白鯨-モビー・ディック-

サスペンス
サスペンスシナリオ

「――ヤツは俺にとっての《白鯨モビー・ディック》なのさ」

 とある事件を追う過程で殺害された刑事の死の真相を突き止めようとする、同僚の刑事たちを描いたアメリカの刑事ドラマ風のお話です。

はじめにお読みください

  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
  • キャラクターの性別は定めていますが、キャストの性別は不問です。
  • YouTubeやツイキャス、Twitterのスペースなど、非営利での配信であれば自由にお使いいただけます。
  • 使用時の許可やクレジットなどは特に必要ありませんが、配信の際には作者のTwitter(X)にメンションくださるなど、何らかの形でお知らせいただけると嬉しいです(強制ではありません)。
  • 会員制の配信アプリで使用する場合は、外部のシナリオを用いて良いかどうか、そのアプリの規約をご確認ください。
  • 営利を目的とした配信や商業作品、舞台やリアルのイベントなどで使用したいという場合は作者のTwitter(X)にご連絡ください。
  • 物語の雰囲気を大きく変えない限りは、アドリブやセリフ改変などもOKです。
作品概要

タイトル

白鯨-モビー・ディック-


作者

島嶋徹虎


ジャンル

サスペンス、刑事ドラマ


上演時間

約30分


男女比

男3:女2(※あくまで目安です)

登場人物

ドミニク【♂】

ドミニク・グレイン。ニューヨーク市警察の刑事。殺人課グレード1捜査官。独自に何らかの事件を捜査しており、何者かに殺害される。


フランク【♂】

フランク・ルース。ドミニクの相棒だった刑事。殺人課グレード1捜査官。ドミニクの死の真相を追う。


ウィルソン【♂】

ダニエル・ウィルソン。ドミニクとは犬猿の仲だった刑事。殺人課の捜査官たちを率いるボス。階級は警部補。


アンジェラ【♀】

アンジェラ・エドワーズ。フランクと共に、ドミニク殺害事件を捜査する新米刑事。殺人課グレード3捜査官。


ミランダ【♀】

ミランダ・グレイン。ドミニクの妻。

シナリオ

(※タイトルコールは便宜上ウィルソン役を指定していますが、誰が担当しても構いません)
(※「」で括っていないセリフはナレーション、もしくはモノローグとして演じてください)


ドミニク

「――ヤツは俺にとっての《白鯨モビー・ディック》なのさ」


フランク

そう言い残して、あいつは死んだ。


フランク

あいつが死ぬまで追いかけていた《白鯨》とは、一体何者なんだ?


フランク

もしかしたら……あいつが追いかけていたのは……とんでもないモノなんじゃないか?


 

* * * * *


タイトルコール(ウィルソン)


『白鯨‐モビー・ディック‐』


 

* * * * *


フランク

「ジェイコブ・ドーソン! NYPDだ! ここを開けろ!」


ドミニク

「――フランク、アパートの管理人にカギを借りてきた」


 

 ――カギを開け、ドアノブに手をかけるドミニク


フランク

「よし。じゃあ、いいか。三つ数えたら突入するぞ」


ドミニク

「ああ、OKだ」


フランク

「ワン、トゥー、スリー!」


 

 ――扉を開け、拳銃を構え突入する二人。彼らは二手に分かれ、リビングから寝室、トイレや浴室、クローゼットなど隅々まで捜索する


フランク

「――ッ!」


ドミニク

「――ッ!」


フランク

「ッ……クリア!」


ドミニク

「こっちもだ……」


フランク

「ふぅ、やれやれ……もぬけの殻のようだな」


ドミニク

「どうやら、俺たちが来ることを事前にわかっていたみたいだ」


フランク

「まさか? いくら裏の世界に精通してる情報屋だからって、さすがにタイミングが良すぎるだろ」


ドミニク

「でなければ、俺たち以外の輩に目を付けられていると感じていたか……いずれにしろ、自分の身に危険が迫ってると悟ったはずだ」


ドミニク

「……見ろよ、野郎のパソコン。ハードディスクが全部壊されてる。おそらく、自分でやったんだろう」


フランク

「そこまで追い詰められてたってことか。……しかし、この情報屋が、お前が目を付けてたヤツか?」


ドミニク

「いや、こいつじゃあない。……だが、俺の獲物を捕らえるためには、必要な餌の一つであることは間違いない」


フランク

「……なあ。良い加減、教えろよ、お前の獲物は一体何なんだ?」


ドミニク

「悪いが、まだ言えない。……だけど、もう少しだ。もう少しで、俺は《白鯨》を捕らえることができる。ああ、そう、あともう少しなんだ――」


フランク

俺たちが行方を追っていた情報屋――ジェイコブ・ドーソンの死体が上がったのが、それから三日後。


フランク

そして、その一週間後――


フランク

ドミニクが、死んだ。


 

