星を追う天馬

島嶋徹虎

アクション／ミリタリー

約30分

男3：女1（※あくまで目安ですので、基本的にはすべて男女不問です）

トマーシュ・ギャヴロフ（♂）　…　トリシア国防空軍第三航空師団第十三飛行隊「ペガソス」隊長。階級は少佐。コールサインは《ペガソス１》。歴戦の戦闘機パイロット。豪快な性格だが、冷静沈着で部下思い。バツイチ。

カレル・グラーシュコ（♂）　…　トリシア国防空軍第三航空師団第十三飛行隊「ペガソス」二番機。階級は中尉。コールサインは《ペガソス２》。ギャブロフに次ぐ熟練のパイロット。腕は立つが、若干お調子者。皮肉屋で口が悪い。妻帯者。

レオナ・カサロヴァ（♀）　…　　トリシア国防空軍第三航空師団第十三飛行隊「ペガソス」三番機。階級は少尉。コールサインは《ペガソス３》。部隊の紅一点。空軍士官学校を優秀な成績で卒業したエリート。普段は感情を殺しているクールな性格。

ヨハン・ボルチェク（♂）　…　トリシア国防空軍第三航空師団第十三飛行隊「ペガソス」四番機。階級は少尉。コールサインは《ペガソス４》。レオナの一年後輩に当たる新米パイロット。（※テレビリポーターと兼ね役推奨）

2000年代初頭。ヨーロッパ南東部、バルカン半島。
“欧州の火薬庫”などともいわれるこの地方に位置する二つの小国、ウォルトニア共和国とトリシア民主共和国は、領土問題に端を発する戦争に突入した。

トリシア国防空軍が誇るエース部隊 《ペガソス》。そこには女性ながらに士官学校を優秀な成績で卒業した一人のパイロットが所属していた。

宇宙飛行士を夢見て空軍に入隊したものの、果てしない蒼穹が、宇宙に行きたいと願う彼女の夢を阻み続ける。

それでも彼女は、ひたすらに飛び続けていた。

　＊　＊　＊　＊　＊

宇宙。無限に広がる星の海。

その中を悠々と駆ける、一頭の天馬がいた。

大きな翼を羽ばたかせ、長い純白のたてがみをなびかせながら、幾千万もの星の輝きを背に、漆黒の闇を切り裂き、颯爽《さっそう》と疾駆《はし》ってゆく。

そんな御伽噺のようなイメージを、四歳の私はクレヨンを手に、夢中で画用紙に描きなぐっていた。

なんでそんな昔のことを、唐突に思い出したのかはわからない。……きっと、この空を眺めていたせいだろう。私は何故だか、不意に胸が苦しくなった。

「――よう。今日は、良い天気だな」

「え……？」

「空を飛ぶには、最高の日だ。なあ、レオナ・カサロヴァ少尉」

「――はッ！」（背筋を伸ばして敬礼する）

「ハハ。そんなかしこまらなくていい」

「なあ、レオナ。お前は、空を飛ぶのが楽しくないのか？」

「……なぜ、そう思うんですか？」

「訓練で飛んでいるときの声、態度、雰囲気……なんて、並べ連ねてみても根拠はない。ただのカンだ」

「…………」

「なあ、レオナ。……お前は、この空が好きか？」

「私は――……」

　＊　＊　＊　＊　＊

――宇宙飛行士になりたい。

ただそれだけの理由で、私は空軍に志願した。

ヨーロッパの片隅の、吹けば飛ぶような小さな国に生まれた私にとって、それだけが宇宙飛行士になるためのたった一つの道だったのだ。

士官学校で優秀な成績を収め、空軍パイロットとして多くの実績を積み重ねれば、ロシアのロスコスモスか、あるいはアメリカのNASAに推薦されるかもしれない。

そんな、叶うかどうかもわからない夢への不安を抱き、それでもいつかは来るであろうその日を信じて、私はひたすら空を飛び続けていた。

だが――

「――《ペガソス1ワン》より《ペガソス》各機へ。現在、敵の航空部隊が領空を越え、バレリア空軍基地に向け侵攻中。我が隊はこれより敵部隊を迎撃する。この空が一体誰のものか、お客さんによーく教えてやれ」

