灰色の悪魔

ファンタジー
ファンタジー

 16世紀~17世紀頃のヨーロッパ風の世界を舞台にした、王位継承をめぐって泥沼の内戦に陥った国で次第に狂気に飲まれて行く「若き領主」、兄を献身的に支えながらも心に迷いを生じる「領主の弟」、兄弟たちの間で悲劇に見舞われる「令嬢」、そして彼らの物語に関与する「とある傭兵」のお話です。

はじめにお読みください

  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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  • 営利を目的とした配信や商業作品、舞台やリアルのイベントなどで使用したいという場合は作者のTwitter(X)にご連絡ください。
  • 物語の雰囲気を大きく変えない限りは、アドリブやセリフ改変などもOKです。各キャラクターの一人称やセリフの言い回しなども、各自で演じやすいようにアレンジしても構いません。
  • ストーリー上キャラクターの性別は定めていますが、誰が演じても構いません。
  • 亡国の光芒』『星屑の記憶』と共通した世界観ですが、ストーリーの直接的なつながりはありません。
作品概要

タイトル

灰色の悪魔


作者

島嶋徹虎


ジャンル

ファンタジー


上演時間

約30分


男女比

男3:女1(※あくまで目安です)

登場人物

アレッサンドロ

【♂】アレッサンドロ・ディ・スプマンテ。父の死によりスプマンテ伯爵家を継いで当主となった青年。生真面目で責任感が強い。


アンジェロ

【♂】アンジェロ・ディ・スプマンテ。アレッサンドロの弟。兄を尊敬し、献身的に支える心優しい青年。


ルイーザ

【♀】ルイーザ・リモンチェッロ。リモンチェッロ家の令嬢。アレッサンドロとアンジェロの幼馴染。アレッサンドロの婚約者。


フォルテ

【♂】フォルテ・ベルリオーズ。ベルサリア王国出身。スプマンテ家への軍事顧問としてベルサリアから派遣されてきた軍人。灰色の髪が特徴。

シナリオ

(※「」で括られてない箇所はナレーションもしくはモノローグとしてお読みください)


ルイーザ

(N)大小様々な国が集まる《アルファラウンド》。その南部に位置する《タヴェルナ王国》は、今まさに動乱の真っただ中にあった。


ルイーザ

(N)前王であるフィリッポ三世の死によって、代々タヴェルナ王家として続いたヴェルモット家は断絶。


ルイーザ

(N)フィリッポ三世が後継者を指名していなかったため、王位継承権を持つ二つの貴族、ベルサリア王国の後ろ盾を得たスプマンテ家と、サイザリア王国が支援するフリザンテ家による内戦が勃発するに至ったのである。


ルイーザ

(N)これは、泥沼の内戦の果てに滅亡への道を歩む彼(か)の国で芽生えた、ほんの小さな歴史の一ページ。


 

