魔導学院物語 第一幕:【蒼と朱】

ファンタジー
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 魔法技術が発達した18世紀ヨーロッパ風の異世界を舞台に描く、ライトノベル的なファンタジー活劇のシリーズものです。

はじめにお読みください

  • 本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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  • 営利を目的とした配信や商業作品、舞台やリアルのイベントなどで使用したいという場合は作者のTwitter(X)にご連絡ください。
  • 物語の雰囲気を大きく変えない限りは、アドリブやセリフ改変などもOKです。全員性別不問なので各キャラクターの一人称やセリフの言い回しなども、各自で演じやすいようにアレンジしても構いません。
  • 『魔導学院物語』としては今回が第1話となりますが、『トワ・エ・モワ~二人の魔術師~』の続編です。キャラクターの関係性などについては前作をお読みいただけますと幸いです。
作品概要

タイトル

アンサンブル・ドゥ・ソルシエール-魔導学院物語-

第一幕:【蒼と朱~アジュール・エ・ヴェルミヨン~】


作者

島嶋徹虎


ジャンル

ファンタジー


上演時間

約40分


男女比

不問5

登場人物

シャル

シャル・ド・リュミエール。自然魔学科一年。類い稀な魔術の才能を持つ。幼少期に魔力の暴発で右腕を失くしたため、ノエルの製作した義手を着用している。


ノエル

ノエル・テネブル。魔装具アーティファクト職人。質は良いがピーキーすぎる性能の魔装具を製作してしまう変人。祖父も腕の良い魔装具職人として知られている。傲岸不遜な性格。


オリヴィエ

デュノワ公オリヴィエ。王立サン=ジュリアン魔導学院の新理事長。王家に連なる血筋の貴族ブランタール家の若き当主。常に高貴でエレガントに振る舞うことをポリシーとしているが、その実は気弱な小心者。


セシル

セシル・メルキュール。魔導学院に通う学生。ノエルやシャルと同学年だが、飄々とした性格で妙に達観した雰囲気の持ち主。自称〝政府に雇われた探偵〟として、とある事件を追っている、らしい。


ルネ

本名不詳。謎の転校生。

シナリオ

(※「」で括っていないセリフはナレーション、もしくはモノローグとして演じてください)
(※全員性別不問なので各キャラクターの一人称や言い回しなども各自で演じやすいようにアレンジしていただいて構いません)


ノエル

《魔法》という力が、いつからこの世界に存在しているのかはわからない。そして、その力を人類がいつ手にしたのかも。


シャル

此処、ベルサリア王国では、そのような《魔法》を自在に操るためのすべ、即ち、《魔術》を専門的に学ぶ、《魔術師》の育成に力を注いでいた。


ノエル

王立サン=ジュリアン魔導学院。国内で最も古く、歴史ある《魔術》の学び舎。


シャル

そこに通う二人の生徒が、互いに力を合わせ優勝を果たした《魔闘技大会》から、およそ三ヶ月が経った頃――


ノエル

――此処に、新たな物語の幕が上がる。


 

――タイトルコール

ノエル

『アンサンブル・ドゥ・ソルシエール‐魔導学院物語‐』


シャル

『第一幕。《蒼と朱アジュール・エ・ヴェルミヨン》』


 

* * * * *


 

――ノエルの工房。シャルが元気よく入ってくる


シャル

「――ノエルーっ! ノエル、いるかい⁉」


ノエル

「なんだなんだ、騒々しいと思えばシャルじゃないか。どうした、こんな朝っぱらから」


シャル

やあサリュー、ノエル! もう聞いた? 新しい転入生が来るんだって!」


ノエル

「ああ、その話ならとっくに聞いたよ。というか、学年ごとの適性試験に合格すれば誰だって中途編入できるんだ。転入生などそう珍しいものでもないだろう。そもそも、お前だってそうじゃないか」


