがとう! 私も前に進むよ。もともと私の取柄と言えば、前向きに突っ走ることだけだったもんね。これからもそうするよ、私!
緑子
その歩みが少しでも遅れるようなら、ワタクシは容赦なく追い抜きますわ。せいぜい、全力で突っ走ることね。
アレイン
うん! それと、一葉峰さんに一つお願いがあるんだけど・・・。
緑子
なにかしら?
アレイン
これからは、緑子ちゃんって呼んでいいかな? なんて。えへ、えへへ。
田乃石
なに~⁉ 調子に乗るなよ、アレイン! そんなのダメに決まってるだろ、ねえ、緑子様?
緑子
そうね。
アレイン
やっぱり、そうかあ。そうだよね・・・。
緑子
ただ・・・あなたが勝手にそう呼んでも、ワタクシはいちいち訂正したりしない、ですわ。
田乃石
み、緑子様⁉
アレイン
本当⁉ やったー! ありがとう、緑子ちゃん!
緑子
くっ・・・ワタクシは、帰る!
田乃石
あ、待ってください、緑子様! あれ? 緑子様、顔が赤く・・・もしかして、照れてる? 痛っ! な、なにも殴ることないじゃないですかあ、緑子様~!
スナーク
ふん。相変わらず、騒がしいコンビだな、あいつら。しかし、お前がライバルだってよ。あの小娘も、なかなか見どころがあるじゃねえか。おい、アレイン! お前、うかうか追い抜かれるんじゃねえぞ! お前は俺と一緒に最強の魔法使いになるんだからな!
アレイン
うん! 私、頑張る! さあ、まずは授業に追いつくために、魔法の練習をしなくっちゃ!
end