* * * * *


アンジェロ

あれは、いつの頃だったろうか。


アンジェロ

きっと、そう遠くない過去のはずだった。


アンジェロ

それがもはや、いつの日か思い出せないほどに遠く、遥か遠くへと過ぎ去ってしまったように感じていた。


アンジェロ

「――兄さーん! アレッサンドロ兄さん!」


アレッサンドロ

「アンジェロ、ここだよ」


ルイーザ

「まあ、アンジェロ! ごきげんよう」


アンジェロ

「ルイーザも来てたんだ!」


ルイーザ

「あら、兄弟水入らずのところ、お邪魔だったかしら」


アンジェロ

「そんなことないよ! ルイーザにもここにいて欲しい!」


アレッサンドロ

「ああ、この場にいてもらわなければ困る。何故ならルイーザは将来の我が妻、そしてアンジェロの義姉になるのだからな」


アンジェロ

「……う、うん、そうだよね! 二人は最高にお似合いだもん。ルイーザがお義姉さんなってくれたら、ぼくも嬉しいよ!」


ルイーザ

「も、もう、アンジェロったら」


アレッサンドロ

「うむ。私たちは家族だ。共にこの国に生き、共に幸せを築いていこう」


ルイーザ

「アレッサンドロ……」


アンジェロ

「……この丘からは、ぼくたちの街が良く見えるね」


アレッサンドロ

「ああ。本当に、美しい街だ。……覚えているかい? アンジェロ。昔、私たちがこの場所で誓い合ったことを」


アンジェロ

「もちろんだよ、兄さん。覚えているとも。ぼくたちが生まれ育ったこの故郷を守るため、この国の未来のために、力を合わせて頑張ろうって」


アレッサンドロ

「その通りだ、アンジェロ。そう遠くないうちに、この国はかつてないほどの危機に見舞われるかもしれない。そうなれば、私は心血を注いで戦いに身を投じる覚悟だ。……その時は、二人とも、どうか私に力を貸してくれないか」


ルイーザ

「ええ、たとえどんな困難が待ち受けていようと、必ず貴方を支えると誓うわ。アレッサンドロ」


アンジェロ

「ああ、ぼくだって、絶対に兄さんの役に立ってみせるさ!」


アレッサンドロ

「ありがとう、二人とも。私は、本当に幸せ者だ」


 

* * * * *


アンジェロ

それから数年後、我が父である先代スプマンテ伯が死去し、兄・アレッサンドロがその後を継ぐことになった。


アンジェロ

そんなとき、兼ねてより病床に伏していたタヴェルナ王フィリッポ三世の容体が急変したという知らせが飛び込んできたのだ。


ルイーザ

「アレッサンドロ、まだ起きていたの? こんな夜更けまでお仕事だなんて、お体に障るわよ?」


アレッサンドロ

「わかっている……あと十通、いや、二十通ほどの書状を書き終えたら寝るとするよ」


ルイーザ

「そんなっ……それだけの数のお手紙を書いていたら、夜が明けてしまうわ⁉」


アレッサンドロ

「いいや、まだまだこんなものでは足りない。一日でも早く、一刻でも早く、そして一通でも多くの書状を書かなければ」


ルイーザ

「どうして、そこまでして……」


アレッサンドロ

「国王陛下に世継ぎはなく、現在までに後継者の指名もない。そのような状況で、国王陛下はご危篤となられた。このまま国王陛下が崩御なされば、当然ながら王位継承順位の高い者が、次の王となる。我がスプマンテ家は、先代の王弟、つまりは国王陛下の叔父に繋がる血筋。これに勝る好機は、今後あるはずもないだろう」


ルイーザ

「でも、その条件でいうのであれば、フリザンテ伯も王位継承順位は同位のはずよ?」


アレッサンドロ

「その通りだ。あの忌々しいフリザンテ伯も、今頃まったく同じことを考えているだろう」


ルイーザ

「それでは、その書状は……!」


アレッサンドロ

「そう。これは王国中の諸侯に、我がスプマンテ家への支援を取り付けるためのものだ。正統な後継者が現れなければ、いずれ国を二分する戦が起こるだろう。そうなる前に早くから諸侯を味方に付け、一気呵成にフリザンテ家を打倒し、そして……私は、この国の王となる!」


 

* * * * *


アンジェロ

しばらくして、国王フィリッポ三世が崩御。我が兄の見立て通り、タヴェルナ王国領内でスプマンテ家とフリザンテ家による内戦が勃発した。


アンジェロ

当初は兄の書状が功を奏したことで、多くの諸侯を味方に付けたスプマンテ陣営が優位に立ち、このまま勝利するかに思われた。


アンジェロ

だが、フリザンテ家が民族的・文化的にも繋がりの強い隣国であるサイザリア王国からの援助を得たことで、それまで中立を保っていた諸侯たちの中から彼らを支持する者が次々と現れた。その結果、次第にフリザンテ陣営が勢力を盛り返し始めたのだ。