「こちら《ペガソス2ツー》、了解。うるさいコバエ退治と参りましょうや！」

「《ペガソス3スリー》、了解」

「……ぺ、《ペガソス4フォー》……了解です！」

「おいおい、ここまできてビビッてんじゃねーぞ、坊ちゃんよぉ！」

「わ、わかってますよ、グラーシュコ中尉！　これでも僕は、栄光の《ペガソス》隊の一員です！」

「ほう！　言うじゃねーか、気に入ったぜ坊ちゃん！」

「その、坊ちゃんっていうのやめてください！」

「ほーらお前ら、おしゃべりはそこまでだ。まもなく接敵するぞ！　《ペガソス2》と《ペガソス4》は西側から敵部隊の後方に回り込め。《ペガソス3》は俺に付いてこい。――さあ、行くぞ！」

　※次のセリフはなるべく一斉に。ただし、厳密にそろえる必要はないのでバラバラでもOKです。

「了解！」

「了解！」

「了解！」

　＊　＊　＊　＊　＊

未だ冷戦の影響が色濃く残るバルカン半島。

小国同士が始めた、小さな国境紛争。

その中で、何の因果か、私は空軍の中でも一、二を争う精鋭のエース部隊の一員として、最前線の空を飛んでいた。

「――《ペガソス4》、FOX2フォックスツー！　FOX2！」

　――爆発音

「おっ、命中だ！　やるねぇ、坊ちゃん！」

「《ペガソス4》より、《ペガソス2》へ！　坊ちゃんはやめてくださいってば！」

「へへっ。この戦いに生き残ったらやめてやるよ、坊ちゃん！　だから、絶対に死ぬんじゃねぇぞ！」

「りょ、了解です、《ペガソス2》！」

「ふはは！　向こうは順調な滑り出しだな！　こっちも仕掛けるぞ《ペガソス3》！」

「了解、《ペガソス1》。――敵機ロックオン。《ペガソス3》、FOX2」

　――爆発音

「すごい！　《ペガソス3》、敵機撃破です！」

「嬢ちゃんもやるじゃねぇか！」

「……お、おお。見事だ、《ペガソス3》」

「《ペガソス3》より各機へ。戦闘はまだ終わってません。気を引き締めてください」

「う、うむ、了解。……ハァ～。もう少し、愛想があっても良いと思うんだがなぁ……」

　※次の『』内はお好みで別の戦闘機に変更して構いません。皆さんで相談してください。

『ロシア製の戦闘機、Mig-29M（ミグにじゅうきゅうエム）』を装備する、トリシア国防空軍、第三航空師団、第十三飛行隊《ペガソス》。

それが、私たちの部隊の名前だった。

戦いはできればしたくない。でも、もとより覚悟はできているし、死ぬのが怖いわけじゃない。

隊長も、仲間も、みんな良い人たちだ。彼らには、厚い信頼を置いている。

だけど、この果てしない蒼穹の空は――私を、阻み続けている。その向こう側へ、行かせまいとしている。

だから――

――私は、この空が嫌いだ。

　＊　＊　＊　＊　＊

この戦いに出撃する前に、彼――ペガソス隊の隊長であるトマーシュ・ギャブロフ少佐は、私にたずねた。空は好きか、と。

その問いに対して、私は答えることができなかった。

「私は――……その、私の目標は……」

「知ってるよ。宇宙に行きたいんだろう？」

「あ……え、なんで……？」

「ハハ。別に隠すことでもないだろ。みんな応援してるさ」

「う……」

「そのために、人一倍の努力をしてるんじゃないか。お前は、俺にはもったいないほどの自慢の部下だよ」

「……そ、そんな、私なんか」

「まあ、確かに、優秀な人材と言やぁ、ほかにも何人か候補はいるらしい。《モノケロス》隊のイヴァノフとかな」

「…………」

「だが、俺の見立てでは、軍の中で一番期待されてるのは、お前だよ。もちろん、これは身内の贔屓でもなんでもない。……そりゃまあ、貴重な女性パイロットのうえに、将来を期待されたエリートとくれば、上の連中の下心も多分にあるだろうが……」

