亡国の光芒

ファンタジー
ファンタジー

 16世紀~17世紀頃のヨーロッパ風の世界を舞台にしたお話です。

はじめにお読みください

  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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  • 営利を目的とした配信や商業作品、舞台やリアルのイベントなどで使用したいという場合は作者のTwitter(X)にご連絡ください。
  • 物語の雰囲気を大きく変えない限りは、アドリブやセリフ改変などもOKです。全員性別不問なので各キャラクターの一人称やセリフの言い回しなども、各自で演じやすいようにアレンジしても構いません。
作品概要

タイトル

亡国の光芒


作者

島嶋徹虎


ジャンル

ファンタジー


上演時間

約40~50分


男女比

男性3:女性2

登場人物

アーヴィン

【♂】アーヴィン・グレンフォード。《野良犬ストレイドッグ》と呼ばれる放浪の剣士。優れた剣の腕前をバランタイン王グリンドル二世に気に入られ、食客として王城に滞在していた。


シャーロット

【♀】シャーロット王女。グリンドル二世の一人娘。バルヴェニー朝バランタイン王国の正統後継者。


セシリア

【♀】セシリア・マクドガル。バランタイン王国近衛騎士団の第三席ナンバースリー。シャーロットの護衛を務める。


ヨシュア

【♂】正体不明の仮面の男。アードベッグ公ガレス子飼いの精鋭部隊《餓狼騎士団》の一人。


フォルテ

【♂】フォルテ・ベルリオーズ。《灰色の悪魔ディアボロ・グリジオ》の異名を持つ傭兵。ヨシュアと行動を共にしている。

シナリオ

(※「」で括っていないセリフはナレーション、もしくはモノローグとして演じてください)


 

――落城した王都を背に、アーヴィン、セシリア、シャーロットの三人が、追手から逃れながら郊外へと向かって走っていく


アーヴィン

「――畜生ッ! 一体なんだってこんなことにッ!」


セシリア

「つべこべ言わずに、死にたくなければ走れ野良犬!」


アーヴィン

「くそったれッ! 回り込まれたぞ!」


セシリア

「ならば、このまま突破する!」


アーヴィン

「だあッ、邪魔だ! どけぇッ!」


セシリア

「せええやあああッ!」


 

――アーヴィンとセシリアは、それぞれ行く手を塞いだ敵兵を斬り伏せる


セシリア

「――姫っ! こちらへ!」


シャーロット

「は、はい……!」


アーヴィン

「ハァッ、ハァッ、こいつで何とか振り切ったかッ! だあ、くそっ! そもそも俺ァ、この国のお家騒動とは無関係だっつーの!」


セシリア

「陛下のご厚意によって王城に滞在させてやっていたのだ野良犬! 貴様はその恩義に報いるのが筋だろう!」


アーヴィン

「ああ、確かに王様には世話になったさ! だが、その恩義はあの人のためだ! そこの嬢ちゃんのためじゃねえ!」


セシリア

「貴様!」


シャーロット

「――やめて、セシリア! ……申し訳ございません、アーヴィン殿……こんなことに巻き込んでしまい……」


セシリア

「姫! そのような男に頭を下げる必要は!」


アーヴィン

「そうだぜ、嬢ちゃん。親父さんが死んだ以上、もう俺に義理立てすることはねえ」


シャーロット

「いいえ。貴方は父の大事な客人です。であるならば、わたくしにとっても庇護すべき客人でありましょう」


アーヴィン

「そうは言うがな。王様を殺され、王都も追われたあんたが、どうやって俺を庇護下に置くつもりだ?」


シャーロット

「そ、それは……」


セシリア

「ゴロツキ風情が口を慎め!」


アーヴィン

「はンッ、俺は事実を言ったまでだ」


シャーロット

「…………」


アーヴィン

「ま、どこに逃げるのか知らんが、精々頑張って生き延びるんだな」


シャーロット

「…………」


セシリア

「――行きましょう、姫。所詮、野良犬は野良犬です」


シャーロット

「……ならば! わたくしと契約してください!」


アーヴィン

「……はあ?」


セシリア

「姫、何をおっしゃっているのですか! お戯れが過ぎます!」


シャーロット

「お願いします! アーヴィン・グレンフォード殿! 貴方の力を、わたくしにお貸しください!」


アーヴィン

「……嬢ちゃん。俺を雇おうってのか?」


シャーロット

「信じていただけないのであれば、これを」


 