アレッサンドロ

「……おのれ、フリザンテの者共め! サイザリア王国の支援を取り付けるなど正気の沙汰ではない! たとえこの戦に勝ったとて、サイザリアヤツらの傀儡国家に成り果てるだけではないか!」


ルイーザ

「……アレッサンドロ、大丈夫? もう何日もろくに寝てないのでしょう?」


アレッサンドロ

「こんな時に悠長に寝ていられん。私がやらなければならないのだ……私が家族を、このスプマンテ家を、いや、このタヴェルナ王国を、より良い未来へと導かなければ……ッ!」


ルイーザ

「そんなに思い詰めてはいけないわ。貴方が疲労で倒れてしまっては元も子もないではないの」


アレッサンドロ

「むう……そうだな、すまない。……だが、報告によれば、ヴェルミチェッリ砦でフリザンテの軍が攻勢を強めているという。しかし、我が軍にはほかに派遣できる将が残っていない。こうなっては、私自ら指揮を執らねば……」


アンジェロ

「――でしたら、この私にお任せください、兄さん!」


アレッサンドロ

「おお! 行ってくれるか、アンジェロ!」


アンジェロ

「もちろんですとも! 私はそのために修練を積んできたのです。必ずや、スプマンテ家の勝利に貢献してみせます!」


アレッサンドロ

「よくぞ言った! 勇敢な弟を持って私は幸せ者だ。では、お前にはヴェルミチェッリ砦の指揮を任せる。頼んだぞ!」


アンジェロ

「はい! 準備でき次第、すぐに出立します!」


ルイーザ

「アンジェロ、本当にあなたが戦場に行かなければならないの? 心優しいあなたが、そんなことをする必要なんて……」


アンジェロ

「これはぼくが……いや、私がやらなければならないことなんだ。それに、兄さんは言っていた。優しさだけでは、大切なものは守れないって」


ルイーザ

「わたくしは、あなたが心配なのよ……」


アンジェロ

「ルイーザ……ありがとう。でも、心配には及ばないよ。私のことよりも、どうか兄さんのことを頼む」


ルイーザ

「アンジェロ……」


アンジェロ

ああ。これでいい。これでいいんだ。〝ぼく〟の想いは、決して外に出してはいけない。誰にも悟られてはいけない。兄に尽くし、彼女の幸せを守ると――〝私〟はそう、心に誓ったのだから。


 

* * * * *


アンジェロ

ヴェルミチェッリ砦の戦いは熾烈を極めたが、領主の弟である私が着任したことで兵たちの士気も大いに高まった。そして、彼らの頑張りのお陰で、見事に敵の攻撃を防ぎ切ることに成功したのだった。


アンジェロ

それから一月ひとつきほどが経ち、砦の防衛任務を終えた私は、本拠地へと帰還することとなった。


ルイーザ

「アンジェロ! 無事だったのね! おかえりなさい!」


アンジェロ

「ルイーザ! うん、ただいま」


ルイーザ

「よかった、本当によかった……」


アンジェロ

「そんな、大袈裟だよ。……でも、ありがとう」


アレッサンドロ

「おお、戻ったか、アンジェロ。先の戦いではよくぞ我が軍を勝利に導いてくれた。誠に大儀であったぞ」


アンジェロ

「ありがとうございます、兄さん。……それよりも、屋敷の表に集まっている見慣れない兵士たちは一体何者です? 我が軍とも、フリザンテの軍とも違うようですが」


アレッサンドロ

「喜べ、彼らは我々の援軍だ! これで膠着した戦線を一気に押し上げることができよう!」


アンジェロ

「援軍⁉ 一体どこから⁉」


アレッサンドロ

「ああ、ベルサリア王国から兵を借り受けた!」


アンジェロ

「ベルサリアだって⁉ いや、しかし、それは……っ!」


アレッサンドロ

「なんだ、不服か?」


アンジェロ

「いえ、しかし、兄さんも以前、仰っていたではありませんか。フリザンテ家がサイザリア王国の支援を得るのは即ち、彼らの傀儡と化すことと同義だと」


アレッサンドロ

「うむ、その通りだ。だが、心配するな、アンジェロ。私はフリザンテの者共とは違う。ベルサリアとはあくまでも対等な条約のもとで、援助を受けたに過ぎん。……なぁに、事は簡単だ。私がこの国の王になったあとに、借りを返せばそれで済む話ではないか」