「私はそれでもかまいません！　夢が叶うのなら、客寄せパンダだって良い。でも……」

「……でも？」

「でも、あと何度……何度、この空を飛べば……私は、宇宙《あそこ》に行けるんでしょうか」

「……すまん。俺には、その問いには答えられん……」

「あ、いえ、こちらこそ、子供染みた質問をしてしまい、申し訳ありません」

「（小さく微笑んで）……なあ、レオナ、聞いてくれ。俺は、この空が好きだ。純粋に、空を飛ぶのは楽しい。だから、俺はこの仕事をしてる。そして、ただ飛ぶだけじゃない。この美しい空を愛している。だからこそ、守りたいと思った」

「…………」

「もちろん、お前にもそうなってくれと強制するわけじゃない。この空を飛ぶ理由は、人それぞれだ。だけど、なんつーかな……その、嫌ってほしくないんだよ。この空を、さ……」

「隊長……」

「ああ、ほんと良い天気だな……飛ぶには、最高の日だ」

　＊　＊　＊　＊　＊

そして、現在。

「――周囲に敵影なし。どうやら片付いたな。《ペガソス1》より《ペガソス》各機へ、ご苦労さん。これより帰投するぞ」

「ッ……はぁああ～～～～～ッ！　緊張した……」

「ハハハ。よくやったな、《ペガソス4》。この調子でまた頼むぞ」

「は、はい！　ありがとうございます！」

「帰ったら一杯奢ってやるぜ、坊ちゃん！　ミルクでもどうだ！」

「ちょ、そこまで子供扱いしなくたっていいじゃないですか！」

「だっはっは！　冗談だよ！」

「《ペガソス1》、あの……」

「ん、どうした、レオナ」

「あ……いえ、なんでもありません」

「……そうか。まあ、帰ったらゆっくり休め」

「……了解、隊長」

　＊　＊　＊　＊　＊

それから、二国間の紛争は一進一退の攻防が続き、私たちも何度かにわたって出撃を繰り返し、その度に戦果を挙げていった。

そして、ちょうど夏至の日に始まった紛争は、日に日に戦闘を激化させながら、ひと月が過ぎようとしていた。

そんなある日。

　――トリシア軍基地施設の屋上にて

「――空が、お好きなんですか？」

「えっ……？」

不意に声をかけられた。私が振り返ると、そこにいたのはペガソス隊の４番機パイロット、ヨハン・ボルチェク少尉だった。

「すみません、驚かせちゃいましたか？」

「ううん、大丈夫。……それよりも、どうしてそう思うの？」

「あ、いや……レオナさんは、いつもこの場所で空を眺めていらっしゃるので……」

「……なんでだろうね。気付くと私は、こうしていつも空を見上げてる。
（小声で）……あんなに、嫌いなのに」

「え、今なんと？」

「いや、なんでもない。ねえ、ヨハン……キミは何故、空を飛ぼうと思ったの？」

「僕、昔から好きなんです、この空が。子供の頃からずっと、空を飛ぶことを夢見てたんです。そして、いつかは飛ぶだけじゃなく、この大好きな空を自分の手で守りたいと」

「……キミも、隊長と同じこと言うんだね」

「えっ、そうなんですか？　あ、あはは……隊長と同じというのは、なんだか光栄のような、恐れ多いような……」

「ううん。キミはキミの理由に、自信を持って良いと思う。隊長も言ってたよ、空を飛ぶ理由は人それぞれだって」

「レオナさんは……宇宙に行くために、飛んでいるんですよね」

「……キミも、知ってたんだ」

「ええ、そりゃだって、空軍中でウワサになってましたから！　後輩の僕らにとって、貴女は憧れの人なんです！　いえ、それだけじゃありません！　貴女はトリシアの希望の星なんですよ！　トリシア人初の宇宙飛行士になれるのは、レオナさんしかいません！　だからみんな応援してるんです！」

