魔法技術が発達した18世紀ヨーロッパ風の異世界を舞台に描く、ライトノベル的なファンタジー活劇です。
登場人物
シャルロット・エカルラート(※シャルロットは女性名。男性として演じる場合はシャルル)。通称・シャル。幼少期に魔力の暴発で右腕を失くしている。生真面目で努力家だが、ノエルに振り回されがちな苦労人。
ノエル・テネブル。魔装具職人。質は良いがピーキーすぎる性能の魔装具を製作してしまう変人。祖父も腕の良い魔装具職人として知られている。傲岸不遜な性格。
シナリオ
(※「」で括っていないセリフはナレーション、もしくはモノローグとして演じてください)
《魔法》という力が、いつからこの世界に存在しているのかはわからない。そして、その力を人類がいつ手にしたのかも。
此処、ヴェルサリア王国では、そのような《魔法》を、自在に操るための術――即ち、《魔術》を専門的に学ぶ、《魔術師》の育成に力を注いでいた。
王立サン=ジュリアン魔導学院。国内で最も古く、歴史ある《魔術》の学び舎。
物語は、この学院に通う二人の若者の出会いから始まる――
――テネブル工房の店内。ノエルが何やら告知用のチラシを壁に貼り、腕を組みながら不遜な態度でそれを眺めている
「……〝サン=ジュリアン魔導学院理事長、グラブール公バスケス・ド・ギャドレー主催、学生対抗《魔闘技大会》〟か……フン。毎度毎度、大層なものだ」
「――おや、いらっしゃい。《呪具》をお探しかな? それとも《魔装具》をご所望かい?」
「ん? 君は……確か、先日の転校生じゃないか? 生徒集会で挨拶していただろう」
「え? ……そういうキミも、魔導学院の生徒なのか?」
「ああ。私の名はノエル・テネブル。錬金工学科の一年だ」
「そうだったんだ……ボクは、シャルロット(orシャルル)・エカルラート。自然魔学科の一年だよ」
「なんだ、同級生じゃないか。では、シャルと呼ばせてもらおう。よろしく頼むよ」
「ああ、よろしく。……それより、ここは《アーティファクト》の工房……だよな?」
「ほう……このテネブル工房を知らないとは、さては君、この街の人間じゃないな」
「王都には昔住んでいたんだけど、すぐに地方に越したから、あまり詳しくなくて……街道沿いに来て、一番最初に目に付いた店だったから」
「ドゥルーズ通りのテネブル工房と言ったら、この界隈はおろか、王都リュテスでも一、二を争う名のある工房だ。よーく覚えておきたまえ」
「むう。なんか癇に障るやつだな……そもそも、キミがここの店主なのか?」
「私が店主だと? フッ、愚問だな。こんな若造が店主に見えるか? ――私は、実家の店番をしているだけだ」
「ま、いずれは私の工房になるのだ、問題ない。それに、うちのじいさん――ああ、この店の店主ときたら、流しの魔装具職人として各地を放浪していてな。最後に帰ってきたのはひと月前だ。まったく、今頃どこをほっつき歩いているのやら。とっくのとうにくたばってるかもしれんな」
「そんなことより、君は何が望みだ? まさか冷やかしじゃあるまい?」
「……って言っても、キミだってまだ学生なんだろ?」
「馬鹿を言え。単なる見習いが店を任せられるわけないだろう。安心しろ。私の技術はじいさんにも勝るとも劣らん。この辺りのどの工房よりも優れた《アーティファクト》をこしらえてやろう」
――シャルは一呼吸して、右腕を見せる。肘から先がない
「ふむ。随分慣れているようだな。その様子を見ると、先天性のものか、あるいは幼少の頃に負った傷のようだね」
「義手を付けるのは初めてじゃないんだろう? 前に付けてたのはどうした」
「安物だったから、壊れてしまったんだ。しょうがないだろう?」