アンジェロ

「そうは言っても、相手は――」


フォルテ

「――お話し中のところ失礼いたします、アレッサンドロ閣下。閲兵式(えっぺいしき)の準備が整いました」


アレッサンドロ

「うむ、承知した。それでは、ベルサリア王国ご自慢の精鋭たちに挨拶しに行くとするか! ……ああ、そうだ、紹介しよう、アンジェロ。この者はベルサリアから派遣された部隊の指揮官を務める、フォルテだ」


フォルテ

「この度、軍事顧問としてお仕えすることとなりました、フォルテ・ベルリオーズと申します。どうぞお見知り置きを」


アンジェロ

そう言って軽やかに一礼したのは、黒みがかった銀髪……灰色の髪が特徴的な青年。一見すれば、物腰柔らかな雰囲気だが、ゾッとするほど冷たい目をした男だった。――そう、それはまるで、悪魔のような。


 

* * * * *


アンジェロ

その後、ベルサリアからの援軍の活躍もあり、兄の言う通り膠着した戦線を引き上げ、スプマンテ陣営が優位に立つことができた。


アンジェロ

だが、一方では戦費も嵩み、あと少しというところで、なかなか決定打を打つことができなかった。


アンジェロ

そんな中で、ついに我が陣営に、致命的な亀裂が発生してしまったのだ。


アレッサンドロ

「税を納めるは民の義務ぞ。ましてや、この国の未来を決めるための戦だ! 貴族は民を庇護し、民は貴族を支える。それがこの社会の習わしであろう!」


アンジェロ

「だからと言って、これ以上の重税を課せば領民たちの生活が……!」


フォルテ

「――申し上げます、アレッサンドロ閣下。このような報告が上がっております」


アレッサンドロ

「どれ、見せてみろ。……なに? 領内の村落がフリザンテ軍に手を貸しただと?」


フォルテ

「はい。部下によれば、村人たちが反乱を企てているという情報も」


アレッサンドロ

「ええい、忌々しい裏切り者どもめ!」


フォルテ

「この件が明るみに出れば、各地に不安が広がり、兵たちの士気にも影響を及ぼすでしょう。領内の規律を引き締め、統制を万全のものとするためにも、即時に処断すべきです」


アレッサンドロ

「よし! ならば、ただちにその村を焼き払え!」


アンジェロ

「……兄さん⁉ 落ち着いてください! そんなことをしては、民心が離れる一方です!」


アレッサンドロ

「民心が離れるだと? 我がスプマンテ家がこれまで、どれだけ手厚く庇護してきたと思っているのだ⁉ その恩を仇で返すとは言語道断! 裏切者がどのような末路を辿るのか、愚民どもへの見せしめにせねばならん!」


アンジェロ

「し、しかし、彼らがまだ本当にフリザンテ陣営に寝返ったという証拠は……!」


アレッサンドロ

「ええい、もうよい! ――フォルテ!」


フォルテ

「はっ」


アレッサンドロ

「領主、スプマンテ伯アレッサンドロが命じる! 彼(か)の村に叛意(はんい)の兆しあり! 直ちに兵を率いてこれを鎮め、反逆者共を殲滅せよ!」


フォルテ

「承知いたしました、アレッサンドロ閣下」


アンジェロ

「に、兄さん! 本当に村を焼くというのですか⁉」


アレッサンドロ

「アンジェロ! お前は本当に昔からはっきりしないな! 白でもない、黒でもない、どっちつかずのぼんやりした灰色グリジオだ!」


アンジェロ

「なっ……」


アレッサンドロ

「前にも言ったはずだぞ。人としての情を捨てなければ、勝利は掴めぬとな!」


アンジェロ

「それは……ッ」


アレッサンドロ

「それでもなお人道を説くというのなら、今すぐここを出て僧侶にでもなるが良い!」


アンジェロ

「そんなっ、わ、私は、アレッサンドロ兄さんの、このスプマンテ家のために……!」


アレッサンドロ

「話は終わりだ」


アンジェロ

「……兄さん! お待ちください! 兄さん――」


 

