「――ヤツは俺にとっての《白鯨》なのさ」
とある事件を追う過程で殺害された刑事の死の真相を突き止めようとする、同僚の刑事たちを描いたアメリカの刑事ドラマ風のお話です。
登場人物
ドミニク・グレイン。ニューヨーク市警察の刑事。殺人課グレード1捜査官。独自に何らかの事件を捜査しており、何者かに殺害される。
フランク・ルース。ドミニクの相棒だった刑事。殺人課グレード1捜査官。ドミニクの死の真相を追う。
ダニエル・ウィルソン。ドミニクとは犬猿の仲だった刑事。殺人課の捜査官たちを率いるボス。階級は警部補。
アンジェラ・エドワーズ。フランクと共に、ドミニク殺害事件を捜査する新米刑事。殺人課グレード3捜査官。
シナリオ
(※タイトルコールは便宜上ウィルソン役を指定していますが、誰が担当しても構いません)
(※「」で括っていないセリフはナレーション、もしくはモノローグとして演じてください)
「――ヤツは俺にとっての《白鯨》なのさ」
あいつが死ぬまで追いかけていた《白鯨》とは、一体何者なんだ?
もしかしたら……あいつが追いかけていたのは……とんでもないモノなんじゃないか?
「ジェイコブ・ドーソン! NYPDだ! ここを開けろ!」
「――フランク、アパートの管理人にカギを借りてきた」
――扉を開け、拳銃を構え突入する二人。彼らは二手に分かれ、リビングから寝室、トイレや浴室、クローゼットなど隅々まで捜索する
「どうやら、俺たちが来ることを事前にわかっていたみたいだ」
「まさか? いくら裏の世界に精通してる情報屋だからって、さすがにタイミングが良すぎるだろ」
「でなければ、俺たち以外の輩に目を付けられていると感じていたか……いずれにしろ、自分の身に危険が迫ってると悟ったはずだ」
「……見ろよ、野郎のパソコン。ハードディスクが全部壊されてる。おそらく、自分でやったんだろう」
「そこまで追い詰められてたってことか。……しかし、この情報屋が、お前が目を付けてたヤツか?」
「いや、こいつじゃあない。……だが、俺の獲物を捕らえるためには、必要な餌の一つであることは間違いない」
「……なあ。良い加減、教えろよ、お前の獲物は一体何なんだ?」
「悪いが、まだ言えない。……だけど、もう少しだ。もう少しで、俺は《白鯨》を捕らえることができる。ああ、そう、あともう少しなんだ――」
俺たちが行方を追っていた情報屋――ジェイコブ・ドーソンの死体が上がったのが、それから三日後。
「はい。鑑識の報告では、ドミニクを撃った拳銃は彼自身が使っていたもので間違いなさそうです。現場に残されていた銃弾と、線条痕が一致しました」
「そうか……自分の銃でやられちまったなんて、世話ねぇよな、ほんと……」
「フランク……わたしは、未だに信じられません……あのドミニクが、殺されるなんて……」
「ああ。俺もだよ。……腹に一発、そして頭にもう一発。ギャングの処刑スタイルだ。おそらく、相当やばいネタに首を突っ込んでただんだろう」
「ドミニクは、独りで一体何を追っていたんでしょうか」
「ハーマン・メルヴィルの『白鯨』……ですか」
「ああ。あいつはきっと……エイハブ船長を気取ってたんだろうよ」
「それほど、なにかとんでもない、でかい事件に関わる重要人物だったに違いない」
「……だが結局、あいつは俺にすら、それが何者なのか教えてくれなかった」
「長年コンビを組んでいたあなたにまで、教えられないだなんて……」
「きっと、俺に厄介ごとが及ばないようにしてたんだろう。周囲の人間を巻き込まないように、一人で背負い込もうとする。そういうやつなんだよ、あいつは」
「はんっ、どの口がそんなこと言いやがる。ウィルソン、あんたは……あいつに信頼されてなかったじゃないか」