シャル

「それはそうだけど、ボクが学院に来て以降は初めてなわけだし……」


ノエル

「お前があの〝とんでもないこと〟をしでかしてから、まだ三ヶ月しか経っていないんだぞ。さすがに浮かれ過ぎだ」


シャル

「とんでもないこと? ――ああ! キミと一緒に魔闘技大会で優勝したことなら、確かにとんでもないことだよね! ふふん!」


ノエル

「(呆れたように)それが浮かれ過ぎだというんだ」


シャル

「それにしても、そうか……あれからまだ三ヶ月なんだ……なんだか、随分と昔のように感じるなぁ。それに、キミとは古くからの付き合いのようだし、最近知り合ったとは思えないよ」


ノエル

「はあ……呑気なもんだな、まったく。お前が成し遂げた〝復讐〟により、あのグラブール公が逮捕されたことで、王族に次ぐほど力のある貴族の一角が崩れたんだ。国内における王侯貴族のパワーバランスは崩れ、勢力争いも一層過熱している。王宮はもはや、政治家共の陰謀が渦巻く伏魔殿と化したと言っても過言ではないだろうな」


シャル

「そ、そうなの……?」


ノエル

「お前も精々気を付けろよ。領地を国に返還したとはいえ、名門であるリュミエール家の血筋が復活し、そのうえ多くの恨みを買っていた悪徳貴族を打倒したともなれば、その存在を利用しようとする輩が群がってくるか、あるいはお前を疎ましく思う輩に、命を狙われる可能性だってある」


シャル

「うーん。ボクにはそういう難しいことはわからないけど」


ノエル

「お前なぁ……もう少し自分の立場というものを……」


シャル

「でも、キミに作ってもらったこの義手があれば、何も怖くないよ。どんな困難だって、乗り越えられるさ――キミとボクなら、ね?」


ノエル

「……フン。当然だ」


シャル

「ふふ」


ノエル

「ところでお前、今日は一限目から講義じゃなかったか?」


シャル

「――ああ! そうだった!」


ノエル

「……まったく。遅れないうちに早く行け」


シャル

「そういうノエルは?」


ノエル

錬金工学科私のほうの授業は午後からだ」


シャル

「そっかぁ、いいなあ! じゃあ、またあとでだね!」


ノエル

「ああ、あとでな」


 

――シャルを見送りながら、ノエルは一息吐く

 

――すると、再び店の扉が開かれる


セシル

「――お邪魔するよ」


ノエル

「おや、いらっしゃい。《呪具マジックツール》をお探しかな? それとも《魔装具アーティファクト》をご所望かい?」


セシル

「こちらが質の良い工房だというのはうかがっている。しかし、申し訳ないが、今日は客としてきたわけではないんだ」


ノエル

「客ではないと言うなら、なんだというんだ? 勧誘やら訪問販売やらはお断りだぞ?」


セシル

「いやいや、そんなんじゃないさ。……僕の名はセシル。探偵だ」


ノエル

「探偵だと?」


セシル

「その通り。王国政府のもとで、とある事件を捜査していてね。君は《黒き獣ラ・ベート・ノワール》という名を聞いたことはあるかな?」


ノエル

「フン……近頃、世間を騒がせている連続猟奇殺人事件の犯人に付けられた通り名だな」


セシル

「知っているなら話が早い。つまるところ、僕はそいつを追っているんだが、なかなかその正体を掴めていなくてね。まずは事件全体の足取りを辿るために、この辺りで聞き込みをしているんだ」


ノエル

「なるほど。……だが、見たところ、あんたは私とそう変わらん年だろう。政府のお抱え探偵だとは、到底信じられんな」


セシル

「おいおい、それを言うなら君だってそうじゃないか。こんな立派な工房を持つ店主にしては、随分と若く見えるけど?」


ノエル

「フッ……私のような若造が店主なわけなかろう。私はただ、実家の店番をしているだけだ!」


セシル

「……なんでそんなに自信満々なのかはわからないが……なんとなく、君と僕は似た者同士のような気がするよ」


ノエル

「私はあんたほど胡散臭くはないがな」


セシル

「はは。それはそうだ。まあ、何か気になる点でも見つけたら教えてくれ。――それでは、また会おう、ノエル・テネブルくん」


ノエル

「…………」


 

――閉まるドアを見つめながら、ノエルはぽつりとつぶやく


ノエル

「……フン。やはり食えんやつだな」


 