* * * * *


フランク

「……どうだ。何かわかったか」


アンジェラ

「はい。鑑識の報告では、ドミニクを撃った拳銃は彼自身が使っていたもので間違いなさそうです。現場に残されていた銃弾と、線条痕が一致しました」


フランク

「そうか……自分の銃でやられちまったなんて、世話ねぇよな、ほんと……」


アンジェラ

「フランク……わたしは、未だに信じられません……あのドミニクが、殺されるなんて……」


フランク

「ああ。俺もだよ。……腹に一発、そして頭にもう一発。ギャングの処刑スタイルだ。おそらく、相当やばいネタに首を突っ込んでただんだろう」


アンジェラ

「ドミニクは、独りで一体何を追っていたんでしょうか」


フランク

「モビー・ディック……」


アンジェラ

「え?」


フランク

「あいつはそう呼んでた」


アンジェラ

「ハーマン・メルヴィルの『白鯨はくげい』……ですか」


フランク

「ああ。あいつはきっと……エイハブ船長を気取ってたんだろうよ」


フランク

「それほど、なにかとんでもない、でかい事件に関わる重要人物だったに違いない」


フランク

「……だが結局、あいつは俺にすら、それが何者なのか教えてくれなかった」


アンジェラ

「長年コンビを組んでいたあなたにまで、教えられないだなんて……」


フランク

「きっと、俺に厄介ごとが及ばないようにしてたんだろう。周囲の人間を巻き込まないように、一人で背負い込もうとする。そういうやつなんだよ、あいつは」


ウィルソン

「それがアダになったんだろう」


アンジェラ

「ウィルソン警部補……!」


フランク

「なんだよ、ボス。嫌味でも言いに来たのか?」


ウィルソン

「いいや。同期の部下が死んだんだ。私も悲しいさ」


フランク

「はんっ、どの口がそんなこと言いやがる。ウィルソン、あんたは……あいつに信頼されてなかったじゃないか」


ウィルソン

「ああ、そうだな。……本当に、馬鹿な奴だよ……ほかにも、やり方はいくらでもあっただろうに……」


 

――ウィルソンはそう吐き捨てて去っていく。


アンジェラ

「え、あ、あの……?」


フランク

「チッ……本当に嫌味ったらしいやつだぜ」


アンジェラ

「……ウィルソン警部補は、ドミニクと犬猿の仲だったんですよね。わたしがここに配属されてから、二人がまともに会話してるのを、一度も見たことありませんでした……」


フランク

「ああ、そうか。アンジェラはまだ知らなかったか。……以前、ヤク中だった男が自動小銃ライフルを持ってコンビニを襲い、立て籠もった事件があったんだ――……」


 

* * * * *


ドミニク

「――ウィルソン、テメェ! 何故、警官隊を突入させた!」


ウィルソン

「あの場においては、的確な判断だったと自負している」


ドミニク

「何が的確だ! 人質が一人、死んだんだぞ!」


ウィルソン

「必要な犠牲だった」


ドミニク

「なんだと!」


ウィルソン

「あの人質は、頭を抱えてその場に伏せていろという我々の指示を無視して、無謀にも逃げ出そうとした。――だから、犯人に狙われたんだ!」


ドミニク

「自業自得だってのか!」


ウィルソン

「……ッ! ああ、そうだ」


ドミニク

「あの場で突入なんかしたら、人質がパニックになるに決まってるだろ! 一般市民を聞き分けの良い飼い犬だとでも思ってるのか!」


ウィルソン

「犯人は人質を一人ずつ殺害しようとしていたんだぞ! あれ以上時間をかけていたら、どのみち犠牲者は出ていた!」


ドミニク

「だが……!」


ウィルソン

「それにあの犯人は、ヤクで正常な判断ができていなかった! 外に向けても自動小銃を乱射していたんだぞ! 呑気に応援を待っていたら、警官たちにも犠牲者が出るかもしれなかった!」