* * * * *


ルイーザ

「有無を言わさず村を焼き討ちだなんて、貴方らしくないわ、アレッサンドロ。いつもの貴方なら、もっと慎重に事を進めるはずでしょう?」


アレッサンドロ

「今はこの戦を勝ち切れるかどうかの瀬戸際なのだぞ? 優れた統率者は、瞬時に決断を下さなければならんのだ!」


ルイーザ

「……それも、あの方の入れ知恵ね」


アレッサンドロ

「なに?」


ルイーザ

「わたくしは、あのフォルテという殿方をどうにも好きになれません。なにやら良からぬことを考えているのではないかと」


アレッサンドロ

「何を言う、フォルテは気概のある男だ! あの者のおかげで、我が陣営は勝利を目前にすることができたのだぞ。戦場のことなど何も知らない女子おなごが、滅多なことを言うものではない!」


ルイーザ

「ですが、あれはいくらなんでもやりすぎです!」


アレッサンドロ

「たかが村一つが消えたところで何も問題はない!」


ルイーザ

「……アレッサンドロ……貴方、一体どうしてしまったの……?」


アレッサンドロ

「それはこちらのセリフだ、ルイーザ! お前こそ、一体どうしたというのだ! 何も言わずただ黙って私についてくれば良いだけだというのに、お前もアンジェロも、揃って私に楯突くというのか⁉」


ルイーザ

「それは違うわ、アレッサンドロ! わたくしもアンジェロも、いつでも貴方のためを思って……っ!」


アレッサンドロ

「うるさい、だまれ! ……ああ、そうだ。考えてみれば例の村、お前の父であるリモンチェッロ卿の領地の近くだったな……?」


ルイーザ

「……まさか、わたくしを疑っているの⁉」


アレッサンドロ

「フン。前々から怪しいとは思っていたのだ。やはりフォルテの言う通りになったか……」


ルイーザ

「なんですって? アレッサンドロ……貴方、自分がなにを言っているのかわかっているの……?」


アレッサンドロ

「ああ、充分にわかっているとも!」


ルイーザ

「わかってない! 完全にどうかしてしまっているわ!」


アレッサンドロ

「私は正気だ! どうかしているのはお前のほうであろう!」


ルイーザ

「アレッサンドロ!」


アレッサンドロ

「出ていけ!」


ルイーザ

「アレッサンドロ……っ!」


アレッサンドロ

「今すぐ、ここから出ていけッ!」


 

* * * * *


 

――スプマンテ家の屋敷の裏、木陰に一人うずくまりながら涙するルイーザ


ルイーザ

「うっ、うう……」


アンジェロ

「こんなところにいたんだ、ルイーザ。……どうしたの? 泣いているの?」


ルイーザ

「アンジェロ……」


 

――ルイーザの隣に腰掛け、静かに話を聞くアンジェロ


アンジェロ

「――そうか。兄さんがそんなことを……」


ルイーザ

「……(すすり泣きながら小さく頷く)」


アンジェロ

「……兄さんは、変わってしまった。あれほど聡明で、思慮深く、貴族の規範たるお方だったのに……今はもう、その面影すらない……」


ルイーザ

「……一体、どうして……こうなってしまったのかしら……」


アンジェロ

「それは、わからない。私もルイーザも、兄さんのために……いや、私たちの未来のために、これまで力を尽くしてきたはずなのに。……だけど、どこかで間違ってしまった」


ルイーザ

「もう、あの頃には戻れないのね……」


 