「そんな、大袈裟だよ……」

「あ……す、すみません……一人でテンション上がっちゃって……」

「それに私は、キミが思うような、純情可憐なヒロインみたいな女じゃない。ただ自分の夢のため……ううん、自分自身の私利私欲のためだけに、パイロットになった。そんな、あさましい女なんだよ」

「そんなこと……そんなことないですッ！　誰がなんて言おうと、少なくとも、僕は絶対に、貴女の味方ですから！」

「よ、ヨハン……ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいよ、すごく」

「あはは、いえ、そんな……あ、そうだ！　あ、あの！　もしよろしければ……この戦いが終わったら、一緒に食事でもどうですか？　すごく美味しいレストラン、知ってるんです！」

「……はあっ⁉」

「あっ、ご、ごめんなさい！　嫌でしたよね、僕なんかが、こんなおこがましいこと……」

「ああ、いや、違う……そんな風に誘われたの、初めてだったから、ちょっと驚いて……」

「へ？」

「……その、私なんかで、本当に良いの？　だって、他にいくらでも可愛い女の子いるでしょ……？」

「いえ！　いいえ！　貴女が良いんです！　貴女じゃなくちゃダメなんです！」

「そ、そっか……そこまで、言うなら、まあ……」

「本当ですか！　ありがとうございますっ！」

「はは、やった……っ！」

「ふ、ふふ……」

＊　＊　＊　＊　＊

事態が動いたのは、その翌日のことだった。

トリシア軍が、地上戦力と航空戦力を合わせ総攻撃をかける、一大攻勢に打って出たのだ。

「――レオナ。ちょっと良いか」

「なんです？　隊長」

「この紛争の帰趨《きすう》は、おそらく次の戦いで決まる。俺たちが勝とうが負けようが、次が最後の出撃になるだろう」

「なればこそ、お前だけは絶対に死なせん。俺が絶対に守ってやる。……だから、最後まで生き残るんだ」

「生きて、この空を飛び続けてくれ。俺の好きなこの空を、どうか嫌わないでやってくれ」

「隊長……」

「そして、生きて帰ったら……飯でも食いに行かないか。美味い店、知ってるんだ」

「ぁ……」

「ん？　どうした？」

「ふふ。やっぱり同じだなって思って」

「同じ？」

「いえ、申し訳ないですが、先約がありまして」

「なっ！　マジか！」

「はい……」

「せ、先約って、誰だ！　カレルか？　いや、あいつはああ見えて奥さん一筋だしな……まさかヨハンか？　それとも、別の隊のやつか？」

「ふふ、それは内緒です」

「くぅぅ……こんなバツイチのおっさんじゃ勝ち目はねぇか……」

「でも……本当に、私なんかで良いんですか？」

「良いに決まってるだろ！　むしろ、お前じゃなきゃダメだ！」

「ぷっ（思わず吹き出す）……ふふ、ふふふ」

「お、おい、何笑ってんだ」

「……わかりました。そこまで言うなら、考えておきます（優しく微笑む）」

「お、おお……ありがとな」

「ええ。だから、約束ですよ。隊長も、生きて帰ってください」

「ああ。もちろんだ！」

「ふふ……」

「フッ……今日もいい天気じゃないか。ほんと、飛ぶには最高の日だ！」

＊　＊　＊　＊　＊

「――《ペガソス1》より各機へ。この空域へ侵入してくる機影を捉えた。相手はおそらく、近頃ウワサになってるウォルトニア軍のエースコンビだ。どうやら、やつらが雇った傭兵だそうだが、とにかく腕が立つらしい」