――シャーロットは首にかかるネックレスを外し、アーヴィンに差し出す


アーヴィン

「こいつは……」


シャーロット

「亡き母からいただいたものです。質に入れれば、それなりの額にはなるかと」


セシリア

「姫ッ!」


アーヴィン

「…………」


シャーロット

「父が見込んだ、その剣の腕前……わたくしにも、しかとお見せくださいませんか」


アーヴィン

「やれやれ。……どうやら、本気のようだな。――はンっ、分かった。契約成立だ。必ずや、あんたを安全な場所まで護衛すると約束しよう」


シャーロット

「まことですか!」


アーヴィン

「だが……そいつは取っときな。報酬は任務を完遂した時に、きっちりいただくさ」


シャーロット

「アーヴィン殿……あ、ありがとうございます!」


セシリア

「……ッ」


シャーロット

「セシリア、これでよろしいわね?」


セシリア

「……姫がそこまでおっしゃるのなら仕方ない……命拾いしたな、野良犬。もう少し余計な口を叩いていたなら、斬り伏せていたところだ」


アーヴィン

「おお、怖い怖い……そんで? 行く当てはあんのか」


セシリア

「(一つ溜息を吐き)……バルブレア公爵領を目指す。バルブレア公は、グリンドル陛下の無二の親友であり、もっとも信頼の置ける譜代の将。必ず味方になってくれるだろう」


アーヴィン

「なるほど。だが、この先のルートはどうすんだ。主要な街道はもうとっくに、やつらに抑えられてるだろ」


セシリア

「《闇路やみじの森》を抜ける」


アーヴィン

「おいおい、正気か? あそこは獣どもの巣窟だぞ」


セシリア

「百も承知だ。だが、彼らの包囲網を掻い潜って、バルブレア公爵領まで最短で辿り着くならば、この道しかない」


シャーロット

「心配いりません。セシリアはあの森に詳しいのです」


アーヴィン

「へぇ……そこまで言うならお手並み拝見だ。道案内は任せたぜ、セシリア」


セシリア

「フン。言われずともだ」


 

* * * * *


 

――数名の兵士を従えて森に入るヨシュアとフォルテ


フォルテ

「大軍勢を引き連れて深い森に入ったところで、逆に身動きとりにくくなるのはわかるけどさ。こんな僅かな手勢じゃ、それはそれで心もとない気がしないかい? ねえ、ヨシュア」


ヨシュア

「…………」


フォルテ

「……わかってるよ、少数精鋭ってことだよね。ま、そのためにキミは僕を呼んだのだろうけどさ。……それにしても、お姫様たちは本当にこの森に入ったのかねぇ?」


ヨシュア

「……猟犬どもはそれを指し示している」


フォルテ

「ふぅん。ま、犬が嗅ぎ付けたんなら、間違いないんだろうね。……でも、この森は、地元じゃあ《闇路の森》って呼ばれてるんだろう? 奥深く足を踏み入れたら最後、戻ってこれないと有名だそうじゃないか。まさに一寸先は闇とばかりに、地元住民ですら怖れる場所だ。か弱いお姫様一人に、護衛は精々数人程度。わざわざ危険を冒してまで、獣でうじゃうじゃのこんなところに入っていくなんてのは、ぞっとしないね。僕らだって、一歩間違えば迷ってはぐれたり、凶悪な獣に襲われたり、油断したらどうなるかわからないんだ。彼女らにしてみたら、さすがに自殺行為じゃないか?」


ヨシュア

「……だからこそだ。普通ならあり得ない選択肢を、あえて選んだのだろう。王宮警護の近衛騎士が実際に何人生き残っているかは不明だが、その内の一人はシャーロット王女の身辺警護を任された侍従騎士――近衛騎士団第三席、セシリア・マクドガルに違いない。もともとマクドガル家は、この辺りに土地を持つ郷士ごうしの一族。当然ながら彼女も土地勘があるはずだ。追手を撒くには、もってこいの場所だろう」


フォルテ

「なるほどねぇ……それじゃあ、この森を抜けた先は?」


ヨシュア

「バルブレア公爵領だ」


フォルテ

「バルブレア公……バランタイン七公爵の一人にして、グリンドル王の親友、か」


ヨシュア

「バランタイン王国には、首都ジョージアを擁する王家の直轄領バランタイン州のほか、七つの公爵領が存在する。それぞれスキャパー公、プルトニー公、バルブレア公、グレンカダム公、グレンバーギ公、ミルトンダフ公、そして、我々が仕えるアードベッグ公。……シャーロット王女が生きているとわかれば、他の公爵はともかく、バルブレア公は真っ先にアードベッグ公に対して軍を差し向けるだろう」