「(呆れたように)いくら安物と言ったって、そうそう壊れるものでもあるまいに。まあ、いいさ。一体どんな無茶をしたのか知らんが、余計な詮索はしないよ」
「……あー、ちなみに、希望する材質とグレードは? 最も上質なのは、軽くて魔術補助効果にも優れたミスリル銀だが、当然ながら価格がかさむのが難点だな。コスパを重視するなら、私のオススメは……」
「……おいおい、何を言うんだ。こいつは文字通り、君の右腕になるんだぞ? 悪いことは言わない、ちゃんとしたやつにしておくんだ。何なら多少はマケてやったっていい。ウチのじいさんでも同じことを言うはずだ」
「良いものなんて、もったいなくて使えないよ。どうせボクには《アーティファクト》はまともに使いこなせない」
「いーや、別に。……それでは、見積もりを取るぞ。素材は至って普通の炭素鋼と、一部にウォールナット材を使ったコンポジットタイプ。心臓部となる魔法石のグレードも、最低のEランクだ。……間違いないな?」
「まったく。これじゃバフはほとんど得られんぞ。魔法石の感度も低いから、指や関節も、思ったようにスムーズには動くまい。魔力を消費しない分、完全機械式のほうがまだマシだろうさ」
「馬鹿を言え。君は魔術の素養があるから《アーティファクト》を買いに来たんだろう。それでは、何のために魔装具職人の工房に顔を出したんだか、わからないじゃないか、まったく。まあ、魔法石くらいは一段グレードの良いやつにサービスしておいてやる」
「寸法を測るんだ。当たり前だろう? まさか、サイズまで何でも良いとでもいうつもりじゃないだろうな?」
「どんだけ用心深いんだ、まったく。……おかしなやつだな、君は」
「その言葉、キミにだけは言われたくはないな。……ほら、早くしてくれ」
「いや、なるほど。だから君は《アーティファクト》を使いこなせないと言ったんだな」
「ああ。さすがに原因まではわからないが、魔導脈の循環系が閉じられてしまっているな。確かにこれでは、《アーティファクト》どころか、魔術すらろくに使えまい。だが……」
「(それ以上聞きたくないという風に遮って)だからさっき言っただろ。……どうせボクには、魔術の才能はない」
「(軽くため息を吐いて)……ならば、なぜ君は魔導学院にきた。魔術を学びたいからではないのか」
「なら良いけど……それより、あそこに貼ってあるのは?」
「ああ、あれか。《魔闘技大会》と言ってな。簡単に言えば、学院に通う生徒たちが《魔術》の腕を競い合う〝競技会〟だ」
「まあ、それ自体は古くからあるが、数年ほど前に、学院の運営責任者である理事長が代替わりしてな。その理事長殿の肝いりで、現在のように大々的な見世物として開催するようになったそうだ」
「ああ……いや、この理事長のグラブール公って人、どんな人なんだ?」
「私もあまり詳しくはないが、貴族の中でも最近、特に権力を強めているそうでな。この歴史ある学院の理事長にも、国王陛下からの直々の指名で、鳴り物入りで就任したそうだ。本当かどうかしらんがね」
「なんにしても、グラブール公に関しては、良い噂はまったく聞かないな。確か、十年ほど前に、エルダン伯の所領と財産すべてを継承したんだったか。あれもどうせ、非合法の手段だったのだろう」
「いずれにしろ、グラブール公が学院の理事長として、生徒たちの前に姿を現すのは年に数度。この魔闘技大会は、その数少ない中の一つだ」
「いや、なんでもない。義手のことよろしく。とにかく最低限使えれば良いから、なるべく早く頼むよ。この状態のまま、あまりジロジロ見られるのも嫌だから」
「……確かにあれでは、魔術は使えない。だが、あいつの内に秘めた魔力量……あれは……――フッ、なかなかにおもしろそうなヤツじゃないか」
――三日後。サン=ジュリアン魔導学院の敷地内にある庭園
