第3回「しなコン!」レギュラー部門受賞作品
人間には見えない、極めて人間的な八百万の神たちと、神使の動物の妖怪たちが、楽しく過ごす世界。稲荷神に仕える新米狐の「黒」は、使い先の御嶽山で神使の狼「岳」と出会い、〝花吐き病〟(恋の病)を患ってしまった。そんな「黒」のために、先輩の「白」や「稲荷神」に「御嶽神」まで加わり、狐と狼の種族を越えた恋を後押しすることに……。
<声劇台本ご利用の際のお願い>
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タイトル
小狐来ん来ん恋桜《こぎつねこんこんこいざくら》
作者
奈々和
作者サイト

ジャンル
和風ファンタジー/ラブストーリー
上演時間
約30分
男女比
🚹1:不問4
黒
《くろ》男女不問。京の稲荷神社の新米お使い狐。小さくて一生懸命。
岳
《がく》男性。木曽の御嶽神社の神使の狼。山里ではお狗さま《おいぬさま》と呼ばれている。神使としてベテラン。
白
《しろ》男女不問。京の稲荷神社のお使い狐。黒の先輩。
稲荷神
《いなりしん》男女不問。京の稲荷神社の神で、農業の神。
御嶽神
《おんたけしん》男女不問。木曽の御嶽山・御嶽神社の神で、山の神。
<稲荷神社の奥殿>
稲荷神
(手紙を折りたたみながら呼ぶ)お使い狐《おつかいぎつね》! お使い狐は、おるか?
白と黒、稲荷神の前に平伏する。
白
ははっ! 御前に《おんまえに》。
黒
御前に。
稲荷神
おお、白と黒。今、手がすいているのは、お前たちか。
稲荷神
木曽の御嶽神社《おんたけじんじゃ》に、文《ふみ》を届けて欲しいのじゃ。
白
おお、御嶽山《おんたけさん》の山の神さまに?
稲荷神
おお、そうじゃ。そろそろ桜の蕾もふくらんできた。山の神どのを、京の花見へ、ご招待じゃ。
白
それは重畳《ちょうじょう》。険しき御嶽山にお暮らしのこと、京の咲き誇る桜は、さぞや楽しまれましょう。
白
したが、初めてのお客さまでございますなあ。
稲荷神
おお、そうよ。昨年の神無月、出雲でおうて、妙に気がおうてのう。次の神無月も待たれず、お迎え申そうと思うのじゃ。
白
はて、気がおうて? さては、御嶽さまもたいそうご酒《ごしゅ》が進まれますな?
稲荷神
言うな、白。京の桜をさかなに飲む酒は、格別じゃ。ぜひ、御嶽どのにも馳走《ちそう》したい。
白
誠によきこと。
黒
誠に。
稲荷神
では、白、文を届けて参れ。
白
僭越ながら、稲荷さま。ここは、黒に行かせてはいかがでしょう?
黒
し、白!?
白
黒は、新米ではございますが、まだ稲荷さまのお力が及ぶ土地までしか、お使いをしたことがございませぬ。御神域《ごしんいき》の仕事を、一生懸命励んでおりますので、そろそろ、遠くへお使いをさせてみては、いかがでしょう?
稲荷神
なるほど、そうじゃな。どうだ、黒、行ってみるか?
黒
は、はいっ!! よろこんで勤めまする!
稲荷神
では、この文を身体に縛り付けて…な(黒の身体に文を包んだ布を縛り付ける)。焦るでないぞ。ゆっくり行って参るがよい。
稲荷神
御嶽の神にもな、私のお使い狐のような神使《しんし》がおる。狼じゃ。
黒
狼…!
白
人間どもには、「お狗さま《おいぬさま》」と呼ばれて、ありがたがられているらしいぞ。きっとご立派なのじゃな。
黒
お狗さま…
白
さて、黒、御嶽山は有数の剣が峰。焦らず気をつけて参れよ。
黒
は、はいっ! 稲荷さま、白、行って参ります。ちゃんとお役目を果たして戻って参ります。(走り出す)
白
おお、急ぐなと言うたのに、鉄砲玉のようじゃ。
稲荷神
はは、一生懸命なのであろう。可愛やのう。(ふと足元を見て)おや?
白
いかがなされました?