フォルテ

「そうなる前に見つけ次第、殺す……か。でも、他の公爵さんたちの動きはどうなんだい?」


ヨシュア

「今のところ、王都は我々の情報統制下にあり、クーデターの知らせはまだ届いていないはずだが、スキャパー公とグレンカダム公、それにグレンバーギ公とは事前に密約をかわし、アードベッグ公への支持を取り付けている。一方、現時点でプルトニー公とミルトンダフ公は中立。バルブレア公は敵対的だ。とはいえ、グリンドル王と一人娘のシャーロット王女が死に、王弟おうていであるアードベッグ公が正式に王に即位してしまえば、バルブレア公は大義名分を失うことになる」


フォルテ

「だがもし、シャーロット王女がバルブレア公のもとに生きて辿り着いたとなれば、中立を保っているプルトニー公とミルトンダフ公も彼らの側に回るかもしれない。そうなれば、陣営は真っ二つ。文字通り、国を分けた大戦おおいくさになるだろうね」


ヨシュア

「…………」


フォルテ

「でもま、泥沼の内戦だけは避けたいもんだよねぇ……僕の故郷も、そのおかげで国土の荒廃が酷い酷い。飢え死にするか、土地を棄てて逃げ出す民衆が増えてるってのに、偉い人ってのはどうしてああも、自身のプライドに固執するんだか。まるで子供のケンカみたいだよ」


ヨシュア

「……それで、お前は傭兵になったのか。フォルテ・ベルリオーズ」


 

――フォルテは、くすくすと自嘲気味に笑いながら答える


フォルテ

「そうだねー。商人でも農民でもやっていけないんじゃ、あとはもう戦争屋さんになるしかないじゃない。……ま、僕の場合は、もともと一つの土地に腰を据えて生きるのが性に合わなかった、ってのもあるけれど」


ヨシュア

「…………」


フォルテ

「キミこそどうなんだい、ヨシュア。……その仮面の下にあるものは、一体何だい?」


 

* * * * *


セシリア

「今宵はここを野営地としよう」


アーヴィン

「やれやれ。ようやくひと段落か」


セシリア

「急ではあったが、必要最低限の野営装備を持ち出せたのは幸いだった……姫、さあ、水を」


シャーロット

「ハァ、ハァ……あ、ありがとうございます」


アーヴィン

「先は長ぇんだ。嬢ちゃんは無理せずもう休んでおけ」


シャーロット

「すみません……わたくし、これでも体力には自信があったのですが……」


アーヴィン

「無理もねえさ。こんなまともな道すらねえ深い森ん中を、一日歩き通してんだからな」


シャーロット

「すぅ……すぅ……」


アーヴィン

「はンッ、もう寝ちまったか。……そんで、襲ってきた敵が誰だか、目星は点いてんのか?」


セシリア

「ああ。兵どもは皆、素性を隠してはいたが、やつらは間違いなく、アードベッグ公の軍勢だ」


アーヴィン

「アードベッグ公と言やぁ、確か……」


セシリア

「うむ。アードベッグ公ガレス。狼の紋章を用いていることから《餓狼公がろうこう》とも称される。その名の通り、まるで餓えた狼みたいに、野心を剥き出しにした粗暴な男。バランタイン王グリンドル二世陛下の弟にして、姫――シャーロット王女殿下の叔父に当たる人物だ」


アーヴィン

「で、そいつが王都を襲撃し、まんまとクーデターに成功したってワケだ」


セシリア

「もともと頭の固い貴族や教会の保守派連中は、王位の男系男子継承制に固執し、シャーロット王女が次期女王となることに対して反感が強かった」


アーヴィン

「じゃあ、アードベッグ公の軍勢を手引きしたのも、そいつらの仕業ってことか」


セシリア

「確証はない。……だが、あれほど短時間に王都全域が制圧できるわけがない。我々、近衛騎士団も、ほとんど不意打ち同然に倒されていった。……ろくに陣形を組んで戦うことすらできず……無念だ……」