ドミニク

「実際に犠牲者は出た!」


ウィルソン

「一人だ!」


ドミニク

「なにぃ……⁉」


ウィルソン

「たった一人の、人質の犠牲で済んだんだ」


ドミニク

「テメェ……」


ウィルソン

「お前の言う通りにしていて、もっと犠牲者が出ていたら! お前は責任を取れるのか! もしも同僚が死んだら、お前はその家族にどんな顔で頭を下げるつもりだ!」


ドミニク

「くッ……」


ウィルソン

「お前は甘ちゃんなんだよ、ドミニク!」


ドミニク

「認めねぇ……テメェのやり方は、絶対に認めねぇぞ!」


 

* * * * *


フランク

「……――それ以来だよ。ドミニクがウィルソンと犬猿の仲と呼ばれるようになったのは」


アンジェラ

「そんなことがあったんですね……」


フランク

「ああ。だがまあ、今となっちゃ昔話だ」


アンジェラ

「……ウィルソン警部補、何か知っているようなそぶりでしたね」


フランク

「ああ。あいつ、何か隠してやがるな。少なくとも何か関係はありそうだが……ま、今はなんの証拠もない。少し様子を見よう」


アンジェラ

「はい……」


フランク

「……よし、アンジェラ、出かける準備しろ」


アンジェラ

「えっ、どこへ行くんです?」


フランク

「ドミニクの家だ」


 

* * * * *


フランク

「……ミランダ、こんな時にすまない」


ミランダ

「いいのよ、フランク。警察官を夫に持つと決めた時点で、覚悟はできてた。……私でも捜査の役に立てるのであれば、なんでも聞いてちょうだい」


フランク

「助かるよ。君は本当に強い女性だ」


ミランダ

「そちらは?」


フランク

「ああ、殺人課捜査官のアンジェラ・エドワーズだ。配属されて間もなく一年ほどになるが、まだまだひよっこだよ。アンジェラ、彼女がミランダ・グレインだ」


ミランダ

「そう、あなたがアンジェラね。この間、フランクがうちに夕飯を食べに来た時、ドミニクと話していたわ。将来有望な新人女性刑事が現れたって」


アンジェラ

「あ、ど、どうも……」


フランク

「ミランダ。すまないが、さっそく本題に入らせてもらうよ。ドミニクは、殺害される前の日に、何か言っていなかったか。あるいは、ここ一週間ほどで、何か変わった様子があったとか」


ミランダ

「いいえ、何も。……彼、仕事の話は、家では絶対にしない人だったから」


フランク

「そうか……」


ミランダ

「ただ……」


フランク

「ただ?」


ミランダ

「先週、ケンカをしたの」


フランク

「あいつとケンカ? 珍しいな」


ミランダ

「若い頃はしょっちゅうだったわ。……でも、確かに、子どもが生まれてからは、そういうことはほとんどなかったかな」


フランク

「原因は、なんだったんだ?」


ミランダ

「なんていうか……何かを抱え込んでた様子だったから、突き詰めてやったの。まあ、女の勘ってやつね」


アンジェラ

「……ッ!」


ミランダ

「それで、私もいろいろ溜まってたものがあったから……全部、吐き出しちゃったのよ」


フランク

「今はどんなことでも、とにかく手がかりが欲しい。詳しく聞かせてくれないか」


ミランダ

「ええ、わかった。あれはそう……子どもを寝かしつけたあと、ドミニクが夜遅くに帰ってきて――……」


 