稲荷神
見よ、朝顔の花じゃ。
白
すがすがしい青色でございますな。
稲荷神
真夏の花じゃ…なあ? なぜ、ここに?
<木曽の御嶽山の中腹>
黒が、山道を駆けている。
黒
はあっはあっはあっ… アイテッ!(止まる)テテテ…
黒
ああ、ここからは岩山なんだなあ。気をつけて行かないと。(山を見上げて)山のてっぺんにまだあんなに雪が残っている…! よしがんばるぞ!
岳
誰だっ!?
黒
ええっ!?
狼の岳が、姿を表す。
岳
ここからは、御嶽の神の御神域ぞ! お前は何者だ!? 用のないものは即刻立ち去るがよい!!
黒
え…あ、あの…
岳
なんじゃ?
黒
お狗さまでいらっしゃいますか?
岳
そうじゃ。なぜ、知っておる?
黒
あ、怪しいものではございません。京の稲荷神社から、御嶽の神さまに、文を届けに参りました。お使い狐の黒と申します。
岳
なに? 京の稲荷神社のお使い狐? なるほど、だから妖気があったのか… 稲荷神社のご神使となれば、怪しいものではないな。
岳
怖がらせたか? すまぬの。俺は狼の岳《がく》という。
黒
岳さま…?
岳
「さま」はやめろ。面映ゆい。
岳
御嶽さまは、山頂の剣が峰におられる。ここからはずっと岩山だぞ。そなた、なりが小さいが、大丈夫か?
黒
だ、大丈夫です!イタッ…
岳
足に怪我? どれ見せて見ろ。
黒
け、結構です。
岳
そら!(黒の足を確かめる)足の裏を、とがった岩で刺したのか… 痛いだろう?
黒
平気です!
岳
嘘をつくでない! …さて、困ったな…
岳
おい、黒とやら、俺の背中によじ登れ。
黒
え!?
岳
俺が負ぶって、御嶽さまの元へ、連れて行ってやる。(屈みこむ)そら、背中に乗れ。
黒
え~ そ、そんな…申し訳ないです…
岳
こら、お使い狐! お前は稲荷の神さまの神使であろう? 主《あるじ》の命は、なんとしても果たすのが神使だ。それがお前の誇りではないか。俺に遠慮なぞしないで、稲荷さまのことを考えるんだ!
黒
…そ、それでは、岳さん、お背中をお貸しくださいませ。
岳
おうよ。背中に登るがよい。
黒、岳の背中に登って負ぶさる。
岳
しっかり毛を掴んだか?
黒
はいっ!
岳
では、岩を飛び越えて参るぞ。そら!
岳、走り出す。
黒
うわああああ…
岳
なに? 早すぎるか?
黒
平気ですっ! 早く文を届けたいです!
岳
ははは、無理をしているように聞こえるが?
黒
大丈夫ですっ
黒
(岳の背中で)…岳さんは…
岳
ん? なんだ?
黒
大きくてご立派で、御嶽さまの頼りになるご神使なのでしょうね…?
岳
んん?
黒
僕、まだまだなんです。
岳
ふむ?
黒
足も傷めちゃうし…
岳
それは仕方がなかろう。
黒
だって…
岳
雅な《みやびな》京の狐じゃ。きっと足の裏も柔らかいのだろうよ。我々のような、山育ちとは違う。ははは…
黒
でも…
岳
初めてなのだろう? 京から、こんな遠い雪残る木曽まで、走ってきたんだ。立派なものだ。
黒
そうですか?
岳
ああ。少しずつ少しずつ大きゅうなればよい!
剣が峰に着く。火山の火口に、御嶽神が座している。
御嶽神
んん? 岳か。どうした?
岳
御嶽さま、お客さまでございます。こらしょ(黒を下ろす)
黒
(平伏して)御嶽山の神さま、わたくしは、京の稲荷神社から参りました、稲荷神社のお使い狐・黒と申します。
黒
稲荷さまよりの文を、運んで参りました。
御嶽神
(文を受け取る)おお、京の稲荷どのか。久しいのう。見よ、岳、香を炊きしめた紙じゃ。さすが、これが京風というものか、ゆかしいことじゃのう。(文を読む)
御嶽神
京の花見へ丁寧なご招待。これは、参らねばならないのう。さぞかし美味い伏見の吟醸が味わえようぞ。
岳
御嶽さま、ご酒を過ぎてはなりませぬぞ。
御嶽神
何を言う。親しき友にまじわりて、これが飲まずにいられようか。
岳
(ため息)
御嶽神
黒とやら、今返事を書く。しばし待て。
黒
ははーっ!