――アンジェロはしばし押し黙ると、意を決したように口を開く


アンジェロ

「……ルイーザ。この国はもう終わりだ。私と一緒に国を出よう」


ルイーザ

「アンジェロ……」


アンジェロ

「兄さんは、もはや正気を失っている。ここにいてはダメだっ! どこでも良い。どこか遠くへ、二人で一緒に逃げよう……っ!」


フォルテ

「――おやおや、どちらへ行かれるというのですかな?」


 

――言いながら、物陰からゆっくりと姿を現すフォルテ


ルイーザ

「貴方は……!」


フォルテ

「いけませんねぇ、アンジェロ様。お兄様のお言いつけを破っては。あなたには謹慎の処分が下されていたはずですが」


アンジェロ

「フォルテ……ベルリオーズ……!」


フォルテ

「それにルイーザ嬢。アンジェロ様を誑かし、国外へ連れ出そうなどと。心苦しいですが、貴女様には罰を受けていただかなければなりません」


ルイーザ

「な……ッ⁉」


アンジェロ

「やめろ! ルイーザは関係ない! 国を出ようと言ったのは私だ! それに、彼女は兄さんの許嫁だぞ! 手を出したら、お前はただでは済まない!」


フォルテ

「いいえ、これは貴方のお兄様のご命令です」


アンジェロ

「なんだと……?」


フォルテ

「ルイーザ嬢は、フリザンテ家と通じ、スプマンテ家の内情を漏洩させていた疑いがある」


ルイーザ

「そんな! 言いがかりです!」


フォルテ

「はは。真実かどうかなんて、どうだって良いんですよ。僕はアレッサンドロ閣下のご命令に従うだけですから」


アンジェロ

「フォルテ、貴様!」


 

――激昂したアンジェロは腰に提げた剣を抜く


フォルテ

「ほう? この僕に剣で勝てるとでも?」


アンジェロ

「これでも兄を……いや、この国を守るために修練を重ねてきたんだ。剣の腕には自信がある!」


フォルテ

「ふふ、なるほど。少しは楽しめそうだ」


アンジェロ

「ルイーザ! ここは私が何とかする! 君だけでも逃げて!」


ルイーザ

「駄目よっ! 貴方を置いてどこに逃げろというの……ッ!」


フォルテ

「もとより、逃がしはしませんよ!」


アンジェロ

「……このおッ!」


フォルテ

「はあッ!」


アンジェロ

「でやあッ!」


フォルテ

「せいっ!」


 

――幾度かの剣戟の後、フォルテがアンジェロの剣を弾き飛ばす


アンジェロ

「くあっ……⁉」


フォルテ

「ははっ、なかなか筋は良いようだけど、所詮は貴族のお坊ちゃまの習い事だ!」


アンジェロ

「くそっ、まだだ……ッ!」


フォルテ

「まったく……――諦めが悪いねぇ!」


 

――弾かれた剣を拾おうとするアンジェロに、フォルテが斬りかかる。そこへルイーザが飛び込み、アンジェロを庇う


ルイーザ

「――アンジェロ! 危ないッ!」


 

――フォルテの剣がルイーザを袈裟斬りにする


アンジェロ

「……あっ⁉」


ルイーザ

「ごふっ……」


 

すぐさまルイーザに駆け寄り、抱き寄せるアンジェロ


アンジェロ

「る、ルイーザ……ルイーザッ!」


フォルテ

「フン。これで手間が省けるというものだ」


ルイーザ

「アン……ジェロ……逃げ、て……」


 

――そう言って、事切れるルイーザ


アンジェロ

「ルイーザ……ルイ……ザ……ああ、そんな……ッ」


フォルテ

「アンジェロ様。貴方は生け捕りにして連れてこいとのお達しが出ています。お兄様のもとへ、一緒に来てもらいましょうか」


アンジェロ

「……悪魔め……」


フォルテ

「はあ?」


アンジェロ

「フォルテ……貴様はッ! 悪魔ディアボロだ……ッ!」


 