「……ともあれ。この空域を取れば、制空権は一気に俺たちのモノになる。相手は二機とは言え、決して油断するなよ！　いいか、こっからが正念場だ！」

「了解！」

「了解、《ペガソス1》！　そんじゃあ今日は、畑を荒らす悪いウサギ狩りと行きますか！　《ペガソス4》、援護頼むぜ！」

「任せてください、《ペガソス2》！」

「よーし、捉えたぜぇ……――って、あいつ、なんて腕してやがる！　ロックオンしてるのに、まったく隙がねぇ！」

「《ペガソス2》！　もう一機にケツ取られてるぞ！」

　――敵機の機関砲で牽制されるカレル機

「くっそッ……！　機関砲かッ！」

「……あっ、《ペガソス2》！　反転した敵機からミサイルが！　回避してください！」

「ちぃ……ッ！」

　――爆発音

「ぐおっ……やられた……⁉」

「《ペガソス2》！　大丈夫か！」

「ああ、ちくしょうッ、制御不能だ！　すみません、隊長――脱出します！　《ペガソス2》、ベイルアウト！」

　――ほんの少し間を置いて

「ふぅ……どうやら、あいつは無事に脱出できたようだな……しかし、カレルを墜とすとは、こいつらただもんじゃないぞ！」

「――ちっ、気を付けろ《ペガソス3》！　今度はそっちに回り込んだ！」

「……ッ⁉」

「《ペガソス3》、敵機からレーダー照射を受けています！」

「くそ、傭兵野郎が！　一機撃墜したからって調子に乗りやがって！」

「くっ……振り払えない……！」

「《ペガソス3》、待ってろ！　今、援護に行く！」

「《ペガソス1》、私のことは大丈夫です！　それより、もう一機の方を！」

「バカを言え！　お前は死なせないと言っただろう！」

「でも、私は……私は、これ以上、どれだけ飛んでも……！」

「しっかりしろ、《ペガソス3》！　――レオナ・カサロヴァ！　お前は、トリシア初の宇宙飛行士になるんだろうが！」

「……ッ！」

「だから、そんな悲しいことを言うな。この空は、お前が思ってるより、悪くないぜ？」

「た、隊長……」

「――まずい、《ペガソス3》！　ミサイルが来ます！　避けてください！」

「あ……あぁ……」

「――やらせるかよおおおッ！」

「なッ……」

「あきらめるなレオナ、お前は飛び続け――……」

「ぁ……ッ」

　――爆発音

「そんな、隊長が、盾に……」

「隊長おおおぉぉぉッッ！」

「た、隊長……《ペガソス1》の反応、消失しました……」

「生きて帰るって、言ったのに……それで貴方は、私に飛び続けろなんて、勝手なこと言い残して……隊長のバカ……」

「ぺ、《ペガソス3》、大丈夫ですか！」

「くッ、……このっ……よくもおおおッ！」

「あ、敵機の動きが鈍りました！　チャンスです！」

「墜ちろ……墜ちろぉッ！」

　――爆発音

「――やりました《ペガソス3》！　敵機撃墜！」

「はぁッ……はぁッ……もう、一機！」

「残りの敵機も高度を下げて……まさか、僚機がやられて動揺してる……？」

「逃がさない……絶対に、仕留める！」

「《ペガソス3》、相手がどう動くかわかりません、注意してください！」

「もう少し、もう少し……よし、きた！　敵機ロックオン！　FOX2！」

　――しかし、レオナの放ったミサイルは空を切る

「……――なっ、回避した⁉」

「……て、敵機が態勢を立て直しました！　《ペガソス3》、援護します！」

「ヨハン……！」

「このぉッ！」

　――機関砲で射撃するヨハン。敵機は射線を掻い潜り、レオナ機に迫る

「くうっ……こいつ、早いッ！」

「……あっ、くっ……ロックオンされ……！」

「あっ、ミサイルが！　《ペガソス3》、回避を！」

　――爆発音

「――くっ……ぐぅぅぅッ！」