岳
結構な文を持って来たのう、黒。御嶽さまは、酒が好きでのう。飲む機会を逃しはせぬ。
黒
僕たちの稲荷さまも、お酒がたいそうお好きでございます。お二人は、昨年、出雲でたいへん気が合われたとか。
岳
酒談義で、だろうな…ははは(笑う)
黒
(笑う)
御嶽神
返事が書けたぞ。黒、届けておくれ。
黒
ありがとうございます! では、失礼いたします。
岳
それ! 黒、また、俺の背に乗れ。送っていってやろう。
黒
え、えええええ!?
御嶽神
なんだ? 甘やかせておるな。
岳
いえ、御嶽さま。この子、岩で足を傷めたのでございます。
御嶽神
おお、なら遠慮することはない、ここから、京に帰るんじゃから。黒とやら、岳に送ってもらえ。
黒
いいえ、いいえ、とんでもありません!
岳
遠慮するな。
黒
そんな、厚かまし過ぎます!
御嶽神
ふむ… 黒よ、御嶽の神の命令じゃ! 岳に送ってもらえ!
黒
え… は、はい…(岳の背に乗る)
御嶽神
ははは… では、岳よ、確かに送り届けてまいれ。
岳
ははっ 風のように行ってまいります!
岳と黒、疾風のようにいなくなる。
御嶽神
ははは… おう、もう見えぬわ。おや?(足元から花を拾う)
御嶽神
の…野菊? はて、こんなところに、なにゆえ…?
数日後
<稲荷神社の黒の部屋>
白
(声)くーろー 起きろー! もう朝だぞー 境内《けいだい》の掃除をせねばならん。くーろー
黒
う、う~ん…(起きる)え? あ? わああ!??
部屋の中が、花で埋まっている。
黒
え? 何? なに、この花? 花で、部屋が埋まっている…?
白
(部屋の障子を開ける)もう、くーろ! 御嶽山から帰ってきて、疲れているのは、わかるが、われらのお役目なのじゃから… (花に気づく)わっ! どうした、これは!?
黒
白…
白
黒、どうしたんじゃ、これは?
黒
わからないよう。目を覚ましたら、部屋が花でいっぱいになっていて…
白
ふむふむ… すみれ、ひなぎく、蓮、ひまわり、りんどう、ききょう、モクレン、菊… ふわあ、季節もなにもかもバラバラじゃなあ!
黒
どうしよう、白。
白
どうしようたって… しかし、奇っ怪な…
黒
う… ケホッ ケホッ ケホッ
白
どうした、黒?
黒
ごめん、急にむせ込んじゃって…あれ、ばらの花…?
白
…その赤いばらは、そなたの口から出てきたのではないか?
黒
え? そんなバカな…! あり得ないよ…ケホッ
白
たんぽぽじゃ。
黒
そんな…!(呆然とする)
白
…となると、この部屋の花々は… 黒、そなたが寝ている間に、吐いたのではないか?
黒
え? え? どういうこと? ねえ白、僕、どうなっちゃったの?! 口から花が出てくるって、おかしいよね? 僕、なにかのバチが当たったの? なにかに取り憑かれた? ねえ!
白
黒、落ちつけ。
白
われは聞いたことがある …まれにな、花を吐く、花吐き病という奇病があるそうな。
黒
奇病!?
白
落ちついて聞け。花吐き病はな、いわく、恋のやまいというやつよ。
黒
こ、こ…い? ケホッ…あ、キンギョ草…
白
黒、お前は、運命の恋に出会ったのじゃないか?
黒
ええ! こいって…こいって…
白
花吐き病になったのが、その証拠! く~ろ~ お相手は誰じゃあ?
黒
あ、相手?
白
ほれ! ほーれ、打ち明けてみよ。
黒
…え、だって、だって、本当に見当がつかないんだもの!