* * * * *


ドミニク

「――頼む! 話を聞け、ミランダ!」


ミランダ

「聞いてるわよ! 私はいつだって、貴方の話を聞いてきたつもりよ! だけど、貴方は、本当に肝心なことは、何一つ私に何も話してくれないじゃない!」


ドミニク

「俺だって、お前にはいつでもすべて打ち明けてきた! 何も隠してることなんか一つもない!」


ミランダ

「嘘よ! きっと、本当の貴方なんてどこにもいない! すべて偽りの存在なんだわ!」


ドミニク

「そうじゃない! ……そうじゃないんだ!」


ミランダ

「何が違うっていうの!」


ドミニク

「俺はお前を、子どもたちを、家族みんなを愛してる! 心から愛してるんだッ! それだけは、わかってくれ……!」


ミランダ

「そんなの……そんなの、わかってるわよ……! 貴方の気持ちは、痛いほどわかってる……! だけど、わかってないのは、貴方のほうよ!」


ドミニク

「どうして……!」


ミランダ

「私は、貴方を……! 貴方自身のことを、心配しているの……! だけど貴方は、何もかも一人で抱え込んで……まるで! ……まるで、死に場所を探しているみたい」


ドミニク

「ミランダ……」


ミランダ

「ねえ、わかってよ……お願い……お願いだから、いつまでもずっと、私の傍にいてちょうだい……ドミニク……」


ドミニク

「ミランダ……すまない……本当に、すまない……」


 

* * * * *


フランク

「……――なるほど、そんなことが。なんだか、あいつらしいな……」


ミランダ

「でも、結局、ドミニクは事件のことについて、何も話してはくれなかった。……ごめんなさいね、お役に立てなくて」


フランク

「そんなことはないさ。君たちがどれだけ互いを思い合っていたのか、それが確認できただけでも、俺は満足だ。お腹いっぱいだよ」


ミランダ

「ふふ……」


フランク

「それに、ほかに何か、手掛かりになるものがあるかもしれない。ドミニクのPCを見ても?」


ミランダ

「ええ、もちろん。彼の使ってた書斎にあるわ。自由に見てちょうだい。何かわからないことがあったら、いつでも呼んで?」


フランク

「ああ、ありがとう、ミランダ。――アンジェラ、お前はここでミランダと話しててくれ。もしかしたら、何か思い出すこともあるかもしれない。それに、女同士のほうが腹を割って話せることもあるだろ?」


アンジェラ

「は、はい!」


ミランダ

「…………」


アンジェラ

「……あ、あの、わたし……」


ミランダ

「……彼ね、潜入捜査官だったの」


アンジェラ

「えっ」


ミランダ

「ドミニクの過去の経歴……貴女は、知らなかったでしょう?」


アンジェラ

「はい、初耳です。……確かに、ドミニクは以前、麻薬取締局に出向していたと経歴書にありましたが……」


ミランダ

「ええ。彼はそこで、極秘任務に従事していた。簡単に言えば、麻薬組織に潜り込んで、スパイをしていたそうよ。それを知ってるのは、おそらくニューヨーク市警でも、極一部の人間だけでしょうね」


ミランダ

「……彼は、私たち家族に危害が及ばないように、そして、私たちを不安にさせないように、仕事の話は一切しなかった。自分の正体を、誰にも知られないようにしていたのよ」


アンジェラ

「でも、ミランダ……どうして、貴女がそれを……?」


ミランダ

「正直に言うと……以前、腕の良い私立探偵を雇ったことがあったの。ドミニクがね、あまりにも自分のことを何も言わないものだから、浮気をしてるんじゃないかと疑ってね」


アンジェラ

「そんな……っ!」


ミランダ

「……でも、わかったのは、彼のその経歴だけ。実際に彼がどんな仕事をしていたのか、どんな捜査をしていたのかまでは、さすがの探偵でも掴めなかった」


アンジェラ

「………」


ミランダ

「愚かなことだったと思ってる。彼を疑ってしまったこと、彼のことを理解してあげようとしなかったことを」


ミランダ

「……だから、それ以来、私は彼を信じることにした。彼のすることをすべて許そうと思ったの。結局、溜まってたものが決壊して、つい口論になってしまったけれどね」


アンジェラ

「そう、だったんですか……」


ミランダ

「ねえ、アンジェラ。貴女は、彼とどういう関係だったの?」


アンジェラ

「へ? ど、どういうって⁉ あのっ、ドミニクは、模範的な刑事で、とても頼りになる先輩で!」


ミランダ

「ううん。そういうのじゃなくて、貴女自身の言葉で聞かせて?」


アンジェラ

「あ、あの……」


ミランダ

「うん」


アンジェラ

「ドミニクは――……」


 

* * * * *


 