* * * * *


 

――魔導学院の通路。シャルが一人の生徒に声をかける


シャル

「――こんにちはボンジュール! キミが新しい転入生だね! ボクはシャルっていうんだ、よろしく!」


ルネ

「…………」


シャル

「ぅ……あ、ぼ、ボクもちょっと前にこの学院に転入してきたばかりなんだ! まだまだ慣れないこともいっぱいで心細かったから、経歴の近しい新しい生徒が増えて嬉しいよ!」


ルネ

「…………」


シャル

「え、えーと……い、いきなり馴れ馴れしくしちゃってごめんね! ちょっと一人でテンション上がっちゃって舞い上がっちゃってたっていうか! あの、なんていうか、つまりその……」


ルネ

「……ルネ」


シャル

「……へ?」


ルネ

「……ルネだ。オレの名前」


シャル

「あ、ああ! ――よろしく、ルネ!」


ルネ

「…………」


シャル

「あ、これ、気になるかい? ボクの親友が作ってくれた義手なんだ!」


ルネ

「……その義手に埋め込まれているのは?」


シャル

「ああ……これは、ボクの家に代々伝わる《クレ・ドゥ・フラム》っていう宝玉でね。ちょっと前まで悪いヤツに奪われてしまっていたんだけど、義手を作ってくれた親友と一緒に取り戻すことができた。それで、今はこうして義手に埋め込んでもらってるんだ。もう決して、大切なものを誰にも奪われないように……そのための誓いとしてね」


ルネ

「そうか。……じゃあ、オレは次の授業行くから。霊素解析学の」


シャル

「え、あ、わ、わかった! ボクは次、歴史学だから、別教室だね……あの、もしよかったら、また今度ゆっくり話そう!」


ルネ

「……ああ。じゃあな」


 

――シャルから離れたあとで、ルネは柱の陰に佇んでいる生徒に声をかける


ルネ

「……見てたのか」


セシル

「うん。邪魔しちゃ悪いと思ってね」


ルネ

「…………」


セシル

「どうだった? あの子。君のお眼鏡にはかなったかな?」


ルネ

「……さあな」


 

――そう言って去っていくルネの背中を見送りながら、セシルは苦笑を浮かべる


セシル

「まったく、相変わらずつれない子だ」


 

* * * * *


 

――昼休み。魔導学院の中庭にて


ノエル

「――で、例の転校生とやらとは会ったのか」


シャル

「うん! まあ、ちょっと取っつきにくいところはあるけど、ね……」


ノエル

「なるほどな。それはそうと、前理事長であるグラブール公の後任がようやく決まったらしいぞ」


シャル

「そうなの!」


ノエル

「ああ。デュノワ公オリヴィエ・ド・ブランタール。この学院の卒業生でもある。年齢も私たちと十歳も離れていないくらいだろう」


シャル

「へえ~。今度の理事長先生は随分と若い人なんだ。それにブランタール家と言えば、王家に連なる血筋の高位貴族だよね。確か、現当主であるデュノワ公は、前国王の兄弟の孫だったか、そんな関係じゃなかったかな」


ノエル

「政治のことはさっぱりなくせに、そういう知識だけは豊富だな」


シャル

「ふふーん。これでも貴族の跡取りとして英才教育を受けているからね!」


ノエル

「無駄にドヤ顔するんじゃない」


シャル

「それにしても、卒業生ってことはボクたちの先輩かぁ……どんな人なんだろう」


ノエル

「ま、それもすぐにわかるだろうよ」


シャル

「え、どういうこと?」


ノエル

「今朝方、こんなものが郵便受けに入っていてな」


シャル

「手紙? 誰からの?」


ノエル

「フン。喜べ、シャル。我が学院の新理事長、直々のご指名だ」


 

* * * * *


 

――放課後。理事長室の扉がノックされる


オリヴィエ

「どうぞ、入りたまえ」


シャル

「――失礼します」


オリヴィエ

「やあ、ようこそ。待っていたよ、二人とも。わたしの名はオリヴィエだ。以後、よろしく頼む」


シャル

「よ、よろしくお願いします。えっと、ボクは――」


オリヴィエ

「――シャル・ド・リュミエール。類まれな魔術の才能を持ち、武術の素養も兼ね備える期待の有望株ホープ。そして、ノエル・テネブル。優れた頭脳と戦略眼を併せ持つ、当学院の中でも指折りの秀才……うん。君たちの噂はかねがねうかがっているよ」