――噴水の前のベンチに腰掛けるシャルにノエルが声をかける
「どうした、そんなに項垂れて。元気がないようだな。学院には慣れたのか?」
「いや……やっぱり、ボクには魔術の才能はないみたいだ」
「その様子を見るに、随分と授業に苦戦しているらしい」
「ああ。本当に、キミが言っていた通りだ。これじゃ、ボクは何のためにこの学院に来たのかわかりゃしないな」
――ノエルも隣に腰掛けながら、不意にシャルに告げる
「君の編入試験の結果を見させてもらった。実技の点数は最低だが、筆記のほうは非常に優秀だな。この学院に入学するために、よほど努力して勉強したんだろう」
「は……はあ⁉ そんな情報、生徒が閲覧できるものじゃないだろ!」
「この学院のセキュリティは実にザルでな。ほんのちょっと管理魔術と封印魔術の構成を弄ってしまえば、それくらいはちょろいものさ」
「うっ……な、なんというか、呆れてものも言えないよ……」
「フッ。世辞を言ったところで、見返りは何もないぞ?」
「まあ、ともかくだ。よく聞け、シャル。人間は、内なる《魔力》を放出することで、外界の《霊質》と結合させ、《魔法》という現象を発生させる」
「その《〝魔〟法》を操るための〝術〟こそが《魔術》だ。自身の力量差や、得手不得手こそあれど、基本的には魔術の素養がある者ならば、やり方さえ身に付ければ《魔術》は使える。その《魔術》を、より専門的に学ぶ、六年制の学校がこの魔導学院だ」
「おさらいだよ、おさらい。その中でも、私のように《錬金工学科》に属する学生は、主に多種多様なアイテムの制作を学ぶ。例えば《呪具》は、それ自体が魔法的な効果を帯びたものだ。代表的なものと言えば――」
「《呪符》や《魔法薬》なんかだろ?」
「フン、その通りだ。……一方の《魔装具》は、《魔法杖》や《魔法指輪》などが代表的だが、これらはあくまでも、魔術を使うための補助道具に過ぎない」
「魔術の効果を増幅させるもの、魔術の行使におけるプロセスを効率的にするものなど、性能は様々あるものの、まあ、普通に魔術を使う分にはなくてもどうにかなるもんだ」
「だが、中には、それ自体を魔術によって操作し、自身の四肢の代わりとするものもある。それこそ、この義手のようにな」
「言っただろう。これはただのおさらいだ。――では、本題に入るとしよう」
「……えっ⁉ うわっ、ちょっ、何をッ……やめッ……だ、だめだ、そんなトコ触っちゃッ!」
――ノエルはシャルに義手を装着させ、その腰をポンと叩く
「あ……こ、これが……キミの作った《アーティファクト》の義手……すごい、素人のボクが見ても、技術の高さがわかる……これを、たった三日で?」
「フン、これくらいは造作もない。それより、〝つなげて〟やったんだ。何か感じるだろ」
「よし、ならば……あそこの木に向かって、攻撃魔法を放ってみろ。衝撃波でも熱線でもなんでもいい。とにかく、君があの木を吹き飛ばせそうだと、想像する威力でやるんだ」
――シャルは一度、スゥーと深呼吸して静かに呪文を唱え、気合を放つ
「我が手に集いし光の力、獲物を射抜く鏃となれ――《光芒の矢》」
――爆発音。シャルが魔法を放った次の瞬間、低木が生えていた場所には小さなクレーターができている
「――どわああッ⁉ なんだこれッ! なんだこれええ! 木が跡形もなく吹っ飛んだぞ⁉」
「どういう、ことだ……? こんなに高威力の魔術なんて、ボクには……」
「体内の魔力と魔動脈の関係性は、〝水道〟に例えられる。魔術師の体内に蓄えられた魔力は、いわば〝水源〟。魔動脈は、体内の魔力を外に放出させるための、〝水道管〟と〝蛇口〟といったところだ」