――とあるホテルの一室。オレンジ色のルームランプの明かりだけがぼんやりと浮かぶ、薄暗い部屋の中。ドミニクとアンジェラはお互い気まずそうに、ベッドに腰掛けている


アンジェラ

「あ、あの、ドミニク……」


ドミニク

「……すまない、アンジェラ……俺は、どうかしていた」


アンジェラ

「いえ! ……わたしも、その……お酒の勢いで……申し訳ありません……」


ドミニク

「いや、君は悪くない! すべて、俺が悪い。俺自身の責任だ」


ドミニク

「……ここ最近、仕事で切羽詰まっちまって……頭がどうかしちまってたんだ」


アンジェラ

「そんなことありません! わたし、憧れていた貴方に食事に誘っていただいて、嬉しかったんです!」


アンジェラ

「それで、貴方に奥さんもお子さんもいると最初からわかっていて、それでわたしは……!」


ドミニク

「……アンジェラ……」


アンジェラ

「そ、それに……わたし、今まで付き合ったボーイフレンドからは、求めてくるのはみんなカラダばっかりで」


アンジェラ

「飽きられたらすぐに捨てられて、それの繰り返しで、こんな風に優しくされたの初めてで、それでわたし、舞い上がっちゃって、あの、その――」


ドミニク

「――アンジェラ」


アンジェラ

「は、はい!」


ドミニク

「それ以上は言わなくていい」


アンジェラ

「あっ……すみません……」


ドミニク

「…………」


アンジェラ

「……このことは、決して誰にも言いません。貴方の迷惑になるようなことは、誓ってしませんから!」


ドミニク

「……すまない」


アンジェラ

「ドミニク……」


ドミニク

「ん?」


アンジェラ

「……貴方は、優しい人です」


ドミニク

「っ……そんなことは、ないさ」


アンジェラ

「いいえ、貴方は――」


 

 * * * * *


アンジェラ

「――……ドミニクは、とても優しい方でした」


ミランダ

「そう。……ねえ、アンジェラ。あなた、彼に気があったの?」


アンジェラ

「えっ? そ、そんな! まさか!」


ミランダ

「……いいのよ。彼、人たらしだから」


アンジェラ

「…………」


ミランダ

「ふふ……そういう人なの、彼は」


アンジェラ

「……あの、ミランダ……わたし、あなたに謝らなければ(ならないことが)」


 

――アンジェラの言葉を遮るようにして、フランクが慌てた様子で戻ってくる


フランク

「――アンジェラ! 至急、署に戻るぞ!」


アンジェラ

「え、あ、はい……!」


ミランダ

「フランク、なにか見つかったの?」


フランク

「ああ! 真相を突き止めるためのカギだ!」


ミランダ

「そう、それはなによりだわ」


フランク

「ありがとう、ミランダ! 邪魔したな!」


ミランダ

「いいえ、捜査がうまくいくことを祈ってる」


アンジェラ

「……あ、そ、それでは、失礼いたします」


ミランダ

「アンジェラ、待って」


アンジェラ

「は、はい?」


ミランダ

「お願い。……必ず、彼の仇を討ってあげて」


アンジェラ

「っ……はい!」


 

* * * * *


 

――ドミニクの自宅から警察署に戻る最中。フランクが運転する車内にて


アンジェラ

「……フランク、《白鯨》の正体がわかったんですか?」


フランク

「いいや、まだだ。だが、手がかりは見つけた。《白鯨》を突き止めるためのデータは、あいつのスマートフォンに入ってたんだ」


アンジェラ

「ドミニクのスマートフォンに?」


フランク

「ああ。スマートフォンのデータを閲覧するためには、どうやら、自宅のPCから認証コードを送る必要があったようだ。そこで俺がさっき、認証を飛ばしといたってわけさ」


アンジェラ

「なるほど……ということは、彼のスマートフォンは現在、証拠品保管室に!」


フランク

「その通りだ。急ぐぞ……!」


アンジェラ

「はい!」


 

――警察署に到着した二人は、大急ぎで署内に駆け込んでくる


フランク

「――アンジェラ! 俺は保管室からあいつのスマートフォンを持ってくる! お前は今のうちに捜査資料をまとめておいてくれ!」


アンジェラ

「了解しました!」


 

――アンジェラは自分のデスクに向かって歩きながら、自身の考えを巡らせる


アンジェラ

……それにしても、犯人がドミニクのスマートフォンを持ち去らなかったのは、何故だったんだろう。


アンジェラ

GPSで居場所を突き止められるのを恐れた? ……いや、でも、それくらいの対策はいくらでもできるはず。


アンジェラ

……だったら、そこに情報が入っていると知らなかったから? それとも、別の場所にあると確信していたから……?