「ああ、そうだな。……本当に、馬鹿な奴だよ……ほかにも、やり方はいくらでもあっただろうに……」
「……ウィルソン警部補は、ドミニクと犬猿の仲だったんですよね。わたしがここに配属されてから、二人がまともに会話してるのを、一度も見たことありませんでした……」
「ああ、そうか。アンジェラはまだ知らなかったか。……以前、ヤク中だった男が自動小銃を持ってコンビニを襲い、立て籠もった事件があったんだ――……」
「――ウィルソン、テメェ! 何故、警官隊を突入させた!」
「あの場においては、的確な判断だったと自負している」
「あの人質は、頭を抱えてその場に伏せていろという我々の指示を無視して、無謀にも逃げ出そうとした。――だから、犯人に狙われたんだ!」
「あの場で突入なんかしたら、人質がパニックになるに決まってるだろ! 一般市民を聞き分けの良い飼い犬だとでも思ってるのか!」
「犯人は人質を一人ずつ殺害しようとしていたんだぞ! あれ以上時間をかけていたら、どのみち犠牲者は出ていた!」
「それにあの犯人は、ヤクで正常な判断ができていなかった! 外に向けても自動小銃を乱射していたんだぞ! 呑気に応援を待っていたら、警官たちにも犠牲者が出るかもしれなかった!」
「お前の言う通りにしていて、もっと犠牲者が出ていたら! お前は責任を取れるのか! もしも同僚が死んだら、お前はその家族にどんな顔で頭を下げるつもりだ!」
「認めねぇ……テメェのやり方は、絶対に認めねぇぞ!」
「……――それ以来だよ。ドミニクがウィルソンと犬猿の仲と呼ばれるようになったのは」
「……ウィルソン警部補、何か知っているようなそぶりでしたね」
「ああ。あいつ、何か隠してやがるな。少なくとも何か関係はありそうだが……ま、今はなんの証拠もない。少し様子を見よう」
「いいのよ、フランク。警察官を夫に持つと決めた時点で、覚悟はできてた。……私でも捜査の役に立てるのであれば、なんでも聞いてちょうだい」
「ああ、殺人課捜査官のアンジェラ・エドワーズだ。配属されて間もなく一年ほどになるが、まだまだひよっこだよ。アンジェラ、彼女がミランダ・グレインだ」
「そう、あなたがアンジェラね。この間、フランクがうちに夕飯を食べに来た時、ドミニクと話していたわ。将来有望な新人女性刑事が現れたって」
「ミランダ。すまないが、さっそく本題に入らせてもらうよ。ドミニクは、殺害される前の日に、何か言っていなかったか。あるいは、ここ一週間ほどで、何か変わった様子があったとか」
「いいえ、何も。……彼、仕事の話は、家では絶対にしない人だったから」
「若い頃はしょっちゅうだったわ。……でも、確かに、子どもが生まれてからは、そういうことはほとんどなかったかな」
「なんていうか……何かを抱え込んでた様子だったから、突き詰めてやったの。まあ、女の勘ってやつね」
「それで、私もいろいろ溜まってたものがあったから……全部、吐き出しちゃったのよ」
「今はどんなことでも、とにかく手がかりが欲しい。詳しく聞かせてくれないか」
「ええ、わかった。あれはそう……子どもを寝かしつけたあと、ドミニクが夜遅くに帰ってきて――……」
「聞いてるわよ! 私はいつだって、貴方の話を聞いてきたつもりよ! だけど、貴方は、本当に肝心なことは、何一つ私に何も話してくれないじゃない!」
「俺だって、お前にはいつでもすべて打ち明けてきた! 何も隠してることなんか一つもない!」
「嘘よ! きっと、本当の貴方なんてどこにもいない! すべて偽りの存在なんだわ!」
「俺はお前を、子どもたちを、家族みんなを愛してる! 心から愛してるんだッ! それだけは、わかってくれ……!」