「ああ。しかし、君の体質は循環系にバグが生じており、〝水道管と蛇口〟が壊れてしまっている。そのため、うまく魔力を放出できず、思うように魔法を発生させられなかった」
「通常の《アーティファクト》は、例えるなら、水道の〝蛇口〟に細工をするようなものだ。高圧にして水の勢いを良くしたり、拡散させてシャワータイプにしてみたりな」
「だから、もともと〝蛇口〟が壊れてしまっている君にとっては、どんな《アーティファクト》を付けても同じことだった」
「それで、使いこなせないどころか、無理矢理に魔力を放出させようとして、その圧力に耐えられず、壊れてしまったんだろう」
「しかしその点、私が独自の方法で制作した《アーティファクト》は、少々特殊でなぁ。いわば〝水道管〟そのものを拡張させ、放出する魔力量を増やし、魔法の質や威力を底上げする効果を持っている」
「だから、私が本気で作った《アーティファクト》を、そんじょそこらの魔術師が使えば、すぐに過負荷を起こして、あっという間に魔力が枯渇してしまうんだ」
「まあ、魔力は体力と同様に休めば回復するが、一回キリでダウンしてしまえば意味がない。そのため、これまでまともに使いこなせる者がいなかった」
「そ、それって、逆に言えば、とてつもなく危ない代物なんじゃ……」
「(無視して)だが、幸いにも君の体質――いや、非常に優れたポテンシャルならば、使いこなせるのではないかと考えた。そして、それは正解だった!」
「ちょ、ちょっと待って、ボクなんかにそんなポテンシャルなんて……」
「今まで循環系が閉じてしまっていたから、君自身はおろか、周りの人間は誰も気付いていなかったようだが……君が蓄えている魔力量は、正直言って尋常じゃない」
「(どこか楽しそうにニヤリと笑って)だから君なら、きっと使いこなせる。君の中に溜め込まれた、無尽蔵の魔力を、私の《アーティファクト》で存分に開放できるってわけだ!」
「まあ、最初は信じられなくても構わんさ。だが、そうだな……シャル、そこにある噴水は、この庭園のシンボルだ。日に数回、決まった時間になると水の勢いが増して、高く吹き上がる仕掛けになっている」
「そうして勢いよく放出された水は――ほら、見たまえ」
――シャルが視線をやると、ちょうど噴水が勢いよく、高く吹き上がった。
――しばし噴水がつくりだす虹の光景に見惚れながら、思い出したようにシャルが慌てて口を開く。
「――って、あっ、それはそうと! こんなに良いモノ作ってくれても、ボクには持ち合わせが!」
「ああ、気にするな。料金はいらん。なんせ、私の《アーティファクト》をまともに使えたのは君が初めてだからな。……それよりも、聞かせてくれないか」
「君がこの学院に来た理由だ。その体質では、編入試験だって相当に苦労するとわかっていたはずだ。先ほども言ったが、実技を捨てて筆記試験の成績だけで入学しようなど、その努力は並大抵のものじゃない。……なぜそれほどまでして、君はこの学院に来ようと思った?」
「……《クレ・ドゥ・フラム》って、宝玉級の魔法石を知っているか?」
「《炎の紋章》か。聞いたことがある。魔術師協会から特級品に指定された宝玉だな」
「うん。魔法石は、基本的に《アーティファクト》の心臓部として、さまざまな補助効果を生み出すものだ」
「中でも、宝玉級の魔法石は、補助効果に優れるだけでなく、それ自体に莫大な魔力が宿っていると言われている」
「ああ……思い出したぞ。そう、それこそ《クレ・ドゥ・フラム》といえば、グラブール公が常に所持している、《魔法杖》に取り付けられているやつじゃないか」
「そう……十センチほどの、ルビーにも似た紅の宝玉。その小さな石の中に、魔力量にして数メガソロモンとも言われる、莫大なエネルギーがあるそうだ」