シャル

「あ、ど、どうも……」


ノエル

「……フン。それで、私たちをこうして呼び出したのは、どのような理由ですかな?」


オリヴィエ

「ああ。では、率直に言おう。二人とも、わたしのもとで働く気はないかい?」


ノエル

「……働く、だと?」


オリヴィエ

「そう、仮にわたしが王だとするならば、君たちはいわば、騎士と軍師といったところだ。どうかね? わたしに召し抱えられることはまさしく、栄えある名誉と言えよう!」


シャル

「(ちょっとムッとして)む。それはボクたちに、アナタに仕えろと……アナタの臣下になれということですか?」


オリヴィエ

「……え? あれ?」


シャル

「(不機嫌そうに)なにか……?」


オリヴィエ

「あっ! いやいや! 違う違う! ご、ごめんね! そういうつもりで言ったんじゃないんだ! ああもう、わたしってばいっつもこうなんだぁ~……」


シャル

「(目を丸くして)……へ?」


オリヴィエ

「わ、わたしは、わたしはね! 君たちと! と、とと、友達になりたいんだ!」


シャル

「はあ⁉」


オリヴィエ

「わああ、言っちゃった! 恥ずかしい! いきなり友達になってだなんて言われても困るよねぇ……ほんとごめんねぇ……初めて会う人の前だとド緊張してすぐ高圧的な感じになっちゃうんだよぉ……本当はもっとフレンドリーに接したいんだけどさぁ、やっぱり初対面からいきなり踏み込み過ぎて馴れ馴れしいとか距離感バグってるとか、うわっ何こいつキモって思われたりしたら悲しいしさぁ……!」


ノエル

「……この理事長、かなりのぽんこつと見た」


シャル

「あ、あはは……なんかでも、ちょっと気持ちわかるなぁ……」


オリヴィエ

「小さい頃からずっと『いついかなる時でも常に高貴に振る舞うのが貴族の習わしですぞ、坊ちゃま』って爺やから口酸っぱく言われて育ってきたものだから、何があってもエレガントさを忘れちゃいけないって思っててぇ……つまり何が言いたいかっていうと誤解しないでほしいなってことであってぇ……!」


シャル

「……ふふ。わかりました。ボクたちでよければ、なりましょう、友達!」


オリヴィエ

「えっ⁉ ……ほ、ほんとに⁉ 良いのかい⁉ やったあ! ちょ、ちょっと待ってておくれ! 今、心の奥底から湧き上がるこの喜びを、詩にしたためるから……!」


 

――そう言ってペンを取るオリヴィエを横目に、ノエルが小声でシャルに詰め寄る


ノエル

「おい、シャル、何を勝手に……!」


シャル

「別にいいじゃない、前任者と違って悪い人ではなさそうだしさ。それに、新しい理事長先生とコネをつくっておけば、この先も何かと役に立つかもしれないでしょ?」


ノエル

「お……お前、いつの間にそんなしたたかさを……」


シャル

「フフ、キミと毎日一緒に過ごしてれば嫌でもこうなるって」


オリヴィエ

「――できた! うんうん、我ながら美しい詩だ! 今ここで朗読しちゃおうかな⁉」


 

――コホンとわざとらしく咳払いをして遮るノエル


ノエル

「あーそれで、理事長閣下」


オリヴィエ

「閣下だなんて、そんな! 堅苦しいのもなんだから、よかったらわたしのことはオリヴィエと呼んでほしいな!」


ノエル

「……では、オリヴィエ理事長。結局のところ貴方は、私たちに何をさせたいんだ?」


オリヴィエ

「おっと、そうだった。それでは、本題に入ろうか。――実はね、こういうものが届いたんだ」


ノエル

「拝見いたしましょう。……む、これは……」


シャル

「どれどれ……『サン=ジュリアン魔導学院ノ次期理事長、デュノワ公ニ告グ。理事長ヘノ就任ヲ、即刻辞退セヨ。サモナクバ、学院ニ災イガもたらサレルダロウ』……え、これって……脅迫状⁉」