「そんなの……そんなの、わかってるわよ……! 貴方の気持ちは、痛いほどわかってる……! だけど、わかってないのは、貴方のほうよ!」
「私は、貴方を……! 貴方自身のことを、心配しているの……! だけど貴方は、何もかも一人で抱え込んで……まるで! ……まるで、死に場所を探しているみたい」
「ねえ、わかってよ……お願い……お願いだから、いつまでもずっと、私の傍にいてちょうだい……ドミニク……」
「……――なるほど、そんなことが。なんだか、あいつらしいな……」
「でも、結局、ドミニクは事件のことについて、何も話してはくれなかった。……ごめんなさいね、お役に立てなくて」
「そんなことはないさ。君たちがどれだけ互いを思い合っていたのか、それが確認できただけでも、俺は満足だ。お腹いっぱいだよ」
「それに、ほかに何か、手掛かりになるものがあるかもしれない。ドミニクのPCを見ても?」
「ええ、もちろん。彼の使ってた書斎にあるわ。自由に見てちょうだい。何かわからないことがあったら、いつでも呼んで?」
「ああ、ありがとう、ミランダ。――アンジェラ、お前はここでミランダと話しててくれ。もしかしたら、何か思い出すこともあるかもしれない。それに、女同士のほうが腹を割って話せることもあるだろ?」
「ドミニクの過去の経歴……貴女は、知らなかったでしょう?」
「はい、初耳です。……確かに、ドミニクは以前、麻薬取締局に出向していたと経歴書にありましたが……」
「ええ。彼はそこで、極秘任務に従事していた。簡単に言えば、麻薬組織に潜り込んで、スパイをしていたそうよ。それを知ってるのは、おそらくニューヨーク市警でも、極一部の人間だけでしょうね」
「……彼は、私たち家族に危害が及ばないように、そして、私たちを不安にさせないように、仕事の話は一切しなかった。自分の正体を、誰にも知られないようにしていたのよ」
「でも、ミランダ……どうして、貴女がそれを……?」
「正直に言うと……以前、腕の良い私立探偵を雇ったことがあったの。ドミニクがね、あまりにも自分のことを何も言わないものだから、浮気をしてるんじゃないかと疑ってね」
「……でも、わかったのは、彼のその経歴だけ。実際に彼がどんな仕事をしていたのか、どんな捜査をしていたのかまでは、さすがの探偵でも掴めなかった」
「愚かなことだったと思ってる。彼を疑ってしまったこと、彼のことを理解してあげようとしなかったことを」
「……だから、それ以来、私は彼を信じることにした。彼のすることをすべて許そうと思ったの。結局、溜まってたものが決壊して、つい口論になってしまったけれどね」
「ねえ、アンジェラ。貴女は、彼とどういう関係だったの?」
「へ? ど、どういうって⁉ あのっ、ドミニクは、模範的な刑事で、とても頼りになる先輩で!」
「ううん。そういうのじゃなくて、貴女自身の言葉で聞かせて?」
――とあるホテルの一室。オレンジ色のルームランプの明かりだけがぼんやりと浮かぶ、薄暗い部屋の中。ドミニクとアンジェラはお互い気まずそうに、ベッドに腰掛けている
「……すまない、アンジェラ……俺は、どうかしていた」
「いえ! ……わたしも、その……お酒の勢いで……申し訳ありません……」
「いや、君は悪くない! すべて、俺が悪い。俺自身の責任だ」
「……ここ最近、仕事で切羽詰まっちまって……頭がどうかしちまってたんだ」
「そんなことありません! わたし、憧れていた貴方に食事に誘っていただいて、嬉しかったんです!」
「それで、貴方に奥さんもお子さんもいると最初からわかっていて、それでわたしは……!」
「そ、それに……わたし、今まで付き合ったボーイフレンドからは、求めてくるのはみんなカラダばっかりで」