「それだけの魔力を一気に解放すれば、王都どころか、この国が文字通り吹っ飛んでしまうほどだな」
「……まあ、だが、並大抵の魔術師では、それだけの魔力を一度に解放できやしない。どれだけ豊富な魔力が宿っていても、引き出せないのなら意味がない」
「結局は、その希少性だけが注目され、魔法石としての価値よりも、身分の高さを示すステータスの役割でしかないな。……それが、どうかしたのか?」
「確かにあの宝玉は、ある種の象徴でしかないかもしれない。だけど……決して、あんな男が所持していて良いものじゃない……ッ」
「あの宝玉のもとの所有者の名は、エルダン伯ジロン・ド・リュミエールだ」
「エルダン伯というと、グラブール公が継承した……」
「……奪ったんだよ、あいつが、全部ッ! ボクの本当の名は――シャルロット(orシャルル)・ド・リュミエール。エルダン伯ジロンは、ボクの父だ!」
「ほう、なるほど。確か十年ほど前、エルダン伯は原因不明の爆発事故と、それに伴って起きた屋敷の火災によって、一家もろとも犠牲になったと聞いた」
「一説には錬金術の実験中に誤って魔力が暴発したと言われていたな。――だが、ということはつまり、グラブール公が、君の父上を殺害したと」
「ああ、そうだ。父だけじゃない、ボクの家族を……あいつは、すべて奪ったんだ」
「……当時あいつは、王国政府の魔術管理院で、長官を務めていた」
「そして、ボクの父が長年研究していた、宝玉級の魔法石から莫大な魔力を解放するための技術に目を付け、数名の部下を連れて、ウチの屋敷を訪れた」
「ふむ……君の父上は、とんでもない研究をしていたんだな」
「ああ。キミも言ったように、あれだけの魔力を一気に解放できれば、世界の軍事バランスを崩しかねないほどの、危険な兵器になるだろう」
「あいつはそれを狙って、父を多額の金で買収しようとした。だが、父はそれを断り……あいつに、殺された……ッ」
「……君は、それを目撃した唯一の証人というわけか。だが、グラブール公の犯罪を知らしめる証拠はあるのか?」
「証拠が《クレ・ドゥ・フラム》だと? ……どういうことだ?」
「犯行時、ボクは物陰に潜みながら、それを見ていた。父があいつに殺される瞬間、大声を上げて泣き出したい衝動を必死に抑えながら……その一部始終を、《記録魔法》に残した」
「だが、《ログ》は、保存するために絶えず魔力を消費し続けなければ、やがて消えてしまう」
「それでボクは、あいつに見つからないよう、父の保管庫にあった《クレ・ドゥ・フラム》に、それを封印することにしたんだ」
「これは驚いた……私とそう変わらん年なら、君はその時まだ十歳にも満たない頃だろう? 大した機転だな」
「そして、咄嗟に《ログ》を移し、自分以外には解けないような、とにかく複雑な封印を構築した。だけど、段階を踏まずに、無理に魔術を仕込んだものだから……」
「《クレ・ドゥ・フラム》の膨大な魔力が逆流、暴発して……」
「ひどい無茶をしたもんだな……あれだけのエネルギーが込められた宝玉なんて、それこそ国が吹っ飛ぶほどではないにしろ、扱い方を間違えればすぐに暴発してしまう。文字通り、爆弾を弄るようなものだぞ」
「だけど、《ログ》を長期間にわたって保存できるほど、充分に魔力を蓄えたものなんて、あの場には他になかったんだ。……ともあれ、それ以来だよ。ボクが魔力をうまく放出できなくなったのは」
「なるほど。宝玉の魔力が一気に逆流したから、魔導脈の循環系にバグが起きてしまったわけか。……それから、君はどうしたんだ」
「あいつは、ボクがその爆発で死んだと思ったんだろう。実際は気を失っていただけで、その後、父の部下だった人に助けられ、生き延びることができた」