アーヴィン

「…………」


シャーロット

「……わたくしがいけないのです」


セシリア

「姫!」


アーヴィン

「起きてたのか、嬢ちゃん」


シャーロット

「すべて、わたくしのせいなのです……わたくしに、もっと力があれば……いえ、せめてわたくしが男子ならば……」


セシリア

「それは違います、姫……貴女は……」


シャーロット

「いいえ、いいえ。わたくしなど、一国を背負うほどの器ではありません。本来であれば、お花畑で蝶と戯れるだけがお似合いの、ただの無力な娘でしかなかったはずなのです」


アーヴィン

「……本来であれば?」


シャーロット

「はい……わたくしには、かつて兄がおりました……」


セシリア

「……ッ!」


シャーロット

「兄上が生きておられたら、きっとこんなことには……なぜ、わたくしではなかったのか……兄上の代わりに、わたくしが天に召されていれば――」


セシリア

「姫! 何をおっしゃるのです!」


アーヴィン

「そうだぜ、嬢ちゃん。滅多なことをいうもんじゃねえ。過ぎちまったことは、もうどうしようもねえんだ。どうしようもねえことを嘆いて、今が良くなるか? 違うだろ?」


シャーロット

「それは……」


アーヴィン

「だったら、あんたは何があっても生き延びろ。それこそが、死んだ兄貴と、そして、親父さんへの唯一の報いだ」


シャーロット

「何があっても、生き延びる……」


アーヴィン

「そう。何があってもだ。そもそも、俺を雇ったのは、親父がしたことが自分にできなきゃ、国を動かすなんて到底できっこねぇ……そう思ったからだろ?」


シャーロット

「すべてお見通しなのですね……おっしゃる通り、所詮はわたしくの虚栄心、王族としてのちっぽけなプライドに過ぎません……」


アーヴィン

「そんなことはねぇさ。それが見栄であれ傲慢であれ、あそこであきらめなかったのは、あんたの心の強さ故だ。大したもんだよ」


シャーロット

「…………」


アーヴィン

「それにだ。一度、俺と契約を結んだ以上、あんたにはまだやらなきゃいけねぇことがある。泣き言を吐いてる暇はねぇぞ?」


シャーロット

「そう、ですね……取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」


アーヴィン

「いいさ。もう休め」


シャーロット

「はい……」


アーヴィン

「セシリア」


セシリア

「……なんだ」


アーヴィン

「あんたも、少し寝ておけ」


セシリア

「しかし……!」


アーヴィン

「この森を抜けるには、あんたの土地勘が頼りなんだろ。そのあんたがへばっちまったら、元も子もねえ。見張りは俺がやっとく。だから、少し休め」


セシリア

「ッ……わかった」


セシリア

――ああ、そうなのです、シャーロット様。貴女の仰る通りなのです。貴女の兄上、ルーカス・バルヴェニーが今も生きていれば、私は……きっと私は、こんなにも苦しむことはなかったのですよ……


セシリア

「……私は、どうすればいい? 教えてくれ、ルーカス……」


 

* * * * *


アーヴィン

「――おい、起きろっ! 出発だ!」


セシリア

「……ッ! やつらが来たのか?」


アーヴィン

「微かだが、向こうに光が見えた。見間違いかもしれねぇが……嫌な予感がする。さっさとここを離れるぞ」


セシリア

「用心に越したことはないか……了解した。すぐに準備しよう」


アーヴィン

「嬢ちゃん。おい、嬢ちゃん。出発だ。立てるか?」


シャーロット

「ん、うっ……す、すみません……まだ、頭がぼーっとして……」


アーヴィン

「ま、こういう旅には慣れてねぇんだ、しょうがねぇ。ほら、立て」


シャーロット

「は、はい……!」


 

――すると、そこへ木陰からフォルテが姿を現す


フォルテ

「――見ぃつけた」


セシリア

「なっ!」


アーヴィン

「くそッ! もう追いつかれたってのか!」


フォルテ

「ふふっ、僕は夜目が利くもんでね、先行偵察はお手の物なのさ。――みんな、いたよ! こっちだ!」


アーヴィン

「チッ……仕方ねぇ。おい、セシリア! ここは俺が引き付けとく! お前は嬢ちゃんを連れて先に行け!」


セシリア

「わかった!」


フォルテ

「おっと、そうはさせないよ!」


 