「飽きられたらすぐに捨てられて、それの繰り返しで、こんな風に優しくされたの初めてで、それでわたし、舞い上がっちゃって、あの、その――」
「……このことは、決して誰にも言いません。貴方の迷惑になるようなことは、誓ってしませんから!」
「そう。……ねえ、アンジェラ。あなた、彼に気があったの?」
「……あの、ミランダ……わたし、あなたに謝らなければ(ならないことが)」
――アンジェラの言葉を遮るようにして、フランクが慌てた様子で戻ってくる
――ドミニクの自宅から警察署に戻る最中。フランクが運転する車内にて
「……フランク、《白鯨》の正体がわかったんですか?」
「いいや、まだだ。だが、手がかりは見つけた。《白鯨》を突き止めるためのデータは、あいつのスマートフォンに入ってたんだ」
「ああ。スマートフォンのデータを閲覧するためには、どうやら、自宅のPCから認証コードを送る必要があったようだ。そこで俺がさっき、認証を飛ばしといたってわけさ」
「なるほど……ということは、彼のスマートフォンは現在、証拠品保管室に!」
――警察署に到着した二人は、大急ぎで署内に駆け込んでくる
「――アンジェラ! 俺は保管室からあいつのスマートフォンを持ってくる! お前は今のうちに捜査資料をまとめておいてくれ!」
――アンジェラは自分のデスクに向かって歩きながら、自身の考えを巡らせる
……それにしても、犯人がドミニクのスマートフォンを持ち去らなかったのは、何故だったんだろう。
GPSで居場所を突き止められるのを恐れた? ……いや、でも、それくらいの対策はいくらでもできるはず。
……だったら、そこに情報が入っていると知らなかったから? それとも、別の場所にあると確信していたから……?
……ミランダは言っていた。……ドミニクは、潜入捜査官だったと……。
彼女も言っていた通り、潜入捜査官はいわばスパイだ。正体を隠して、目標となる情報を探るのが任務……。
じゃあ、もしかして、彼は警察の内情を探ろうとして……?
――フランクは証拠品保管室からドミニクのスマートフォンを持ち出し、誰もいない薄暗い会議室の中、自身のノートPCを開いている
「なるほどな……このスマートフォンだけでも閲覧できない仕掛けになってるのか。さすがに用心深いぜ、ドミニクは……」
「端末をPCに繋いで、パスワードは……よし。これでもう一度、認証を通せば……」
「OK、フォルダが開いた。……さて、何が出てくる……?」
――カチカチとマウスをクリックし、ノートPCを操作する
「そうか……わかったぞ。あいつが追っていた《白鯨》の正体……それは――」
「そこにあるのは、お前が裏組織に通じていることを裏付けるデータだな」
「フランク……まさか本当に、貴方が《白鯨》だったなんて……」
「ドミニクが事前に、私宛に手紙を置いていったんだ。私も正直、今この時まで半信半疑だったよ」
「そのデータを取り出すためのパスワードや仕掛けは、二重三重に仕組まれた複雑なプロセスを踏まないと解けないようになっている。それは当然、ドミニク本人か、犯人しか知りえない情報だ」
「そんな、馬鹿なッ! ……そもそも、ドミニクが、あんたに? だが、あんたは……!」
「ああ、確かに、あいつからは個人的には信頼されていなかった。だが、刑事として、信用されていたみたいだ――……」
『――俺は長らく潜入捜査に染まりすぎた。ひたすらデカい獲物を捕らえようとして、深い闇の中に迷い込んじまったようだ』
『俺はきっと近いうちに、組織に通じている裏切り者によって命を狙われるだろう』
『だからその前に、ウィルソン、テメェにこの手紙を書いておく』