「だけど、ボク以外の家族は全員殺され、屋敷はあいつの証拠隠滅のために焼失。父の所領や財産は、全部あいつに奪われた。そして、ボクは正体を隠しながら、今日まで生きてきたわけだ」
「壮絶な過去を経験してきたのだな……なんにしろ、君の事情はよく分かった。それで君は――〝復讐〟のために、この学院に来たのか」
「……ああ、そうだよ。高位の貴族ともなれば、警備が厚くてそう簡単に近寄れない。それで、あいつがこの学院の理事長に就任したと聞いて、近づくチャンスがあるんじゃないかと思った……だけど、この学院にも滅多に顔を出さないんじゃ、本当に何の意味があってここにきたのか……」
「ちなみに、グラブール公は《クレ・ドゥ・フラム》に《ログ》が封印されていることを知っているのか」
「……うん。たぶん、何らかの封印魔法が仕組まれているのは、気付いていると思う。でも、強引に解呪しようとしたら、それこそボクみたいに暴発の危険性があるし、そもそも、ボクを含めて、あの場にいた人間はきっと全員死んだと思い込んでる。だから、おそらく封印は放置して、そのままになってるはずだ」
「今度の《魔闘技大会》で優勝すればいいのさ。それならば、表彰式の際に、ヤツの至近距離に近づき、封印された《ログ》を、公衆の面前でさらけ出すことができるだろう」
「はあ⁉ 何を馬鹿げたことを! そもそも、ボクなんかの力で優勝なんて……」
「いいやできるさ。もちろん、君だけだったら無理だろう。当然、私だけでも無理だ。だが、できる。――君と私ならね」
「もしかして……単独部門ではなく、二人組部門に出場するつもりか?」
「その通りだ。……フッ、何も心配は要らん。この私に任せておけ」
「はあ……本当にキミってやつは、呆れるほどに大した自信だな……でも、わかったよ。ボクは……キミに賭けよう」
――そう言って二人は、互いに口元を歪めながら握手を交わす
――テネブル工房にこもり、装備の制作と作戦会議に臨む二人
「《魔闘技大会》のペア部門には、過去三年間無敗の、絶対王者と謳われる二人組がいる」
「一人は、フランソワ・ド・ムルタージュ。自然魔学科五年。攻防共に優れた魔術の使い手だ」
「そして、その相方は、シモン・レギーユ。錬金工学科五年。こいつは《魔法人形》使いとして知られている」
「こいつらの特長は、フランソワが展開する《魔法障壁》に守られた、シモンの《ゴーレム》が大暴れし、そこへフランソワが攻撃魔法で追撃するという、練度の高いコンビネーションにある」
「特に厄介なのは《バリア》だな。こいつを突破できなければ話にもならない」
「ん? シモン・レギーユって確か、以前、ゴーレムのコンテストで優勝してたよな。新聞で見たことある」
「それに、フランソワ・ド・ムルタージュって、代々、宮廷魔術師を輩出してきた、あのムルタージュ家の子息か⁉ 天才コンビじゃないか!」
「……フン。なぁにが三年間無敗の天才コンビだ。逆に言えば三年の間、ヤツらは手の内をさらけ出し続けたのさ」
「だけど、実際に彼らに勝てた者はいないんだろう?」
「良いか、シャル。魔術は確かに万能だが、絶対じゃない。この国の魔術師どもは、どいつもこいつも、その根本的なところを忘れている。人間のやることに、完全無欠など、あり得ないというのにな」
「つまりだ。どれだけ強固な《バリア》であっても、どんな魔法も通じないなんてことはありはしない」
「まさか、《対抗魔術》を使うつもりか? 魔術そのものを打ち消してしまえば、確かに《バリア》は消せる。だけど、大会のルールとしては反則だろ?」
「その通り。《アンチマジック》合戦になってしまったら千日手だ。それこそどちらかが音を上げるまで、不毛な応酬を繰り返さなければならない」