アンジェラ

……ミランダは言っていた。……ドミニクは、潜入捜査官だったと……。


アンジェラ

彼女も言っていた通り、潜入捜査官はいわばスパイだ。正体を隠して、目標となる情報を探るのが任務……。


アンジェラ

じゃあ、もしかして、彼は警察の内情を探ろうとして……?


アンジェラ

……だ、だとしたら、まさか――


 

――その時。突如として、背後から声をかけられる


ウィルソン

「――アンジェラ」


アンジェラ

「……ひッ⁉」


 

* * * * *


 

――フランクは証拠品保管室からドミニクのスマートフォンを持ち出し、誰もいない薄暗い会議室の中、自身のノートPCを開いている


フランク

「なるほどな……このスマートフォンだけでも閲覧できない仕掛けになってるのか。さすがに用心深いぜ、ドミニクは……」


フランク

「端末をPCに繋いで、パスワードは……よし。これでもう一度、認証を通せば……」


フランク

「OK、フォルダが開いた。……さて、何が出てくる……?」


 

――カチカチとマウスをクリックし、ノートPCを操作する


フランク

「む……?」


フランク

「こ、こいつは……」


フランク

「そうか……わかったぞ。あいつが追っていた《白鯨》の正体……それは――」


 

* * * * *


ウィルソン

「――お前だよ。フランク」


フランク

「なッ……⁉」


ウィルソン

「そこにあるのは、お前が裏組織に通じていることを裏付けるデータだな」


アンジェラ

「フランク……まさか本当に、貴方が《白鯨》だったなんて……」


フランク

「な、何故だ……どうして、俺だと……!」


アンジェラ

「ウィルソン警部補が、すべて明かしてくれました」


フランク

「なに……⁉」


ウィルソン

「ドミニクが事前に、私宛に手紙を置いていったんだ。私も正直、今この時まで半信半疑だったよ」


ウィルソン

「そのデータを取り出すためのパスワードや仕掛けは、二重三重に仕組まれた複雑なプロセスを踏まないと解けないようになっている。それは当然、ドミニク本人か、犯人しか知りえない情報だ」


フランク

「そんな、馬鹿なッ! ……そもそも、ドミニクが、あんたに? だが、あんたは……!」


ウィルソン

「ああ、確かに、あいつからは個人的には信頼されていなかった。だが、刑事として、信用されていたみたいだ――……」


 

――ドミニクの手紙ここから


ドミニク

『――俺は長らく潜入捜査に染まりすぎた。ひたすらデカい獲物を捕らえようとして、深い闇の中に迷い込んじまったようだ』


ドミニク

『俺はきっと近いうちに、組織に通じている裏切り者によって命を狙われるだろう』


ドミニク

『だからその前に、ウィルソン、テメェにこの手紙を書いておく』


ドミニク

『いまどき、紙にペンで書く手紙なんざ時代遅れも甚だしいが、最近じゃあ、盗聴やらハッキングやら、なんでもござれだからな。それでこの手段が最適だと判断した』


ドミニク

『テメェは人間としてはクソ野郎だが、クソ優秀な刑事なのは確かだ。だからこそ、刑事としてのテメェに、この手紙を託す』


ドミニク

『だが、いいか。忘れるなよ、ウィルソン。テメェのことは〝死ぬほど・・・・〟嫌いだ』


 

――ドミニクの手紙ここまで


ウィルソン

「……――フッ、本当に死んじまうなんてな。そこまで私のことが嫌いかよ……」


アンジェラ

「ウィルソン警部補……」


ウィルソン

「あいつは、私とは違う。考え方も、やり方も異なる。それでも、あいつには、確かな信念を感じていた。そこに関しては、素直に尊敬もしていた。……だから、こうなってしまったのは本当に残念だよ。――なあ、フランク」


フランク

「クッ……」


ウィルソン

「ドミニクからの手紙には、こうあった。あいつが、警察内部の裏切り者について調査していたこと。そいつを、《白鯨》と呼んでいたこと」


ウィルソン

「そして、これから自分の身に起こり得ることを想定し、最後の《トラップ》を仕掛けるつもりだということ――……」


 

* * * * *


 