『いまどき、紙にペンで書く手紙なんざ時代遅れも甚だしいが、最近じゃあ、盗聴やらハッキングやら、なんでもござれだからな。それでこの手段が最適だと判断した』
『テメェは人間としてはクソ野郎だが、クソ優秀な刑事なのは確かだ。だからこそ、刑事としてのテメェに、この手紙を託す』
『だが、いいか。忘れるなよ、ウィルソン。テメェのことは〝死ぬほど〟嫌いだ』
「……――フッ、本当に死んじまうなんてな。そこまで私のことが嫌いかよ……」
「あいつは、私とは違う。考え方も、やり方も異なる。それでも、あいつには、確かな信念を感じていた。そこに関しては、素直に尊敬もしていた。……だから、こうなってしまったのは本当に残念だよ。――なあ、フランク」
「ドミニクからの手紙には、こうあった。あいつが、警察内部の裏切り者について調査していたこと。そいつを、《白鯨》と呼んでいたこと」
「そして、これから自分の身に起こり得ることを想定し、最後の《罠》を仕掛けるつもりだということ――……」
――深夜。NYの港湾地区。人気のない埠頭で、ドミニクは地面に膝をつき、フランクに銃を向けられている
「――お、おいおい、冗談はよせよフランク……なんで、こんなことをするんだ……!」
「お前が追っている《白鯨》とは何者だ? そいつの情報をよこせ」
「……は? な、なんでお前が……お前には関係ないことだろう……!」
「そ、それは……! ま、まさか、あの情報屋をヤッたのも……⁉」
「わざわざ言わなくてもわかるだろ? ……ったく、せっかく良いサイドビジネスを教えてやったってのに。大人しく金をせしめて、甘い蜜すするだけでよかったのによ。欲を出し過ぎたようだな」
「潜入捜査で裏社会に染まり切って、汚職に手を染めた悪徳警官。……いわば、俺と同類の人間。だから、俺はお前のこと、嫌いじゃなかったぜ。――だが、お前は組織に近づきすぎた」
「ふ、フランク、冗談だろ? ……そもそも、その組織って、なんのことだよ? 俺はただ……」
「ドミニク。死にたくなけりゃ、《白鯨》の正体を教えろ」
「あ、あれは、お前が思ってるほど、大したものじゃねえんだ!」
「……わ、わかった! 教える! 教えるから! じ、自宅のPCだ! それを調べてくれりゃわかる! PCのパスワードは、書斎のデスクの、さ、三番目の引き出しの裏に、付箋で張り付けてある……!」
「ほ、本当だ! この期に及んで嘘を言うわけねぇだろ……!」
「はンっ、昔はウィルソンに食ってかかるほど、あんなに正義感に燃えてたってのに、今じゃすっかりこれだもんなぁ……?」
「な、なあ、頼むよ……フランク! 命だけは助けてくれ! 俺には妻と子供が! 家族がいるんだ!」
「ああ、よーく知ってるよ。ミランダには俺から伝えておく。……お前は、立派な警官だったってな――」
「……――そ、そんな……だとしたら、あいつが死ぬ間際の言動も、全部、演技だったってのか……」
「お前は、ドミニクが追っていた《白鯨》なんてものは、最初から無視していればよかったんだよ」
「……だが、お前は決してそれをスルーできなかった。なんとしてもそれを奪わなければ、自分自身の目で確かめなければ、自分の身に危険が及ぶかもしれないと考えた」
「そしてまんまと、その罠に引っかかったってわけだ。ドミニクもきっと、こう考えたんだろう。必死に命乞いまでして教えたエサなら、必ず食いつくはずだ、とな」
「……だが、確かに、あいつも……ドミニク自身も、汚職に手を染めていたんだぞ……!」
「それも、お前という獲物を炙り出すために、いわば二重スパイをしていたのさ。ドミニクは、手紙にこうも書いていた――……」
『俺が集めた情報は、その裏切り者が、組織とつながっていることを示すモノだ。だが、そいつが一体誰なのか、大まかな目星は付いているが、今の段階では本当にそいつだと証明するには決定打が足りない』
