※「」もしくは『』で括られていないセリフはそのキャラのモノローグとしてください。
※冒頭のナレーションはティナ役を指定していますが、誰が担当しても構いません。ナレーションを省略して台詞からスタートしてもOKです。
2000年代初頭。ヨーロッパ南東部、バルカン半島。
“欧州の火薬庫”などともいわれるこの地方に位置する二つの小国、ウォルトニア共和国とトリシア民主共和国は、領土問題に端を発する戦争に突入した。
小国ゆえに空軍のパイロット不足に悩むウォルトニア共和国は傭兵を募り、外国人部隊を編成する。
その中には、それぞれ英軍と米軍のパイロットとしてかつて名を馳せた、二人の男の姿があった――
「――《グリフォン》各機へ、こちら《エアリエル》。まもなく作戦空域に到達します。充分に警戒してください」
「こちら《グリフォン1》、了解した《エアリエル》。現在の速度を維持したまま作戦空域に突入する。……ふぅ(軽く溜め息)。しかしまさか、お前とこうして肩を並べて飛ぶ日が、本当に来るなんてな」
「肩並べるって言ゃあ、ハイスクールん時以来か。俺とお前、フットボールじゃ敵なし。最強のツートップだった。なあ、《マクベス》!」
「昔話が過ぎるぞ、《ハムレット》。何年前だと思ってんだ」
「(咳払いして)二人とも、今は作戦行動中です。思い出話は後にしてください」
「へいへい、ティナちゃんは本当に優等生さんだねぇ」
「当方は《エアリエル》です、レノックス中尉。作戦行動中だと言ってるでしょ……っと、言ってるそばから、レーダーに敵影! 北北西より接近中、数四機!」
「さっそくお迎えがおいでなすったか! そんじゃ、まずはご挨拶だ! ――FOX3!」
「視界外射程ミサイル、目標到達まで3、2、1……あぁ、ダメです! 敵部隊、全機健在! ミサイル、命中弾なし!」
「先制攻撃を避けやがるとは、敵さんもなかなかやるじゃないの」
「上等だ。アムラームからサイドワインダーに切り替えるぞ」
「来たぜ来たぜぇ……チキンレースとしゃれこもうじゃねえか!」
「警告! 《グリフォン2》! そのままのコースだと敵機と衝突します! 避けてください!」
「――イイイイィィィヤッッッハアアアアァァァァッッッ!」
「なっ、敵機のスレスレをかすめるだなんて……無茶苦茶ですッ!」
「はっはぁー! ドッグファイトってのは、こうじゃなくちゃなぁ!」
「だがよぉ、今ので敵の陣形が乱れた! 一気にやっちまおうぜ!」
「ま、結果オーライか。……よし、俺は右。お前は左だ」
「おーけい! ――よし、捉えた! FOX2!」
「《グリフォン1》のミサイルも命中! お見事です!」
「お前もな《ハムレット》。っつーか、いまさらだが、俺たちのTACネーム、縁起悪くねぇか」
「ブリーフィングで互いにこう呼ぼうって決めたのはお前だぜ?」
「それによ、俺たちにゃ、縁起が悪いくらいがお似合いさ!」
「(前のセリフが言い終わる直前にかぶせて)――敵飛行部隊、残存数二! 態勢を立て直してきます!」
「(同じく言い終わる直前にかぶせて)……フッ、それもそうだな」
TACネーム《ハムレット》こと、サミュエル・レノックス。通称、サム。
故郷はイギリスのリバプール。あいつとは家が隣近所で、ガキの頃からサッカーで競い合った。
それから高校卒業と同時に、あいつは出生地のアメリカに渡って米国籍を取得し、合衆国空軍へ入隊。
俺はイギリスに残り、王立空軍のパイロットになった。
それから十年ほどの間、まったくと言って良いほど連絡は取り合わなかった。にもかかわらず、まるで示し合わせたみたいに、俺たちは互いに、同時期に軍を退役。そして、そのまま傭兵になった。
何故か? 大した理由なんかない。ただ、自分の生きる道を探していたんだ。
そして、きっとそれは、あいつも同じだったろう。なんとなく、そう感じていた。
「よう、ウィル! ウィリアム・フェアフィールド! ひさしぶりじゃねぇか! こんな辺鄙な国でもう一度お前と顔合わすなんてなぁ。人生ってのはホント、わかんねぇもんだぜ」