――フォルテはジャンプして回り込み、行く手を塞ぐ


アーヴィン

「その身のこなし……テメェ、ただもんじゃねぇな」


フォルテ

「ふふん……ほら、そうこうしてるうちに、僕の友だちも到着だ」


 

――兵士を引き連れたヨシュアが到着し、アーヴィンたちを取り囲む


アーヴィン

「ひーふーみー……全部で七人か。はッ、舐められたもんだな」


フォルテ

「ま、そのおかげでこうしてすんなり追いつけたわけだし。少数精鋭ってヤツだよ。ね? ヨシュア」


ヨシュア

「……バランタイン王グリンドル二世陛下のご息女、シャーロット王女殿下であらせられるな?」


シャーロット

「ッ……いかにも」


ヨシュア

「……貴女には何の恨みもございませんが、我が主君のめいにより……そのお命、この場で頂戴仕ちょうだいつかまつる」


シャーロット

「……ッ!」


ヨシュア

「かかれ」


 

――ヨシュアの号令とともに、兵士たちが剣を構える。が――


アーヴィン

「――させるかよ! でやぁああッ!」


 

――アーヴィンは見事な剣捌きで三人の敵兵を一気に斬り倒す


アーヴィン

「セシリア! 今だ!」


セシリア

「任せろ! ――はああッ!」


 

――セシリアも剣を一閃して一人、返す刀でもう一人の兵士も斬り伏せる


フォルテ

「えぇ……うっそでしょ? 一度に五人も斬り伏せちゃったよ、この人たち」


アーヴィン

「はンッ! 何が少数精鋭だ。大したことねぇな?」


ヨシュア

「…………」


アーヴィン

「残りはテメェらだけだ! いくぜぇッ!」


フォルテ

「おっと……ッ!」


 

――アーヴィンの剣を、両手に構えた二振りの短剣で受け止めるフォルテ


フォルテ

「この剣筋……まさかとは思ったけど、キミ、《野良犬ストレイドッグ》のアーヴィン?」


アーヴィン

「へえ……そういうテメェこそ、その特徴的な短剣二刀流……《灰色の悪魔ディアボロ・グリジオ》だな! ――ははっ、名の売れた傭兵とこんなクソみてぇな場所で相まみえるとは! なかなかにそそるじゃねえか!」


フォルテ

「僕もだよ! かの有名な流浪の剣士と、刃を交えることができるなんて光栄だね!」


アーヴィン

「ああ! だが、こちとら生憎と、こんなちんけな森の奥に墓標を建てるわけにはいかねぇんでな! 本気で行かせてもらう! ――おぉぉうらぁッ!」


フォルテ

「――おっとと! ちんけな森って、野良犬にはむしろお似合いの死に場所じゃない?」


アーヴィン

「俺ァ死ぬときは暖かいベッドの上だって決めてんだよッ!」


フォルテ

「野良犬のくせに贅沢なヤツだなぁ!」


アーヴィン

「うるせえ! つべこべ抜かすやつは叩っ斬る!」


フォルテ

「そのうえ傍若無人ときた⁉」


アーヴィン

「おいおい、どうした《灰色の悪魔》! 大層な二つ名付けられてる割には、さっきから口しか動いてねえじゃねぇか! テメェのような詐欺師は、戦場よりも社交場のほうがお似合いだろうよ!」


フォルテ

「しょうがないなぁ……そこまで言われたら、こっちだってプロの傭兵としてのプライドがあるからね……いいよ、僕も本気でいかせてもらう!」


アーヴィン

「はンっ、そうこなくっちゃなぁ! ――でぇぇりゃああッッッ!」


フォルテ

「はあああッッッ!」


 

――ガキィンッ! アーヴィンとフォルテの剣がぶつかり合う音が響く。その一方、セシリアは仮面の男を前に剣を構える。


セシリア

「では、貴様の相手は私ということだ。――参るッ!」


ヨシュア

「――ッ!」


セシリア

「せやああッッ!」


ヨシュア

「……ッ!」


セシリア

「てぇぇいッッ!」


ヨシュア

「ッッ!」


セシリア

「(一つ息を吐き)……なるほど。なかなか腕が立つようだな。――我が名は、バランタイン王国近衛騎士団が第三席、セシリア・マクドガル! 仮面の騎士よ、名を名乗るがよい!」