オリヴィエ

「そうだ。その件について、きみたちに力を貸してほしくてね」


ノエル

「……いくつか、質問させていただきたい」


オリヴィエ

「もちろん、良いとも。何でも聞いてくれたまえ」


ノエル

「この脅迫状が届いたのはいつです? そして、差出人に心当たりは?」


オリヴィエ

「それが届いたのは一週間ほど前だ。それと、貴族わたしたちの界隈は、いつ誰が敵になってもおかしくない異常な世界だからね。正直、心当たりが多すぎてわからないよ。その脅迫状も活字で印刷されているから、当然、筆跡もわからない」


シャル

「…………」


ノエル

「なるほど。それでは、あなたが理事長に就任することになった経緯もお聞かせ願いたい」


オリヴィエ

「わたしが国王陛下からこの学院の理事長職を拝命したのが、ざっと一ヶ月前だよ。前のグラブール公は私腹を肥やすだけでなく、王国へのクーデターをも企てていた疑いが持たれていてね。だから国王としては、グラブール公のような赤の他人よりも、信頼の置ける親族の中から後任をお選びなさろうと思われた。そして、その中でも一番ヒマしてそうだったわたしにお鉢が回ってきたというわけさ……」


シャル

「あー……」


ノエル

「ということは、あなたが新たに理事長となった事実は、少なくとも国王陛下の周囲の人間には、早々に伝わっていたと考えてよろしいですね。それに、この学院を運営する教職員たちも当然、受け入れ体制ができていなければならないでしょうから、とっくに知っているはずだ。しかし、我々はあなたからの招待状で知りましたが、まだ世間的には理事長への就任を公表していないでしょう。当然、この学院の生徒たちにも」


オリヴィエ

「そうだね……最近は、引き継ぎやら準備やらで何かと忙しかったからね。別に秘密にしていたわけではないが、私が新理事長になることを知っている者は限られているはずだ」


ノエル

「であるならば、私たちに協力を求めたのは何故です?」


シャル

「うん、確かに、その通りだよね……心当たりが多すぎるとは言っても、新理事長の存在を知っているのは政府の役人か、貴族たちか、もしくは学院の教職員の中の誰か……だとするなら、この件はそれこそ警察や憲兵隊に任せたほうが……」


オリヴィエ

「そ、それに関しては、理由がいくつかあってだね……一つは、グラブール公の悪事を暴いた、きみたちの手腕を高く評価してのことだ。そして、そんなきみたちと、ぜひお近づきになりたいと思ったのも本当だよ! それだけは信じてッ!」


シャル

「そ、そこまで必死にならなくても大丈夫ですよ……」


オリヴィエ

「良かったぁ……あ、そう、それからね――」


セシル

「――僕が推薦したんだ。この件に関しては、君たちこそが適任じゃないかとね」


ノエル

「お前は……!」


セシル

「やあ、今朝方ぶりだね、ノエル・テネブルくん」


オリヴィエ

「おや、知り合いだったのかい?」


セシル

「ええ、まあ。……そして、君がシャル・ド・リュミエールくんだね」


シャル

「えっと……どちら様?」


セシル

「ああ。それでは、改めて名乗ろうか。僕の名はセシル・メルキュール。ベルサリア王国政府に雇われた探偵にして、サン=ジュリアン魔導学院の自然魔学科一年。つまり、君たちとは同級生だ。よろしくお願いするよ」


シャル

「政府に雇われた、探偵……キミが⁉」


ノエル

「信じられんよな。もちろん私も信じてないぞ。胡散臭過ぎて」


セシル

「もう、ひどい言われようだなぁ……」


ノエル

「それにしても、オリヴィエ理事長。どうしてこいつがここにいるんです」


オリヴィエ

「ああ、セシルくんとはそれなりに長い付き合いでね。いろいろと相談に乗ってもらったんだ。本来なら、この脅迫状の件もセシルくんにお願いするところだったんだけど、別件を抱えていて忙しそうだったからね」