白
はあ? (考えて)…まあ、確かに、そなたから恋の話など、これまで聞いたことがないのう… では、初恋か! ということは… 自覚がない! さもあろう。
黒
なにかの間違いじゃ!
白
いや、花吐き病はな、まことに恋のやまいなのじゃよ。…黒、考えてみよ。最近、愛しいなあとか、可愛いなあとか、思った相手はいないか?
黒
いや、さっぱり… ケホッ …ああ~ん、サンシキスミレが出たあ… もういやだあ どうしたらいいの~
白
困ったのう…(考えて)じゃあな、会いたいなあ、などと想うお人は、いないか?
黒
会いたいなあ…? (考える)…(小声で)岳さん…!
白
どうじゃ?
黒
う、ううん。…やっぱり、思いつかないや。
白
ええ~ それは困った…。
黒
相手なんかわからなくても、いいじゃない! 僕、恋なんてどうでもいいし。
白
いや、黒、相手がわからないと… お相手と結ばれないとな…、黒、…そなたは死んでしまうのじゃ…
黒
死ぬ?
白
花吐き病はな、お相手に告白して、想いがかなって、やっと治るのだそうな。
黒
…想いが…かなわないお相手なら?
白
想いが通じないと…(言いにくい)
黒
通じないと?
白
…衰弱して…果ては死んでしまうとか…
黒
そんな…
白
いやいや、単なる言い伝えじゃ! 言い伝え!
白
黒、今日は一日、布団をかぶって寝てろ。花吐き病も、寝てれば治るかもしれん!
黒
でも、お掃除をしないと…
白
いいのじゃ! われが片付けるから、寝とれ!! いいな!?
白、部屋から出て行く。
黒
どうしよう… 会いたいひとって… そりゃ、岳さんに会いたいよ。御嶽山から帰ってから、ずっとずっとまた会いたいなあって思ってた… この気持ちが、恋なのかなあ…
黒
でも…岳さんは狼だよね。僕は狐… ええ~ 無理…だよね…?
黒
どうしよう… いますぐ、岳さんに会いたくなってきちゃった… 相談したい。きっと、こたえてくれる。
黒
(布団にもぐりこんで、すすり泣く)ううっ 岳さん…岳さん… 僕、どうしたらいいのう…?
<稲荷神の部屋>
白
…というわけなのでございます、稲荷さま。
稲荷神
花吐き病のう…
白
本当なんです! もう部屋中、花でいっぱいで。黒が、他のお使い狐たちに知られたくないって、片づけてしまいましたけど。
白
で、われがここに来たのも、内緒でして…
白
稲荷さま、花吐き病は、やっぱり想いが通じねば、死んでしまうのでしょうか?
稲荷神
…そういう言い伝えだがな… う~ん……
白
やっぱり死んじゃうんですね!! うわーん、黒ー!!(泣き伏す)
稲荷神
まてまて、早まるな。想いが通じればよいのじゃろう、想いが?
白
でも、あいつ、全然見当がつかないって言うんですよねえ… どうしよう、わーん
稲荷神
だから、早まるな、と言うたであろうが。
稲荷神
見当がつかぬ… 黒め、隠しているのではないか?
白
え? なんで?
稲荷神
…私にも、そなたたちにも、隠さなければならない相手に、恋をしたとか…!
白
なぜ、隠すんでしょう?
稲荷神
それは、わからぬ。
白
稲荷さま~
稲荷神
(ため息)だとしたら、黒は辛いのう。
白
え?
稲荷神
隠さねばならない恋は辛いだろう …もしかして、われらに許されぬと思うておるのではないか? あるいは、われらに迷惑をかけるかもと…?
白
水臭いですよ。われは黒の兄貴分でございますぞ!
白
稲荷さま…どうしたらいいんでしょう?
稲荷神
…やはり、相手を突き止めねばな。黒が、隠さねばと思うのは、なにゆえか… そして、われらは、なんとしても、黒の恋がかなうよう応援せねば、な!
白
稲荷さまあ(感動)もちろんです。
稲荷神
で、白。
白
はい
稲荷神
黒には、内緒だぞ。
白
はいっ!
数日後、花見の宴の日。
<稲荷神社の奥の庭>
庭の桜が満開になっている。
白
いやあ、見事に咲いたなあ。
黒
ええ、本当に!