ヨシュア

「……アードベッグ公麾下きか、《餓狼騎士団》が一人、ヨシュアだ」


セシリア

「家名は名乗らぬというのか」


ヨシュア

「……私はただのヨシュアだ。それ以外の何者でもない」


セシリア

「フン。よかろう。ならば――」


アーヴィン

「――おおおおぅらああぁぁぁッ!」


フォルテ

「どわったった! なんつー馬鹿力だよ! めちゃくちゃだ!」


アーヴィン

「そうは言いつつ、ちゃっかり俺の剣をいなしてンじゃねぇか! 俺の本気を受けてここまでやれるのはテメェが初めてだぜ! 《灰色の悪魔》の名は伊達じゃねぇってことだな!」


フォルテ

「お褒めに預かり光栄……と言いたいところだけど、もうキミと戦うの疲れるわ!」


アーヴィン

「だったら、そこの仮面野郎共々おとなしく斬られやがれ! おい、セシリア、俺に合わせろ! 一気に行くぞ!」


セシリア

「…………」


アーヴィン

「おい、セシリア? どうした?」


セシリア

「(次第に息を荒くする)…………ッ」


シャーロット

「セシ……リア……?」


セシリア

「――お許しください、シャーロット様……!」


 

――そう言ってセシリアはシャーロットに向けて剣を振るう


アーヴィン

「なッ⁉ ――嬢ちゃん!」


 

――アーヴィンは咄嗟にシャーロットを庇い、間合いを取る


アーヴィン

「――おい! 何してやがる! トチ狂ったのか⁉」


セシリア

「どけッ! アーヴィン・グレンフォード! もともと貴様はこの件には関係ないと言っていただろう!」


アーヴィン

「馬鹿を言え! 契約を結んだ以上は、もはや他人事じゃねんだよ!」


セシリア

「まったく、野良犬のくせに義理堅いやつだ……」


シャーロット

「セシリア! 貴女は……ッ⁉」


セシリア

「申し訳ございません、姫。しかし、これもすべて貴女様のお父上と、兄上が悪いのです」


シャーロット

「お父様と……お兄様が……?」


ヨシュア

「…………」


フォルテ

「え、なにこれ? どういうこと?」


アーヴィン

「こっちが聞きてぇよ! おい、セシリア! あんた、一体どういうつもりだ!」


セシリア

「よくお聞きください、姫。……私の本当の名は、セシリア・ハーツウィンド」


シャーロット

「ハーツウィンド……まさか!」


セシリア

「我が一族の恨み……そして、我が両親、兄弟たちの仇! 討らせていただくッ!」


フォルテ

「なんだかよくわからないけど、これってチャンスかなっと!」


 

――好機とみたフォルテはアーヴィンに斬りかかると、アーヴィンはそれを剣で受け止める


アーヴィン

「おい馬鹿ッ! どけッ! ――やめろ、セシリアッ!」


セシリア

「――お覚悟をッ!」


シャーロット

「……――ッ!」


 

――セシリアが剣を突き刺そうとした瞬間、仮面の男が目の前に立ちふさがる


セシリア

「ッ⁉ な……に……っ?」


ヨシュア

「ごふっ……」


シャーロット

「ど、どうして……貴方が……」


フォルテ

「……何故だい、ヨシュア。キミがその子を庇う理由がどこにある」


ヨシュア

「決まって、いるさ……理由は、私自身だ……」


 

――そう言って、徐に仮面を外すヨシュア


セシリア

「なッ⁉」


シャーロット

「ま、まさか、貴方は……ッ!」


 

――ヨシュアの正体は、シャーロットの実の兄であるルーカスだった


アーヴィン

「へぇ、こいつはたまげたぜ……嬢ちゃんによく似てやがる」


フォルテ

「……なるほど。ヨシュア――キミがそうだったんだね。バランタイン王グリンドル二世の嫡男、ルーカス王太子殿下」


ヨシュア

「フォルテ……私は一度、死んだ身だ……その名で呼ぶのは、相応しくないな。……今は、ただのヨシュアだ……」


シャーロット

「お兄、様……? 本当に、お兄様なのですか?」


セシリア

「ルーカス……そんな……生きていたの……?」


ヨシュア

「今しがた、死んだと言ったばかりなんだがな……」


セシリア

「ふざけないで! ……貴方は、五年前の戦で死んだと……!」


ヨシュア

「ああ、死んだ……はずだった……だが、死にきれなかったんだ。しかし、そのままおめおめと逃げ帰るわけにもいかなかった……セシリア、君に合わす顔がなくてね……だから、身分を偽り、顔を隠し、アードベック公の軍に身を寄せた……」