「だから大会のルール上では、《アンチマジック》は禁止となっている。……まあ、なんでもありの〝実戦〟なら、それを回避するために、刀剣を用いて白兵戦に持ち込んだり、火打石銃で射撃したりするところだが、あくまでもこれは魔法の優劣を決める競技だからな。……ならば、《バリア》を突破するための条件とはなんだ?」
「ええと、《バリア》を上回るほどの威力の魔法をぶつけたとき」
「最も〝初歩的〟で、最も〝決定的〟な条件があるだろう。――そう、相手がくたばった時だ」
「あの《バリア》は確かに優秀だ。どれだけ強力な攻撃魔法をぶつけても破られない」
「そのための完璧なまでの術式が〝構築〟されている。だが、いくら魔術が完璧でも、それを使うのは所詮、人間だ」
「考えてもみろ。対象となる魔法を、《バリア》が打ち消す際に消費される魔力量は、どんなしょぼい攻撃魔法でもほぼ一定だ」
「その通り。低威力で魔力消費の少ない魔法を、絶えず放ち続け、《バリア》に使う魔力を無駄に消費させてやるんだ」
「そうか、もし彼らがそれを嫌がり、低威力の魔法に合わせて《バリア》のグレードを下げたら、今度は最大威力の魔法で《バリア》を打ち破ってしまえばいいわけか」
「ああ。だが、それだけじゃない。やつらの魔力を消費させ、集中力を削ぐために、ありとあらゆる方法で嫌がらせしてやるのさ」
「だから褒めてないんだよなぁ。……それより、今までそんな戦術を使った相手はいなかったのか?」
「ああ。どいつもこいつも、自分自身の《魔力》と《魔術》に自惚れているのさ。だから、これまでは〝通り一辺倒〟な魔法比べにしかならなかった」
「いわば、プライドが高いだけの脳筋共しかいなかったわけだ。そして、それはあいつらも同じだ。絶対王者だなんだとおだてられて、今が一番慢心しきっている頃だろうよ」
「でも、決勝で当たる相手が彼らだとして、それまでに三回は勝たないといけないんだぞ」
「言っただろう? 魔術は万能だが、絶対じゃない。所詮は人間のやることだ。必ずどこかにボロが出る。それを突いていけば、簡単さ」
「(ぽそりとつぶやくように)キミとボクなら、か……」
「クックック……明日の本番が楽しみだなぁ、シャル。やつらに目にもの見せてやろうじゃあないか!」
そして迎えた《魔闘技大会》当日。ノエルの言う、相手のミスを逃さず的確に捉える戦術と、ノエルが作ってくれた〝義手〟の効果もあり、ボクは、これまでにないほどの、最高のパフォーマンスを発揮することができた。
そして、ボクたちはそのまま、一回戦、二回戦、準決勝を勝利し――
「うん……まさか、本当にここまでこれるなんて思わなかったよ。キミのおかげだ。ありがとう」
「フン。言っただろう、私だけでも無理だと。君の実力があってこそだ」
「私は事実を言っているだけだ。……それにまだ、もう一つ残ってるじゃないか」
「そうだね……ここまで来たら、本当に信じられる気がする。ボクたちでなら、きっと……」
「フン。天才だか前菜だか知らんが、吠え面をかかせてやるわ!」
――開幕一番。ノエルは自身が錬成した、《火焔の魔法薬》を、相手陣営に放り投げた。辺り一面を炎が囲む。
炎そのものは相手の《バリア》に防がれ、ダメージにはならないが、〝熱〟は《バリア》でも防げない。ノエルは、相手の体力と集中力を切れさせることを狙ったのだ。
そして、シャルは義手を構えて集中し、魔術を撃ち放つ。
「我が手に集いし光の力、闇を劈く稲妻となれ――《眩き雷光》!」
シャルの放った雷撃は、全長3メートルはあるかという、巨大な《石の人形》を確実に捉えた。
当然ながら、その図体では避けることなどできはしない。しかし、雷撃は《ゴーレム》を覆う《バリア》に弾かれ、霧散する。
「――まだまだぁ! 《光芒の矢》!」