『そこで俺は、裏切り者を完全に炙り出すため、警察内部の至るところにエサを撒いた』
『俺が潜入捜査官として得たコネを使って汚職に手を染め、道を踏み外して堕落したと……それこそ、ミイラ取りがミイラになったのだと思わせるためにな』
『そして、俺は、俺自身が追っている《白鯨》そのものを、もう一つの大きなエサとして使うことにした』
『きっと、裏切り者は、そいつを自分の目で確認せずにはいられなくなるはずだ。だからきっと、そいつは自分自身で《白鯨》を追いかけ始めるだろう』
『やがて、そいつが《白鯨》だと示す証拠は、《白鯨》を追っていくうちに、そいつが自ら明かしてくれるに違いねぇ』
『つまり、そいつが《白鯨》を追い詰めれば追い詰めるほど、《白鯨》自身が追い詰められていくんだ――』
「……――そうしてフランク、お前自身が、身をもってそれを証明してくれたわけだ」
「お、俺は……自分で自分の首を絞めてたのか……あいつが、汚職に手を染めたと……潜入捜査の過程で、そっちの道に染まり切ったと、そう思わされてたってのか……」
「彼の本当の素顔を知っていたのは、きっと、奥さん……ミランダだけだったんですよ。彼は、わたしたちのそれぞれにしか見せない顔を持っていた」
「フランクには自分が汚職警官仲間として信頼させて、罠にかけることに成功し、ウィルソン警部補にはあえて反発して自身の信条を示すことで、刑事としての信用を得た」
「……ああ、そうだな。獲物を捕らえるためなら、どこまでも自分自身を偽ることができる。あいつは、本物の潜入捜査官だったんだよ。……それこそまさしく、エイハブ並みの執念のな」
「は、はい! ……貴方には、黙秘権がある。貴方の供述は、法廷で不利な証拠として用いられることがある。貴方は――」
その後、ドミニクが集めていた情報と、司法取引に応じたフランクの証言から、彼のほかに警察内部で裏組織に通じていた人員および、組織の幹部たちが白日のもとへと晒され、芋づる式に一斉検挙されるという、大スキャンダルに発展した。
――数日後。アンジェラはドミニクの自宅へと足を運ぶ
「いえ、すべてドミニクのおかげです。わたしたちは、結局のところ何も……」
「そんなに謙遜しないで。貴女たちはよくやってるわ」
――アンジェラはミランダにラッピングされた箱を手渡す
「ドミニクが亡くなった現場の近くに停車していた、彼の車の中にあったそうです。一時的に証拠品として押収されましたが、その必要はないと判断され、返還されることになりました」
「……彼は、もしも無事に生きて帰れたら……貴女とご家族に、プレゼントしようとしていたのかもしれません」
――箱の中には、ドミニクの家族写真と、愛の言葉が刻まれた家族の人数分のリングが収められている
「彼は……最期の最期まで、貴女を、そしてご家族を深く愛していたんだと思います。これが、何よりの証拠です」
「……ひとつだけ、貴女にお聞きしたいことがあります」
「ドミニクは……一体どれほどのストレスを抱えていたんでしょうか……?」
「……そうね……少しだけ、普段の自分を忘れて……何かに身を任せたくなるくらいには、かな?」
「大丈夫、私は誰も恨んでいないわ。ドミニクも、彼を殺したフランクも……そして、貴女も」
「アンジェラ、もう過ぎたことは気にしないで、前を向きなさい。貴女は、必ず良い刑事になれるから」
「ふふ。大丈夫よ、私が保証する。これでも、人を見る目はあるのよ? だって彼のこと、本当は何もかもお見通しだったんだもの」
――冗談交じりに告げるミランダに、アンジェラは小さく微笑みながら応える。