白
黒! 宴席の手伝いに出てきて、よかったのか? 自分の部屋で寝ていた方がいいのではないか?
黒
平気だよ。それに、御嶽山ではたいそうお世話になったから、おもてなしをしたいんだ。
白
(黒にすがりつき)無理するでないぞ! そなた、最近なにやら、透きとおったようにか細く見える。心配じゃー。
黒
大丈夫だよ、白。(笑う)
岳が、空から、庭に飛び降りる。
岳
やっ!!
白
わわわ!
黒
…岳さん……
岳
おお、黒、久しぶりじゃ。足はどうじゃ?
黒
もう大丈夫です。
岳
そうか、よかった。
岳
…おっと われは、木曽の御嶽神社から参った、御嶽大神《おんたけたいしん》の眷族《けんぞく》で、岳と申す。御嶽大神さまが参ると、お取次ぎをお願いしたい。
白
かしこまりました。(御殿に入って行く)
黒
岳さん、本当に、よくいらっしゃいました。
岳
京は遠いのう。そなた、よくあの道のりを、ひとりで走って来たなあ。
黒
いえ… あの、今日は御嶽さまはどうやって…?
岳
(空を指さす)あの雲じゃ。俺も今日は一緒にお供して参った。
空に浮かぶ、大きなにしき雲が近づいて来る。
稲荷神と白が庭に出てくる。
稲荷神
おお、見事なにしき雲じゃ。あれが、御嶽どのの御座船《ござぶね》か…
白
虹色の雲でご登場とは!
雲が降りてきて、御嶽神登場。
稲荷神
御嶽の、ようこそ参られた。
御嶽神
うむ、稲荷の、邪魔をする。
黒
さ、毛せん《もうせん》に、どうぞお座りくださいませ。
御嶽神
おや、黒! 足は大丈夫か?
黒
御嶽さま、もう大丈夫でございます!
御嶽神
そうか… はて、そなた、少し細う《ほそう》なってはいないか?
黒
いえ、元気でございます!
御嶽神
…そうか…?
数時間後。
稲荷神と御嶽神は、宴の真っ最中。
御嶽神
稲荷の、伏見の酒はさすがじゃのう! とろりと喉に落ちてくる。(飲む)わはは…
稲荷神
ははは…御嶽どのの木曽の酒も、野趣《やしゅ》にあふれているようで、なかなか趣き深い。くーっ(飲む)
厨《くりや》(台所の意味)に向かう通路側。
白
やれやれ、こうなると思った…
黒
稲荷さま、ご機嫌だね。
岳
御嶽さまもご機嫌じゃ…。あの…なにか、仕事はないか?
黒
え?
白
え?
岳
「お供どのでござる」と、御嶽さまのお側にはべってばかりでは、なんとも座りが悪い。それに、そなたたちが、よくもてなしてくれるから… その…申し訳なくての。
岳
俺は、根っからの御嶽さまの家来なのじゃ!
白
ははは… わかりますぞ、岳さん。われも、御嶽さまの神社でもてなされれば、岳さんと同じように思ったことでしょう。どれ、厨で、ちょっと岳さんができそうなお仕事を探しましょう。
岳
(ほっとして)かたじけない。
白
その前に、黒、この鯖寿司《さばずし》のお膳を運んでおくれ。
黒
はい。(お膳を受け取り、重みでつんのめる)わっ!!
岳
おっと、危ない!(黒を抱きとる)転ぶところだったな、大丈夫か?
黒
! が、岳さん…(呆然とする) 下ろして、下ろしてくださりませ!
岳
(黒を床に下ろす)いきなり抱き上げて、びっくりしたか? すまぬの。
黒
い、いえ、あの、(消え入るように)ありがとうございました…
白
黒、大丈夫か? ん! そなた、顔が真っ赤じゃぞ?
黒
え? そう? そんなことは…
白
熱でもあるのではないか?
岳
なに、黒は、身体の調子が悪いのか?
黒
なんでもありません! なんでもありません! お、お膳を持って行きます!!
黒、神の所へ、駆けて行く。
黒
(M)…どうしよう…? どうしよう…? きっと岳さんに変に思われた… でも… わああああ…
黒
ケホッ ケホッ ケホッ!!! え!?