――深夜。NYの港湾地区。人気のない埠頭で、ドミニクは地面に膝をつき、フランクに銃を向けられている


ドミニク

「――お、おいおい、冗談はよせよフランク……なんで、こんなことをするんだ……!」


フランク

「お前が追っている《白鯨》とは何者だ? そいつの情報をよこせ」


ドミニク

「……は? な、なんでお前が……お前には関係ないことだろう……!」


フランク

「本当に関係ないと言い切れるのか?」


ドミニク

「そ、それは……! ま、まさか、あの情報屋をヤッたのも……⁉」


フランク

「わざわざ言わなくてもわかるだろ? ……ったく、せっかく良いサイドビジネスを教えてやったってのに。大人しく金をせしめて、甘い蜜すするだけでよかったのによ。欲を出し過ぎたようだな」


ドミニク

「な、なにを言って……」


フランク

「潜入捜査で裏社会に染まり切って、汚職に手を染めた悪徳警官。……いわば、俺と同類の人間。だから、俺はお前のこと、嫌いじゃなかったぜ。――だが、お前は組織に近づきすぎた」


ドミニク

「ふ、フランク、冗談だろ? ……そもそも、その組織って、なんのことだよ? 俺はただ……」


フランク

「ドミニク。死にたくなけりゃ、《白鯨》の正体を教えろ」


ドミニク

「あ、あれは、お前が思ってるほど、大したものじゃねえんだ!」


フランク

「いいから。さっさと教えろ。さもなくばだ……」


 

――チャキリ。と、フランクは拳銃の撃鉄を起こす


ドミニク

「……わ、わかった! 教える! 教えるから! じ、自宅のPCだ! それを調べてくれりゃわかる! PCのパスワードは、書斎のデスクの、さ、三番目の引き出しの裏に、付箋で張り付けてある……!」


フランク

「……本当だな?」


ドミニク

「ほ、本当だ! この期に及んで嘘を言うわけねぇだろ……!」


フランク

「はンっ、昔はウィルソンに食ってかかるほど、あんなに正義感に燃えてたってのに、今じゃすっかりこれだもんなぁ……?」


ドミニク

「な、なあ、頼むよ……フランク! 命だけは助けてくれ! 俺には妻と子供が! 家族がいるんだ!」


フランク

「ああ、よーく知ってるよ。ミランダには俺から伝えておく。……お前は、立派な警官だったってな――」


 

* * * * *


フランク

「……――そ、そんな……だとしたら、あいつが死ぬ間際の言動も、全部、演技だったってのか……」


ウィルソン

「お前は、ドミニクが追っていた《白鯨》なんてものは、最初から無視していればよかったんだよ」


ウィルソン

「……だが、お前は決してそれをスルーできなかった。なんとしてもそれを奪わなければ、自分自身の目で確かめなければ、自分の身に危険が及ぶかもしれないと考えた」


ウィルソン

「そしてまんまと、その罠に引っかかったってわけだ。ドミニクもきっと、こう考えたんだろう。必死に命乞いまでして教えたエサなら、必ず食いつくはずだ、とな」


フランク

「……だが、確かに、あいつも……ドミニク自身も、汚職に手を染めていたんだぞ……!」


ウィルソン

「それも、お前という獲物を炙り出すために、いわば二重スパイをしていたのさ。ドミニクは、手紙にこうも書いていた――……」


 

――ドミニクの手紙ここから


ドミニク

『俺が集めた情報は、その裏切り者が、組織とつながっていることを示すモノだ。だが、そいつが一体誰なのか、大まかな目星は付いているが、今の段階では本当にそいつだと証明するには決定打が足りない』


ドミニク

『そこで俺は、裏切り者を完全に炙り出すため、警察内部の至るところにエサを撒いた』


ドミニク

『俺が潜入捜査官として得たコネを使って汚職に手を染め、道を踏み外して堕落したと……それこそ、ミイラ取りがミイラになったのだと思わせるためにな』


ドミニク

『そして、俺は、俺自身が追っている《白鯨》そのものを、もう一つの大きなエサとして使うことにした』


ドミニク

『きっと、裏切り者は、そいつを自分の目で確認せずにはいられなくなるはずだ。だからきっと、そいつは自分自身で《白鯨》を追いかけ始めるだろう』


ドミニク

『やがて、そいつが《白鯨》だと示す証拠は、《白鯨》を追っていくうちに、そいつが自ら明かしてくれるに違いねぇ』


ドミニク

『つまり、そいつが《白鯨》を追い詰めれば追い詰めるほど、《白鯨そいつ》自身が追い詰められていくんだ――』


 