けれど、もちろん、《バリア》に遮られることは想定内だ。ボクは、最初の作戦通り、威力を抑えた魔術を、絶えず連続で撃ち続けた。
「よし、そのまま、フランソワには《バリア》を張ることに集中させて、攻撃魔法を使わせるな!」
防戦一方の相手の顔に、ジリジリと焦りの表情が浮かぶ。ノエルの放った炎の熱のおかげもあってか、彼らの額には汗が浮かび、疲労の色が見えた。
だが、そうは言っても、彼らも相当な実力者だ。簡単に勝たせてくれる相手ではなかった。
――《ゴーレム》の放った衝撃波が、ノエルの身体を吹き飛ばしたのだ。
「くっ……私に構うな! 君はとにかく、相手が音を上げるまで、魔法をぶつけまくれ……!」
「わかった……! ――我が手に集いし光の力、蒼穹を貫く槍となり、大地を穿つ剣となれ――《蒼き雷》!」
シャルは、さらに一段と勢いを増しながら、魔法による攻撃を加え続けた。まさしくそれは、鬼神の如き戦いぶりである。その時、私は確信した。やはり、この目に狂いはなかった、と。
シャルの無尽蔵ともいうべき魔力量の前に、相手が次第に息を切らし、《バリア》の効果が薄れていくのが目に見えてわかる。
「今だシャル! 丸裸になったその泥人形に、君のありったけの魔力を! 思う存分、ぶち込めぇぇッ‼」
自慢の《ゴーレム》を破壊され膝をつくシモンと、体力と魔力の限界に達し、倒れこむフランソワの姿だった。
気付けば、会場には割れんばかりの大歓声が響き渡っていた。
そして長い戦いを終え、一息ついたのち、表彰式が執り行われることとなった。
貴賓席には、ヴェルサリア王国近衛騎士団長など、政府の要職に就く者の姿もちらほら見える。
「魔導学院生徒の皆様、教職員の皆様、ご来賓の皆様……この会場にお集まりのすべての皆様方に、お聞かせしたいことがございます!」
メダルの授与を終え、優勝者のスピーチとなった時、待ちに待ったとばかりに、シャルは声高らかに会場内に語りかけた。
「――我が名はシャルロット(orシャルル)・ド・リュミエール。十年前にこの世を去った、エルダン伯ジロン・ド・リュミエールの息女(or子息)だ!」
「我はここに、サン=ジュリアン魔導学院の理事長である、グラブール公バスケス・ド・ギャドレーを、父を殺害した下手人として告発する!」
そう言ってシャルは、グラブール公が手にする杖に向かって義手を向け、《クレ・ドゥ・フラム》に封印されていた、《ログ》を解放する。
――その刹那、十年前の顛末が、会場の中空に幻影となって克明に映し出された。
「……我が父、我が家族の悲しみ、苦しみを味わいながら……貴様の犯した罪を償え!」
すると、シャルに一喝されたグラブール公の顔が、見る見るうちに青ざめていく。そして、同席していた近衛騎士団長は、すぐさま憲兵を呼び、彼の身柄を拘束した。
こうして、シャルの〝復讐〟は、見事に遂げられたのであった。
「……聞いたぞ。エルダン伯の称号と旧領の返還を、辞退したそうだな」
「ああ。今のボクにはもう必要のないものだから。これからはリュミエールという家名を隠さずに、ありのままの自分で生きられる。それで充分さ」
「わからない。けど、学院の生活にもようやく慣れてきたところだし、とりあえず卒業するまでは、ここにいようと思う」
「そうか。それにしても……《光明》、か……」
「君の家名だよ。リュミエール。……《暗闇》の相棒には、ピッタリじゃないか?」
「な、なんだよ、それ。今さらあらたまって相棒だなんて、気持ち悪いなぁ」
「でも……キミとだったら、この先もきっと、楽しい気がするよ」
「フッ、どうせなら、頂点を目指そうじゃないか。この国で……いや、この世界で、最も名のある魔術師になるなんてのはどうだ?」