牡丹の花がいくつも、色とりどり空中に舞い上がる。
黒
(M)…やっ…ちゃ…った…!
御嶽神
おっ!
稲荷神
おや?
御嶽神
牡丹の花じゃ。
稲荷神
ですな。
御嶽神
おお、真紅、白、桃色、とりどりに… また季節外れな。桜の花吹雪に、牡丹の花の山。稲荷の、これはそなたの余興か?
稲荷神
い、いえ、そういうわけでは…
黒
…ごめんなさい… ごめんなさい、稲荷さま、御嶽さま… 僕のせいなんです(泣きべそ)
御嶽神
は?
稲荷神
…聞いてはいたが… ここまでとは…
白と岳が、飛び出してくる。
白
(黒を抱きしめる)黒! 黒! 大丈夫か? 御嶽さま、とんだ不調法を! 黒は、花を吐くやまいにかかっておるのでございます!
御嶽神
花…?
岳
花を吐くやまい…?
稲荷神
たぶん、言い伝えの花吐き病なのじゃ。
御嶽神
花吐き病。…ああ、そうか! だから、そなた、なんとなくか細くなっていたのか。
岳
花吐き病?
御嶽神
知らぬか? 花吐き病はな、花を吐きながら、少しずつ少しずつ衰弱していくのじゃ。そして、やがては命を落とす。
岳
ええっ!!
御嶽神
ただし、恋がかなえば、治る。
岳
は? こ、恋!?
御嶽神
このやまいは、運命の相手に出会ったものが、片恋が苦しゅうて苦しゅうて、かかるのよ。恋が実りさえすれば、治るんじゃ。
岳
へえ~
黒
申し訳ありません申し訳ありません。
稲荷神
黒、なにがあったのだ?
黒
なにって…
稲荷神
こんな大きな花が現れるとは、なにかきっかけがあったのでは、ないか?
白
…鯖寿司を運んでいて… 黒、もしかして、鯖寿司が、想い人の好物だとか?
黒
ううん、ううん…
岳
転んだことかな?
白
そうですな。岳どのが、黒を抱きとって、助けてくださって……
御嶽神
おお~!(ポンと手を叩く)
岳
どうしました?
御嶽神
恋する相手が、傍に来てなあ、更に急な密着となれば、ドキドキもしようぞ!
白
ああ…!
稲荷神
…御嶽山のだれかとは思うていたが、そういうことか…
岳
みなさま方、なにを言っているのですか?
御嶽神
岳! おまえ、案外鈍いのう。
岳
は? だから、黒のやまいの話をしているのでは?
御嶽神
そうじゃ。黒のやまいは、花吐き病じゃろう?
岳
そう言ってましたね。
御嶽神
花吐き病は恋のやまいじゃろう?
白
だからね、恋には、相手がいるでしょう?
岳
そうですね。
稲荷神
恋をしている相手に助けられ、しかも抱きとってくれて急接近。
岳
ちょ、待ってください。
御嶽神
そうなりゃな、ときめく!、じゃろう?!
岳
つ、つまり?
御嶽神
黒の恋しい恋しい相手は、岳、そなたじゃ。
岳
え……(絶句)
黒
違います!!
稲荷神
黒。
黒
岳さんが好きなのではありませぬ! 岳さんに失礼です。僕なんか僕なんか…(泣く)
稲荷神
黒… なんで泣いておる?
黒
(泣きながら)僕が岳さんになんて、岳さんにご迷惑です… 花が出たのは、なにかの間違いです…
稲荷神
岳を好きではない、と言うのも、失礼ではないか?
黒
そ、それは、好きです! いえ、好きではありません! 岳さんは、ご立派で、尊敬できて、頼りになる方で、僕なんかに優しくしてくれて…
岳
黒…
黒
岳さん、恋ではないんです。恋とかじゃない。ただ…
岳
ただ?
黒
…もう一度会いたかったんです! すごくすごく会いたかった… 今日、御嶽さまのお供で来てくださって、すごくうれしかった! それだけなんです…
御嶽神
それが、「恋しい」という気持ちなんじゃないか。
黒
恋しい…
稲荷神
黒、今どんな気持ちじゃ?
黒
…胸が…痛いです。痛くて痛くてたまりません…
御嶽神
岳、おまえはどんな気持ちじゃ?