「ウォルトニア共和国空軍の外国人傭兵部隊、第七航空団、第三〇三戦闘飛行隊 《グリフォン》」
――次の『』内は好きな戦闘機名で、セリフも変えてしまって構いません。ウィルとサムで別々の機体にしてもOKです。演者間で相談してください。
「配備されてる機体は、『小国がなけなしの防衛費で米軍から購入した、《F/A-18C ホーネット》』」
「……つっても、急ごしらえのちんけな部隊だ。所属は俺とお前だけ。ま、気楽にやろうや」
「――ああ、ところでよ、ウィル。お前、当然覚えてるよな?」
「ガキの頃、約束しただろうが。もう忘れちまったのか?」
「ったく、しょうがねぇなぁ。一緒に空を飛ぼうって言ったのは、さすがに覚えてんだろ?」
「そんでよ、こう誓い合ったろうが。俺たちで〝竜の巣〟を見つけようぜってな!」
「……おいおい、勘弁してくれ。ドラゴンズネストなんざ、御伽噺だぞ」
「シケたこと言うなって。いいか、ウィル。こういうのは浪漫が大事なんだ」
「世界のどこかに現れる超巨大な積乱雲。その分厚い雲を抜けた先には、空に浮かぶ島がある」
「そしてそこには、でっけぇドラゴンに守られたお宝が眠ってるってな」
「俺たちがこうやって再会したのも、何かの運命だ。きっと何か楽しいことが起きる。そんな予兆じゃねぇか。なあ?」
「ロマンチスト、大いに結構! 俺たちは所詮、役者さ。舞台の上でしか生きていけねえんだ」
「決まってんだろ、あそこさ。空の上が、俺たちの舞台だ」
「夢ってのはよ。一個叶っちまったら、また別のもんを探さなきゃいけねえ。人によっちゃ、一個叶えただけでもう生きる意味を失っちまう。別の目標を見つけるにも一苦労だ」
「こうして、お前と空を飛ぶって夢は叶っちまったからな。だったら、それ以上のでっけぇ夢を追いかけなきゃ楽しくねぇだろ」
「そうかい。お前のその馬鹿みてぇな夢なら、いつまでも追い続けられるだろうな」
「(苦笑して)まったく、相変わらずだな、お前は。……何も変わってなくて安心したよ」
「よーし、一丁上がりだ! どうだい! 俺の活躍ちゃんと見てたか、ティナちゃん!」
「(こほんと咳払いして)周囲に新たな機影なし。作戦行動を終了します。お疲れ様でした。《グリフォン》各機、帰投してください。以上」
それから、二国間の紛争は一進一退の攻防が続き、俺たちも何度かにわたって出撃を繰り返し、その度に戦果を挙げていった。
そして、ちょうど夏至の日に始まった紛争は、日に日に戦闘を激化させながら、ひと月が過ぎようとしていた。
「ウィル……あなたは、レノックス中尉――サムとは、長い付き合いなんですよね?」
「……ああ。それこそ、幼稚園の頃からだ。あいつはアメリカで生まれたあと、親御さんの故郷のイギリスに越してきた。それから、高校卒業するまで、あいつとは散々バカやってきた」
「フッ……今、思い出してみても、くだらないことばかりさ」
「そうだ。出生地がアメリカだから、国籍を持ってたんだ。でもまさか、戦闘機乗りになってるとは思いもしなかったよ」
「そして、あなたもイギリスでパイロットになった……それって、偶然だったんですか?」
「どうだろうな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「では……あなたは、どうしてパイロットになろうと思ったんです? ……彼と、約束を?」
「あ、すみません……答えたくなければ、良いんです」
「ああ。英軍にいたとき、世界中の空を飛んだが、こんなに空を飛ぶのが気持ち良いと感じたのは初めてだ」
「それでも、そんな何もない田舎を守りたいと思った。だから軍人になったんだろう、君は?」
「どうですかね……いえ、それももちろんあると思います。だけど……」
「時々、わからなくなります。私は何故、こうして生きているんだろうって。私の夢ってなんだったんだろうって」
「……この国は、良い国だよ、ティナ。もっと自信を持って良い」