アーヴィン

「だが、それとセシリアが嬢ちゃんに剣を向ける理由となんの関係がある?」


シャーロット

「……以前、聞いたことがあります。かつてハーツウィンド家は、バランタイン王家直参じきさんの重臣の地位にある一族だった。しかし、彼らは敵国に通じており、謀反の疑いがありとして粛清されたと……」


セシリア

「……そう。そして、父と兄弟たちが死に、母はその知らせを受け、自ら命を絶った。名門だったハーツウィンド家は断絶。一人残された私は、マクドガル家に引き取られ、やがて近衛騎士となった……グリンドル王に復讐する機会をうかがいながら……ッ!」


シャーロット

「セシリア……」


アーヴィン

「なら、ここに来るまでに、嬢ちゃんをすぐに殺さなかったのはなぜだ。その機会はいくらでもあったろう」


セシリア

「正直、迷っていたのさ……私にとっても、このクーデターは青天の霹靂だった。私の手で葬るよりも先に、アードベッグ公の手によって王は呆気なく討ち取られた。私の怒りは、一族の恨みは、誰にぶつければいい? シャーロット姫ご自身には罪はない。しかし、それでは、私は……!」


フォルテ

「もしかして、そのハーツウィンド家の一族を討ったのって」


ヨシュア

「……私だよ」


シャーロット

「……ッ!」


ヨシュア

「五年前……私がちょうど二十歳の時だ。隣国と戦争中だった当時、私は父の命を受け、敵軍に通じ反旗を翻したとされた、とある砦を騎士団を率いて襲撃した……だが違った……謀られていたんだ。それに気付いたのは、なにもかもすべて終わった後だった……」


セシリア

「…………」


ヨシュア

「それから、自暴自棄になった私は、すぐさま父に戦の前線に出ることを直訴し、そして――」


アーヴィン

「消息を絶った、か……」


セシリア

「いまさら、そんな言い訳が……ッ!」


ヨシュア

「すまなかった、セシリア……すべて、私の所為だ……」


セシリア

「なんで、どうして……私は……愛していたのよ、貴方を……」


ヨシュア

「ああ……私もだ……君を愛していた」


セシリア

「貴方……最初から、私の手で死ぬつもりだったのね……」


ヨシュア

「ああ。こうするほかに、納得のゆく答えは導き出せなかった。これは、私の罪滅ぼしだ……」


セシリア

「なんて……馬鹿な人……」


ヨシュア

「……セシリア、君も言っていただろう。シャーロットに罪はない。悪いのはすべて父と、この私だ……だから、君の手でとどめを刺してくれ……」


セシリア

「ルーカス……」


シャーロット

「お兄様……ッ」


ヨシュア

「それと、フォルテ……私が死んだあとは、私の首を、シャーロットのものとしてアードベッグ公に届けるんだ」


シャーロット

「なっ⁉」


ヨシュア

「無論、いずれは偽の首だと判明するだろう……だが、シャーロットがバルブレア公爵領まで辿り着き、アードベッグ公に対する軍備を整えるまでの、充分な時間稼ぎにはなるはずだ……」


フォルテ

「そうか……キミ、もとからこうなることを見越して……」


ヨシュア

「……ああ。私の首を携えながら、生きてこの森を脱け出せる猛者は、お前くらいのものだ……」


フォルテ

「まったく、買いかぶりすぎだよ。第一、僕が裏切ったらどうするんだ」


ヨシュア

「心配はしていないさ……お前はプロの傭兵だ。私との契約を反故にすることは、決してないと、信じている……」


フォルテ

「その信頼がどこから湧いてくるのかわからないけど……まあ、悪い気はしないよ」


 

――二人が小さく笑い合うと、ヨシュアはシャーロットに視線を向ける


ヨシュア

「シャーロット……」


シャーロット

「は、はい……」


ヨシュア

「本当に、すまなかった……私の所為で、お前にも迷惑をかけた……お前に、過酷な運命を背負わせてしまった……」


シャーロット

「そんな、ああ……お兄様ッ! お兄、様……ッ!」


 

――泣きじゃくるシャーロットの頭を撫で優しく微笑むと、ヨシュアは続けてアーヴィンへと視線を移す


ヨシュア

「それと……《野良犬》、アーヴィン・グレンフォード」


アーヴィン

「なんだ」


ヨシュア

「シャーロットを頼む」


アーヴィン

「ああ、任せておけ」


 