* * * * *


フォルテ

「アレッサンドロ閣下。アンジェロ様をお連れいたしました」


 

――アンジェロは後ろ手に縛られながら、アレッサンドロの前に突き出される


アンジェロ

「――兄さん! なぜだ! なぜルイーザを!」


アレッサンドロ

「……なぜ? なぜだと、アンジェロ。お前は誰の味方だ。ん? 私か? それとも、あの女か? スプマンテ家か? それとも、フリザンテ家か?」


アンジェロ

「私は……ッ! 私、は……」


アレッサンドロ

「フン。答えられぬか」


アンジェロ

「…………」


アレッサンドロ

「フォルテ。こやつを牢に幽閉しておけ」


フォルテ

「承知いたしました」


アンジェロ

「……アレッサンドロ兄さん!」


アレッサンドロ

「前にも言ったな。お前は黒でもない。白でもない。中途半端な灰色だ」


アンジェロ

「……ッ!」


アレッサンドロ

「お前は何者にもなれぬまま、暗い牢獄の奥で惨めに朽ち果てるがよい」


アンジェロ

……嗚呼、そうだ。私は。


アンジェロ

ネロにも、ビアンコにもなれない。


アンジェロ

どっちつかずの、ぼんやりした灰色グリジオ


アンジェロ

だから、こうなった。


アンジェロ

こうなってしまった。


アンジェロ

もっと早く見限っていれば。


アンジェロ

もっと早く決断していれば。


アンジェロ

今はもう何もかも、手遅れだった。


 

* * * * *


アンジェロ

牢獄に繋がれてから、何日が経っただろうか。


アンジェロ

私が愛した人はもうどこにもいない。


アンジェロ

心から深く尊敬していた実の兄も。


アンジェロ

密やかな想いを抱いていた女性(ひと)も。


アンジェロ

もう、どこにもいないのだ。


 

――鎖に繋がれたまま牢屋に入れられているアンジェロ。そこへアレッサンドロが視察に訪れる


アレッサンドロ

「フン……無様なものだ。このような姿になっても、まだ生き長らえているとは。存外にしぶといな」


 

――兄の姿を目にして、鎖に繋がれたまま今にも飛びかからんばかりの勢いで吼え立てるアンジェロ


アンジェロ

「……兄さん! 私はッ! 私は、貴方を決して許さない……ッ! 私が死んでも! 地獄の底から、貴方への怨嗟を叫び続けてやる……ッ!」


アレッサンドロ

「ハァ……もうよい。フォルテ、そやつを殺せ。目障りだ」


フォルテ

「よろしいのですか? 今や貴方のたった一人のご家族、弟君(おとうとぎみ)でしょう?」


アレッサンドロ

「知らぬ。我にはハナから兄弟などおらぬでな。そこにいる下郎は、如何ようにしてもよい。殺して捨てておけ」


 

――そう言って、アレッサンドロは牢獄を後にする


フォルテ

「……承知いたしました、アレッサンドロ閣下」


アンジェロ

「…………」


フォルテ

「――だそうだよ、アンジェロくん」


アンジェロ

「…………」


フォルテ

「あーあ……相当なストレスを受けたんだろうね。あんなにも艶やかだった君の黒髪は、今や見る影もない。すっかり色が抜け落ちて、僕とおそろいの灰色の髪だ。まるで、暖炉の灰を被ったかのようだねぇ。こっちの言葉で〝灰被り男チェネレントロ〟とでも言うべきかな?」


アンジェロ

「灰……色……?」


フォルテ

「そうだ。灰色グリジオだ。お兄様も言っていたね。薄汚いドブネズミのような灰色。鬱々とした曇り空のような灰色。ふふ……今の君には、お似合いだろう?」


アンジェロ

「は、はは……はハハ……あハハハはははははッ!」


フォルテ

「おや、急にどうしたんだい? そんなに可笑しかったかな?」


アンジェロ

「――灰色グリジオッ! 灰色グリジオ灰色グリジオッ‼ アはっ、あハハははハ‼」


フォルテ

「……はあ、とうとう壊れちゃったか」


アンジェロ

「あはは! あははははッ! はっ、カハ……ッ⁉ がっ、あ……」


 