シャル

「別件?」


ノエル

「例の連続殺人事件か」


シャル

「さつじ……えっ⁉」


セシル

「その通り。だから、君たちが良いんじゃないかと思ったんだ」


ノエル

「それはつまり……この脅迫状を書いた犯人は、役人や貴族、ましてや学院の教職員でもなく、この学院の生徒たちの中にいる。そう考えているということだな?」


シャル

「……え? えぇええええっ⁉」


オリヴィエ

「ま、まあ、そういうことだね……わたしではなく、セシルくんの考えだけれど……」


シャル

「ちょ、ちょっと、全然理解が追いついてないんだけど……っ⁉」


ノエル

「その根拠はなんだ、セシル」


セシル

「消去法だよ。先ほどオリヴィエ理事長も言っていたろう? 他に成り手がいないから、暇してる自分にお鉢が回ってきたと。この学院の理事長職には大した旨味はないから、誰も積極的にそのポジションを狙ったりなんかしないさ」


オリヴィエ

「あ、あのセシルくぅん……もうちょっとこう、言葉をオブラートに包むとかさ……? いや、実際そうなんだけどぉ……」


ノエル

「だが、前任のグラブール公は、自らこの職を望んだと聞くが?」


セシル

「彼はもともと大きな権力を持っていたし、自らの陰謀を張り巡らせるための隠れ蓑として都合が良かったから、あえてこの理事長職を買って出ていただけだよ。由緒ある魔導学院の理事長は名誉ある職と言えど、より権力を欲する貴族たちは、もっと効率の良いポジションを狙うはずさ。だから、わざわざあえてオリヴィエ理事長に就任辞退を促すなんて脅迫はしない。むしろ、誰かに貧乏くじを引いてもらったほうが好都合だからね。役人や教職員にしても同じだ。いわば居るだけのお飾り理事長なんて、誰が就いたところで対して変わらないんじゃないかな?」


オリヴィエ

「び、貧乏くじ……お飾り……」


セシル

「(勝手にショックを受けているオリヴィエは無視して)となると、新しい理事長に就任されて困るのは、実際にこの学院に通う生徒の中の誰かしかいないだろう。理事長の権限は、少なくともこの学院内においては絶対だからね」


ノエル

「なるほど。お前の推理は、確かに筋は通っているな」


シャル

「でも、オリヴィエさんが理事長になって困る生徒なんて、本当にいるのかな……?」


オリヴィエ

「そうなんだよねぇ……そもそも、わたしまだ理事長として何もしてないわけだし……犯人はそんなにわたしのコト嫌いなのかなぁ……」


セシル

「それを君たちに調査してほしいのさ。学院の生徒たちを調査対象にするなら、その輪の中に自然と入っていける同じ立場の者が望ましい。そのうえで、実力も実績も十分あり、信頼の置ける生徒となると、君たちのほかにはなかなかいないだろう」


ノエル

「フン、随分と買いかぶられたものだな。我々が期待通りの成果を挙げられるとは限らんぞ?」


セシル

「まあ、生徒たちの中に犯人がいなかったらいなかったで構わないさ。これはあくまでも推理、というより仮説の一つだしね。その仮説が正しくなかったことが証明されれば、また異なる仮説を立てて実験を繰り返せば良いんだから」


オリヴィエ

「まあ、それに、もしもいざというときは、わたしも潔く理事長の職を辞するよ」


シャル

「えっ、でも、それは……!」


オリヴィエ

「犯人は『この学院に災いがもたらされるだろう』とまで言っている。わたし一人が職を失うだけで、生徒たちの安全が保障されるならそれに越したことはないよ」


シャル

「……いいえ、そんなのダメです! 何も悪いことしてないオリヴィエさんが辞めることなんてありませんよ!」


オリヴィエ

「シャルくん……」


シャル

「どこの誰だか知らないけれど、そんな悪いこと企んでる輩は懲らしめないと! ね、ノエル!」


ノエル

「……ふむ。良いだろう。その依頼、引き受けた」


オリヴィエ

「ほ、本当⁉ 二人とも、ありがとう! ぜひともよろしく頼むよ!」


シャル

「任せてください! この事件、きっとボクたちが解決してみせます!」


セシル

「いやあ、頼もしい限りだ。僕もできる限り協力しよう。健闘を祈っているよ」


ノエル

「……フン」


 