――ドミニクの手紙ここまで


ウィルソン

「……――そうしてフランク、お前自身が、身をもってそれを証明してくれたわけだ」


フランク

「お、俺は……自分で自分の首を絞めてたのか……あいつが、汚職に手を染めたと……潜入捜査の過程で、そっちの道に染まり切ったと、そう思わされてたってのか……」


アンジェラ

「……人たらし……」


ウィルソン

「ん?」


アンジェラ

「彼の本当の素顔を知っていたのは、きっと、奥さん……ミランダだけだったんですよ。彼は、わたしたちのそれぞれにしか見せない顔を持っていた」


アンジェラ

「フランクには自分が汚職警官仲間として信頼させて、罠にかけることに成功し、ウィルソン警部補にはあえて反発して自身の信条を示すことで、刑事としての信用を得た」


アンジェラ

「……彼は、そういう人だったんだと思います」


ウィルソン

「……ああ、そうだな。獲物を捕らえるためなら、どこまでも自分自身を偽ることができる。あいつは、本物の潜入捜査官だったんだよ。……それこそまさしく、エイハブ並みの執念のな」


フランク

「くっ……」


ウィルソン

「さあ、アンジェラ。フランクを拘束するんだ」


アンジェラ

「は、はい! ……貴方には、黙秘権がある。貴方の供述は、法廷で不利な証拠として用いられることがある。貴方は――」


 

* * * * *


ウィルソン

その後、ドミニクが集めていた情報と、司法取引に応じたフランクの証言から、彼のほかに警察内部で裏組織に通じていた人員および、組織の幹部たちが白日のもとへと晒され、芋づる式に一斉検挙されるという、大スキャンダルに発展した。


 

――数日後。アンジェラはドミニクの自宅へと足を運ぶ


ミランダ

「――あら、アンジェラ。おはよう」


アンジェラ

「おはようございます、ミランダ」


ミランダ

「ニュース見たわよ。お手柄だったそうね」


アンジェラ

「いえ、すべてドミニクのおかげです。わたしたちは、結局のところ何も……」


ミランダ

「そんなに謙遜しないで。貴女たちはよくやってるわ」


アンジェラ

「あの……ミランダ、これを……」


ミランダ

「これは……?」


 

――アンジェラはミランダにラッピングされた箱を手渡す


アンジェラ

「ドミニクが亡くなった現場の近くに停車していた、彼の車の中にあったそうです。一時的に証拠品として押収されましたが、その必要はないと判断され、返還されることになりました」


アンジェラ

「……彼は、もしも無事に生きて帰れたら……貴女とご家族に、プレゼントしようとしていたのかもしれません」


 

――箱の中には、ドミニクの家族写真と、愛の言葉が刻まれた家族の人数分のリングが収められている


ミランダ

「これ、は……」


アンジェラ

「彼は……最期の最期まで、貴女を、そしてご家族を深く愛していたんだと思います。これが、何よりの証拠です」


ミランダ

「あぁ……ありがとう、アンジェラ」


アンジェラ

「……ひとつだけ、貴女にお聞きしたいことがあります」


ミランダ

「ん、なぁに?」


アンジェラ

「ドミニクは……一体どれほどのストレスを抱えていたんでしょうか……?」


ミランダ

「……そうね……少しだけ、普段の自分を忘れて……何かに身を任せたくなるくらいには、かな?」


アンジェラ

「ッ! あ、あの、わたし……!」


ミランダ

「大丈夫、私は誰も恨んでいないわ。ドミニクも、彼を殺したフランクも……そして、貴女も」


アンジェラ

「ミランダ……」


ミランダ

「アンジェラ、もう過ぎたことは気にしないで、前を向きなさい。貴女は、必ず良い刑事になれるから」


アンジェラ

「そんな、わたしなんて……」


ミランダ

「ふふ。大丈夫よ、私が保証する。これでも、人を見る目はあるのよ? だって彼のこと、本当は何もかもお見通しだったんだもの」


 

――冗談交じりに告げるミランダに、アンジェラは小さく微笑みながら応える。


アンジェラ

「……それは、言えてます」


 

《了》

タイトルとURLをコピーしました