岳
お、俺の気持ちですか?!
御嶽神
こんな、ものすごい告白を聞いて、返答せぬということはあるまい。
岳
え… 黒を見て、なんていうか健気だなあというか… がんばっているなというか… やまいなら、俺がなんとかしてやりたいというか…
御嶽神
ええい、じれったい! 「愛しい」と思うておると?
岳
…は、はい!
岳
黒、俺も、俺もな、そなたにまた会いたかったよ。
黒
岳さん… うわーん(泣く)
稲荷神
よかったなあ。
白
ちょっと待ってくださいよ!
稲荷神
なんじゃ、無粋な。
白
なんか、上手くまとまったような感じで言ってますが、ふたりは狼と狐なんですよ!? 結ばれないでしょ! 結ばれなきゃ花吐き病は、治らないでしょ! どうするんですか!?
黒
白、いいんだよ。僕ね、岳さんに会えたら、もう死んじゃってもかまわないんだ…
白
黒~
岳
黒、いかんぞ、いかん。俺がなんとしても、花吐き病を治す手立てを見つけて参る! 諦めてはいかん!
黒
岳さん…
御嶽神
稲荷の、京の狐は、頭がずいぶん固いのではないか?
稲荷神
お恥ずかしいこと。教育し直さねばなりませぬ。
御嶽神
おーい、お前ら、狼と狐が好きおうて、なにが悪いのじゃ?
白
え、だって… 狼と狐ですよ! 種類が違うじゃないですか!
御嶽神
最近、人間さえも、男と男、女と女でもつがいになるというではないか? 頭をやわらこうせい、頭を。
稲荷神
御嶽の、男と男・女と女でもつがいになれるのは、とつくに(外国の意味)でらしゅうございますぞ。まあ、われら神も、兄妹や姉弟で、結婚いたしますしね。
御嶽神
そうじゃ、そうじゃ。狼と狐のつがい。よいよい、世の中もまだまだ広いものじゃ。
白
じゃ、ふたりを認めるっていうんですか?
御嶽神
おお、かまわぬかまわぬ。下々のもののしあわせは、わしらの願いよ。めでたいのう。
稲荷神
さても、めでたいこと。黒、岳、よかったのう。
稲荷神
はて、狼と狐か… 赤子はさぞや可愛かろうのう…。御嶽の。
御嶽神
稲荷の、なんじゃ?
稲荷神
狼と狐の赤子は、われら稲荷神社の子といたします。
御嶽神
なんと…! いや、狼の赤子はむくむくとして、それは可愛らしゅうてなあ… …いや、譲れぬ! 赤子は御嶽神社の子どもじゃ。
稲荷神
うちの子です。
御嶽神
うちの子じゃ。
白
(ため息)やれやれ…
白
(岳と黒に)神さまが認めるというんだ。ふたりともよかったな。なんか、赤子の取り合いが始まっちゃったよ。
黒
稲荷さま…(赤くなる)
岳
黒。
黒
はい。
岳
さきほどは、はっきり言えなくてすまんな。
黒
いいえ!
岳
黒、俺は本当に、そなたに会いたかった。御嶽山で出会ってからずっとじゃ。京に送り届けるとき、このままさらっていこうかとも思った。
岳
黒、俺と、つごうてくれるか?
黒
岳さん… もちろんです!!
白
ひと前だってことを考えてくれよお…!
数か月後。
<稲荷神社の門前>
白が、門前の掃除をしている。
白
(鼻をクンクンさせる)…人間め、どこぞでいもを焼いておるな。
黒が駆けてくる。
黒
白! 白!
白
おお、黒ではないか。どうした? 慌てて。
黒
はあ、はあ… はーー…
白
ほれ、ゆっくり息を整えるがよい。
黒
あの、白。じゃなくて白どの。
白
(ニヤニヤ笑いながら)はて、なんじゃ、黒どの。
黒
御嶽さまから、稲荷さまへ、もみじ狩りのご招待の文でございます。
白
さても重畳。そら、稲荷さまのところへ急げ。顔を見せて、とっくりかわゆがってもらうがよい。ふだんは、岳さんに、たっぷりかわゆがってもらっているのじゃろう?
黒
し、白っ!!
白
ははは… そら、急げ!
黒
はいっ!
<幕>