――満足そうに頷き、ヨシュアは最後にセシリアに視線を向ける


ヨシュア

「セシリア……さあ、頼む。早く、楽にしてくれ……苦しくて、頭がおかしくなりそうだ……」


セシリア

「……ルーカス……愛してる……」


ヨシュア

「……ああ、わかっている……」


 

――セシリアはルーカスに接吻くちづけしながら、短剣で胸を突き刺す。


シャーロット

「お兄、様……お兄様ぁ……ッ!」


セシリア

「…………」


シャーロット

「セシリア……」


セシリア

「シャーロット様……これまでのご無礼を、どうかお許しください。貴女にお仕えできたことは、騎士の誉れでございました」


シャーロット

「え、な、何を……? あっ! ――セシリア、だめええッ!」


アーヴィン

「おい、よせ!」


 

――セシリアはルーカスを突き刺した短剣で自らの喉を掻っ切り自害する


セシリア

「ぐ、ふッ……ルーカス……私も、すぐに、貴方の許へ……逝く、よ――……」


シャーロット

「あ、あ……セシリア……そんな……」


アーヴィン

「…………」


フォルテ

「……さて、これで手打ちってことで、いいよね?」


アーヴィン

「……まあ、こうなっちまったもんはしょうがねぇだろ」


フォルテ

「僕ら以外にも、追手が差し向けられてるかもしれない。だから、さあ、早く行って」


シャーロット

「……で、ですが……」


フォルテ

「大丈夫。二人の亡骸は、僕が手厚く葬っておくよ」


シャーロット

「(涙を拭い、真剣な顔で頷く)……わかりました。ならば、貴方に託しましょう」


フォルテ

「ん。……ああ、それと、老婆心ながら一つだけ忠告しておくよ。言うまでもなく、これからこの国は大きな戦乱を迎えるだろう。その中で一番の被害者は、決してキミじゃない。民衆だ」


シャーロット

「……ッ!」


フォルテ

「シャーロット姫、キミはきっと民衆には人気があるだろうが、ぶっちゃけ市井の人々にとっては、国王の後継者争いなんて迷惑極まりない。それでもなお、アードベッグ公を討つというのなら、相応の覚悟をするべきだ。民が消えれば、国なんてないも同然。キミは民のために何をするのか、努々忘れないようにね」


シャーロット

「……はい。その言葉、しかと肝に銘じておきます」


フォルテ

「うん。いい子だ」


アーヴィン

「……んで、そいつの首を届けたあと、お前はどうするつもりだ」


フォルテ

「僕の直接の雇用主はアードベッグ公じゃない。ヨシュアだ。彼が死んだ以上、彼の最後の依頼を果たせば、そこで契約は満了になる。そのあとは……まあ、僕を必要としてくれるどこかの軍のお世話になるよ」


アーヴィン

「そうか。じゃあ、またどこかの戦場で会うかもな」


フォルテ

「もうキミとやりあうのだけはこりごりだけどね!」


アーヴィン

「フッ……あばよ、達者でな」


フォルテ

「ああ。そっちもね」


シャーロット

「お兄様……セシリア……どうか、やすらかにお眠りください」


アーヴィン

「さ、行こうぜ、嬢ちゃん。言ったろう。お前さんには、まだやるべきことが残ってるんだ」


シャーロット

「ええ……そうですね」


シャーロット

お兄様、セシリア。わたくしは――父の仇を討ち、必ずやこの国に、再びの栄光をもたらさんことを誓います。ですから……どうか、見守っていてください。わたくしを、いいえ、この国の行く末を――


 

 * * * * *


ヨシュア

その後、彼らは無事にバルブレア公爵領へと辿り着き、シャーロットの意を汲んだバルブレア公はアードベッグ公に対し宣戦を布告。


ヨシュア

そして、数年にわたる戦争の末に勝利を収め、女王として即位したシャーロットは、やがてバランタイン王国史上、最も栄華を極めた時代の為政者として歴史に名を残すことになる。


ヨシュア

そんな歴史の陰には、数多の人々の生き様があった。……そう、これは、誰にも見向きもされず、忘れ去られ、埋もれていくだけが運命さだめの、小さな小さな一つの物語。名も無き彼らが、生きた証なのだ。


 

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