「――ヒュウ(口笛)。あっちでもこっちでも派手にドンパチやってるぜ」
「敵も本気を出してきたってことだ。まあ、逆に言えば、今さえ凌げば勝機はある」
「ああ。けどよ、全エリアの戦力的には五分五分ってところだが、ここの空域は特にやべえぞ。まったく、鬼が出るか蛇が出るか……」
「To be or not to be, that is the Question.〝やるべきか、やらざるべきか。それが問題だ〟」
「おいおい、それは俺が言うべきセリフじゃねえか、TACネーム的に」
「ハハッ! 違ぇねえ。ま、やるもやらないもねえさな。ここで守り切らねぇと、制空権が敵さんに渡っちまうんだ」
「ああ。もとより、俺たちの契約書には退却して良いとは書かれてない。やってやろうさ」
「――レーダーが敵影を捕捉、数四機! この空域で活動している部隊は、一つしかありません。相手はトリシア軍の一、二を争うエース部隊です! 十分に警戒してください!」
「了解、《エアリエル》。――覚悟決めろよ、《ハムレット》!」
「はッ、敵ながら良い連携だ。なかなか隙を見せやがらねぇ!」
「わかってるが……畜生めっ、ホントに良い動きしやがるぜ!」
「ああ。こいつら、他の奴らとはまったく違う。ガチの手練れだ」
「警告! 警告ッ! 《グリフォン2》、ロックオンされています!」
「チッ、言われなくたってわかってる! さっきから警告音が鳴りっぱなしだ! こんだけ目覚まし鳴ってりゃあ、どんなお寝坊さんもすぐに飛び起きるだろうよ!」
「フッ、軽口叩けるくらいなら、まだまだ余裕だな。――ケツは任せろ、《ハムレット》!」
――機銃を掃射し、サムを追う敵機を引きはがすウィル
「今度はこっちの番だ! ――もらったぁッ! FOX2!」
「――ミサイル、命中です! 敵機撃墜、残存数三!」
「《グリフォン2》! もう無茶するのはやめてくださいよ!」
「心配すんなって、ティナ! ちゃちゃっと終わらせて帰ってやるさ! それよりも、あの約束忘れんなよ?」
「(呆れたように)《グリフォン1》より《グリフォン2》へ。奴らも必死だ。油断すんじゃねえぞ」
「わーってるよ! そぉら、もう一機、ロックオンしたぞ!」
――そこへ別の敵機が割り込み、盾になって撃破される
「(動揺しながら)……僚機を、庇いやがっただと⁉」
「ど、どういうことだ? ……嘘だろ……あいつ、なんで……」
「まさか、大切な恋人でも庇ったとかじゃねぇだろうな」
「おい、何をボーっとしてんだ《ハムレット》! 生き残りの敵機が後ろに回り込むぞ!」
「チッ、まずい……《ハムレット》、回避運動を取れ!」
「気を付けてください、《グリフォン2》! ミサイルが来ます! 回避を!」
「なッ……サムッ! おい、サムッ! ベイルアウトはどうした⁉ 脱出できたんだろう⁉ なあッ!」
「応答しろよ! なあ、サム! サムッ! ……この馬鹿野郎ッ!」
「うっ……ぐ、《グリフォン2》の反応、途絶えました……」
「あっ、……《グリフォン1》、高度が極端に落ちています……! どうしたんですか、《マクベス》! 応答してください!」
「(焦燥感にかられるように静かに息を荒らげる)ハァ……ハァ……ハァ……」
「《グリフォン1》! ……《グリフォン1》、応答を! お願いです、気をしっかりしてください! ――ウィルッ!」
「わ……私はこれまで、何度も何度も、仲間のパイロットたちが散って行くのを見てきました。いえ、見届けることしかできなかった……そんなのはもう、嫌なんですッ」
「でも、彼は約束してくれました。『俺とあいつなら、大丈夫だ。絶対に生きて、この戦いに勝ってやる』って。だから、お願いです。あなたは生きて! 生きてあの人の約束に、応えてあげてください……!」
「……ったく、本当に――勝手なんだよ、あいつは――」
「それでよ、もっとこう、なんつーか……地に足を付けて生きたいと思ったつーか、なんつーかさ。その、大切なモノのためによ……」