――唐突に苦しみ出し、気を失うアンジェロ


フォルテ

「あらら。最後の最後に笑い疲れて、体力も限界を迎えたようだ。……ま、壊れたオモチャに興味はない。さっさと片付けるとしますかね」


 

――フォルテはアンジェロの拘束を解いていく。すると、その隙を狙って目を見開いたアンジェロは、一気にフォルテを組み伏せて馬乗りになる。


アンジェロ

「ざぁんねん、隙ありだ――」


フォルテ

「――なっ⁉ ぐっ……このッ! は、放せ!」


アンジェロ

「ククク……油断したね。私が完全に壊れてしまったと思ったかい?」


フォルテ

「死に損ないが、無駄な足掻きをッ! 外には衛兵がわんさかいるんだ! どうせ逃げられはしないぞ!」


アンジェロ

「うん、そうだね。きっと〝私のまま〟なら、そうなのだろう。だが、残念だったねぇ、フォルテ……いいや。〝君〟じゃない。今、この瞬間から〝僕〟が――フォルテ・ベルリオーズだ」


フォルテ

「なッ……⁉」


アンジェロ

「〝君〟は、今の〝僕〟の髪の色を見て、自分とおそろいだと、まるで暖炉の灰を被ったかチェネレントロのようだ、と言ったよねぇ……。それに、背格好もほとんど同じ。……だったら、実にちょうど良いじゃないか。服を着せ替え、顔を潰しておけば、誰だか分かりっこないんだから! あははっ!」


フォルテ

「き、貴様……何をッ!」


 

――アンジェロは、フォルテの腰に提げられた短剣を引き抜いて振りかぶる。


アンジェロ

「……良いじゃないか、中途半端でも、どっちつかずでも。優しさと冷酷さ、相反するものを、矛盾を抱えたまま生きてゆく! 黒でも白でもない、灰色グリジオ! それが、〝僕〟の色だ!」


フォルテ

「な、なにを言って……」


アンジェロ

「さあ、それじゃ……さようならアリヴェデルチだよ、〝アンジェロ〟くん。またいつか、地獄で会おう。――ふ、フフフ、あはははは! あはははははは……ッ!」


フォルテ

「や、やめろ……やめろーッ! あッ、悪魔め! 灰色の、悪魔……ッ」


 

* * * * *


アンジェロ

嗚呼、そうだ。〝僕〟は。


アンジェロ

焼き尽くされた希望の残骸。


アンジェロ

絶望の灰燼チェネレから生まれた。


アンジェロ

――はいいろのあくま。


 

* * * * *


ルイーザ

(N)そうして牢獄には、無残にも顔を潰されたアンジェロ・ディ・スプマンテと思しき、一人の青年の死体だけが残された。


ルイーザ

(N)同時に、人知れず姿を消したフォルテ・ベルリオーズを名乗る傭兵は、やがて数々の戦場で功績を挙げ、〝灰色の悪魔ディアボロ・グリジオ〟の異名で知られることとなる。


ルイーザ

(N)その後、互いに無益な殺戮を繰り返し続けたスプマンテ家とフリザンテ家は、領民の反乱や家臣らの離反を招き、スプマンテ伯アレッサンドロは屋敷に押し寄せた群衆の手により処刑され、一方のフリザンテ伯は配下の将兵の裏切りによって暗殺された。


ルイーザ

(N)そして、有力貴族である二家を失ったことにより、各地に多数の王位僭称者を生み出すなど、泥沼の内戦によって混沌と化したタヴェルナ王国は、間もなく滅亡。その領土の大半はサイザリア王国に併合され、〝タヴェルナ〟はサイザリアの一地方として、今にその名を伝えている。


 

《Fin.》

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