「や、やった！　《ペガソス3》、回避成功！　いや、でも……」

「ハァッ……ハァッ……」

「機体の、損傷が激しい……」

「ハァッ……ハァッ……ま、まだだ……！」

「《ペガソス3》！　そのダメージじゃ無茶です！　退いてください！」

「まだ……まだ、動ける！　こいつも、仕留めないと……隊長のためにも……ッ！」

「……《ペガソス3》、早くこの空域を離脱してください！　こいつは、僕が引きつけます！」

「よ、ヨハン……キミ、何を言って……！」

「どっちにしろ、もうまともに動けるのは僕だけです！　貴女は早く離脱を！」

「で、でも……ッ！」

「……レオナさん、貴女は生きてください！　いえ、生きなければならない！　貴女は、僕たちの希望なんですから！」

「ヨハン！　……だ、だめッ！　ロックオンされて……！」

「食事の約束、守れなくてすみません。僕は、貴女と飛べて、幸せでした――（穏やかに微笑む）」

「ヨハッ――――」

　――爆発音

「あ、あぁ……そんな……ヨハ……ン……」

「（涙で声を震わせながら）わ、私……私、は……一体、何をして……ッ！」

「う、ううっ……うあああぁぁぁ……ッ！（慟哭する。※悲鳴ではありません）」

　＊　＊　＊　＊　＊

それから、どうやって帰ってこれたのかは、覚えていない。

ともあれ、大きなダメージを負い、今にも墜落しそうな機体を操りながら、どうにか近くの基地へとたどり着いたことだけは確かだった。

その後、脱出《ベイルアウト》したカレル・グラーシュコ中尉も、着地の際に軽度の打撲を負ったものの命に別状はなく、無事に生還。

辛うじて生き延びた私とグラーシュコ中尉に待っていたのは、

　※次の空軍司令のセリフは演技する必要はありません。レオナのモノローグの一部として淡々と読んでください

〝なんてザマだ。おめおめと逃げ帰りおって。これでは国民に顔向けできん。恥を知れ〟

という、空軍司令長官じきじきの罵声《ねぎらいのことば》だった。

トリシア軍の威信を背負ったエース部隊の、圧倒的な敗北。

こちらは四機に対し、あちらはたったの二機。しかも、正規の軍人ではない、金で雇われた卑《いや》しい傭兵がパイロットだった、と。

その事実が知れ渡ったときには、もはやトリシア軍の士気はガタ落ちだった。

そして、あの戦いから間もなく、即時停戦を求める国際世論に圧おされた結果、紛争はあっけなく終結した。

結果は現状維持の停戦合意。ただただ、無駄に血が流れただけの、誰も得しない痛み分けだった。

「――見たかよ、今日の朝刊。トリシア空軍に燦然《さんぜん》と輝いた栄光の《ペガソス》隊も、紛争終結とともに惜しまれつつも解隊だとさ。……はんッ、なーにが栄光のペガソスだってんだ。頼んでもねえのに、あんだけ持て囃すだけ持て囃しといて、用済みとなったら丸めてポイだ」

「…………」

「ったく、ヨハンの野郎も……死ぬなつったのによ。……これじゃあ、永遠に坊ちゃんのままじゃねぇか……」

「……ッ」

「隊長のことも、あとで聞いたぜ。お前さんを庇ったんだってな……辛かったろうな、お前さんも」

「……グラーシュコ中尉……わ、私ッ……私は……ッ」

「ああ、いいさ。泣けよ。思う存分な。……そうだとも、お前さんはよく頑張ったじゃねぇか。誰にも、文句は言わせねぇよ」

「うっ、ううっ……ひぐっ、ぐす……っ」

「ははっ、あのクールビューティーなお前さんに、こんな一面があるなんてな」

「……すみません、中尉……みっともないところを見せてしまいました……」

「いんや。ちっともみっともなくねぇさ。こんな美人が泣いてくれんだ。隊長も坊ちゃんも光栄だろうよ。……それにまあ、みっともないと言ゃあ、早々に堕とされちまった俺が言えることじゃねぇしな！」