* * * * *


シャル

「ふふふー」


ノエル

「どうした、さっきからニヤニヤして。気持ち悪い」


シャル

「だって、キミがあんなにあっさり了承するなんて思わなかったんだもの」


ノエル

「言っただろう。私たちは世界に名だたる――歴史にその名を遺すほどの大魔術師になるのだと。これは、そのための第一歩だ」


シャル

「ふふ、そうだね」


ノエル

「……それに、個人的に気になることもあるしな」


シャル

「気になること?」


ノエル

「いや、こちらのことだ。それよりも――」


ルネ

「お前たちの好きにはさせん」


ノエル

「――シャル! 伏せろッ!」


シャル

「え? うわっ⁉」


 

――突如として魔法による炎の矢が放たれる。ノエルは咄嗟にシャルを庇う


ノエル

「ぐッ、うう……ッ」


シャル

「ノエル⁉ 大丈夫⁉ えっ、そんな、怪我してる……ッ!」


ノエル

「こ、これくらい平気だ……それよりも……!」


ルネ

「……仕留め損ねたか」


シャル

「き、キミは……ルネ⁉」


ルネ

「だが、次は確実に仕留める」


シャル

「待って! どうしてキミがこんなことを……ッ!」


ルネ

「問答無用だ。敵は排除する。……我が手に集いし光の力、黄昏の空を切り裂いて、大地を焦がす炎となれ――《朱き雷トネール・ヴェルミヨン》!」


シャル

「そんな……あれは、ボクと同じ術式……⁉」


 

* * * * *


オリヴィエ

「――いやあ、わたしは本当に人に恵まれてると思うよ。君にルネ、そしてノエルくんとシャルくんも加わってくれるとなれば、これほど心強いことはないね!」


セシル

「ああ、理事長。それが、一つ問題が発生したようだよ」


オリヴィエ

「へ? 問題?」


セシル

「うん。ルネがね。また暴走したみたいだ」


オリヴィエ

「え、あっ、あわわわわ……っ⁉ ど、ど、ど、どうしよう……ッ! わたしのせいだ! 止めにいかなきゃあああ……ッ!」


 

――オリヴィエは慌てて理事長室を飛び出していく


セシル

「あはは、やれやれだね」


 

* * * * *


シャル

「我が手に集いし光の力、蒼穹を貫く槍となり、大地を穿つ剣となれ――《蒼き雷トネール・ダジュール》!」


 

――シャルの放った魔術が、ルネの魔術を打ち消す


ルネ

「……オレの魔術を相殺させたか」


シャル

「なんでこんなことを……まさか、キミが犯人なのか⁉」


ルネ

「犯人?」


ノエル

「ぐっ……しゃ、シャル……」


シャル

「ノエルはそこで休んでて! ここはボクが何とかする!」


ルネ

「良いだろう。ならば、かかって来い」


シャル

「行くぞ! ――はあああッ!」


ルネ

「……おおおぉッ!」


シャル

「《突風よラファール》!」


ルネ

「《爆炎よエクスプロジオン》!」


シャル

「まだまだッ! 《光芒の矢フレーシュ・デクレール》!」


ルネ

「甘い……《灼熱の矢フレーシュ・ドゥ・シャルルトリッド》!」


 

――互角にぶつかり合う二人の魔術。だが、ノエルを守りながら戦うシャルは押され気味になる


シャル

「ハァ……ハァ……」


ルネ

「なかなかやるようだが、そんなものではオレには勝てない」


シャル

「ふ、ふふ……」


ルネ

「……何が可笑しい?」


シャル

「だって……楽しいんだもん」


ルネ

「楽しい、だと……?」


シャル

「うん。ノエルに出会う前のボクは、ろくに魔法が使えなかった。そして、魔法を使えるようになった後も、ボクは、魔法を復讐のための道具としてしか見てなかったんだ」


ノエル

「シャル……」


シャル

「……でも、目的を果たした今は、ただ魔法を操れることが、純粋に楽しい。楽しくて仕方ないんだ。……だから、ノエルには心から感謝してる。ボクはキミと出会えて、幸せ者だ。ノエル……」