「――勝手すぎんだよ、テメェはッ!(サムを殴り飛ばす)」
「ガキの頃の約束だぁ? 〝竜の巣〟を探すだぁ? ――ああ、覚えてたよ! しっかりとな! だから俺は、英軍でパイロットになった!」
「一緒に空を飛ぼうだとかなんとか最初に言いだしたのはテメェだろう! なのにテメェは、勝手にアメリカ行って、そっちでパイロットなって! 演習で被りもしなきゃ一緒に飛べるわきゃねえだろ!」
「こうやって再会したのも奇跡的な偶然なんだぞ! それでようやく一緒に飛べたかと思えば、今度はなんだ? パイロットを辞める? 俺をコケにするのもいい加減にしろ!」
「どうした、サム! 立てよ! 殴り返してこいよ!」
「……すまねぇな、ウィル。確かにお前の言う通りだ。俺は、お前にどれだけ殴られても文句は言えねえ……」
「でもよ、これだけは信じてくれ。俺は、お前をコケにしようとしたことなんか、一度もねえ。俺は、俺なりに、お前と一緒に飛ぶ方法をずっと考えてた」
「こうやってその機会がきたのも、確かに偶然かもしれねえが……でも、嬉しかったんだよ。本気で。心の底からな」
「なあ、もし俺に万が一のことがあったら……代わりにお前が〝竜の巣〟を探してくれねぇか?」
「(ウィルの言葉を遮るように)頼むぜ、ウィル。ウィリアム・フェアフィールド。前は俺の、最高のマブダチだ」
「お前……お前ってやつは……どんだけ、勝手なんだよ……」
「あの野郎のことは大体わかる。ガキの頃からの付き合いだからな。大方、この戦いが終わったら、式を上げようなんざ考えてたんだろ。俺には内緒で、サプライズでってな」
「ったく、戦争映画のお約束じゃあるまいし、ほんと大馬鹿野郎だよ、あいつは。いつもいつも、勝手に約束だのなんだのぬかしやがって、気づいたらふらっとどっかに消えちまう。本当にムカつく野郎さ」
「…………(涙を必死に堪えるように、歯を食いしばりながら嗚咽する)」
「だが……ああ、わかってる、ティナ。俺は生きてやるよ。生きて、あいつの給料分も働いてやる」
「それに、俺もあいつと約束してたんだ。なんとしてでもそいつを、約束を果たさなきゃならねえ。だから、まずはこいつらを片付ける――覚悟しろよ、クソ野郎どもッ!」
こうして俺が生きてるということは、おそらく戦闘には勝ったんだろう。
あの戦いから間もなく、即時停戦を求める国際世論に圧された結果、紛争はあっけなく終結した。結果は現状維持の停戦合意。ただただ、無駄に血が流れただけの、誰も得しない痛み分けだった。
しばらくしてティナも軍を辞め、今は田舎に帰ってのんびりと暮らしているそうだ。その腹ん中に、あいつとの子どもを宿しながら。
「――親愛なるウィル。お元気ですか? 早いもので、私が軍を辞めてから半年が過ぎました。お腹もだいぶ大きくなって、もうすぐ臨月に入ります」
「エコーで調べてもらったところ、赤ちゃんは男の子でした。なので名前は、サミュエル・ジュニアと名付けようと思っています。生まれたら、また写真送りますね」
「ああ、そうだ。それと今度、こちらの方に来る機会があったら、ぜひウチに寄ってください。ウォルトニアの美味しい田舎料理、ごちそうしますから――」
そして、終戦とともにお役御免となった俺はといえば、その後アメリカに渡り、民間の小さな航空会社に就職し、これまた小さな旅客機のパイロットをやっている。
〝竜の巣〟を探すなんて嘯いて、俺に厄介ごとを押し付けながら、あっさりとくたばりやがった、自分勝手な友人とかわした約束。
その、決して成就することのない約束を果たさんがため、決して見つかるはずのないものを探しながら、俺は相も変わらず、空を飛び続けている。
人は、生きる意味を見つけるために生きるのだとしたら、実に不毛な話だと思う。
けれど、それでもまあ、いいさ。人生ってのはそんなもんだ。
あいつの言葉を借りるなら、俺たちは舞台の上でしか生きていけない。
――舞台の上で大見得切っても、出番が終ればサヨナラだ。