「……それは笑えませんよ、グラーシュコ中尉」

「それもそうだな……ってぇ、言いながら笑ってんじゃねぇよ！」

「ふふ……」

＊　＊　＊　＊　＊

その後、グラーシュコ中尉は軍を退役し、今は街の片隅で、小さなパン屋を奥さんと一緒に営んでいる。

いつだったか、非番の日に立ち寄ったとき、彼に尋ねたことがあった。

「この空が好きかって？　そりゃあ、好きさ！　この空のもとに、俺たちは生まれた。そして、この空のもとで、俺たちは生きてるんだ。嫌いになんかなれねぇよ。……ま、飛ぶのだけはもうこりごりだけどな！」

そして、彼はこう付け足した。

「――いいか、レオナ。絶対にあきらめなるな。お前さんだけは、何があっても飛び続けてくれ。お前さんの夢は、もうお前さんだけのものじゃない。俺、ヨハン、そしてトマーシュ隊長、みんなの夢なんだ。……だから、頼む」

――嗚呼、これは私に課せられた、呪縛なのかもしれない。

あの人は、私に生きろと言った。

私に飛び続けろと言った。

言うだけ言って、彼はあの空に消えていった。

本当に勝手な人だと思った。

本当に、この空は最低だと思った。

だが、それでも――

「どうかこの空を、嫌わないでくれ、レオナ」

――私は、空を飛び続けている。

その中で一つだけ、わかったことがある。

この空は、私だけのものではないのだ。

「貴女は、僕たちの希望なんです、レオナさん」　

みんなの思いが、この空に満ちている。

そう思ったら、なんだか前よりも、好きになれた気がした。

叶うかどうかもわからない夢への不安を抱き、

いつかは来るであろうその日を信じて、

私はひたすらに飛び続ける。

彼らが愛した、この空を――

＊　＊　＊　＊　＊

　※約５秒ほど、充分な間を開けて

「――今日はもう閉店だよー！　なんたって、歴史的な日だからなぁ！」

気付けば、あのクソみたいな紛争から、丸六年が経っていた。

その後、なんだかんだで隣の国とは仲良くやってるみたいで、なんだかんだで平和は続いている。

この国の暮らしは決して豊かとは言えないが、それでも、今のところパン屋は繁盛しているし、車がボロいことと、テレビが小さいこと以外は、大して不満はない。

まあ、身の丈に合った幸せは、享受できていると言えるのだろう。

その日、俺はいつもより早く店じまいすると、五才になったばかりの息子を膝の上に乗せながら、カミさんと一緒にテレビにかじりついていた。

「――見えました！　我らがトリシア民主共和国初の宇宙飛行士となった、レオナ・カサロヴァさんです！　あ、今、笑顔で手を振りながら、機内に乗り込みました！」

リポーターが興奮した様子で実況する中、テレビ越しに、ひさしぶりに彼女の顔を見た俺は、思わず口元を歪めた。

「フッ……あの愛想のあの字も知らなかった嬢ちゃんが、良い顔するようになったじゃねぇか」

今日という記念すべき日。アメリカのケネディ宇宙センターから、彼女の乗ったスペースシャトルが飛び立つ。

国際宇宙ステーションに人員と機材、物資を届ける、約十二日間のミッションだ。

「成功です！　打ち上げは、成功です！」

カウントダウンの間は気が気じゃなかったが、打ち上げ成功の言葉に、俺とカミさんは歓喜の声を上げていた。

そして、彼女の乗ったスペースシャトルは、白煙を吹きながら、空高く、高く、昇って行った。

あのどん底から這い上がるのは、並大抵の努力じゃなかったろう。

だが、彼女はやり遂げた。一度は翼の折れた天馬が、再び大空へと舞い上がったのだ。

きらめく星を追い、無限に広がる果てなき宇宙を目指して。

「ああ、まったく、いい天気だぜ。こういう時、隊長ならこう言ったろうな……そう――」

――飛ぶには、最高の日だ！

〈Fin〉