ノエル

「お、お前……」


ルネ

「……そうか。だが、それもこれで終わりだ」


ノエル

「ま、待て……ッ!」


ルネ

「我が手に集いし光の力、灼熱の業火をまといて――」


シャル

「……くッ!」


オリヴィエ

「純真無垢たる聖女の祈り、我らを護り救い給え――」


ルネ

「――眼前の敵を討ち滅ぼさん――《燃え盛る魔弾バル・アンフラメ》ッ!」


オリヴィエ

「――《純白の護布ヴォワル・ブランピュール》ッ!」


 

――二人の間に割り込んできたオリヴィエがシャルとノエルを守る


ルネ

「……なに?」


ノエル

「ヤツの魔術を防いだ⁉ 魔法防壁か!」


オリヴィエ

「よ、よかったぁ、間に合った……!」


シャル

「お、オリヴィエさん⁉」


オリヴィエ

「ストップ、ストップだよ、ルネ! シャルくんたちは敵じゃない!」


ルネ

「……お前の差し金か、セシル」


セシル

「そういうことだよ。ま、今日のところはその辺にしておくんだね、ルネ」


ルネ

「チッ……余計なことを」


ノエル

「くっ……どういうことだ……?」


オリヴィエ

「すまない! この子は、ルネは、わたしのボディガードなんだ!」


シャル

「ボディガード⁉」


オリヴィエ

「そうなんだよぉ……学院内での護衛任務のためにってことで、転入生として入ってもらったんだ。本当に申し訳ない……わたしがちゃんと説明しておけばよかった……ほら、ルネもちゃんと謝って!」


ルネ

「ふんっ」


オリヴィエ

「もう、まったく……本当にごめんね……普段は真面目で良い子なんだけど、任務に集中しすぎるあまりに周りが見えなくなっちゃう悪い癖があって……」


ノエル

「はあ……それで、私たちを理事長を貶める敵と誤認したというわけか」


シャル

「……でも、それならそれでよかった。少しびっくりはしたけど、誤解が晴れたなら何よりだよ」


セシル

「命を狙われそうになったというわりには、随分と優しいじゃないか君たちは」


シャル

「ボクらにはこれくらい、どうってことないよ。それに、何だかんだで死なない程度に威力を抑えてくれてたし。……でしょ?」


ルネ

「チッ……」


セシル

「へえ、そこまで見抜いているとはさすがだね」


オリヴィエ

「……なにはともあれ、そういうわけだから、今後はむやみやたらに戦闘行為はしないこと! それと、何かあったときは、シャルくんとノエルくんに協力すること! いいね、ルネ!」


ルネ

「……了解した」


セシル

「さて、落ち着いたようだし、僕は一足先にこれで退散するとしよう。では、ノエルくん、シャルくん、またねアデュー!」


ノエル

「…………」


オリヴィエ

「それじゃわたしも、この後ルネをとことんお説教するから失礼するよ! ……あらためて、明日からもよろしく頼むね!」


シャル

「はい! よろしくお願いします!」


オリヴィエ

「さ、行くよ! ルネ!」


 

――去り際、ルネはシャルに耳打ちする


ルネ

「――その宝玉を持つ者は、オレの敵だ」


シャル

「……ッ⁉」


ノエル

「どうした、シャル。ヤツに何を言われた?」


シャル

「い、いや、別に大したことじゃないよ……あはは」


 

シャルは背中に冷たいものを感じながら、胸中で疑念を口にする


シャル

(ルネ……キミは、一体……)


 

* * * * *


シャル

こうして、ボクたちと新たな理事長、自称探偵、そして、奇妙な転校生との初めての邂逅は幕を閉じた。


シャル

でも、ボクたちはその時、まだ知る由もなかったんだ。この出来事が、のちに王国を揺るがすほどの大事件につながっていくなんて――


 

à suivreつづく…〉

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